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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 三章 黄金は真を覗く
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02 もぐもぐごはん

 目の前に並べられた料理の数々。伊織はまだ赤みが引いていない頬を膨らませながら、空腹を訴える胃を静かにさせるために口いっぱいに料理をほおばっていた。


「伊織、良く噛んで食べなさいね」

「んっ」

「ほら真咲、そんなにむくれてないで食べちゃって」

「はーい、ママぁ」

「誰がママよ」


 大きく頷いた伊織に満足げに頷き返した奈緒に、真咲がふざけて呼んだ瞬間、鋭い視線を向けた。

 場所はいつも奈緒と伊織の二人が朝食をとる為に使っている部屋だ。こじんまりとしていて、奈緒が使っている厨房にほど近い。

 大神殿にはここに仕える騎士達や神官達が使う食堂の為の厨房の他、こじんまりとした厨房が複数点在している。そこではお茶の為の湯を沸かしたり、簡易的な料理を作ったりと様々な用途で使われている。

 そのうちの一つに奈緒専用が出来ていた。最初の頃は食堂の厨房を使っていたが、いつの間にか出来ていたらしい。


「おいしい?」

「うんっ」

「良かったわ」


 お菓子作りの道具しかなかったはずの厨房には、ついに料理まで手を出した奈緒の為、それ用の調理器具が増えたに違いない。

 ヴィンセントはそういった面白そうなものに対してだけはやけに反応が良いのを伊織はちゃんと見ていた。


「にしても……作りすぎじゃない、奈緒」

「待っている間暇だったのよ。それにレオナ達も手伝ってくれたし」

「……達?」

「食堂の人達。伊織がお部屋から出たって聞いて、いろいろと作ってくれたみたいで」

「だからって……」


 テーブルに並べられている数々。普段、大神殿で食べる料理は聞けば神官達が食すものとほとんど変わらないと言う。

 大神官であるヴィンセントも同様に、なるべく食事に差異を出さないようにした結果だというが、今目の前にある料理はどれも見たことが無いほどに豪華なものばかりだ。一目見ただけで、これ絶対高そうな奴、と分かってしまいそうになるのもあった。

 三人で食べきるのなんてどうしたって無謀過ぎる量だ。

 奈緒は遠い目をしながら、壁際で控えていたレオナに視線を向けた。


「だから一緒に食べましょうよ、レオナ」

「いえ、ですから私は」

「外にいる皆も呼んでくれる? これ、絶対に食べきれないから食べて欲しいのよ」

「あ、カルロスに食べさせれば良いわよ。あいつ、図体はでかいから食べきってくれるわよ。きっと。だからアリッサ」


 奈緒に続いて真咲が強請り、アリッサがわずかに顔をしかめつつもとくに反論もせずに素直に従い、扉へと歩を進めた。


「ア、アリッサ」

「レオナ。お二人の言う通り、この量は流石に食べきれないと思うわよ」

「……そう、だろうけども。ああ、でも椅子とか」

「立食してもらえば良いでしょ」

「そうね。お皿と食器はあるものね」


 アリッサに続き、クレアがいそいそと食器の用意をし始めるのを見て、レオナは諦めたように肩を落とし、扉を開けた。

 そして扉の外で待機しているであろう彼らを見て、何故かしばらく固まった。

 一体どうしたのかと誰もがレオナの様子を見ていると、その理由がよく分かった。



 椅子は四つあったが急遽、隣室から椅子をカルロスが持ってきて用意すると、ヴィンセントは迷いなくそこに座った。


「全く、部屋から出てきたかと思えば浴場で倒れたと報告があがってきて、今度は大量の料理で食べきれない、と。なんと人騒がせな」

「ごめんなさーい。これ美味しいよ」

「よこせ。お前達も俺に気にせずに食べろ」


 ヴィンセントは文句を言いながらも大皿から取り分けたサラダとキッシュ、その他諸々が盛られた皿を伊織から迷いなく受け取った。

 部屋の外にいたのはもちろん三人の護衛騎士達の他、話を聞きつけたヴィンセントが律儀にも待っていたのだ。しかも護衛であるエドヴィンもつけずに。


「カルロス、イーサン。これ食べて」

「やべぇ、高そうな肉」

「ちょ、こんなん食って良いんすか?」

「さすがに朝からこれはキツイ」


 大皿に盛られている丁寧に盛られた焼かれた肉。一体何の肉かは不明だが、真咲がカルロスとイーサンに盛られた皿を渡す。奈緒は丁寧に盛り付けつつ、オリヴィアとギルバートにそれぞれ皿を手渡していた。


