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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 二章 喪失に眠る
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06 信徒達との交流

 開発局へと赴いた二日後の朝。

 静はいつもの時間に目が覚め、とあることに気付いた。

 ベッドの上でぐぇ、と変な声をあげつつ、這いつくばるように移動しながら呼び鈴を鳴らし、ぐでりと力尽きた。

 視界の端にいる銀の丸い塊は呑気に寝息を立てており、ちょっとばかし羨ましくながら、一つ咳をこぼした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「熱?」

「静が?」


 いつものように伊織と奈緒の二人だけがそろって朝食を取り、食後のお茶を飲んでいる時にレオナから伝えられたのだ。

 静が熱を出して寝込んでいる、と。


「あ、それでちょっとバタバタしてたんだ」


 黄金の瞳を瞬かせた伊織が納得したように頷いた。


「寝込んでいるだなんて……疲れが出たかもしれないわね。こっち来てからほとんど落ち着けないような状況だったもの」


 落ち着けなかったのは四人共ではあったが、とくに静に至ってはこちらに落ちてからというもの一番落ち着きがない状況下の中過ごしていた。

 日がな一日何もなく、のんびりと過ごしたのなんて片手で余裕で数えられてしまう程度だ。それほどまでにせわしない日々を過ごしていたのだから疲労が出てくるのも当然と言えた。


「伊織は体調の方はどう?」

「大丈夫! 奈緒も大丈夫そうだね!」

「ええ。なんだかこっち来てから調子がだいぶ良いのよ。真咲は……、たぶん大丈夫よね」

「ね!」


 後一時間ぐらい経ったらようやく真咲が起き出してくるはずだ。別に夜遅くまで起きているわけではなく、ただ単純に朝が弱いだけだそうだ。


「にしても熱ねぇ……。昨日見た感じだと調子悪そうには見えなかったのだけど。伊織から見てどうだった?」

「その、実は昨日、ちょっと眠そうに見えて……」

「ああ、確かに。欠伸多かったものね」


 伊織に言う通り、確かに会話をしている途中、静は何度も欠伸に耐えていたのを奈緒は思い出す。

 最終的に見かねたルイスが半ば無理やりに抱えて部屋に下がらせられていた。抱えられてすぐは大丈夫、いや自分でと言っていたがまた途中に大きく欠伸を子狼と一緒にこぼした後、面倒になったのかすぐに大人しくなって目を閉じていた。

 それを目の前にしたルイスの不満げな顔に誰もがつい同情をしつつ、唯一リーリアはルイスに対し、何やら悔しそうな視線を向けていた。


「やっぱり疲れかしらね」

「かもね」

「静にはゆっくり休んでもらいましょ。今日は元から静は行かない予定だったから、ある意味これで理由になるわね」

「……そうだね」


 すぐに思考を切り替えた奈緒に伊織は小さく頷きつつ、だいぶ冷えてしまった紅茶を飲み込んだ。



 二日前、伊織達四人はランスロットからの頼みにより、大神殿の外へと出て開発局へと赴いた。

 奈緒は着いてすぐに掃除を開始し、その他三人は待っている間に開発局のあれこれを見て回っていたわけであるが、それがどうも大きな話題になっていたのだと言う。

 その話を聞きつけてか、とくに昨日はもしかしたら一目だけでも聖女達に会えるのではと淡い期待を抱いた信徒達が一気に押し寄せてきたらしい。

 たしかに昨日はとくに神殿内はどことなく慌ただしい様子ではあったのを伊織は思い出す。しかもこの大神殿内ではほぼ初めて見る紫以外の衣服を着た人達も数多く見かけたのだ。聞けば人手があまりにも足りずに王城から人を借りたのだとか。

 そのことからヴィンセントは大変渋い顔をして胃を傷めながらも、信徒達と神官達の願いを聞き入れ、伊織達に信徒に会ってくれと申し出たのだ。

 正直なことを言えば、伊織達はいずれそうなるだろうとは予期していた。だからそう驚くこともないのだが、問題は静だった。

 それを伝えられたのと同時、ヴィンセントはすぐに静は除くと伝えた。

 静はなるべく顔には出してはいなかったが、きつく握りしめていた両手と強張っていた身体全体から力が抜けていくのを伊織はしっかりと見ていた。

 奈緒や真咲はどこまで分かっているのかは定かではないが、伊織から見る静は、随分と怖がりで臆病に見えた。それでも普段の遠慮のなさというか思いきりの良さも偽りではない。両極端なようなものを器用に抱え込んでいた。

