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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第2部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 一章 歪む国
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02 目覚めれば森の中

 暗闇に飲まれ、気が付けばどこか分からない場所で静は目覚めた。

 澄んだ青空にぽかぽかとした心地良い陽射し。耳に届くのは風で木々のこすれる音と鳥達の声。僅かに首を動かしながら周囲を見れば、小さな花弁の青い花々が視界いっぱいに広がっていた。

 なんて昼寝するのに丁度よい場所なのだろう。静はついつい甘えてそのまま瞼を下ろそうとしたが、腹の上に何かが乗り上げ、動いていることに気づいた。

 一体何が乗っているのかと背筋に冷たいものを感じながら手を伸ばしかけ、ふと静は気づいた。他の三人はどこだ、と。

 静は慌てて上半身を起こすと、腹の上に乗っていたそれはころころと簡単に転がってしまった。さらに慌てて見ればそれは小さな犬、というよりも本当に生まれたばかりではないかというような可愛らしい銀色の、おそらくは子狼がいた。


「え、かわいい」

『驚いたぞ』


 可愛いなぁと手を伸ばして触れようとした手を止めた。

 今の声は一体どこから聞こえたのだろうか、と。しかも一度聞いたことがある声だった。さりげなく周囲を見渡してみれば、木、木、草、花。

 あ、この花かわいい。


『私とお前だけだ。残念だが、皆とは別に落ちたようだ』

「え、その、まさか……ユフィアータ?」

『ああ、そうだ』


 きゃん、と可愛らしい声で鳴くように言い切った子狼のまあるい瞳の銀が美しく瞬いてた。


「どうしてこうなった……っ」


 まさか自分がこの言葉を使うとは思わなかった。

 この状況にすでに許容量を超えた頭がパンクした静は、無意識にその場で頭を抱えた。

 何故、このよく分からない場所に一人でいるのか。何故、森の中なのか。何故、とても美しく可愛らしかった少女が子狼の姿になっているのか。


「……説明を、説明をください」

『敬語はいらん、これから長くなるだろう仲だ』

「うん、説明をください」


 それでもわずかに落ち着けているのは、あの空間で多少なりとも話す時間があったからだろう。そうでなければ今頃パニックになって、泣き出す自信があった。

 静はなんとなく姿勢を正し、無くしてなかったリュックの上に子狼を乗せた。少しバランスが悪そうにしていたが、少しでも目線を合わせるように子狼も背筋を伸ばして静を見上げた。

 何とか顔には出さなかったが、大変可愛らしかった。


『ここが我らが世界、国、ロトアロフだ。落ちる寸前、さらに歪みが大きくなり、皆別々に落ちてしまったようだ』

「ああ、それで一人……」


 他の三人は無事だろうか。そればかりが気がかりになってくる。大きく、早くなる鼓動に気付かないふりをし、静は続きに耳を傾けた。


『それで何故、お前と共にいるかというとお前を依り代にしているような状態だからだ。最低限の力をお前に与えたは良いが、弱体化しているのもあり、このようなことをしなければ保てないのだ。本当にこれについては申し訳ないが』

「え、あの。はい。なんでそんなになってまで、わたしに力を……?」

『必要だからだ。言葉が通じなければ困るだろう?』


 なるほど。どうやら所謂言うところの言語チートというものをくれたらしい。それはとても助かるが、それにしたって何故、狼の姿なのかが分からなかった。

『この姿だが、どうやらお前の好みに反映しているらしい。狼が好きなのか?』


 静は動物全般が好きだが、特別に狼が好きというわけではなかった。

 不思議そうに首を傾げる姿に愛らしさを噛み締めつつ、そしてふと最近の行動を思い返してすぐに思い出した。


「たぶん最近、狼の動画見てたからかなぁ。かっこよかった……けど、こんなに小さいなんて」

『力が弱体化しているからだろう。中でも私は四番目且つ、人間が嫌うものだ。一番早くに力が弱るのもまた道理』

「人間が嫌うって……?」

『そうだな、では移動しながら話をしよう。動けるか?』

「あ、うん」


 ユフィアータに促され静は立ち上がり、子狼を胸に抱える。そしてリュックサックを忘れずに背負い、そのまま道なき森へと足を踏み入れた。



 足を踏み入れた森の中は、想像していたよりも明るい場所だった。木々の葉の間からたくさんの光が降り注ぎ、足元には白い小花がちらほらと咲いている。さらによく目を凝らして見てみると、木々の根元に薄らとわずかながらに発光をしている何かに気づいた。それは揺れるたびに胞子のような、綿毛のような光を放出させ、森の中へと漂わせていた。

