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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 二章 喪失に眠る
38/107

19 願ったら怒られました

 ベッドの縁で並び座る二人の間に流れていた沈黙を破ったのは静だった。


「どちらにせよ、ルイス達を残していくのは決まってるわけなんだけど」

「……はい」


 受け入れられずにいるのだろう、ルイスの歪む表情を目にし、静は困ったように笑った。


「父が亡くなった後、わたしは抜け殻のようだった」

「静様が?」

「そう。流されるがまま、長いものに巻かれて、当たり障りのない生活を過ごしていた。今までずっと喧嘩ばかりで過ごしてきたの急に止めたもんだから、どうすれば良いのか分からなかったんだよ」


 信じられないものを見るかのような目をルイスから向けられ、静は耐えきれずに視線をそらした。


「父が亡くなったのは、二年と少し前。なかなかにあっという間な時間で、とにかく働いて、本を読んで、明日の事をずっとひたすらに考えてた。そんな状態のまま、ここに落とされた」


 時間が解決するというにはあまりにも短く、無意味で無機質に過ごす日々というのはあまりにも長いような気がしていたのを静は振り返る。

 一人になればふと生前の父のとこばかり考えてしまう。だからバイトを掛け持ちし、常に本を読み、わざと疲れさせて眠る日々を続けていた。

 せっかく友達の手を借りて得た新しい生活を無駄にはしたくなかったからこそ、どうにか一人で対処しようとし、なかなかに破綻していたと静は自覚した。


「わたしを監禁していた男を殴った時の事、覚えてる?」

「……ええ、もちろん」


 ずいぶんと前のことのように思えてしまう。

 過ごす毎日が何かしらが起きているような気がする。おかげでずいぶんとそのことを考えることは無くなった。本質は何も変わらないのだけど。

 静はほんの少しだけ話すのを躊躇しかけた。けども伝えなければいけなかった。


「あれはただの八つ当たりだよ。確かに似たようなことを言った……気はするけど」

「ええ、暴力で収めたかったと」


 よく覚えていることに静は内心関心しつつ、小さく頷いた。


「わたしだってね、あの男と同じようにもう一度会いたいって何度も願ったよ。けど、そんなのは出来ないし、可能だったとしても父さんに怒られるのは分かっている。加えて母さんは必死に受け入れようとしている。だから考えないようにしていた。のにさぁ」


 ぐらり、と揺らいだ。甘美な願い。同じことを考えている同士。

 ほんの僅か、考えてしまったのだ。

 もしかしたら、と。なんせここは地球ではなく、魔術なんてものがあるファンタジーな世界で、そしてすぐそばには愛娘がいて。だから。


「一瞬でも、もしかしたらなんて、あの男の言葉に揺らいだ。その事実にわたしが耐えられなかった。だから暴力を使って黙らせた」


 湧き上がる思考を止めるため、静は男を殴る為に行動に移した。

 揺らいでしまった事実を隠すために、無理やりに男を殴り、心の曇りを無理やりに晴らそうとしたのだ。

 それはジェイク達に対しても同じだった。


「ジェイク達に拳骨を落としたでしょ。わたし」

「ええ。大変痛そうにしていましたね」

「思いっきり殴ったからねぇ。しかもあれもただの八つ当たりだし」


 気に入らない。その願いが、自分を揺らがそうとするから、気に入らない。聞きたくない。黙らせたい。


「惰性に生きてきたとか。死に場所を探しているとか。それでわたしのもとまで来て、死のうとしたとか。本当に腹立たしくて……羨ましくて。だってわたしはまだ、生きていられるんだから、生き続けているのに。笑って死ぬためにはまだ、足りないのに。なんでお前達は幸せに死のうとしているのか納得できなくて、不愉快で。だから、生き続けろだなんていう罰を与えた」