 だからルイス以外の異性に対し、触れることは出来ないのは変わらない。

 未だに手を引かれなければ一人で外へと出られないのも変わってはいない。それでも異性と話す事は出来るし、一度外へと出てしまえば、そのあたりをふらふらと歩きまわって、最終的に転びかけて抱えられて運ばれるのは昨日も目撃した。

 とにもかくにも、静は未だに怖がっている。開発局の時はルイスがいつもよりも距離を詰めて控えていたが、信徒と会うというのならそれも難しいし、集団がわっと来るのが目に見えて想像出来た。そんな中に静を置いておくともなれば、なんて想像したくもなかった。

 だから静が体調を崩したのは好都合とも言えたが、やはり素直にそれを受け入れるというのはまだ伊織には難しいことではあった。



 すでに待機している護衛を務める深紅の騎士達へと三人が歩み寄る中、真咲が口を開いた。


「またあんたなの」

「いやぁ、有能なもんで」


 にんまりと笑い、青い瞳を細めるカルロスに対し、真咲は空色の瞳を細めた。


「お? なんだなんだ、その目は」

「何でもないわよ。あ、クラウス、ギルバート。おはよ」

「真咲様、俺は?」


 真咲はカルロスの存在自体を視界から外そうとするが、ずずいと目の前に入ろうとして無言の攻防を歩きながら器用に繰り広げ始めた。

 奈緒とギルバートは困ったように笑い、クラウスは呆れて頭を抱え、伊織は困ったように侍女達に振り返るも、侍女達はにこにことむしろ楽しんでいる様子だったため、たぶん大丈夫だろうと伊織は納得をした。


「ところでさ、真咲様。今日は静様はいねぇって聞いたけど、なんか用事がおありなのか?」

「用事じゃないけど……聞いてないの?」

「昨日、静様以外が信徒とお会いになるからその護衛としか言われてねぇからな」


 カルロスが話ながらクラウスとギルバートに顔を向ければ、二人とも一つ頷き返した。

 一応は必要最低限のみ知らせている程度であるのか。それとも王城内では静のそれについて話が伝わっていないのかは定かではないが、三人はついうっかり、と言うように顔を見合わせた。


「こっちだともう皆知っているけど、違うみたいね」

「話すのは大丈夫だもんね」

「そうね。後、ルイスさんが側にいるものね」

「ああ、そうそう。それだ、それ。それも聞きたかったんだよ」


 ルイスの名前を出した瞬間、カルロスが会話の間に入り込んできた。


「ルイスって奴。なんで漆黒がわざわざ神殿にいるのか気になってさ。神殿の中は当然として、開発局も良いだろうけど。ほら、あの見た目だろう? 他のとこはあんま良い顔されねぇよなぁと思っちまってさ」

「未だに肌の色の違いで判断する者が多いので……。もちろん、信徒の中にも一定数いますので、最悪の場合は控えていただいた方が良いかと思ってはいたんです」


 純粋な疑問。そしてあの肌の色の違いによる迫害についてカルロスはもちろん、クラウスも顔には出してはいなかったがそれなりに気にかけてはいたようだった。ヴィンセントが大神殿の外へと出すことに渋った理由でもある異国に対してのものは、やはりなかなかに根深いままであるようだった。


「確かギルバートは顔見知りなんだろ?」

「そうだけどあまり話はしたことはないね。それに彼は漆黒だから余計に表には出たがらなかったはずだったけど……」

「へぇ、そんな奴がねぇ」


 二日前、ギルバートとルイスが顔を合わせて話をしている様子は一切見受けられなかったが、それは任務中だったからだろう。加えて静が初めて大神殿の外へと出ることになったこともあり、ルイス自身もかなり身を引きして緊張をしていたのを伊織はしっかりと見ていた。

