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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 二章 喪失に眠る
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07 孤児院の子供達との交流

「元気になりました」

「まだ熱があるじゃない。ほら、さっさと寝てなさい」

「熱め……!」


 静がうぐぅ、と悔し気に声を漏らしながらベッドの中に身体を倒した。奈緒は呆れつつ、静の長引く熱を心配してかひっそりとため息をついた。

 あれから三日が経ったが、静の熱は中々下がらずに昨日の夕方になってようやく起き上がれる程度にまで回復した。そして今朝、確かに元気なようにも見えるが、額に触れればまだ熱さは感じるし、聞けば食欲もまだ完全に戻っていないというのだから、心配でため息も出てくるというものだ。


「私も一緒にお留守番なんだから良いでしょ?」

「そういう名前の見張りでしょ。わたし、分かるよ」

「分かっているなら良いのよ」


 さすがに静も、無理は禁物だと分かっているようで大人しくベッドに戻りつつ、くわりと大きな欠伸をこぼしているネーヴェに顔をうずめた。


「静、プリン作ってあげるわよ」

「大人しくしてるね。あ、メルは置いてって」

「分かっているわよ。メルは今日、ここにいなさいよ」

『はぁい』


 奈緒はさてと立ち上がり、頭の中で必要な材料を上げていく。あ、と奈緒は後ろにいた二人に振り返った。


「ルイスさんとリーリアさんの分のプリンも作るわね!」

「いえ、結構です」

「そんな、わざわざ」

「作るわよ。レオナにもいつも作っているし。ね、レオナ」

「はい! 楽しみです!」


 遠慮する二人の言葉をまるっと無視し、奈緒は静の部屋を後にした。

 量は大目に作ろうと奈緒はさらに分量の計算をし始める。朝から出かけて行った二人の事だ、プリンを作ったと知れば、自分達のは無いのかと言ってくるに決まっている。

 それに向かう先が向かう先だ。きっと疲れて甘いものが欲しくなるはずだろうから、余力があればプリン以外も作っておいた方が良いだろう。


「レオナ、プリン以外に何食べたい?」

「クッキーが食べたいです!」

「良いわね。それも作っちゃいましょ」


 何はともあれ、美味しいお菓子を作ろうと奈緒は小さく意気込んだ。


 

 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 ディーヴァと同じ色の澄んだ空が今日も頭上に雲一つなく広がっている。真咲は同じ色の瞳でそれを映し、ぐぅっと両手を上にあげて背筋を伸ばした。


「ついたぁ!」

「真咲様、少しは大人しくなさってください」

「はーい」


 後ろからアリッサからのいつものお小言を貰い、真咲は間延びした返事をする。アリッサの表情は分からないが、きっとしかめっ面をしているのだろうと容易に想像がついた。


「いっつも仲いいね、二人共」

「うわっと……! もう、伊織!」


 後ろから抱き着くように伊織が飛び込んできて、真咲は小さくたたらを踏み振り返った。

 伊織は楽しくて仕方がないと言うようにニコニコと笑っていて、ついつい怒れずにそれ以上なにも言えなくなってしまう。本当に伊織には甘いなと思いながら、真咲は抱きつく伊織をそのままに受け入れていた。


「仲が良いって、どこをどう見ればそうなるのよ?」

「えー? 見てれば分かるよ。クレアもそう思うよね?」

「はい、私もそのように見えますよ」


 伊織と同じようにニコニコと笑うクレアに真咲はむすりと口を尖らせ、アリッサもまた眉間に皺を寄せた。

 似たような反応をする二人に更に伊織とクレアは笑い、そして護衛として共に来ているカルロスとクラウスは呆れたようにそして微笑ましいものを見るような視線を向けた。


「護衛って結構暇だよなぁ」

「これも仕事だ」


 カルロス、クラウスは彼女達に聞こえないように言う。呆れているがしかし、その口元はわずかに笑みを浮かべていることをお互い気づかずにいた。何とも穏やかな光景に、護衛という仕事を忘れてしまいそうになる。それくらいにここの空気はとても穏やかなものだった。



