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白銀に踊る ~四人の聖女達は愛に貪欲に生きることにした~【第1部連載中】  作者: tamn
第1部 落とされた四人の聖女達 二章 喪失に眠る
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05 開発局に潜む害虫

 開発局の内部は相当広く、一つ一つ見て回ると到底一日では時間が足りないほどだった。

 その中でも主要な場所を順番に局長自らが案内をしてくれた。

 陽の光を集めてエネルギーに変えるという研究は、『太陽光発電』のそれに近かったが、作られたエネルギーは何と地下で育てているという畑や植物の人工光に使われているとかなんとか。陽の光がなければ、風等を利用し、且つそこに魔術を用いて運用中だとか。

 続いて通信機を開発中の場所。魔術を使っての方法はもちろんだが、魔具を使い、いかに効率的に、早く、遠くの相手と連絡を取ることが出来るか開発をしているらしい。いくつか試作は出来ているようだが、実用向きではないとか云々。

 なかなか難しすぎる話をし始めたため、曖昧に頷いて早々に移動をした。

 後は騎士達の為の防具であったり、武器であったり。さらに医療関係もあったりと、様々な研究、開発がここに集まっていた。


「素晴らしいですねぇ」

「ですがまだまだです。我々の知的好奇心を満たすには、まだ、まだ、足りません! それに魔鉱石を効率的に運用するにはもっと研究を繰り返さねばなりません」


 話の節々に出てくる、魔鉱石。同時に説明を受けているときに魔石と言う言葉も間に入るが、どうも聞いている限り全くの別物のように聞こえてきた。


「あの。その魔鉱石、と魔石の違いって何ですか?」

「あ、そうでした。そこの説明を失念しておりました」


 エミリオは静達が何も知らないことについて驚きもせず、ましてや馬鹿にすることもなく、丁寧に一つずつ教えてくれた。もしくは教えるのがただ好きなだけかもしれないが、それでも嫌な顔をせずに教えてくれるのはとてもありがたいことだった。


「魔鉱石とは、天然の魔石と覚えていただければ良いかと。鉄や銅、水晶や宝石等々が魔力を蓄えたものになります。使用すれば蓄えられた魔力は失われますが、その量は計り知れず、この親指の爪ぐらいの大きさでも、この通路の明かりを二十日間ほど灯せます」


 この通路と軽く言うが、幅は広く長い。それがとんでもないことを静はすぐに理解した。


「もちろん無くなった魔力はまた蓄えられるので、時折魔力を流し込めば問題ありませんが、全ての鉱石が魔力を蓄えられるわけではなく、自然発生した魔鉱石のみの特性になります。それで魔石ですが、こちらは人工物です。誰でも作りあげることはできず、熟練の者、魔術に精通したものが作ることができます。ただ魔鉱石に比べるとやはり保有する魔力の量も少ない上に耐久性も低いので、緊急的にどうしても必要な時に使用するようなものです」

「そうなんですね。勉強になります」

「いえ、まず何であれ興味を頂ければ我々も嬉しく思いますので」


 続いてですね、とエミリオはさらに案内をしようと足を進める。案外その足取りは少々早く、少しばかり追い付くのが大変であった。

 しかし気持ちは分からなくもない。彼はもうとにかくこの場が好きなのだ。だからこそ多く、そして詳細に語りつくしたいのだと。まるで少年のようにさえ見える男に静はただただ苦笑するしかなかった。


「やはり開発局は、なかなか興味深い魔術が多いな……」

「俺はよく分かんねぇなぁ。ギルなら分かったんだろうけどよ」


 余裕そうに着いてきているクラウスが感慨深く呟くが、カルロスはそこまで興味がないのか、この場にいないギルバートの名を口にする。

 奈緒の傍には侍女達が四人も着いてはいるが、万が一と言うこともある。その為、ギルバートがあの部屋の前で待つことになった。そしてさすがにギルバート一人だと申し訳ないので、メルも一緒で奈緒達の奮闘が終わり次第、合流することとなっていた。