 伊織は奈緒と真咲の視線を受ける。伊織は横目で三人を見て、一つ、小さく頷いた。


「……あまり、他の人達には話さないでほしいんだけど」

「いいのか? それ、俺達に言って」

「伊織を目の前にしてそれを言うの?」


 カルロスの青が、伊織の黄金を直視した。そしてすぐに姿勢を崩し、大げさに両手を上げた。


「おっと、失言だったな。問題ねぇよ。沈黙は守ろう」


 沈黙を守る。つまりは口外をしないことをカルロスは迷いなく誓った。それに真咲は小さく肩をすくめ、しかしすぐに口を開いた。


「静は男が怖いのよ。話せはするけども、近くに寄りすぎたり、触られそうになったりしたらもう駄目ね。怖がって……あれよね。倒れたのよね、奈緒」

「ええ、過呼吸になって倒れたのよ。本当、あれは驚いたわ」

「……は? え、まじで? いや、でもあん時、静様はルイスに触れてただろ?」


 カルロスは真咲から目をそらせと言われてしまったが、確かに静がルイスの袖を掴み、最終的には手を結んでいる姿を目にしたのだ。もちろんカルロスだけではなく、クラウスとギルバートも同様だ。

 それに真咲がああ、と声を漏らした。


「ルイスだけは平気なのよ。さすがに静が大神殿に来る前のことぐらいは話聞いてるんでしょ?」

「ああ、監禁されていた、と」

「それを助けのがルイスなのよ。だから平気みたいよ? 本人曰く、刷り込みだって本気で言っていたけども」

「刷り込み……?」


 カルロスは絶句していた。言いたい事は分かる、と真咲は深く頷いた。

 何はともあれだ、刷り込みはない。

 黙ってしまったカルロスの横で、ギルバートが軽く咳払いをした。


「しかし……、それならば信徒と会うのは少々困難ですね。どのように説明をすれば……」


 理由なく一人がいないともなれば、何かしらの噂はすぐに流れるだろう。それも、耳障りの悪い噂が。

 懸念するギルバートに、奈緒は少しばかり言いにくそうしながらも口を開いた。


「実は、ちょうど良い……って言う言い方は良くはないのだけど。静、今朝から熱が出て寝込んでいるのよ。たぶん疲れが出たのかもしれないけれども」

「そうだったのですか……? それは心配になりますね」

「ええ。けど、側に二人もいるから大丈夫よ」

「とくに片方は過保護だものね」

「すごく大事にしてるよね!」


 きっと今頃とくにルイスに至っては傍から離れずにいる様子を、三人は目に浮かんだ。


「頼もしいですね」

「そうね。けどこれが終わったらすぐに静のところに行くつもりよ」


 とはいえ心配であることには変わらない。きちんとお勤めとやらをしてからすぐにでも静のもとへと駆け付けたかった。

 ギルバートは微笑ましいものを見るように頷きながら、ふい、と顔を廊下の先へと向けた。

 話しながら歩いていたせいか、いつの間にか信徒達が出入りする区画まで目前に迫っていた。


「さて、ここから先。あの角を曲がれば信徒の方々と対面いたしますが、よろしいでしょうか?」


 確認をするようにギルバートが問う。奈緒は迷いなく頷き、真咲は横目で伊織達を見つつも少し遅れて頷いた。そして伊織も、ぐっと両手を握りしめて大きく頷いた。


「では参りましょう」


 ギルバートが半歩ほど下がり、手をその先に向けた。

 ちょうどその先からより明るい白い光と、そして人々が行き交っているであろう声がいくつも響き渡っていた。

 奈緒が先に行き、真咲が続く。伊織も続こうとしたが、何故だろうか妙に足がうまく動かすことが出来ずにいた。

 それに気づいた奈緒と真咲が振り返り、二人は手を差し出してくれた。


「行きましょ」

「大丈夫よ、あたし達がいるんだから」

「……うん!」


 伊織は二人の手に引かれながら、その中へと飛び込んだ。



 そして伊織は慌てて後ろに逃げようとしたし、奈緒と真咲も心なしか後ろに下がりそうになった。

 というのもだ。

 目の前にはそれはもう幾人の人、人、人。衣服からして本当に城下町に住む人々なのはすぐに分かっていたが、その数ときたら、想像の倍以上だったのだ。

 伊織達を待っていたという様子はなく、中庭に続く祈りの間へと行くのに順番に外で待っていた様子ではあったが、あまりの人の多さに神官や騎士達が信徒達の整理をしていたようだった。

