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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 三章 黄金は真を覗く
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14 雪につつまれて

 雪はさらに積もり、歩くのも一苦労なほど。

 伊織は外の寒さを想像し、小さく肩が震えた。


「伊織様、お寒いですか?」

「ううん、大丈夫。雪、すっごいね」

「このあたりではいつも通りですが、北部の方だともっと降っていますよ」

「そうなんだ」


 もっと、ということは、窓の外さえ見えないくらいに真っ白ということだろうか。

 温かなブランケットの中でとぐろを巻いている同じく白い蛇を見た。


「そういえば、ヨルって冬眠しないんだね」

『姿は蛇ですけども、蛇ではありませんからね。それに冬眠なんてしてしまったら困るでしょう?』

「うん、困っちゃう」


 冗談にしてはどう反応をして良いのか分からなくなってしまうものだが、伊織は素直に笑って答えた。

 伊織は白い湯気が細く立ち上るカップの横にある片手で収まるほどの小さなスノードームのようなを軽く指先で突いた。

 丸い透明の硝子の中には、色とりどりの麦粒程の石が転がっており、下の台座全体には複雑な模様が掘られている。

 これの使い方は教えてもらったが、まだ一度も使ったことはない。


「今、どのあたりかなぁ……真咲達」


 あれから日が経ち、真咲はもう巡礼の為にこの大神殿を後にした。奈緒から託された静に渡すための、このスノードームのような形をした通信機を携えて。


「南へ向かっておりますが、各地の神殿の状況によっては進みは想定よりも遅くなるやもしれません」


 傍らで控えていたクラウスは降り続ける外を見て、わずかに顔をしかめた。

 伊織とクレアが揃ってクラウスの視線を追うと、いきなり窓が開き、冷気が一気に部屋の中へと入り込む。

 窓枠には、雪にまみれた黒い外套を羽織ったアイヴィの姿があった。


「あーもう、寒い!」

「おい! 雪を落としてから入れ!」

「もう窓から入るのは言わないのね」

「……漆黒に言っても無駄なのは理解した」


 外套の雪を軽く払いながら入ってきたアイヴィにクラウスが吠えながら素早く窓を閉める。

 その間にアイヴィは指先をクルクルと回すような仕草をすると、冷えた室内がまた一気に温まり、入り込んだ雪がみるみるうちに溶けて消えてしまった。

 その間に伊織は今の冷気でより小さくなったヨルをブランケットの中に隠し、クレアはアイヴィの為に紅茶をいれようとしていた。


「おかえり、アイヴィ」

「はい、ただいま戻りました」


 脱いだ外套を片腕にかけ、アイヴィはすっと姿勢を正した。


「貴族達の動きですが、この雪で庭園の魔術が薄らいだおかげか、動きがだいぶ鈍くなっています」

「正気に戻っているということか」

「ええ、そうよ。ただ、この時期は誰も屋敷から出ようとはしないから、戻ったところでっていう話にはなるわね」


 アイヴィは奈緒達が調べてあげた庭園の魔術が施されている貴族達の様子を確認しに行っていた。

 本来なら奈緒達がやるはずのものだが、開発局のことはもちろん、力が使えるようになったためか、王立の医療機関にまで足を運び始めた。ちなみにそこも青藍の管轄らしい。

 だから忙しい奈緒の代わりに伊織が引き継いだのだ。

 今はランスロットとも漆黒を通じて連絡を取っているが、全ての内容はヴィンセントが確認をしている。

 確かにヴィンセントも知っておかなければならないことではあるのでそれについては何も思うことはない。

 しかし何故かは不明だが、時折不機嫌になる時があるのだ。ついでと言わんばかりにヴィンセント宛の小さな手紙も届くが、その時なんか舌打ちをこぼすほど。

 一体どんなやりとりをしているのか気になってしまい、よく見ようとしてみるも燻っている火にしか見えないので、伊織には全く分かりはしなかった。


「んー……」

「どういたしましたか、伊織様」

「どうすれば良いのかなぁ……って」


 庭園の魔術が緩んだ今ならば、伊織一人だけでもいれば簡単に呪縛から解きはなつことは出来るとヨルが教えてくれた。

 しかし問題なのは貴族と会えないと言うことだ。

 会いに行くと言う手段はとれない。わざわざそのためだけに貴族に会いに行けば、周囲から反感を買い、大神殿にも大きな影響が出てしまうおそれがあるとヴィンセントは歯がゆそうに話てくれた。