「奈緒様、私がやりますのに……!」

「聖女様自ら給仕していただくなど……」

「私がやりたいだけよ。気にしないで」


 さすがに奈緒は料理していることもあって盛り付けも綺麗だ。ちなみに伊織がヴィンセントに手渡したものはクレアが全部盛り付けしてくれた。

 伊織は傍にいるアイヴィとクラウスに恐る恐るというように視線を向ける。

 と、二人はすぐに伊織の自然に気づいたようにアイヴィは見惚れるくらいに美しい笑みを浮かべ、クラウスは小さく小首をかしげる仕草を見せた。


「どうされましたか、伊織様」

「あ、えっと……その」


 くすりと笑うアイヴィに、伊織はまたすぐに視線をそらしてしまった。

 そしてクレアが用意してくれた二人分の皿を両手で持ち、二人に向けて少しだけ勢いよく差し出した。


「ご、ごめんなさい。えっと」

「ふふっ、一体何のことです、伊織様。まさか自分で盛り付けをしなかったからです?」

「さすがに聖女様自らやるのはどうかと思うので別に謝罪の必要はないかと」

「え、あ、えっと」


 アイヴィはくすくすと上品に笑みをこぼしながら皿を受け取り、クラウスも意味が分からないと言いながらも受け取ってくれ、伊織は言葉をつまらせた。

 だって迷惑をかけてしまったわけで。だから謝らないと、と思っていたのだ。

 それなのに二人もクレアも、そして皆も伊織の姿を見て怒りの色を見せるどころか安堵し、穏やかな色合いを見せていたのだ。だから伊織は今、とても居たたまれなくてわざと少しだけ大げさに反応を見せていた。

 まるで空元気のようなそれだ。けれどもこうでもしないと、また部屋の中に逆戻りになってしまいそうだった。


「伊織」

「……えっと、何? ヴィンセント」

「静のことは心配無用だ。側に誰がいると思っている」

「……側にって……」


 伊織は順番に指を折りながら名前を挙げる。

 ルイス、リーリア。それからディック、フィル、ヘクター、ノーマンの六人だ。後、ちょっと怖かったルイスの伯父だという男。名は確かジェラルド・エヴァンハイン。


「エヴァンハイン家はな、敵に回したくない奴らだ」

「……そうなの?」

「奴らは我らが神に仕えている」

「え、じゃあ、大神殿の人達なの?」

「いや、違う。奴らは独自に神に仕え、そして守護している。本来、この場所もあいつらがいた場所だが……まぁ、何百年も前の話になるが王族があいつらを追い出してだな、王城を建てたことで面倒なことになっている。今も」

「それじゃあ、恨まれてるんじゃ……。確かにちょっと怖い感じはあったけど、そんな風には」


 ジェラルドを見た時、まるで剣のような人だと思った。まさしく触れれば切れるナイフの如く。だからこそどこか恐ろしさはあったが、それは王であるアウグストを目の前にしても変わることはなかった。

 だから伊織はまさかそんな関係性があるとは欠片も思わなかった。


「それが面倒なんだ。追い出した当時の王族が、奴らの手が届かない最南端の広大な荒地に追いやったんだ。形式的には最高位の貴族の位と広大な土地を渡したと言うことで外聞を保ったが……。奴らはな、それならばと外聞的には問題なく王族に付き従うような姿を見せ、周囲から信頼を得る手段を取った。加えて今や、あいつらが治める領地はこの国にとってなくてはならない場所となった」