 二人が訪れている場所は王都の端にある孤児院だ。

 前回、信徒達との交流は途中に少し顔をしかめてしまうような事態が起きたものの、間違いなく成功と言えた。

 その為、今後も不定期に交流をすることとなったわけだが、それならばと真咲自ら提案したのだ。と言っても、ただ単に城下町に行きたいというだけだったわけだが。

 それを聞いたヴィンセントは盛大に顔をしかている横で、エドヴィンが言ってきたのだ。

 それならば、孤児院はどうか、と。

 聞けば、この国にはいくつもの孤児院が点在しており、場所や運営状況によっては大神殿へ赴くことさえ難しいと言う。そして何よりも、下手に城下町に行くよりも混乱は少ない上に、護衛する立場であるエドヴィンから言わせてみれば、とても守りやすいとのことだった。

 エドヴィンの進言により、ヴィンセントはようやく首を縦に振り、そして今日、朝から孤児院へと真咲と伊織が馬車で移動し、孤児院まで訪れたのだった。


「あの人がそうかな?」

「それっぽいわね」


 訪れた孤児院は少々古びた建物だった。その大きな出入口から、多くの子供達がこちらを遠巻きにして見ている中で、質素な服をまとった女性が慌てて小走りに向かってきた。

 聞けば、この孤児院は元々神殿として使われていたらしい。だが年々、信徒は減り、そこに加えて管理をしていた神官も高齢。いずれは朽ち果てる運命であったが、この近辺にまだ残っていた信徒達が、まだ使える神殿があるのであれば利用したほうがよいだろうという話となり、改築して孤児院へと運営することにしたと言う。

 もちろん神殿もそれは了承しており、いくばくかの補助金等も渡しているらしいが、実際に見て見れば、本当にそうなのは少しばかり疑ってしまうほどの廃れ具合であった。


「申し訳ございません。お迎えに間に合いませんで……! ああ、このような場所にまさか聖女様が二人もいらっしゃって下さるとは……!」


 真咲達を迎えにきた女性が胸元に手を置き、僅かに目を伏せた。


「お話はかねがね伺っております。空の聖女様、金の聖女様。私はこの孤児院で働かせていただいておりますニーナと申します。どうぞ、ニーナとお呼びください」


 ニーナと名乗った女は、二人と視線をあわせずに少しばかり俯き、ほんの少しだけ動きが硬かった。

 見るからに緊張している面持ちであったが、そんなのを気にせずに伊織がニーナに近寄り笑顔を向けた。


「こんにちは、ここに来るのをとても楽しみにしてました! 今日はよろしくお願いします!」


 満面の笑みを向けた伊織に、ニーナは一瞬驚きの顔を見せたが、すぐに不器用ながらようやく笑みを浮かべて、小さくはいと答えた。



 孤児院の中は繰り返し修繕を繰り返しているのが見て取れた。壁や床、天井までところどころ色が異なっていたり、触れたらすぐに壊れてしまいそうな箇所もあった。

 このような孤児院は国中のあちらこちらにあるらしい。貴族が運営をしていれば、商人であったりするなか、やはり多いのは神殿関係だとか。

 このように元々神殿出会った建物を改修する場合もあれば、神殿の一部を孤児院として使っている場所も珍しくはないのだと言う。

 だが総じてどの孤児院も、運営は厳しいのだとニーナは説明をしてくれた。


「この短い夏の間に、長く厳しい冬を無事に過ごせるように食べ物や備蓄をより多く整えるのが重要になってきます。ですので、それ以外の事はあまり、資金を回せないのです」

「そうなんですね……。あの、孤児って多くはなっているんですか?」


 真咲の問いに、ニーナは暗い表情を見せ、足を止めた。


「残念ながら。一年前は飢饉が起きた場所もありました。三年前は異国から入ってきた病原菌でその地にいた方々が病に倒れました。貧しいがゆえに賊になり、その者達に襲われ、また賊になるというようなことも起きてしまっているのです。神がいらっしゃるというのに、何故そのようなことが起きてしまうのか……。神は、我々をお見捨てになったのか、と日々過ごしておりました」