「ねぇ、伊織。大丈夫? もしかして疲れた?」

「うぅん、大丈夫。ただちょっと」


 二人の騎士の会話の他に、真咲と伊織の会話が少しだけ聞こえる。

 確かに静も少しばかり、歩き続けて疲れている。実を言えば何度か転びそうになっては、ルイスから無言の圧を感じている。静はチラリと伊織の顔を見やれば、珍しく疲労の色を隠せないでいた。

 疲れたのか。それか、何か見たのか。見えてしまったのか。


「あの、エミリオさん」

「え、あ、はい。すみません、つい話が止まらず」

「いえ、面白いお話が聞けて嬉しいのですが、少しばかり疲れてしまいまして……。どこか休める場所はありますか?」

「それは大変申し訳ございません! すぐに用意させますので!」


 今まさに気付いたと言わんばかりにエミリオはあわあわとその場で焦った様子を見せ、少々お待ちをと言い残し、どたどたと廊下を走っていった。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 あの後すぐに部屋が準備できたとエミリオは額から汗をだくだくと流しつつ、笑顔でまた案内をしてくれた。

 用意された部屋は元々来客が来た時に使う応接室だったが、実質ほとんど使われていないらしい。本当に最低限の家具に清掃がされているが、どこか埃っぽいようにも感じた。そして、内装はやはり青を基調としており、置かれている調度品の質は恐らく大神殿の物よりも高価な物のように見えた。

 向かい合わせに置かれている二人掛けのソファーの片方に静が座り、対面に伊織、その隣に真咲が座る。子狼はようやく静の腕の中から飛び出し、蛇と鳥とじゃれ始めている。

 先ほどから伊織は顔をうつむかせており、表情は見えない。そのせいか、控えているカルロス、クラウスもどこか心配げに伊織を見つめていた。

 ここで大丈夫か、と問えば大丈夫だと答えが返ってくるのはすぐに予想出来た。だから静も真咲もなんと声をかければと思案していれば、扉からノック音が聞こえてきた。


「失礼いたします」


 少しだけ静から離れていたルイスが台車を押しながら戻ってきた。その上にはお茶のポットにカップが並んでいた。


「お前、漆黒だよな?」

「そうですが、何か?」

「いや。漆黒って侍従みたいなこともやるんだな、と」


 カルロスが思わず、と言うように言葉を発した直後、クラウスはその頭を力いっぱい殴った。


「すまない、うちの馬鹿が」

「殴るにしても加減があるだろうが! あー……悪い。悪気は一切なかったんだけどよ。いや、この言い方もあれだよな。本当に悪い……!」

「いえ」


 本当に一切悪気のない言葉をつい口にしてしまったのだろう。だがクラウスに殴られながらやり返さないあたり、やらかしたという自覚はあるようだった。

 しかしルイスはとくに感情を表に出すことなく静かに返答し、慣れた手つきでお茶の準備をし始める。

 ここで静が何かを言うというのもおかしな話だ。それにそのよく分からない妙に鼻につく匂いのするお茶が気になり、それについて聞くことにした。


「あの、ルイス……それって?」

「こちらの方々がよく飲まれるお茶だそうです。先ほど試飲しましたが、毒はありません」


 慣れた手つきでカップにお茶が人数分注がれ、目の前に置かれる。紅茶よりもより濃い茶色の液体に、真咲が顔を大きく歪めた。

 人数分を入れたルイスは順次、カップをテーブルに置き、そして残った二つのカップは台車ごと、カルロスとクラウスの目の前に移動させた。


「お二人の分も用意しましたので、どうぞ」

「俺は飲まねぇからな」

「……頂きましょう」


 カルロスはすぐにそれを拒否したが、クラウスは好奇心が勝ったのか手に取った。カルロスはぐっと顔をゆがめ、同じようにカップを手に取り、二人は一斉にカップに口をつけ、飲み込んだ。