 ヴィンセントはわずかに視線をさまよわせる。クレアが素早く水が入ったグラスを置けば、ヴィンセントは当然のようにそれに手を伸ばし、喉を潤した。


「あいつらは我らが神を守ることが出来れば良い。故にだ、ある程度国が破綻しようが問題ないと思っている」

「え、怖い」

「ああ、恐ろしい奴らだ。だが国にとって重要な場所となってしまった以上、王族はあいつらを無視することは出来ず、許可する他なくなった」

「許可っていうのは?」

「儀式の参加。年に一度、この国では大きな儀式を行うわけだが、参加できるのは王族と大神殿に仕える者のみだった。しかしおおよそ三十年前、唯一そこにエヴァンハイン家のみが参加することを許された。それこそ我らが神を守護するために。まさしく執念としか言いようがない」


 遠くへと追い出されてもなお、王族を恨むのではなく、ただ我らが神たるアルカポルスを守護するためにと存在してきた一族。

 伊織はそれを聞いて恐ろしいと思うのと同時、なんて頼れる存在だろうかと心を弾ませた。

 けれどもヴィンセントの顔はどこか晴れずにいた。


「……そういう奴らが側にいる以上、静はここにいるよりも確実に安全と言える。それにルイスがいる。正直、これが厄介過ぎるんだが……」

「うん?」


 意味が分かるにルイスをよく知っているであろうアイヴィを見上げた。

 アイヴィは上品なフォーク使いで食事を進めており、ちょうどよく飲み込んだところだった。


「ねぇ、アイヴィ。ルイスってそんなに厄介なの?」

「そうですねぇ。正直、あそこまでとは私も知らなかったので答えられないのが申し訳ないのですが」

「知らなかった……?」

「ええ、あの子。命令通りに任務はきっちりこなしますし、技術、魔術、どれをとっても素晴らしい漆黒ではあったのですが……何分、感情に乏しいところはもちろん、執着心なんてもの一切なかったものですから」

「えー……? けど、静に」

「ええ、ですからあの姿を見て驚きました。まさか命を捧げる覚悟までしているとは思わなくて。だから何をするか分からないから厄介、ということですよね。ヴィンセント様」

「ああ、その通りだ」


 ああ、確かに。ルイスはジェラルドに向け、そのようなことを言っていた。

 しかし感情に乏しいと、伊織は全く思わなかった。確かに一見すれば常に無表情ではあったが、この黄金の瞳はとても分かりやすく教えてくれた。それに静への執着心なんてものも最初から見ていればそう驚くことではなかった。


「……そっかぁ」

「おい、伊織」

「え、何?」

「今、黙っただろ。何を見た」


 何かを察したのか。ヴィンセントが目ざとく気づき、伊織に詰め寄った。

 そして気づく。先ほどから黙って話を聞いていた真咲や奈緒から好奇心の視線が向けられていることに。加えて他の護衛達や侍女達からも同じような視線を伊織に向けていた。


「あんまり言いたくないんだけど……」

「簡単で構わない。あの馬鹿がどれほど執着しているのかを聞きたい」


 好奇心半分、心配がその半分より少なめで残りはそれによるあれやこれ。ヴィンセントが纏う色を見て、これは気苦労だと判断することが出来た。

 伊織はきょろりと黄金の瞳を動かし、膝の上でお利巧に丸くなっていたヨルが心配げに見上げてくるのが見え、その頭を指先で撫でた。


「……うーん。けど、ルイスのあれって見たまんまだよ? あ、でも一番分かりやすいのは静がやった膝枕以降だから最近なんだけど」

「ああ、あれか。是非とも目にしたかった」

「あれ、独り占めしたかったんだと思う」


 ただの執着のようなものだと思った。けども、あの時見たものは、幾重にも連なった鎖と鳥かごのようなものだった。あれをただの執着だと、伊織は思っていない。もっともっと、より強い何かだった。