 話ながら、ニーナは窓の外を見る。その先にあるささやかの庭は今でしか見られない楚々とした花々が咲いていた。風に揺れ、ゆらりといくつもの花々が揺れていた。

 ニーナはそして、真咲達に振り返る。先ほどまで浮かべていた暗い色が嘘のように、その目は希望に満ち、美しく輝いていた。


「絶望をしました。もう我々に救いは訪れないのだと思っていた矢先、こうして聖女様方がいらっしゃってくださったのです。ああ、我らが神はまだお見捨てにならなかったのだと、私は……いえ、我々はどれほど救われたでしょうか」


 真咲も伊織も、信仰心が強いと言う訳ではない。それは日本という国だからなのかもしれないけども、都合の良い時だけお願いして、そうでなければいないと同じように過ごしてきた。

 それに比べ、この国の人々はただただ強く、信じている。信じ切っていた。確かに愛娘達がいるのだから神はいるのだろうけども、見守るだけの神に対してこれほどまでに強く祈るだなんて真咲には到底理解ができなかった。

 ニーナも含め、昨日の信徒達は皆、真咲達を通して神の姿を見ているかのようだった。昨日も、そして今も抱いてはいけない薄気味悪い感情を必死に堪えながら、真咲は必死に笑顔を浮かべた。


「もちろん、皆が祈ってくれたおかげですよ」


 口から吐くのは残酷な言葉だ。

 もっと祈ってくれ。願ってくれ。全ては、自分達が元の世界に帰るために。

 ニーナの疑わない目に、真咲は人知れず胸を締め付けられた。笑顔が少し引きつりかけたが、それでも何とか必死に取り繕っている時、隣にいる伊織がそっと真咲の腕に触れた。真咲は伊織の細い手に、自身の手を重ねた。きっと伊織も同じことを思っているのだろうと、真咲は勝手に思いながら。

 それから他愛のない話をしながら案内された部屋には、この孤児院に今いる子供達が集まっていた。


「皆、聖女様方がいらっしゃいましたよ!」


 ニーナの言葉と同時に中に入れば、わっと子供達が駆け寄ってきた。

 慌ててカルロス達が前に出ようとしたが、真咲と伊織がそれを制し、二人して目線を合わせるためにその場にしゃがみこんだ。


「せいじょさま!」

「せいじょさま、ほんものー?」


 小さい子供達が先に来て、その後ろを少し遠慮がちに、けれども好奇心の色を瞳に移した子供達も集まって、あっという間に二人は子供達に囲まれた。


「ええ、本物よ」

「なんだよー、思ったよりもガキじゃん」


 少々生意気そうな男の子がぼそりと思わずといった様子でつぶやいたが、しっかりと真咲の耳に届いた。ちらりと肩に乗っているディーヴァを見やり、ディーヴァは心得たというように翼を広げ、丸い男の子の頭へと飛び移った。