「味の保証はしません」


 ルイスはおそらく、無慈悲にもわざと遅れて味の話を伝えた。

 二人の顔が一斉に険しくなり、クラウスはせき込み、カルロスは口を抑え身もだえした。


「今言うか、それ!? っていうか、そんなもん聖女様方に飲ませるのかよ!」

「まともな茶葉がこれしかなかったので。あっても水、お湯、アルコール、開発中の薬膳茶、よく分からない液体」


 ルイスの深緑の瞳がどこか遠い目をしていた。ルイスの事だ、この短い時間に探したのだろうが、これ以上にマシだと思えるものが見つからなかったのだろう。

 最後のよく分からない液体なんて、絶対に口にしたくはない。


「薬膳茶かぁ……」

 先ほどのクラウスの顔を思い出しつつ、静は少しばかり意気込んでそのお茶を一口すすり、無言で顔をしかめた。


「し、静?」

「大丈夫?」


 二人の慌てた様子が見えたが、静はそれを飲み込んだ後、またもう一口飲んだ。


「苦いうえに渋いって感じだけど、飲めなくはない」

「確か奈緒様もこちらに来た時に飲んでいたと、お聞きしました」


 決して美味しいとは言えないが、おそらく慣れれば普通に飲める品物だった。

 顔はしかめたままだが静が飲んでいるのを見て、ようやく二人はカップに手を伸ばし、恐る恐る口に含み、飲む。


「……あ、思ったより飲める。すっごい健康になれそうな味のお茶よね、これ」

「たぶん慣れれば平気になるかも?」

「良薬は口に苦しって言うしねぇ」


 男達三人から、大丈夫なのか、と言いたげな視線が向けられるが、無視である。

 しばらく三人でその独特のお茶を飲み、一息入れている。と、また伊織の顔が少しばかりうつむき始め、黄金の瞳がわずかに揺れていた。


「その、ごめんなさい」

「え、何が?」

「その……えっと」


 言いよどむ伊織に、静はどうするかと考えつつ、渋く苦い茶を啜る。ルイスが普段入れてくれるお茶に比べたら雲泥の差だが、考えるにはちょうど良いぐらいに目が覚める。

 それにしたって苦くて渋すぎる。たまにならば良いが、毎日これは泣きたくなるくらいだ。

 なかなか減らない茶の水面を見下ろしながら、静は言葉だけを伊織に向けた。


「伊織さ」

「……うん」

「たぶん、ここ、苦手だよね」

「えっと、苦手……っていうか」


 伊織は何か含んだ言い方をし、迷い、言葉を選びながら伝えてくれた。


「その、見たくないものがいろいろとあったから」


 何を。何が。とは、静も真咲も聞くことは出来なかった。見えてしまう伊織がそのままを伝えることをしない限り、無理に聞こうとするのは確実に傷つけてしまうことだと分かっていたからだ。

 この四人の中で唯一はっきりと常に力を使い、誰もよりも沈黙を選び、何一つだって変わった様子を見せない一番年下の彼女は、あまり弱いところを見せようとはしなかった。それだと言うのに、こうもはっきりと見せてしまう程度には良くないものを見たと言うことに他ならなかった。

 真咲は何か声をかけようとする素振りはしたが、それを止めて伊織にくっつくように座り直した。


「……へへっ」


 そして小さく笑った声と共に、横でじゃれていた子狼達が伊織に集まってきていた。あっという間に伊織の側はずいぶんと賑やかなものになり、見ている限り少しだけ羨ましくなってしまう状況であった。


「もう平気?」

「うん、その。ごめん」

「気にしてないって。それよりネーヴェのお腹の毛が一番柔らかかいからもふれば良いよ」

「あ、すごい……! ふわふわっ……じゃ、なくて」


 それでも伊織の手は腹を見せて寝転がるネーヴェの腹から離れないし、ついでに真咲も撫でまわしている。ヨルはいつもの定位置からネーヴェを見ており、ディーヴァは伊織とネーヴェの間に器用に入り込んだ。