 しかも静といえば、それを笑って見ているだけなのだ。こっちもこっちで恐ろしい。


「……それ、静は」

「静? ちゃんと分かってるみたいだったよ?」

「おい、あいつ、分かってて放置しているのか」

「どうだろ? たぶんそうかも」

「馬鹿だろ」

「静と次会えたら問いただそうかしら」

「さすがに馬鹿でしょ」


 ヴィンセントに続き、奈緒と真咲も呆れも声を漏らした。確かにそうなる気持ちも分かる。しかし相手はあの静なのだ、正直仕方がないと伊織は言わざるえなかった。


「……お前が黙っていると言うことは、問題がないということなんだろうが……」

「たぶん?」

「おい」

「だって静、自分のこと大事にしない人だから、むしろそれでちょうど良くなったと思う」


 静が今までここで何をしてきたのか。そしてこの黄金の瞳を通して見た姿を思い返す。

 周囲のことは殊更に丁寧に、なんだかんだと大切に接するのに、いざ自分のこととなるとぞんざいに扱い始める。本人はそのつもりは一切ないのだから面倒なことではある。

 とは言え、その静が独占欲まる出しのルイスの好きなようにさせているのだから、静自ら危険に突っ込むことは少なくなるはずだ。きっと。


「ほら、静が言ってたでしょ。なるようになるって」

「静だものね」

「困ったねぇって言いながら笑ってそう」


 あっはっは、と静は笑うだろう。そしてルイスに対して絶大な信頼のもと、どうしようか、なんて他人事のように話し始めるのだ。そうなれば静の言葉通り、なるようになっていくのだろう。

 容易に想像がつく姿に同意するように、奈緒と真咲は深く頷いた。


「……そうだな。とりあえず、あちらについてはこれ以上の心配は無用だろう。とは言え、定期的に連絡は取りたいところではあるがな。と言うことで、奈緒」

「え、私?」

「ユアンに何かそういうもの作れないか話を出来るか」

「今ある魔具とか、魔術でそういう連絡取れるのってないの?」

「あるにはあるが、使い方が限られる。もう少し手間が少ないものが欲しい」


 あの鳥も連絡手段の一つだろうが、それ以外の方法を伊織はまだ見た事がなかった。ヴィンセントの言葉通り、安易に使えるものではないのだろう。

 奈緒はそれを聞き、笑みを深めた。


「もちろん良いわよ。私も欲しいし」

「よし。真咲」

「え、あたし?」

「外に気晴らしに行きたいよな?」

「孤児院に行きたいです! けど、その……、大丈夫なの?」

「むしろ今、動かなければあちらの思うつぼだ」


 隣で真咲がやったぁ、と拳を上げてすぐにアリッサがつめよろうとしするが、カルロスがまぁまぁと間に入った。

 黄金を瞬かせ、伊織はおや、と目を僅かに丸くした。

 健康的な生活をする、と確かに言っていたし、やることをやろうと決めたのだと前の真咲からは考えられられないことを言ったわけであるが、確かに何かがまるで変ったように見えた。

 せめて全身を見れば分かりそうではあるが、一体何がと思いよぉく目を凝らせば、綺麗な赤色の羽が一つふんわりと漂い、すぐに消えてしまった。

 今のは一体、なんだったのあろうか。伊織は小さく小首を傾げた。


「なによ、まさか変なのが見えたとか」

「ううん、元気だなぁって」

「これだけ美味しいの食べればそうなるでしょ。けど、すっごく眠いから後で寝るわ」

「太っちゃうよ?」

「言わないで」


 真咲は現実を逃避するように、また残り少なくなった料理に手を伸ばしながら話を逸らすようにヴィンセントに続きをせっついた。


「奈緒は開発局。あたしは孤児院。それで伊織は?」

「……それについてだが」


 せっつかれたヴィンセントは言い淀むように口を開き、しかし迷うようにまたすぐに口を閉ざした。

 ぐるぐると渦巻いたものがヴィンセントの頭上で動いている。これは深く考えるどころか悩みに近いようなものだ。

 だから伊織は見たものを伝えることにした。


「あのね、ヴィンセント」

「なんだ」

「たぶん、だけど……。はっきりとは見えなかったんだけどね? あの人達、自分の意思で死んだんじゃないよ?」

「……ああ、そうだろうな。だが」

「魔術じゃない、と思う」


 ヴィンセントの片方の眉が器用に少しばかり上がった。そして食事を楽しんでいた護衛騎士達もすぐに手を止め、伊織の次の言葉を待っていた。


「黒い靄があの人達を覆ってた。だから私、あの時起きた後の光景しか分からなくって。それに……、あの黒い靄が静を隠してたから……どんな風に笑ってたのかも、分からなかった」