「うわっ! なにすんだよ!」

「ちょっと、そこのクソガキ。聞こえてるわよ」

「真咲、やりすぎちゃダメだよー」

「けど止めなかったじゃない、伊織」


 伊織は笑顔を浮かべるだけだったが、それが答えであった。本当になかなか良い性格をしている。

 が、真咲はそれ以上は言わず、未だにディーヴァに襲われている男の子の元へと近寄り、その頭をぐわしと掴んだ。


「ガキ、じゃなくてお姉さま、よ」

「自分でお姉さまっていうのかよ! っていうか聖女がこんなことしていいのか!?」

「さあ? 私が知っている聖女は肝っ玉お母さんに、お腹にいろいろとため込んでいるのと、どっか抜けてるのしか知らないけど」

「最後完全に悪口じゃないっすか、それ」

「お腹にいろいろなんてため込んでないよ!」


 カルロスと伊織の言葉を、真咲はまるっと無視をした。

 真咲は肩にディーヴァをとまらせ、にんまりとした笑顔を男の子に向けた。


「ま、ガキなのは認めるけど」

「じゃあいいじゃねぇかよ」

「あんたよりはガキじゃないのは確かよ。っていうか、名前は? 私、真咲っていうの。正直聖女って言われるより、さっきみたいにガキって呼ばれるほうが気が楽なのよね。あんたいい度胸してるわ。ケガしてない?」


 真咲はぐしゃぐしゃと柔らかい髪を乱しながらをなでつつ、先ほどので怪我がないことを確認をする。けしかけたが怪我をさせるのは本意ではない。

 男の子は突然の真咲の問いと行動に驚きを隠せずに呆然と見上げていたが、だんだんと顔を真っ赤にして、ぺしりと真咲の手を叩き落とした。とはいっても本当に軽くだ。


「こら! ジル!」

「うっせぇ!」


 ニーナにジルと呼ばれた男の子は脱兎のごとく、部屋の外へと出て行ってしまった。残された真咲は小さい背中が見えなくなるのを待って、そうしてつぶやいた。


「……すっごく可愛かった」

「真咲ってさ、素直じゃない子好きだよね」

「ぐっとこない?」

「えー? あ、ニーナさん。真咲まったく気にしていないから、大丈夫ですよ!」


 先ほどのジルの行動に今にも倒れそうなニーナの姿が見えた。真咲は問題ないというように笑顔を見せたがしばらくは無理だろう。

 ということで、気を取り直して真咲達と話をしたそうにうずうずとしていた子供達にようやく目を向けたのだった。



 孤児院でどう過ごしているのか。何をすることが好きなのかという他愛のない話をしていると、その中であどけない少女がふと聞いてきた。


「どうして、聖女様たちはこの国の人じゃないのー?」


 幼いからこその無邪気な問いに、ニーナが顔を強張らせたが真咲はそれに気付きながらも笑顔で答えた。


「なんでだろう? もしかしたら、この国の人じゃないからかもしれないわね」

「どうして?」


 純粋な瞳が真咲を見上げる。どうして、と。

 真咲は言葉を詰まらせた。つい適当なことを言ってしまい、自分でも何故かとは考えなかった。

 ああ、なんて答えよう。と思ったら横から伊織が入ってきた。


「知らないって大事なことだよー」

「そうなの?」

「そうそう。けどね、知らないままなのは駄目だと思うの」

「んんー?」


 よく分からないと言うように少女が首を傾けた。


「えっとねー。知らないってことは、何でもが初めましてなのね? ほら、私達も初めまして!」

「うん、はじめまして!」


 きゃっきゃと二人は両手を握って笑いあった。


「それでね、私はあなたがどんな子なんだろうって思うの。お名前は? 好きな色は? 甘いものは好き? そういうことをたくさんお話して、知りたいって思うの」


 黄金の瞳を細め、伊織は笑った。


「私ね、ここに来た時すっごく怖くて、寂しかったの。何も知らなかったから。けどね、大神殿の皆の事を知って、この国の事を知っていくうちに、怖いことも、寂しいこともなくなってきたの。それってすごいことだと思うの」

「すごいの?」

「うん、すごいよ。だってお話して、知って。それでここがとっても素敵な場所なんだって知ったんだもん。たぶん、これは私がここを知らなかったからだと思うの。知らないって、これから知ることなの。知らないって、透明なの。透明のお水をかざして、世界が見えるの。もし知っていたら、その色に染まったお水を通して見ちゃうから、とくに白い色なんか別の色に見えちゃうでしょ?」

