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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 三章 黄金は真を覗く
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09 だから祈りを捧げる

 陛下。アウグストが倒れたという知らせが届いてから三日が過ぎた。


「……奈緒は、今日も?」

「いえ、今日は開発局へ赴いているようです」

「そっか……。真咲は?」

「今日は……たしか、城下町の方へ行くと聞いております」


 伊織はソファーの肘掛けに寄りかかり、自室の窓から見える景色に視線を向けた。

 青空は変わらずそこに広がっているが、だんだんと気候は涼しいものから瞬く間に肌寒くなり、後一月もしないうちに冬がやってくるらしい。

 残された伊織は、どうしようかと考えながら思い返す。

 あの後、すぐに王城から使者が来た。

 目的は奈緒だった。正しくは奈緒の力だった。

 メルヴェアータの聖女である奈緒はまだ力を使ったことはないが、おそらくは癒しの力であろうと見越した王城の者達がどうか陛下をお助けくださいと深く頭を下げた。

 伊織もその力については知らないがヨルやメルからも違うとは聞いていないので、おそらくはその通り、癒しの力なのだろうと予想した。

 元来の世話好き、お人好しな奈緒は少しの迷いはあったがすぐに頷いていた。奈緒は隠すのがうまいが、この時ばかりはひどく動揺していたし、不安で言葉の通り押し潰されそうになっていた。

 何をしようか。何が出来るだろうか。

 伊織は白蛇のつややかな鱗を一撫でし、クレアに振り向いた。


「……クレア」

「はい、何でしょうか」

「私も、お祈りしたいって言ったら困る?」


 伊織からのお願いに、クレアはたっぷりと時間をかけてからひどく動揺をしながら大きく首を横に振った。


「いえ、いえ! とんでもございません! しょ、少々お待ちください!」

「あ、紅星の間の方じゃなくって、祈りの間の方なんだけど」

「そ、そちら、ですか?」

「うん、駄目?」

「……確認致します」


 クレアは扉の外にいるクラウスと一言二言、言葉を交わし、すぐにまた扉を閉じた。


「今、クラウス様がご確認をしてくださいますので、その」

「うん、大丈夫。待ってる」


 ヴィンセントに確認をしに行ったのであれば、面白がって許可を出してくれたら良いのだが。危険だからと許可を出さないかもしれない。とにかく今は待たなければならない。


『伊織……』

「別に、私がお祈りしちゃ駄目って言うのはないんでしょ?」

『ええ、はい。そうですね。しかしまさか伊織からそのような言葉を聞くことになるなんて思いませんでした』


 ヨルの言葉通り、伊織はこの世界で祈ったことは無い。

 せいぜい似たようなことをしたのは、静が倒れてしまった時のことぐらいだ。

 ユフィアータが眠りかけた結果、静が倒れてしまった時。伊織はずっと静の手を握っていた。

 どうか、どうか起きますように、と。

 静は起きた。しかし、ユフィアータは眠りにつき、静は遠くへと身を隠す結果となった。

 兎にも角にも、この世界で祈ったのはそれぐらいだった。

 祈りと願いが彼女達の力になる。だから祈った。祈って、ずっと祈った。静の為に。

 それならば何故今、祈ろうと思ったのかと伊織は自問するとすぐに答えは見つかった。

 今の自分はそれしか出来ないから。だから祈りを捧げ、願いを抱くことにした。自分の為に、そして愛娘達と、奈緒と真咲の為に。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 許可はすぐに下りた。というより、話を聞いてすぐにヴィンセントが迎えに来たのだ。

 それなら今から行くぞ、と。


「まさか祈りたいと言うとはな」


 隣を歩くヴィンセントは意外だと言わんばかりに言う。そんな反応をされるのは当然だと分かっていた伊織は一つ頷き、ふと疑問に思った。


「そう言われるのは分かってたけど。聖女なんだから祈って当然とか思わなかったの?」

「祈りに強制も何もないだろう? 別に祈りの間があれど、あの場以外で祈ってはいけないという決まりはない。それにお前達は我らが神ではなく、愛娘の聖女だ。確かに、こいつら祈らないのか、と内心は驚いたが」


 驚いたという口ぶりだが、ヴィンセントにとっては些細に過ぎないようだった。


「確かに神官達の祈りの時刻は決まっているが、参加の有無については当人達に任せている。加えて時間も長くしたわけだが、人によっては手短に済ます者もいるくらいだ。俺だってそれこそ時間はある程度決めているが、日によっては変わるしな」


 立場的に忙しかったり、それこそ体調面でのことだろう。ヴィンセントは普段、あの紅星の間で祈っているのは知っているし、おおよその時間も伊織は把握している。だいたいその付近にヴィンセントが何かと姿を見せてくるからだ。