 お前達だけ狡いから、そんな自由を奪ってやる。

 生きろ。生きて生きて。そして死にたくないだなんて言わせられれば自分の勝ちだ。


「……ねぇ、ルイス。わたしは、そんな理不尽を平気でする奴なんだよ。暴力で、権力で、黙らせて奪って。自由に死なせないようにして。わたしだって残されるのが嫌なんだよ。どうすれば良いのかなんて分からないんだよ」


 残していかないで。置いて行かないで。

 両手で顔を覆い、ぐしゃりと前髪を乱した。


「もう生きたくないんだよ。嫌なんだよ。怖いんだよ。終わりたいんだよ。何かに縋らないと生きていられないんだよ。だからわたしは、ユフィアータに縋って、ルイスにも縋ろうとして。情けなくてそれで、わたしは……、わたしは何も、出来なくて……」


 以前。彼の全てを抱きしめたい為に、今抱いている恐怖を晒した。同情を誘う、感情に訴えるやり方で無理やりに彼を縛り付けようとした。

 怖いから側にいてくれと訴え、そして今は死にたい為に生きていたと告白し、自分の屑さを露呈させた。だからずっと側にいてくれ、という目的の為ではない。拒絶し、侮蔑してくれと願った為だった。

 今も全てが恐ろしくてたまらない。まるで自分が自分でないようなほどに理由なく恐怖している。その中で、唯一恐ろしくない彼を縛り続けてはいけないと思った。

 こんな禄でもない願いを抱き、しばりつけようとしている屑の側にいさせてはいけない。

 そうしなければ、そうでなければ。このほの暗い感情で、置いていく彼を永遠に縛り付けようとしてしまうから。


「……ごめん、ルイス。わたしは……」


 とにかく今は、自分がいなくなっても良いように場を整えることを考える必要があった。もうすぐそこまで、最悪が迫ってきている。だからネーヴェともう一度話をして。

 そしてルイスから、ちゃんと離れて。


「何故謝るんですか?」


 思考を回していた途中、その言葉が降ってきた。

 いつものように、呆れた声色だった。


「縋っていただけないんですか」

「……いや、駄目でしょ」

「何故ですか」


 何を言っているんだ、こいつは。と、静は俯いていた顔を上げ、ルイスを見上げる。

 ルイスはまっすぐに、呆れてはいたがしかし侮蔑も、拒絶も、絶望なんてものは一切なく、静をただひたすらに見つめていた。


「何故って……駄目でしょう。だって、わたしはこんなに屑で、ルイスを置いて行っていくのは決まっていて。だから」

「だから、なんです?」


 あれ、おかしいなぁ、と静は背中に冷や汗が流れる感覚がした。

 少し離れたほうが良いと思い、その場から動こうとしたがいつの間にかルイスの手が静の腰をしっかりと捕えていた。


「ル、ルイス?」

「はい」

「あの、さ……この手は」

「何の事です?」


 完全にとぼけたことをルイスは言い放った。

 静はやんわりとその手を外そうと試みるが、逆に力が込められて外れそうにない。挙句にはルイスの胸元にぽすり、とそのまま抱き寄せられた。


「え、あの、ルイス……?」

「はい、何でしょうか。静様」

「ど、どうして、こうなって……?」


 一体何がどうなっているのか。先ほどまでの幼さが見えていたルイスはどこに消えてしまったのか。そこにはむっつりといつもの無表情で、呆れたように静を見下ろす顔はなかった。

 静は目を離すことが出来なかった。というよりも、許されなかった。

 ゆるり、と細められる深緑が静を見下ろしてくる。呆れたような視線ではなく、ずいぶんと熱のこもった視線を。いつも真一文字に結ばれた口元は、うっそりとゆるやかな笑みが浮かんでおり、そっとルイスが唇を開いた。