 そんな中、伊織達が突然姿を現したのだから、当然のことながら場が騒然するし、混乱するのは目に見えていた。

 一応神官や騎士達は聞かされていたらしいが、それでも突然現れたのだから驚きを隠せず、少し遅れて伊織達の傍へと行こうとする信徒達を抑えるのに必死であった。

 試しに真咲が軽く手を振れば、泣きだす信徒やその場に崩れる信徒、その他声をあげる信徒と様々である。


「……なんだかあれになったみたい」

「大丈夫よ、言わなくて。十分に分かるわ」

「わぁ、静いなくて良かったぁ」


 きっと怖がって泣いてしまうであろう静の姿を三人はすぐに思い浮かんだ。

 これはあれだ、と。アイドルやら、とにかく有名人と、そのファンのあれだ、と。そして神官や騎士達はその警備員なりスタッフだとも。

 三人はそっと身を寄せ合い、やることをやってさっさと戻ろうと決意した瞬間だった。



 さすがに祈りの間へは足を踏み入れては、大事な祈りの邪魔になるだろうということでその手前の中庭で、例えるならばファンサービスがごとく、信徒達と順番に言葉を交わしていくことになった。


「ああ、長生きはしてみるもんじゃ」

「紫の聖女様……!」

「え、蛇っ……? か、かまない……?」

「まぁ……! なんとおかわいらしい……」

「ねこちゃんだぁ!」


 ご高齢な老人から、まだ小さな子供まで。様々な年代の人々が伊織達を一目見ようと、贅沢を言うならば一言言葉を交わそうと押し寄せてくる。それでも押しつぶすような勢いはなく、最低限の礼節と落ち着きを持っているのはすぐそばに控えている深紅の騎士達のおかげだろう。

 中でもカルロスは大柄な体躯の持ち主であり、無言で顔を引き締めていれば、それだけで十分な威圧感があった。さらにギルバート、クラウスがいるおかげで空気は和らいでいるが、少しでも、とくに男の信徒が我先にと前に出ようとする仕草を少しでも見せれば、わざとらしく腰から提げている剣を鳴らしてみたり、手を添えて見たりと無言で威圧していたりと護衛としては十分な働きをしていた。

 その中、伊織は真咲が大きく視線を動かし、ぱっと手を大きく上げたのだ。


「女将さん! え、女将さんですよね!」


 先ほどまで少しだけ口元を引きつらせながら必死に笑っていた真咲だが、女将さんと呼んだ女性を見つけた瞬間、その笑顔は打って変わり大輪の花のように明るいものへと変わったのだ。


「ほら、カルロス! あの食堂の女将さん!」

「あ? あー……、なるほどな。ちょいと失礼、っと」


 カルロスは真咲が何を言いたいのか分かったのか、真咲の傍から離れ、すぐに戻ってきた。真咲が女将さんと呼んだ女性を連れて。


「ほら、これで良いんだろ」

「ありがと。女将さん、本当にあの時はごめんなさいっていうか、それよりも助けてくれてありがとうございました! ずっとお礼言いたかったし、会いに行きたかったんですけど!」

「いえ、そんな……! おかげ様で元気で、はい……!」


 女将さんと呼ばれている女性はしどろもどろになりながら、矢継ぎ早に話しかける真咲の言葉を一言も聞き漏らさないように何度も頷き、しっかりと真咲を見つめていた。

 真咲が知っている人、というとおそらくは城下町に最初落ちた時に知り合ったのだろうか、とぼんやりと伊織はその様子を見つめていれば奈緒が一気に真咲の隣に詰め寄っていった。


「こちらの方は?」

「あたしが落ちた時に助けてくれた食堂の女将さんよ!」

「あら、そうだったの。初めまして。ほら、伊織も」

「あ、うん!」


 棒立ちしていた伊織をすかさず奈緒が呼び、慌てて伊織がその輪の中に入りこめば、女将さんは少しだけ驚きを見せつつも柔らかな笑顔を見せた。


「まぁ、かわいらしい聖女様」

「えへへっ」


 素直にぽん、と出てきた偽りのない言葉に、伊織はつい笑顔をこぼした。

 つられるように女将さんも笑みをこぼし、そして三人の顔を見て、小さく首を傾げた。


「あ、あの、銀の聖女様は……」


 うろ、と視線を泳がせながら、女将さんが三人の姿を順に映した。

 それは当然の疑問だった。もちろん、それは信徒達も同じ疑問を持っていたが、それでも聞かなかったのは何よりもまず、目の前にいる聖女達と話をしたかったからに過ぎない。

 その様子を伊織はしっかりと黄金の瞳でとらえていたし、だからこそ余計なことは言わず、最低限の言葉を返すだけに留めていた。

 けれども唯一長く話せた女将さんだけはそれを問えるぐらいに心に余裕が生まれたのだろう。

 ちらり、と真咲が奈緒の顔を見て、すぐに笑顔で答えた。


「今日、ちょっと体調崩したんです。朝から熱が出て」

「だ、大丈夫なの?! ……えっと、大丈夫なんですか……?」

「大丈夫、ぐっすり寝ているらしいから」


 慌てる女将さんに真咲は大丈夫だと笑って見せた。


「あ、えっと……真咲、様」

「はい」

「たくさん、お祈りしますね。銀の聖女様が早く治りますように、と」

「ありがと!」


 真咲は女将さんの手を両手で握りしめた。きっと抱きしめようとしたのを周囲の目のことを気にしてそれに押しとどめたのだろう。肩にいたディーヴァが慌ててバランスを取り戻そうと羽を小さくばたつかせていた。