 ちょうど抜け出しやすいタイミングなのだと伊織はそう認識している。と、内心そんな考えをしたのを感じ取ったのか、ヴィンセントからの少々鋭い視線を向けられた。伊織はわざとらしい笑みで返せば、小さく息をつかれた。


「祈ることに義務はない。ただ願ったからには祈らなければなるまい。我らが神による恩恵を無下にせず、ひたすらに感謝を捧ぐ。欲深な人間が唯一、我らが神へとお返し出来る手段なんぞそれしかないからな」


 感謝という祈りを捧げる。

 それは、なんて、そう。伊織はそれをよく知っていた。


「……私のおばあちゃん……、えっと、祖母なんだけど」

「別に言いやすい方で良い。それで、おばあ様がなんだって?」


 あんな鋭かった視線が一気にやわらぎ、伊織はそうかと頷いて続けた。


「あのね、小さい頃、おばあちゃんと……えーっと、神様を祀っているお社によく連れて行ってくれてたの。私、その時におばあちゃんになんでお祈りするのって聞いたの。そしたらね、神様にいつもありがとうございますって言いに行くのよ、って教えてくれたの」


 ヘンテコな物ばかりを好んでいた伊織をいつも優しく受け入れてくれた祖母。祖母は五年前に永眠してしまったが、その時まで伊織のことを気にかけていた。

 祖母がいつも連れて行ってくれたのは地元の小さな神社だった。人影はいつも見えず、静寂ばかりの場所だった。おみくじなんて無ければ、お賽銭箱もない。そんなさびれた場所だったが、伊織はその場所がなんとなくだが好きだった。虫も多くいるからという理由もあるが、空気がどことなく澄んでいるような気がしたからだ。

 そう、まるで。あの祈りの間のように。


「私、祈りの間の空気好きだよ。おばあちゃんがいつも連れて行ってくれたあの場所みたいだから」


 祖母はどんな思いで願い、祈ったのだろう。

 これから自分はどんな思いで願い、そして祈ろうか。

 一先ずは、どうか生き残れるようにと、出会わせてくれたことの感謝を捧げよう。そうしよう。

 黄金の瞳を瞬かせ、何故か何も言わないヴィンセントに視線を向けた。


「どうしたの、ヴィンセント」

「……いや。素晴らしいおばあ様だと思ってな」

「うん! そうでしょ?」


 何か、言葉を飲み込んだように蓋をしたのが見えたが、伊織は気にしないことにした。


「そちらの神というのは、どのような神か聞いても良いか?」

「えっとねー……いつも連れて行ってもらっていたところは、狐の姿をした神様だったかな。けど場所によってはいろいろといるというか……。そのあたりにもいるっていう感じというか……」


 何せ日本の神は八百万。つまりは数えきれないくらいの神がいると言うわけだ。


「眷属みたいなものか?」

「ううん。全部別のちゃんとした神様。山だったり、海だったり、川に樹に、後は岩とかいろいろ。後は他の国の神様? もいるから、けっこうごちゃごちゃしてるかも」

「……争いは起きていないのか、それは」

「自由に祈って良いよーって感じだから大丈夫! なんせ数えきれないくらいの神様がいる国だもの。今更だよー」

「……どうなっているんだ、そちらは」


 確かにこのロトアロフという国から見てみれば、あまりにも混沌と化している国に見えても仕方がないが、それで今までずっと成り立っているのだから何ら問題はない。

 多くの神の名前なりを思い出す途中、伊織はとある神を思い出した。


「あ、でも、中でも太陽の神様が一番上でね。確か」

「ほぉ、太陽か。それならば夜はどうなっているんだ?」

「夜は夜の神様がいるから大丈夫! あ、その太陽の神様ね、ちょっと理由忘れちゃったんだけど、一回引きこもっちゃってしばらく太陽が無くなった時があったっていう神話があって」

「おい、どうなっているんだ。そちらの神は」

「あ、でもね。他の神様達が、閉じこもった神様を外に出そうとして、その場所の目の前で楽しく宴をしたんだって。そしたら神様が出てきたおかげでまた太陽が戻ったんだって」

「……宴で起きてくれるならば、国を挙げてやるんだがなぁ……。ああ、すまん」


 引きこもっている状態と眠っている状態では状況が異なる上に、宴を催したのは他の神々であり人間ではない。とはいえ、もしかしたらと想像してしまうのも当然とも言えた。

 話題選びとしては大きく失敗したことに気づいた伊織は、僅かに視線を落としたヴィンセントを目の前になんと言えば良いのか分からず、内心ひどく焦り、そしてその肩が小さく揺れていることに気づいた。


「……ヴィンセント」

「さて、ここを曲がれば祈りの間だ」

「ヴィンセント! ねぇ、今、笑ってたでしょ、ねぇったら!」


 構わずに先に少し速度を上げて足を進めるヴィンセントを追いかけるように伊織がついて行く。その後ろにいる各々の従事達は呆れた顔を見せていた。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 大神官と金の聖女が突然現れたことで、大きくざわめく中庭を通り過ぎ、信徒達が祈りを捧げている祈りの間へと足を踏み入れる。