「……見えてなかったのか、あいつの姿を」

「あ、でもね。がんばって生きようとしているのはちゃんと見えたよ! すっごく明るい蝋燭の火みたいなのが見えたの!」

「蝋燭の火か……。いや、火ならば燃えるものをくべれば良いだけだから問題はないな。それで?」


 命を燃やすのではない。燃やして、命を続けるのだ。ならば何を燃やすのかと思考が逸れてしまいそうだったが、今はその思考をする必要はない。

 伊織は促すヴィンセントの問いかけに答えた。


「あの黒い靄が何か、私、知りたいの」


 魔術ではなかったような気がする。しかし何故だか、知っているような気がした。けれども伊織の中で、それを形容するためのイメージが定まっておらず、おそらく黒い靄として伊織の瞳に映っていたのだ。だから知る必要がある。もしくは、近しい何かを当てはめる必要があった。

 そしてそれが何かを知った後にやることを、すでに伊織は決めていた。


「それでね、そいつにビンタしてやろうって思うの!」

「それは止めろ。逆に怪我するからな?」


 静にも前に止められた。慣れていないと逆に怪我をしてしまうとか。


「そうよ。脛を蹴るのが一番よ」

「真咲様、無理すんなって」

「そうよ、真咲。せめて棒とか使いましょうよ」

「奈緒様、駄目ですからね?」


 慣れていないのだから、せめて棒か何かで。もしくは足の方が怪我のリスクは少ないと静は教えてくれた。

 真咲と奈緒はその教えの通りに実行しようとしているが、しっかりとそれぞれカルロスと、オリヴィアにたしなめられていた。

 そしてヴィンセントは額を抑え、深く息を吐きだしていた。


「絶対に静の真似をするなと、何故こんなことを言わなくてはならないんだ」

「静がね、こうすると一発でやれるって教えてくれて」

「……静に説教をする必要があるな」


 当たり前のようにヴィンセントが問題なく再会できる前提で話を進める。その些細な出来事でさえ、伊織の心は何か温かくなるように感じた。

 呆れて目元を押さえていたヴィンセントがようやく顔を上げ、琥珀を伊織に向けてきた。


「その目についてだが、どこまで見える。対象は? 人間のみか?」


 この黄金は本当に全てが見える、らしい。伊織は何となくではあったが、見えるものを全て口にしたことはない。

 ただ問われたときや、ここぞと言う時に見えたものを伝えるだけに留めているが、そうしなければ人は簡単に離れることを伊織はさすがに分かっていた。

 思考も何もかも、全てを見られている状態で平静でいられるだなんて思ってはいない。だからわざと見えないように、理解しないようにしてきた。おかげでもやもやと形が分からない何かが見えることの方が多いが、それでも全てがはっきりと見えるよりかはずいぶんと楽だった。

 しかしヴィンセントはそれについて問う。伊織のそれについてずいぶんと理解をしめしていながらも、だ。


「……どこまでって」

「……問を間違えた。忘れろ」


 答えに窮していれば、ヴィンセントはやらかしたと言わんばかりにさっと陰り、ばつの悪そうな表情を見せる。


「人間以外のものから、何か見えたりはするのか」

「えーっと、魔術とか?」

「……ああ、そう言えば黒い靄というのもそういうことになるか」


 ヴィンセントの問いかけの意味が分からずに伊織は小さく首を傾げる。と、すぐにヴィンセントは勝手に何か納得したように一つ頷く仕草をした。


「調べるのに、その目を借りたい」

「え、でも……見えるか分からないよ?」

「構わない。それに書庫の見つけきれていない魔術がかけられていないかの確認もしたいところだったからな」


 手元のグラスのコップに入った水を飲み干したヴィンセントは言うことを言ったようで、すぐに立ち上がった。


「では、明日からそのように動いてもらうが良いな」


 あくまで問いかけの姿勢を崩さないのは、立場上、ヴィンセントよりも聖女と呼ばれている伊織達の方が上だからだ。だが、問いかけという名の決定事項の確認であることは誰もが分かっていたし、もはやそれは当然のように誰もが受け入れていた。

 異を唱える者がいないことを確認したヴィンセントは少々人の悪そうな笑みを浮かべていた。

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