 本当に羨ましい状況だ。


「えっと、その。いろいろと見て回っていたのに」

「気にしないでよ。あの人結構早足で、結構疲れちゃったしさ」


 加えて後ろからの視線の圧が強いこと強いこと。伊織を前にしているからか、ルイスは何も言わなかったが、この状況でなければ間違いなく余計な一言を言ってくるのは確実だった。


「……そっかぁ」


 伊織はゆっくりと一度黄金を瞬き、ほっと一つ息を吐き、そしていつもの笑顔を浮かべた。


「このお茶、すっごく苦いよね。ヴィンセントってこれ飲んだことあるのかな?」

「だそうだけど、ルイス」

「無いと思いますが、おそらく飲みませんよ」

「……そっかぁ。ちょっと見たかったなぁ、飲んだところ」


 相手は大神官だ。そんな相手に対していたずらを仕掛けようと思ったのだろう伊織は小さく肩を落とした。

 騎士達二人は盛大に引いていたが、それを許されるのは聖女だからだろう。正直静も見てみたい気持ちはあった。きっと声を荒げつつも、なんだかんだと言いながら飲み干してはくれそうである。

 静は腕をさすりながらそれを想像し、小さく笑みをこぼした。


「ねぇ、静。もしかして寒い?」

「え?」

「ほら、腕さすっているから」

「あ、ごめんなさい! ネーヴェ返すね!」


 二人が静のその様子に気付いたようで、伊織が慌ててネーヴェを返そうとし、黄金の瞳をわずかに大きくした。


「寒くないから大丈夫だよ……伊織?」


 あまりに無意識にしていた行動だったため、静は指摘されてようやく気付いた。

 それぐらいに本当に何気ないもので、そして寒気なんてものはないから平気だと伝えるも、急に静かになった伊織に静は首を傾げた。


「……うーん?」

「ちょっと伊織、急にどうしたのよ」


 黄金は静、と言うより静と周辺を見ているようだった。上へ下へ、左右を見ている中、ルイスが問いかけた。


「天井のあれでしょうか」

「……あ! それかも!」


 瞬間、銀にきらめいた光が頭上を走ったかと思えば、金属のこすれる音と共に何かが落ちてきた。

 それはテーブルのほんのすぐ横に落ち、よく見れば子供の拳よりもずいぶんと小さい金属製の姿はまるで虫のような物だった。中心部にはおそらくルイスが投擲したのだろうナイフが見事深く突き刺さっており、なかなかに見るも無残なものになっていた。

 落ちてきたそれが身動きを無くす。と同時、静は今になってようやく肌の上をなぞるような違和感がぱったりと無くなったことに気づいた。


「静様。ご体調の方は問題ありませんか」

「あ、うん。全く。というか、おかげで変なのなくなったというか……」

「開発局に入ってすぐあたりに仕掛けられていたことには気づいておりました。しかし、あまり事を大きくするのは得策ではないと思い、放置をしておりましたが……。静様に影響が出ているとは思わず。早々に取り除くべきでした。申し訳ございません」

「いや、大丈夫。むしろ今、真咲に言われて気づいたくらいだったからそんな、うん。それより、これって何?」


 ルイスは床に落ちてきたそれを拾い、ナイフを回収後、その虫のようなものを注意深く見やる。カルロス、クラウスも顔色を変え、ルイスのもとに集まった。


「気づいてんなら言えよ……!」

「さすがは漆黒……と言うべきか。すまない、僕らも気づくべきだったというのに」

「いえ、気になさらず。とは言え、奈緒様をいつまでも待っていられる状況ではなくなったかと思いますが、いかがいたしますか、静様」


 分かりきっているとはいえ、静に確認の為にルイスは聞いてきた。静はもちろん、と一つ頷いた。


「奈緒には悪いけど戻るよ、大神殿に。後はそれが何なのか確認だけど、すぐにしてくれるかな」

「していただかなければ逆に問題かと」

「だね。それじゃ行こう。伊織、真咲もそれで良い?」

「うん!」

「もちろんよ。さっさと奈緒を呼びに行きましょ」


 伊織と真咲からもとくに異論は出ず、三人は立ち上がった。

 カップに残っている薬膳茶については、少しばかり許してほしいと思った。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 あの部屋へと行けば、漂っていた異臭はどこへやら。ほぼ無臭となり、扉は砕けたままだがそこから見える室内はずいぶんと明るく、物はある程度少なくなり、綺麗に並べられていた。