 祈り方には決まりはない。片膝、もしくは両膝を床に付き、両手を握るように組んで顔を伏せる。たったそれだけ。もちろん足は悪かったり、その時の体調等では椅子に座ったままで祈る人もいた。


「だ、大神官様……聖女様も!」


 男性の信徒が驚くように声を上げれば、周囲で祈っていた信徒達が祈りを中断して顔をぱっとあげて誰もが目を丸くし、ざわめいた。

 ヴィンセントは落ち着かせるようにと軽く手を挙げて、下におろす仕草をする。


「邪魔をして申し訳ないな。今日はこちらで祈るだけだ。終われば即座に退散しよう」


 ヴィンセントが発した一言に信徒達はすぐに動き、綺麗に左右に割れてしまった。

 おかげですぐにアルカポルスの彫像の前まで行けるが、これで良いのかと視線でヴィンセントに問おうとしたが、ヴィンセントが迷わずに進み始めてしまっていた。

 伊織は申し訳なさを感じつつも早く祈って、早くこの場から去ろうと決め、大人しく後をついて行くことにした。


「お二人が、この場で祈られるとは……」

「ああ、我らが神よ。なんという幸運を……」

「素晴らしい日を……!」

「我らが神よ……!」


 信徒達の間を通る時に聞こえる小さな声に伊織は居たたまれなさを感じる。首に巻き付いているヨルが大丈夫だと言うように身を寄せてくれたおかげで少しは気がまぎれたが、背中に変な汗が流れてしまうのを感じた。


「せいじょさまー!」

「ほんとだ、聖女様だ!」

「おい、俺もいるんだがな?」


 彫像の前にはすでに祈っている信徒達もいた。

 ちょうど親子だったようで、二人の小さな少女が伊織の姿を見て無垢な満面の笑顔を向けてくれた。二人が伊織しか見ていないのもあってヴィンセントがわざとらしく言えば、慌てて母親が二人の身体を抱き寄せた。


「も、申し訳ありません! こら!」

「ああ、良い良い。元気なことは良いことだ。すまないが隣で祈ってもかまわないか?」

「も、もちろんでございます!」


 ヴィンセントが親子から二人分ぐらい離れてその場に片膝をつく。伊織はヴィンセントと親子の間に入り込みんで両膝を床に付き、興味津々な二人の少女に笑いかけた。


「お祈りはこれから?」

「そうだよー」

「今からするの!」

「そうなんだ! じゃあ、私と一緒にお祈りしよ?」


 伊織が祈る為に両手を組むように握ったのを見た少女達も、同じように両手を組んで祈る為に両目を強くつぶった。

 伊織はそんな愛らしい姿を目にした後、同じように瞼を閉じた。

 下からの違和感は未だに残っている。何せまだ暴けていないからだ。

 けども、それを除けば、ここはただひたすらに祈りと願いを捧げる場所だ。

 欲深な願いと、感謝の為の祈り。正義であろうと悪であろうと、唯一それだけが赦された場所だ。

 この澄んだ空気が、祖母が連れて行ってくれたあの神社の空気を思い出させる。同時に、忘れかけていた祖母の手も思い出す。

 皺だらけの手で、いつも独りぼっちの伊織を守ってくれていたあの手を。

 祖母が自分を守ってくれていたように、今度は自分が守ろう。全員を。

 ぱちり、と伊織は黄金の瞳を開き、アルカポルスの彫像を見上げた。

 なんの変哲もない、ただの彫像。けどもこれこそが祈りと願いが形を為した結果だとすれば、なんと分かりやすいのかと、伊織は思ってしまった。

 だって、誰もが見えるものなのだから。


「終わったか」

「うん」


 もうすでの祈り終えていたヴィンセントが声をかけてくれた。

 伊織は一つ頷き、立ち上がる。隣で祈っていった二人の少女達と母親が深く頭を下げていた。

 小さく笑みをこぼした伊織は、二人の小さな頭達を撫でた。


「一緒に祈ってくれてありがとうね」


 二人の少女達がきゃあと小さく声を上げ、頬を薄紅に染めた。



 ステンドグラスから差し込む薄い光が白い天井や壁にあたり、柔らかな光に変わる。天の神、アルカポルスの荘厳な彫像が光と影により、慈愛に満ちた微笑みを浮かべているかのように見えた。そのお膝元にいる幼さが残るそのお方は、ただ静かに笑みを浮かべて慈愛に満ちた黄金の瞳で子供達を見つめていた。

 信徒達は語る。

 まさしく、まごうことなく、聖女とはこの方のことであった、と。

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