 もう一度静は森の中を見渡せば、これほどまでに明るいのは上からの光ではなく、このよく分からない光の胞子のようなものがあるおかげだと知った。


『気になるか』

「えっと……少し」


 抱えられたままのユフィアータが足を止めかける静を腕の中から見上げた。


『あれはキノコの一種らしい。詳しいことまでは分からないが、澄んだ森にのみ群生をしている』

「へぇ」

『胞子自体は無害だが、胞子を出すキノコ本体は毒を有しているから食わないことを推奨する』

「似ても焼いても?」

『似ても焼いても』

「……そっかぁ」


 毒なら食べることができない。もしおいしいものだったら最悪今日の食糧になっていたかもしれないというのにだ。


『いいか、話をして』

「あ、ごめん。お願いします」


 光を放つキノコにばかり気を取られていた静は慌ててユフィアータの話に耳を傾けた。


『我ら愛娘は、それぞれ役割がある。一番目のリディアータは、生命の真実を解く天秤。二番目のメルヴェアータは生命を芽吹かせる慈雨。三番目のラウディアータは生命の導となる星々。そして私、四番目であるユフィアータは生命が眠る凍土。何ものでもない生命が自身の姿を知り、そしてこの世に産まれ、己が道に迷いながらも進み、そして永劫の眠りにつく。それを見守るのが我ら愛娘の役目だ』

「末っ子だったんだね」

『そうなるな。それでだ、人間は自ら祈り願ったと言うのに、死というものが恐ろしいのか、私を恐れているらしい』

「人間だねぇ」


 なんて酷い、なんてことは言えなかった。

 静は神がいるとかいないとか、そういったものにほとんど頓着しなかった。

 年末年始には神社や寺でお参りはするし、クリスマスでケーキを食べたりと宗教がごちゃごちゃと混ざった生活を当然のようにしていた。そんな生活にさして気にせずに行った。ただ静は、そこに神がいる、見ているとは欠片ほどに思いもせずに生きてきた。

 神がいると言う人がいれば、いるのだろうと思った。同時に、いないと言えば、いないのだろうと思った。

 死の象徴である代表的な存在といえば死神だろうか。神が生を狩り、死を与えるてくる。だから怖い。そう人間は思ったのかもしれない。


『人間は生きようとする、少しでも長く。それは良い。だが、返してほしいと泣く者が多く、つらい』

「ユフィアータのせいじゃないのにね」

『始まりがあれば、終わりがある。それが道理で、自然の摂理だ。しかし人間は認めない。おかげで私の力は随分と小さく、弱いものになってしまった。これでは何も守れないほどに』

「わたしは助かっているけど」

『……優しいな、静は』

「そう見えるだけだよ」

『いいや、静は優しい。私を受け入れてくれているだろう?』


 依り代にしている、という事はある程度、静が考えていることは把握をしているのだろう。親愛のキスのように銀の子狼はペロリと静の口の横をなめた。

 少しくすぐったくて、つい静は笑みをこぼした。


『だから精一杯、静の為に力を貸そう』

「それで消えてしまわないでね」

『静が私を見てくれている限り、それはないな』


 それならば安心だ。

 こんな、所謂いう所のファンタジーな世界に放り出されたのだ。こんな時に一人投げ出されるのはとにかく避けたいことだった。だって――こんな。と、思考を止める。

 無意識に浮かんだ思考に、静は慌てて隅に追いやった。だと言うのに、次から次に考えることは自分のことばかりだった。

 他人の事を考えている余裕は一欠片も無かった。むしろ今の状況は静にとって好都合でしかなかった。

 もし誰かと一緒であれば、気にかけて励ましながらどうするべきかと考える必要があるのだろう。けれども静はきっと励ましなんてしないだろう。無言か、こうしてユフィアータから必要な情報を聞いて、そして考えることにしか意識を向けることが出来ず、一緒にいる誰かを気にかけることなんてしなかったはずだ。

 どこまでも自己本位でしかない。しかしそうやって生きてきた。今更すぐに変えるなんて出来るわけがなかった。


『待て、静』


 突然ユフィアータが鼻先を高く上げ、周囲を窺うように耳を震わせる。

 静は言われた通り、その場で立ち止まる。周囲を見渡せば視界いっぱいに広がる森の景色。とくにおかしなところはない、ように見えた。


『走れ! とにかく前に走れ!』


 突如響くユフィアータの鋭い声に、静は一瞬戸惑ってしまった言われた通りに静は駆けだした。同時、背後から何やら金属のこすれる音と、よく聞き取れなかったが明らかに人間の声が聞こえた。


「ユフィ、アータっ!」

『走れ、走れ!』


 足をもつれさせながら森の中を走る。けれども静の足は森の中という慣れない状況のせいで到底早いものではなかった。

 突然、背負っていたリュックごと、後ろへぐいっと強く引っ張られる。そのまま静は後ろに引きずられるように地面に転がされた。すぐに起き上がろうとしたが上から大きな男の手が静の首を掴み抑えた。