「うん。けど、じゃあ、もう知っちゃってたら……」

「だからお話をして、知っていくの」


 伊織の金の瞳が、不思議に揺らめいた。


「本当のあなたはどんな姿をして、どんな色をしているの? どんなことを考えているの? そして私のことも知ってほしいって思うの。そしてこの子の事も」


 伊織の服の下から、ひょこりと隠れていた白蛇を顔を出した。

 慌てて少女が飛び上がるが、伊織にしっかりと手を逃げられて、少女以外の子は逃げてしまったが、その子だけが取り残される形になってしまっていた。

 やはり蛇は怖いらしいが、しかし案外よくよく顔を見てみると可愛いものだと真咲は知った。もちろん伊織には絶対に言わないが。


「この子はヨル。私の大好きな子なの。大丈夫、乱暴なことをしなかったら怖い事なんて何にもないから」


 ようやく出てきた白蛇は、いつもの定位置である伊織の首に巻き付いていく。伊織はくふくふと嬉しそうに笑うものだから、少女は驚いたように目を丸くして蛇を凝視していた。


「知らないってことは何も染まっていないこと。だけども知らないって怖いことだとも思うの。だからこの子の事が怖いって思っているでしょ? けどね、私はこの子が大好きだし、この子以外の蛇も、蜥蜴も帰るも虫だって好きなんだけど」

「伊織、話が逸れ始めているわよ」

「はっ……!」


 つい爬虫類の話になってしまいそうになった伊織を、横から真咲が止めた。せっかくいい話をしている最中なのだ、話がいきなり変わるのだけはどうにか止めなければならなかった。


「えっと。あのね、何が言いたいのかっていうと……、この子のことも好きなってほしいなって思うの」

「……か、かまない?」

「かまないけど、驚かしちゃったら分かんないかも。そーっと触ってね」


 少女は頭を持ち上げている白蛇の身体をふに、と触れ、ぱっと目を丸くした。


「やわらかい……! ふにふにしてる!」

「でしょ? ほら見て、目なんて私とお揃いだよ」

「あ、本当だ!」


 少女がきゃっきゃと声を上げて見ているうちに、好奇心の方が強くなったのか、子供達がいつの間にか少女を中心に伊織の周りに集まってきていた。

 伊織はそれに気づいていたようで驚く素振りすら見せず、順番に子供達に愛しの白蛇を見せながら、愛を少しこぼしつつも話をし始めた。


「伊織様はなんつぅか、図太いよなぁ。あの時もそうだったけどよ」


 いつの間にか蚊帳の外になった真咲の隣に、カルロスが立っていた。自分の侍女であるアリッサはどこだとみれば、クレアとニーナと共に何やら談笑をしていた。

 それを見て、なぜか真咲は妙にもの寂しく思えてきたが気のせいだと思い、カルロスを見上げて鼻を鳴らした。


「別の言い方はないの?」

「あー……あれだ。強か」


 強か。なるほど、と真咲は伊織の姿を見て、納得した。

 あの信徒達と会ってから、伊織は何やら一皮むけたように、よく自分から神官達と話すようになった。あれほど視線を合わせないようにしていたというのに、今やまっすぐに見てくるものだから逆に神官達が黄金の瞳の圧に負けそうになっている始末だ。


「で、本当の理由ってなんだ?」

「何がよ」

「真咲様が選ばれた理由。伊織様、今誤魔化しただろ」

「偶然よ」

「冗談が下手だなぁ、おい」


 カルロスがわざとらしく肩を竦めるが、本当に冗談でもない事実なのだから笑えない話である。とはいえ、本当に偶然だと重ねて言う必要もない。真咲は室内をもう一度見渡し、一人姿が見えないことに気づいた。