 そして女将さんは深く頭を下げ、この場を後にすればきちんと待っていた信徒達がまた集まってきた。

 とくに信徒達は真咲の先ほどの笑顔を見たせいか、真咲めがけてとくに男が集まろうとした。もちろんカルロスが先ほどよりも近い距離で真咲の後ろに控え、睨みを利かせる。そのおかげで人の波はすぐさまに収まり、また少し前のように人が集まってきた。

 そんな中、おずおずと一人の少女が奈緒に歩み寄り、見上げた。


「その、紫の聖女様」

「はい、何でしょうか?」


 奈緒は少女が話しかけやすいように少しだけ身体をかがみ、視線を合わせた。

 なるほど、次自分よりも小さい子が来たらそうすれば良いのか、と伊織はなんとなく少女を見やれば、煙った何かが少女の胸の内に巣くっていたのを見つけた。

 悩みだろうか。そういえば信徒達の中にも同じような煙ったものがあったが、それと同じだろうか、とぼんやりと考えていた伊織だが、次の言葉に伊織はその少女を凝視した。


「銀の聖女様が、罰を下したというのは、本当なのですか?」


 奈緒は紫の瞳を丸くし、真咲も聞こえたようで奈緒へと顔を向けていた。

 周囲の信徒達が慌ててその少女を下がらせようとする中、奈緒は迷わずに少女の手を取り、少女を下がらせようとする手から離れさせるように引き寄せた。それと同時にギルバートが前に出て、信徒達を逆に下がらせる。

 少女はあっという間の出来事に訳も分からないと言うように周囲をせわしなく見渡す中、奈緒は半ば無理やりに少女と視線を合わせた。


「どういう話か聞いても良いかしら?」

「え、あ、はい。その、噂でしかなかったのですが」


 少女は自身が効いたであろう、噂を教えてくれた。



 銀の聖女が罰を下した。

 一人、大神殿へと向かうのが遅れたのはとある不届きものが、こちらに降り立ったばかりの銀の聖女を幽閉していたからだ。幽閉されていた銀の聖女は騎士達によって救出され、無事に遅れて大神殿へと身を置き、その不届き者は捕縛され、牢獄へと入れられた。

 銀の聖女はその者に対し、怒りをしめし、ユフィアータの力をもってして罰を与えたとされている。

 不届き者は、その命をもってして罰を受け、牢獄で命を終えた。



 伊織はその話を聞きながら周囲を見渡す。見えていた煙ったそれは先ほどよりも黒く、色濃くなっていた。ギルバート達を次に見れば初めて聞くものなのか、クラウスは顔をしかめて首を黙って横に振っていた。そしてもちろん、侍女達も同様に初めて聞いたものらしく、酷く動揺を見せていた。


「……その噂は誰から?」

「え、と、その。噂、だったので……友達から、で」


 誰も、少女の手助けになろうと口を開こうとはしない。それらを見て、伊織はまず、手短にいた真っ黒いものを持っている男に一歩近づいた。


「誰から聞いたの?」

「え、や、俺は初耳で」

「え? けど聞いたから、そんな真っ黒いものを持っているんじゃないの?」


 男が信じられないものを見るかのように伊織を見下ろし、慌てて後ろに下がった。

 伊織は瞳を瞬かせ、黄金をきょとり、と動かし、指を指した。


「貴方、貴方、そこの貴方。それと貴方。誰から聞いたの?」


 まっすぐに指し示された男達、また女達は肩を大きく震わせ、顔をそむけた。

 なるほど、と伊織は目を細める。その煙ったそれは罪悪感だ。

 それが分かった瞬間、黒はまた形を変えた。鎖、もしくは縄のようなものがくるりと首に巻き付き締め上げようとしていた。

 流れた噂をさらに広めてしまったのか、それとも聞いて信じてしまったのか。そこまでは伊織には計り知れないが、それでも目に映るこれらが真実である以上、噂はかくもとくに信徒達の間で一気に広まっていたことに変わりなかった。