 では、どうするか。

 何とか知恵を振り絞ろうとしたが、代わりに知恵熱が出そうになる。

 貴族を集めようとすれば、やはり王城で行った夜会となるだろうか。しかしわざわざ雪深い時期にやってくるだろうか。いや、来ないし伊織自身も参加したくはない。

 それなら他の方法だ。

 貴族を集めると考えるからいけない。人を集めるにはどうするかを考えなければいけない。

 簡単に、誰でもが集まる方法。集まりやすい方法。

 そう、例えばお祭りだ。

 伊織はそこまで考えてすぐにアイヴィにまた視線を向けた。


「そういえば、お祭りとかってないの?」

「夏には花祭りがありますが、今時期ですと冬至の儀式くらいでしょうか。伊織様の国では何か祭りがあるのですか?」


 冬至の儀式と聞くに、おそらくは自分も関係してきそうなものだ。まだそのあたりは教えてもらえてなかったから、後で聞こうと思いつつ、ぱっと思い浮かんだ祭りを答えた。


「私がいたところは雪がほとんど降らないからできないんだけど。雪がたくさん降る場所は、雪で像作ってたよ」


 そのまま雪像祭り、だった気がする。映像でしか見たことがないが、どれも綺麗でかっこよく、大きかったのを覚えている。


「後は……あ、そうそう。面白いお祭りなんだけど、その年に結婚した男の人を雪に放り投げるところもあって……」


 これは祖母の地元の祭りだ。

 地域独特の小さな祭りらしく、聞いたのは小さい頃だったがなんて面白そうなお祭りかと幼心に思ってしまった。


「何故」

「投げる側なら喜んで参加してみたいですね」


 困惑するクラウスに、アイヴィはとても美しい笑顔を見せた。


「しかし雪像ですか。懐かしいですね、よく作りました」

「お前が……?」

「あらやだ、私だってけっこうわんぱくだったのよ? それで出入口の前に作って……面白かったわぁ」

「……なんて質の悪い」


 うふふと口元に手を添えて上品に笑うアイヴィの姿からは全く想像が出来ない幼少期の話に伊織とクレアは驚きを隠せずにじぃっと見てしまった。対してクラウスは呆れ交じりに首を振り、腰から下げていた時計をさりげなく手に取った。


「伊織様。そろそろ時間かと」

「え、もうそんな時間?」


 慌てて時計を見れば、もうそろそろいつもの祈りの時間が近づいていた。


「早く行かなきゃ……! クレア!」

「はい。さ、ヨル様。少し持ち上げますよ」


 ヨルを包んでいるブランケットごと持ち上げたクレアは小さな籠にそっと置いた。底には冷えないようにカイロとして使われている魔具が置かれている。

 ようやけヨルがブランケットの中から顔だけわずかにのぞかせた。


『伊織、私は留守番でも』

「はーい、行こうねー!」

『ひどい……!』


 シャー、と威嚇するように嘆いたヨルは、またブランケットの中へ潜り込んでしまった。

 ちょっと前まで伊織の首に巻き付いていたのが嘘のようだが、まさか痩せ我慢をしていただなんて思わなかった。

 かわいいなぁ、なんて伊織は呑気に思いつつ祈りの間へ行く為、部屋を後にした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 弁明と言うものはない。

 やらかしてしまった自覚がある伊織は大人しく座っていた。隣にいる奈緒は真っ赤になってしまった伊織の冷えた手を包んで温めてくれている。


「経緯は分かった。だが、だからって子供に混ざって遊ぶとは……」

「た、楽しくって」


 そして目の前にいたヴィンセントはぐっと眉間にしわを寄せ、琥珀の瞳を細めた。

 あ、ずるいって顔だ。

 楽しいこと、面白いことを好んでいることを知っていれば、別に深く見ようとしなくてもずいぶんと分かりやすいことに伊織は気づいた。


「……今度、ヴィンセントも遊ぶ?」

「いけませんからね、ヴィンセント様」


 すかさずエドヴィンが止めた。ヴィンセントは無言で深く息を吐き出した。

 何故こうなっているかと言うと、祈りを終えた伊織は今まで見たこともなかった積もった雪を目の前に思わず飛び込んだのだ。

 さらさらとした、いわゆるパウダースノーというものだったので衣服が濡れることはなかった。

 そして、それを見た子ども達も一緒になって飛び込んできたのだ。それから子ども達と一緒になって雪遊びをしたわけだが、おかげで身体は芯まで冷えてしまったが、なかなかに楽しかった。


『うぅ……、あったかい』

『ふふふ、たくさん暖まってねぇ』


 伊織が子供達と遊んでいる間、クレアと共に籠の中で外にいたヨルは今、ブランケットの外へと出て、メルのお腹の中で丸まっている。メルの方が妹だが、今は姉のようにさえ見えてしまう。