「初心なんですね、静様」


 視界いっぱいに迫るルイスの初めて見る笑み。そして初めて聞いた面白がるような、身体の奥底に響くほどの色香が漂う低い声に、静はぴしりと石のように固まった。

 今、自分がどんな顔をしているのか分からない。

 ただ、ルイスは喉奥で小さく控えめな笑い声をこぼしながら、静の前髪を指先で軽く梳いた。


「ルイスっ、あ、え、まっ……!」

「はい、何でしょうか」


 静の前髪を整えたと思えば、次はそのまま静の後ろ髪にするりと指で軽く梳き始めた。ゆっくりと、繊細なものに触れるかのような優しい手つきで。

 それがさらに羞恥心を募らせて来るものだから、静はもう一度離れようと試みた。だが許さないと言わんばかりにルイスの腕に力が込められた。


「その程度で俺が静様から離れると思っているんですか」

「え……?」


 今の行動と相まってつい、間の抜けた声を漏らした。

 ルイスはようやくいつものむすりとした表情を浮かべ、深緑の瞳をすぅっと細めた。


「静様がどのようなお考えをお持ちであろうと、結果的にあれらは救われているんです。何も出来ないなんて戯言は吐かないでください」

「え、や、でも。わたしは」


 けど、でも。違う、と静は言いたかった。結果的にそうなったというだけで、実際はそんなもの。

 段々と鋭くなってくる深緑の視線を受ける静は、言葉を必死に考えながらもふと、とあることに気づいてしまった。


「……あ、あの。もしかして、怒ってる?」

「よく分かりましたね」


 ルイスはその言葉と同時、ひょいと静を抱え上げたかと思えば自身の膝の上に乗せ、しっかりと腕の中に閉じ込めた。

 なんという手際の良さか。きっとこれは問答無用で静を抱きかかえてきた結果だろうが、今はその成果を出さなくて良い。

 静が必死にそこから逃れようとするも、ルイスは許さないと言わんばかりに腰に腕を回し、強く引き寄せてきた。


「なんっ、え、ちょ、何?!」

「抱擁しているだけですが? 先ほどのお返しになりますね」

「これがっ?!」


 静が知る知識の上での話ではあるが、これはいわゆる恋人同士が行うそれだ。

 膝の上に乗せられ、腰を強く引き寄せられて、背中にも腕が回っていて隙間はほとんどない。しかも背中に回されているルイスの手がゆっくりと動いているしで、静の頭の中はもうすでに許容値を完全に超えていた。