 黙りこくった伊織に、奈緒は一つ息を吐き、目の前の少女に微笑みかけた。


「ね、なんでそのことを私にお話ししてくれたの?」


 少女の顔はすっかり顔を青ざめている中、それでも柔らかく笑う奈緒に、少しだけ少女の表情が和らいた。


「その……噂は、噂なのは分かるのです。けど、銀の聖女様がお目見えしていないのは、その、もしかしたら、この噂のせいなんじゃって……」

「噂のせい?」

「はい。あんまりにも、ひどい噂だから……私達のこと、お嫌いになられたんじゃ……」

「違うよ」


 即座に、伊織が少女の言葉を否定した。


「静は今日、朝から熱が出てお休みしているだけ。それに、静はそんなことしないし、ユフィアータもそんなことしないし、望んでいない」


 伊織は見たのだ。あの時の静を。

 隠そうとしていた。だから伊織は少ししか見えなかったが、それでも確かに見たのだ。

 胸の内に流れる涙を。


「だって静はその人が亡くなったことを聞いて、すごく、悲しんでいた。そんな静が、罰のために命を奪うような選択は絶対にしない」

「……悲しんで、いらっしゃったのですか」

「うん。私達には必死に隠していたけど、すごく悲しんでいたよ」

「このお噂のせいではなく?」

「その噂は今初めて聞いたよ?」


 それを聞いて少女はようやく、己がひどい勘違いをしていることに気づき、また顔を青ざめた。


「わ、私は、なんてことをっ」

「大丈夫よ。落ち着いて」

「あたし達の事、心配してくれたのよね? 怒ってないわよ」

「け、けど……、銀の聖女様になんて失礼な……」


 奈緒と真咲が優しく声をかけるが、少女はすっかり顔を青ざめる。

 だから伊織はえい、と少女の手を握りしめた。少女は驚き、まっすぐに伊織の黄金を見つめ返したのを見て、伊織はにこりと笑った。


「静はそれぐらいじゃ怒らないし、笑って仕方がないなぁって言ってくれるよ」

「……とても、寛容なお方なのですね」

「ね! だから大丈夫! 何にも怖いことなんて起きないよ!」

「……けど、私は」


 沈む少女に、伊織は痛くはならないようにきつく手を握りしめた。


「それなら、たくさん祈って」

「……お許しを乞う他ない、ということでしょうか」

「ううん、違う。それに静はそういうの好きじゃないから、それはいらない。許しを乞うんじゃなくって、ちゃんと、ごめんなさいって謝れば良いだけだから」

「それはお許しを乞うのと変わらないのでは……?」

「全然違う! えっと」


 こういう時、静はなんと言うのだろうか。横目で奈緒と真咲を見るが、二人はがんばれと口を動かすだけだ。ちょっとだけ伊織は泣きたくなった。

 伊織は必死に頭を悩ませながらも答えた。


「えっと、ごめんなさいって言うのは……、自分が悪かったです! って素直に言うだけでしょ。悪いことをしましたって、自分でちゃんと分かっているもん。それで、許してほしいですって……その、ごめんなさいって言っているつもりでも、その、言ってないと思うの。結局、自分が楽になりたいだけなんだなぁって思っちゃう。それって本当に謝っていることになるのかなって……。えぇっと……」

「……はい。金の聖女様のお言葉の通りです」


 途中しどろもどろになりながらも話す伊織に、少女は深く頷いた。


「私は、愚かでした。ちゃんと、お祈りをします。ごめんなさいって。そして、銀の聖女様のご病気が治りますようにって、たくさん」

「……うん! ありがとう!」

「はい……!」


 少女が美しく笑みを浮かべたのを見て、伊織は黄金の瞳を細めて同じように笑い返した。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 ゆるりと、静は瞼を持ち上げる。口からあふれる熱い息を吐きだし、すぐ横に視線を動かせばいつもの銀の毛並みが見えた。

 名を呼ぼうとした口をわずかに開こうとしたが、喉の痛みを感じ、口を開くのを止めた。

 そうこうしているうちに、また睡魔が襲ってくる。だんだんと遅くなる視界の中、人影が見えた。

 名、を呼ばれた気がした。答えようとしたが、その前に意識はまた暗闇の中に落ちていった。

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