 少しだけそのお腹に顔をうずめてみたい欲が出てきたが我慢し、ちょうど良いからと伊織は二人に話すことにした。


「あのね、貴族にかけられていた魔術が雪のおかげで緩んでいるみたいらしくって。けど家に閉じこもって出てこないから、どうしたら出て来てくれるかなぁってちょっと考えてて」

「そうなのね。手、温まった?」

「ありがとー。奈緒の手、温かいね。それでね、ほら、雪がたくさん降るところで像を作ってたの思い出して」

「ああ、雪像まつりね。一回だけ行ったことがあるけど、なかなか面白かったわ」

「雪像か。我らが神の雪像を作るのは良いかもしれんが、それだけで貴族は集まらなんだろうな」


 手が温かい奈緒のおかげで冷たくなっていた指先にようやく温もりが戻って来た。

 やはり奈緒は知っていたが、まさか一回行っているとは思わず、少しだけ羨ましいと思ったが、ヴィンセントの確信めいた言葉にすぐに伊織は現実に引き戻され、小さく肩を落とした。


「そうだよねー……。後、もう一個思い出したのが、男の人を雪に投げる小さいお祭りがあって」

「は? 投げる?」


 意味が分からないとヴィンセントが困惑した表情を浮かべるが、すぐに奈緒が何の祭りが分かったかのようにああ、と声を漏らした。


「それ、もしかして婿投げっていう祭りよね? その年に結婚した男性を雪に向かって放り投げるっていう。確か……由来は諸説あるらしいけど、略奪婚の名残とか、大事な娘をとられた腹いせとか。よく知ってたわね、伊織」

「おばあちゃんの地元がそこだったの。だからおじいちゃんも投げられたんだって」


 さすがは奈緒だ、何でも知っているし、伊織が詳しく覚えていなかったことまで教えてくれた。

 ただ、少々野蛮よりな祭りに貴族どころか人が集まるのか疑問を抱いてしまう。

 と、奈緒の説明を聞いて何故か黙っていたヴィンセントがふと、エドヴィンに振り返った。


「エドヴィン」

「やりませんよ」

「面白そうだろ?」

「面白そうだからという理由だけでやろうとしないでください」


 人が集まる、集まらないという判断ではなく、ヴィンセントは楽しそうだからという理由だけで開催したいらしい。

 正直、ヴィンセントなら好きそうだと思っていたが、やはり予想通りだったが思った以上にやりたがるとは思わず、伊織は内心少しだけ驚いた。


「いや、希望者だけだ。問題ない。そうだな、聖女が直接祈ってくれると言えば良い。怪我をしたところで奈緒もいるしな」

「私を便利に使おうとしてない? 見てみたいけれども」


 そしてまさかの奈緒も乗っかり、紫と琥珀が伊織に向けられる。


「……その、駄目かな……?」


 伊織は恐る恐る、エドヴィンに問う。

 エドヴィンは片手で目元を抑え、長く息を吐きだした。


「……分かりました」


 肩に重しが乗ってしまったエドヴィンに対して、ヴィンセントの表情はずいぶんと明るくなった。


「楽しみだなぁ、伊織」

「そうだね!」


 内心伊織はエドヴィンに深く謝りつつも、やはり楽しみなのは変わらず、つい大きく返事をしてしまった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 そこからさらに数日が経ち、本日。

 珍しく青空が見える絶好な日、今日も身が凍るほどに寒く、伊織達はもこもこの防寒着に身を包みながら目の前の光景を少し呆然と眺めてしまった。


「良い光景だ」

「良い光景って……。けどまさか、貴族の人達がたくさん来るって思わなかった」


 隣でヴィンセントが満足げに頷き、奈緒は楽しみとは言っていたが若干目の前の光景に引いていた。

 物見遊山で集まった貴族や平民の他、伊織達の前に、いるのは投げられ待ちの男達だ。

 平民もいるが、何故か貴族の数が圧倒的に多いのだ。表情は明るかったりする人もいるが、貴族の大半は不服と言わんばかりの態度を取っていることから、無理やり連れてこられたようだった。


「平民は自由婚だが、貴族の場合は家のしがらみがあって自由とは縁遠いからな。だからまさしく、娘をとられた腹いせというのもあるのだろう。由来の話も流しといて正解だった」