「子供のじゃれつきとでも思えばよろしいのでは?」

「……さ、さっきは本当、その」

「謝罪は不要です。静様からしたら子供なのは変わりありませんし」


 怒っているうえに拗ねていた。なにこれ面倒。


「とは言え、その子供にだいぶ翻弄されているように見えますが」


 そう言ったルイスは、またゆるやかな笑みを浮かべ、静に見せつけてきた。

 ひゅ、と静はその顔を真正面から見てしまい、変な呼吸が漏れた。だんだんと熱が顔に集まってくるのを誤魔化す為、静はぐっと顔をしかめた。


「この、クソガキっ……うぎゅっ」

「ふはっ」


 頭の後ろからルイスの手が添えられ、そのままルイスの肩に押し付けられる。

 耳朶を震わせるルイスの笑い声がくすぐったく、熱を持つ身体がさらに熱を高くした、ような気がした。


「……静様」

「……何」


 静の頭に頬を寄せているのか、少し重く感じるのを感じる。そして少しだけルイスの腕の力が緩んだ。

 これならば、と静はとにかく脱出しようと腕に力を込めた。


「俺は、貴方の為に死にたいです」


 聞こえた瞬間、静はルイスの胸倉を掴みそのままベッドに押し倒した。


「熱烈ですね」

「あ?」


 茶化すように言ったルイスを馬乗りになって見ろす静は低い声を発し、胸ぐらをより強く抑え込む。

 ルイスはわずかに顔を歪めで僅かに息をつめたがたったそれだけ。藻掻くこともなく、ただ静を受け入れている。

 おそらく、静がこうすることを予想していたのだろう。だから腕の力を緩め、静の動きを自由にしたのだ。

 静は怒りのままに拳を振り上げそうになるのを必死に抑えようと、深く息を吐きだした。


「……一応、その考え至った経緯とか、聞こうか。それと、もう一回言ったら殴る」

「静様は本当、俺に甘いんですね」

「うるさいな、クソガキ。さっさと話せ」


 その通りだ。相手がルイスでなければ有無を言わさずに拳を振るいあげていた。そもそも、あの距離だってルイスしか許していない。だから今更だ。

 怒りの他に余計な羞恥がまた顔に熱が集まりそうになり、静は誤魔化すように舌打ちを小さく零した。

 ルイスはそれを知ってか知らずか、胸ぐらを掴んでいる静の両手に軽く触れてきた。


「俺はこの見目ですが、生まれはこの国の出身です。父が異国人なので、その血が濃く出たようです」


 胸倉をつかむ静の手を外そうとしたのかと思ったが、そのようなことはせず何故か上から重ねてきた。予想外の出来事に、つい静は両手の力を緩めてしまった。


「……別に家族に疎まれてはいません。むしろ、そこそこ面倒ですが、だいぶ大事にされてきたとは自負しています。ですが、やはり……負い目のようなものがあったのだと思います。……静様、本当に初心すぎるのでは?」

「う、うるさいなっ……! それで?!」


 ルイスは静が上に乗ったままだというのに難なく起き上がり、自身の隣へと抱えて下ろした。

 あっという間の出来事に静は固まったままで、ついルイスが口出しをしてくる始末だ。一体何が悲しくて五つも下の相手にそんな心配をされなければならないのか。


「この国は異国に対して良い印象は抱いておりません。ですから、周囲は俺を異国人と同じ目で見てきます。どれほど説明をしても、結局はこの見目で判断される他なかったんです。だから、このような見目に生まれた俺に家族はやはり思う所があったのだと思います」


 人は、五感から情報を得ている。とくに視覚からの情報は七割か、八割ほどを占めていると言われている。だから視覚から得た情報を真実とするには容易く、聴覚から得た情報はおそらく真実と判断するにはまだ他に何かの情報が必要となるのだろう。

 仕方がない。と言う言葉では片付けられないことだ。だが、こちらの世界の住人も同じように情報を得ているのであれば、もう何を言ったところで空しい言葉の数々にしかならないだろう。

 静はだから今は口を閉じて、続く話に耳を傾けた。


「だから、強くなりました。誰にも負けないほどに強くなれば、周囲は何も言わなくなるだろうと思ったんです。けど何も、変わりませんでした」


 ルイスはうろ、と僅かに深緑の瞳を揺らした。


「漆黒には異国の者達も在籍しています。ロビンもそのうちの一人です。俺の見目は彼らとほぼ変わりませんが、言葉を交わせばやはり違うのだと嫌でも認識させられました。言葉もそうですが、考え方等々も。だから余計に俺が何者なのか分からなくなりました」