「そうね。で、クラウスは?」

「外で見張り中。あいつ、深紅にいますけどぶっちゃけ魔術のほうが得意でさ」

「別におかしいことなんてないんじゃないの? そういう騎士だっていそうだし」

「そういう奴らは青藍か漆黒に行くんだよ。深紅は腕っぷしが強い奴らが集まるしな」


 カルロスはふっと外を見た。その視線の先には、クラウスの姿があった。


「けど、あいつは深紅に入った。ちゃんと、その為の実力をつけて」

「……何が、言いたいの」


 カルロスはようやくこちらを見た。

 燃える炎のような赤い髪は、深紅に入る為と言わんばかりに派手でよく目立つ。動作だって大きくて、声だってこの場でなければ、その体躯に似合うほど大きな声で話す。本当にいるだけでよく目立つ存在だ。しかしこの男の青い目は、この時ばかりは妙に、まるで湖が凪いでいるかのようで、静寂がそこに満ちていた。

 真咲を見下ろすカルロスは、何かを言おうとしたのか、口がわずかに開いた。だが、すぐににかりといつもの様な豪快な笑顔を口元に浮かべた。


「なんでもねぇよ。ほら真咲様、子供達が呼んでるぜ?」


 ほらほら、とカルロスが促す。確かにそちらを見れば子供達、というより伊織が助けてと言わんばかりの目をしていた。

 さすがに放っておき過ぎたことに真咲は内心謝れば、分かったと言わんばかりに伊織が頷いた。この時ばかりは伊織の力が本当に役に立つ。


「次は誤魔化さないでよ」


 子供達の輪に戻る前に、真咲はカルロスに目線を向けないまま言い捨てた。

 その時、カルロスがどんな顔をしていたのかは知らないが、ふっと漏れる息が聞こえたから、きっと笑っていたのかもしれない。そうであったら、真咲は間違いなく弁慶の泣き所という奴に蹴りをいれたはずだ。場所は静から教わったから問題ない。

 しかし、今はそんな余裕なんてものはない。真咲はとにかく、湧き上がってこようとする気持ちをどうにか落ち着かせるのに必死だった。

 この心はこの瞳の色のように、澄んだ空のようにはいかない。伊織のように強かではなく、奈緒のように聡明ではなく、静のような寛容さもない。

 それは分かっている。だからこそ、聖女なんていうものが本当はたまらなく嫌で嫌で、仕方がなかった。なんせなりたくてなっているわけではない。本当に、ただの偶然だった。

 きっと伊織には知られているけれども、黙っている伊織に真咲はいつも感謝をしていた。それに何かと奈緒にはそれとなく配慮されているのだって真咲は分かっていた。

 真咲も怖いのだ。恐ろしくて、恐ろしくてたまらなくて、けどもおそらく自分は、とくに静に比べて恵まれているからと必死に抑え込んだ。なんせ静は男性恐怖症になり、一人で部屋すら出られないほどの恐怖を毎日感じている。それに比べたら自分が感じるこの罪悪感も、この先の不安も、この力への恐怖も、些細に思えてしまった。


 それでも真咲はあの日、子守唄を歌った時に見てしまったあの光景を忘れることは出来なかった。

 真咲は歌うことも趣味の一つだった。だから気晴らしに歌を口ずさむこともよくしていたが、今はまだできそうになかった。歌おうと何度か思ったが、その度に喉が締め付けられるような感覚がして、無音の空気が何度も通り過ぎた。

 ああ、もう歌えないのだと真咲はようやく理解した。

 だから、今のカルロスの言葉は真咲の心を強く揺さぶるのには十分すぎるものだった。

 言いたかった。自分は、なりたくてなったわけではないのだと。それでも必死に聖女としてやろうとして、けど、これ以上は本当はもう無理なのだと。

 伊織からは今、自分の心はどのように見えているのだろうか。

 この瞳のように、この天上に広がる澄んだ空はきっと当分見せることは出来そうにないだろうと、真咲はひっそりと思った。

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