「珍しい服だと思えば、まさか当たりだとはなぁ」


 苦しさに喘ぎながら、静は睨むように目を向けた先に見えたのは、これぞ賊と言わんばかりに髭面の男が下種な笑みを浮かべ見下ろしていた。

 ユフィアータはどこだ。

 地面に転がった時に、離れてしまった銀の子狼を探そうとする。が、さらに首に力が増え、苦しさに涙が溢れそうになった。


「おい、珍しいのがいたぜ」

「売れそうだな、それ」

「暴れんなって!」


 数人の男の声が聞こえる。キャンキャンと、ユフィアータの鳴き声が耳に刺さった。

 姿が見えないが、ユフィアータもまた捕らえられてしまったようだった。


「さぁ、嬢ちゃん。ちょいと大人しくしてくれればこれ以上酷い事はしねぇよ。ただ歯向かおうって言うんなら」


 男が言い切る前に、静は男の顔めがけて拳を振るう。だが届かず、拳は虚しく宙をきった。


「ははっ、それで抵抗しているつもりかよ! ああ?」


 男の声が静を威圧させようとする。

 静は歯を食いしばり、何度も拳を振るうも男は笑い、顔を近づけてきた。その時に、静は思いきり体を丸め男の背中に鋭くつま先を落とした。


「っ、おい、このガキ!」


 男はにやついた顔から一気に怒気を露わにし、より強く首を絞めてきた。ほとんど呼吸が出来ず、はくはくと静は口を動かし何とか呼吸をしようと喘ぐ。その姿に男はまたぐっと、笑みを深め、静の服に手をかけた。


「頭ぁ、ちょっと何しようとしてんすか」

「ちょいとしたお仕置きだよ。それにこんな機会、なかなかねぇだろ?」

「後で俺らにもまわしてくださいよ!」


 これから何をしようとしているのか、すぐに分かった。静は男から離れようと抵抗をするが、男女の力の差か、全く男の腕は離れず、服の破れる音がした。

 悔しい、悔しい。なんで自分がこんな目に合うのだと、静は目から涙が溢れだした。

 身体が周囲の男達の手によって無理に押さえつけられ、薄気味悪い大きな手が肌を這う。知らないその感覚に、悔しいという感情が恐怖に一瞬にして塗り替わった。

 なんて恐ろしいのか。今まで、全く持ってそんなこと思わなかったのに、この手がそら末恐ろしいなんぞ思わなかった。

 静はただ無我夢中で藻掻く。しかし逆効果だったのだろう、手がさらに増え押さえつける。嫌だ、嫌だと叫ぼうとしても口を押さえつけられて自由はない。

 ああそうだ。こんな世の中、なるようにしかならないのだ。それならば、いっそ。

 静はただ涙が流れるがまま、ふっと抵抗を緩めた。


「お? ようやく大人しくなったな」


 黒い大きな影が、にんまりと笑った。



 その時だった。

 突如として急に苦しさが無くなり、視界が一気に開けた。

 苦しさから解放された静は反射的に思いっきり息を吸うと身体を丸め、大きく咳き込んだ。涼やかな、澄んだ空気を肺いっぱいに何度か満たしながら、瞼を無理やりに上げて見れば、また新しい男達がそこにいた。

 新しい男達はそれぞれ長剣を持ち、そろいの服を身に着け賊を相手に剣を振るっている。

 静は震える手足に何とか力を入れ、地面から起き上がる。しかし、静はあまりの状況の変化についていけず、そこからどうしたって動くことが出来ずにいた。


「こちらをお使いください。汚れていますが」


 すぐ横から声がした。

 静は肩をびくりを震わせながらみやれば、褐色の肌が目立つ、少年のようにも見えなくもない青年がすぐ真横にいた。

 目線を合わせるように片膝をついた彼は、生成り色の布を静へと差し出していた。静は差し出された布と、彼を交互に視線を向ける。

 彼だけは動きやすそうな黒い衣服を着ており、剣はない。この森のような深緑の色の瞳を静に向け、様子を伺っているようだった。静は一瞬の躊躇を覚えたが、彼の髪が黒髪であったことで妙な親近感を覚え、それだけで十分な安心感を抱いてしまった。

 静はようやく差し出された布に手を伸ばすが、手が震えうまく布を掴めなかった。


「失礼いたします」


 彼は見かねてか、静の肩に包み込むようにふわりとかけた。次いで、中途半端に伸ばされた静の手を比べて大きな彼の手の指先が触れた。驚きでその手から逃れようとしたが、近くで大きく響いた金属のぶつかる音に静は反射的に彼の手を強く掴んだ。

 わずかに、深緑の瞳が揺れたような気がした。


「……立てますか?」

「あ、はい……あ、待って、あの子が」


 銀の子狼を探そうと見渡す。と、土まみれになりながらも必死に駆け寄ってきた姿を見つけ、静はすぐさま両手を伸ばし抱きかかえた。

 きゅーんきゅーんと、鼻を鳴らして顔を埋める子狼に、静は深く安堵の息を吐いた。


「よか、った……」


 疲労のせいだろうか。それとも助かったという安堵のせいだろうか。

 静の身体から力が抜けたかと思うと、一気に意識が遠のいた。

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