 足掻いたのだろう。がむしゃらに上へと目指したのだろう。けども、到達した先に待っていたのは予想していたものをは大きく異なっていたのだろう。

 見目は異国人で、生まれはこの国で。身体の中には二つの血が流れていて。

 静には到底理解することが出来ない何かをずっと抱えているのだろう。本当の自分は誰か、と。

 揺らぐ深緑は、ぴたりと止まり、静を真正面に映した。


「そして、静様と出会いました」


 深い森の中、賊に襲われた静をルイスが助け出したのが最初だった。

 あれは本当に偶然だったのか、今となっては少しばかり思う所がある。けれども、世の中そんなもんだから気にすることもない、きっと。


「静様は……聖女らしからぬ言動であったり、行動をされるのでひどく驚かされました。それにすぐに人を信用するところはいかがなものかかと思います」

「はいはい、善処するよ」


 おそらく今後も直らないというよりも、直す気がない静は適当に返事をする。

 ルイスはもちろんそれが分かっているのだろう、呆れた視線だけを向けてくるだけで終わった。


「……静様が、何者ではない俺を、俺として見てくださいました。何度も言葉を重ね、名を呼んでくれて、受け入れてくださいました」

「それは、そういうのを分からなかっただけで。それに偉そうなことばかり言った、と思うし……」

「ええ、俺が勝手にそう思っているだけですので」

「なんというかさ、こう、変に吹っ切れてない?」

「そうですね。それに受け入れてくださっているのは本当では?」

「いや、まぁ、受け入れているっていうか……そうかも、だけど」


 確かにルイスの全てはおおよそ受け入れようと、静は決めている。しかしそれは、ほの暗い独占欲に似たそれを満たす為であり、決してルイスの為と言うものではない。

 何もかも吹っ切れているルイスに言ったところで無意味なのを察した静はそれ以上は何も言わず、口を閉じることにした。

 静が黙ったのが分かったルイスは、ほんの少しばかり口角をあげた。


「静様が俺を呼んでくれる度、ここにいて良いのだと思うようになったのです。俺が何者でも、静様が俺を認めてくださるのなら、俺を必要としてくださるなら、貴方の為にこの命を捧げてもかまわない」


 いらない、必要ない、と即座に言うことが出来れば良かった。

 あまりにも、これ以上ない幸せと言わんばかりに微笑むルイスの、なんと美しいことか。

 どこで間違えたのか。それとも最初からだったのか。

 静は視界が歪みそうになるのを誤魔化そうと、下手くそな笑みを浮かべた。


「馬鹿、じゃないの……? だって、そんな、それって、別にわたしじゃなくっても」

「ええ、そうですね。しかし俺は静様しか知らないので迷いようがありません」


 きっと最初からだ。

 静がルイスしか触れられず、手を引いてもらわなければいけないように。ルイスは静しか見ていない、見えなくなってしまった。

 偶然にしては出来すぎていて、しかしお互いがこうしてぴったりとはまってしまったことはきっと必然のような気がした。


「……馬鹿だなぁ。ルイスも、わたしも」

「そうですね」

「なんで、それを伝えてくれたの」

「ちょうど良かったので。あの地下でのことを覚えておりますか? 俺が静様にお伝え出来ず、黙ってしまった時のことを」


 静が先走るようにして多くの真実を話して、そして助けを求めた。結果的にルイスがそこそこ機嫌を悪くして若干八つ当たり気味に静が抱いていた不安と言ったものを一蹴した。しかしどうしてそうしたのかまでは、ルイスは結局答えることは無かった。

 それが今、こうして聞かされているとは静は正直予想をしていなかった。


「……だからって」


 自覚をしないで欲しかった。

 自覚しなけれぼ彼は知らないままでいられた。分からないままでいられた。多少なりとも傷つくことになるだろうが、こうも静に対して執着のようなものを向けずに済んだと言うのに。


「困らせてしまうことは分かっていました。だから自覚をしても黙っていようと思ったのですが、静様のお言葉を聞いてどうしても知っていただきたかったのです」


 死んでしまいたい、と離れて欲しくて言った。しかしそれはどうやら逆効果になってしまった。


「今後、静様が想定している通りの最悪な状況になり、そして我らが国の凍土へとお眠りになられた場合、俺は迷わずに後を追わせていただきます」


 彼はするだろう。ここまで言ってのけるのだ、確実に迷わずやる。きっと静が止めろと言ってもなんだかんだと説き伏せ、静を無理にでも頷かせるくらいのことはする。

 苦虫を潰したような顔を浮かべる静に、ルイスは深緑の瞳をわずかに細めた。


「……静様。仮にの話ではなりますが。いえ、仮にというのはよろしくはないのでしょうが」

「何」


 言葉を濁すルイスに、静は不機嫌交じりに続きを促した。


「……もし、この状況が落ち着き、静様達が生きて、元の世界へとお戻りになられることが出来たならば。俺は、死を選ばずにこの生を全ういたしましょう」


 静は理解をしてしまった。

 これはもう立派な脅しに他ならない。無茶無謀をし、命の危険性があろうと必ず静は迷わず飛び込む。それを分かっているからこそ、ルイスは自身の命を使い、静を生かそうとしているのだ。