 くつくつ愉快そうに笑うヴィンセントの機嫌はとても良い。いつになく体調も良さそうだった。


「さて伊織。これで奴らの姿がよく見えるだろう?」


 ふふん、と小さな子供が自慢するかのような仕草を見せたヴィンセントに、伊織は思わず小さく笑いかけた。

 慌てて伊織は誤魔化すように目の前にいる群衆を見て、ぐっと拳を強く握った。


「がんばる!」

「ああ、頑張れ」


 本当に気が遠くなりそうだが、ヴィンセントからの言葉に何故か妙に元気をもらえた気がした。



 そして始まった婿投げ、異世界バージョン。

 最初の一人は身なりからして貴族だ。付き添いの女性が心配げに見つめる中、男性は両脇に立っていた騎士達に腕と足をしっかりと掴まれ、振り子のように一度後方の方に身体が大きく振られた。そして、男性の身体はこの青空が背景になるほど高く遠くに投げられた。


「え、あ、ちょっと! 貴方達、力入れすぎよ!」

「わー、飛んだぁ」

「念のためだったが、受け止め要員も配置して良かった」


 もちろんだが万が一にも怪我人が出ないようにと受け止め班、医療班は配置されている。

 とはいえこの為だけに大量にやわらかなな雪を集めた山もちゃんと用意したおかげで、男性は無事にすっぽりと雪山の中へ吸い込まれた。

 慌てて騎士達が姿が見えなくなった男性を救出するために動き出した。


「はーい、投げられた人はこっちに来てくださーい! 付き添いの方も来てくださーい!」

「奈緒、完全に係の人になってるよ」

「さっさと祈らないと終わらないでしょ、この数!」


 奈緒が今飛ばされた男性と、その家族を片手を高く上げて呼んだ。

 伊織はさて次は、と黄金の瞳を細めた。


「次の人、ちょっと曇ってる」

「念入りに祈っておかないと駄目ね」


 奈緒が冷静に返答を返しつつ、後ろに控えていた侍女達に温かなお茶を用意するように指示を出す。

 侍女達が忙しなく動き始める後方の方では、大きな籠の中で山になっている厚手のブランケットが丸まっている。その中からこちらの様子を見ている黒猫が小さく欠伸をこぼしていた。

 この寒さだ、きっと白蛇は絶対に出てこないのだろうなぁと伊織は小さく残念に思いながら、また前に向き直る。

 雪まみれになった男性と、その妻が目の前に並ぶ。奈緒と伊織はこちらの祈りの方式にのっとり、立ったままであるが胸の前に両手を握りしめ、瞼を下ろした。


「幸いでありますように」


 どうか幸いがこの先にありますように。

 伊織と奈緒がそろって祈り、瞼を開ければ目の前にいた二人は片膝をつき、同じように祈っていた。

 二人は少しして顔を上げ、何故か妙に晴れやかな表情を見せていた。

 少し話をしたいところではあるが、次が待っている為ばいばい、と手を振って終わった。

 まるで最初に信徒達と会った時みたいな感じだなぁ、なんて呑気に思いつつ彼らを見送り、ふぅと小さく息を吐きだした。


「うーん……多いなぁ」


 並ぶ貴族の男達はもちろん、付き添いのその家族達。その中に混ざっている薄黒い靄の数々。

 これは今日、終わるだろうかと思いつつ、これから騎士達に飛ばされる黒いもやをまとった男性の姿を目で追った。


「そういえば伊織」

「なぁに?」

「雪と、幸せって同じ音よね」

「……あ、そういえば」

「どういうことだ?」


 後方で椅子にどかりと座り、様子を見ていたヴィンセントが二人に問う。

 奈緒が目の前の状況を気にしつつ、説明をしてくれた。


「私達の国の言葉っていうか、文字というのかしら? 幸せっていう文字に別の読み方で、『ゆき』って言うのよ。って、これうまく翻訳出来てるのかしら?」

「……まぁ、つまりあれだろう? 言葉で発する音が、お前達の国では同じということだろう?」

「そういうことよ」


 雪。幸。ゆき。

 彼らはゆきの中へと飛び込んだ。というか放り投げれた。幸せでありますようにと。


「ふむ。これは恒例の祭りにしておくか。なんとも縁起が良い」


 良いことを聞いたとヴィンセントが喜びを見せる。

 伊織は今、投げられた黒いもやをまとっていた男性とその妻を見て、ほんの少しだけ目を丸くした。

 もうすでに、黒いもやがわずかであったが薄らいでいたのが見えたのだ。

 ああ、そうか、と伊織は理解する。

 雪が全てを守っているのだ。彼女が眠りについた今でも、ずっと。役目を終えた魂も、今こうして生きている魂も、同等に彼女はずっと守っていたのだ。

 リディアータ。あなたの妹は立派な愛娘だよ。

 そう、胸の内から語り掛け、彼らへの幸せを願った。

 胸の内がこの寒さだというのに、まるで春の兆しのように温かさが満ちていた。

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