 もっとも、静が忌避するやり方をして。


「この、クソガキ!」

「静様が俺に甘くて助かりました」

「さっきはどうすれば良いのかとか言ってたくせに!」

「所詮は子供の戯言と思ってください」


 この国では成人を迎えている彼は、都合の良いところばかり子供だとうそぶく。

 本当に子供のような、しかし大人もやりそうなことをするルイスに、静はもう何も言うことが出来ずにいた。


「ルイス」

「はい」

「おいで」


 もう一度、両腕を広げる。ルイスは躊躇することなく静へ両腕を伸ばし、どちらともなく抱きしめた。

 この身一つ。これ以外に何も、静は持っていない。その静に、ルイスは同じようにその身一つで、静をつなぎ止めようとしていた。この世界に生きるルイスならば、他の手段だって持っているはずだった。何より魔術なんてものを使えば、何かしらの方法で静をつなぐことだって出来るのではと思わざるえない。

 けどもルイスはしなかった。ただ、命一つで全てを投げ売ってまで静に捧げようとしてくるのだ。

 なんだかとても自分の事が馬鹿らしくなってきて、静は大きく息を吐きだすと共に、小さく笑い声を漏らした。


「分かったよ、ルイス」


 いつものように、仕方がないなぁと言うように、静はようやく答えた。

 ルイスからの返答はない。その代わりに抱きしめてくる腕の力がほんの少しだけ強くなった。



 それから、どれほど経っただろうか。

 ちょうど良いくらいよ温もりのせいなのか、心なしかルイスの体が傾き、重みを段々と感じ始めた。


「……眠い? ルイス」

「……静様、は……」


 もしや、と聞いてみればいつもよりも、ぼんやりとしたルイスの声が耳をくすぐった。

 そう言えば静が目覚めた時、うたた寝をしていた上に、ほとんど眠っていないとリーリアが言っていたのを思い出した。

 軽くその背を叩き、押しつぶされそうになる身体に再度力をこめた。


「おかげで目が覚めたよ。ほら、もう寝な。それとも戻る?」

「いえ……」

「戻らないなら、ここで寝てて良いよ。ただちょっとこのままだと潰されるから退いてほしいのだけどぉっ?!」


 これ幸い、と思ったのかは定かではない。だがルイスは無言の抵抗か、ぐっと静を押しつぶすように寄りかかってきた。静は何とか片手で後ろに手をついて傾く体を支えたがそう長くは保たない。


「……ねぇ、おい、クソガキ」


 返事はないが、聞こえてはいるらしく、回されている腕にまた力がこめられた。

 これは眠いからこうなっているのか。それとも本質的なものなのか。是非ともこの場で伊織に見てほしいとところだが、静に至ってはこのような状況に内心ひどく焦り、羞恥にまみれそうになるのに耐えるの必死で、やはり伊織には見てほしくはない結論に至った。


「……分かった、分かったから。じゃあ、あれだ。膝枕、とか」

「よろしいのですか?」


 ただの思いつきだ。冗談のつもりだったが、クソガキから即座に返事が返ってきて、静はぐっと顔を強くしかめた。


「……良いよ。だからちょっと腕離して」


 ようやく緩められた腕から脱出した静は、ずるずるとベッドの上を少し移動し、ゆらゆらと頭がわずかに揺れているルイスの肩を掴んでそのまま自身の膝の上に倒した。

 深緑はほぼ閉じかけ、静のなすがまま素直に倒れこんだルイスはわずかに何度か頭を動かし、ちょうど良い場所を見つけたようですぐに身動きするのを止めた。

 ルイスの両目を閉じられている。が、腕はしっかりと静の腰に回してくるあたり、逃がす気はないらしい。


「おやすみ、ルイス」

「……おや、すみなさ……い。静、様……」


 静は呆れた視線を向けながら、すぐに小さく寝息を立て始めたルイスに自然と笑みがこぼれた。

 そしてつややかな黒髪をそっと撫でる。

 どうか、穏やかな夢を見られるように、と。

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