 そして室内を覗き込めば、ひどく衣服を汚した奈緒と侍女達の姿と、目の前には長い銀髪の一瞬美女かと見間違うばかりに大変顔が整った男が縛り付けられていた。なぜ男かとすぐに分かったかと言えば、その泣き言である。


「いい加減に解いてくださいよぉ!」

「そこの山を分別したらに決まっているでしょう!」

「だから全部いるんですって!」

「だからどれがもっとも必要なもので、今必要じゃないかと教えなさいって言っているのよ!」


 悲惨だ。

 この中に突撃しなければならないことを考えると腰が引いてしまうのも仕方がない。

 廊下で待っていたギルバートはカルロス、クラウスの両名から何か耳打ちされる。ギルバートの穏やかな表情から険しいものへと一変し、遠慮なく室内へと足を踏み入れた。


「失礼いたします、奈緒様」

「はい?!」

「緊急事態の為、一度大神殿にお戻りを」

「え……、ど、どうしたの?!」


 ユアンにお叱り中の奈緒はその勢いのままに返事をしながらギルバートに振り返った。ギルバートはそれに一切臆することもなく、丁寧な姿勢のまま伝えれば、奈緒は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そして侍女達もわずかにざわつき、そこでようやく静達がいることに気づいたようだった。

 慌てて彼女達は服についた埃を叩き落としつつ、奈緒が一目散に静達の元へと駆け寄ってくる。しかし自身の汚れを気にしてか、いつもよりも距離は遠い。


「お疲れ、奈緒。いや、緊急事態……なのかもしれないんだけど。いや、そうじゃないかもしれないんだけど」

「そうなの?」

「うん。なんかよく分からないものが近くに仕込まれてたっぽくて」

「こちらになります」


 静の傍に控えているルイスが一歩前に出て、ハンカチに包まれていた虫を模した金属の小さなもの掌に載せて奈緒に見せる。

 奈緒は何か分からずに首をかしげる動作をしていると、後ろの方でドサ、ドン、と妙に騒がしい音が聞こえた。


「あ! それ! ちょっと、いい加減に開放してくださいよぉ!」

「知っているの、ユアン」

「当然知っていますよぉ! 僕が作ったんですから!」


 何とか身をよじり立ち上がったユアンが、ルイスの掌の上に乗せられたそれを見た瞬間、声を上げた。


「いかがいたしましょうか、奈緒様」

「ええ、お願い」


 どうやらギルバートが縛り付けていたらしい。あれほどきつそうに縛っていた縄をギルバートはいとも簡単にするりと解けば、一気に距離を縮めてきた。

 さりげなくルイスが静を後ろへと下がらせつつ、自身は前に出たので静からはよく見えはしなかったが、おそらくユアンはそれを奪い取るように取っていったようだった。

 ユアンは上に掲げ、天井の明かりで何かを見ている。じっくりとくるりと裏返したりしていると、ユアンの銀の髪がはらり、と動いた。


「……あれ? なんでこうなってるんです? ちょっと誰ですかぁ、僕が作った玩具にこんなことをしたのは」


 どこからどう見ても芸術品のように金属の美しい虫だ。何かしらの飾り用等々ならともかく、まさかの玩具呼ばわりとは誰もが予想をしなかったものだった。

 一人憤慨するユアンに、奈緒がそっと聞き返した。


「玩具?」

「ええ、はい。これ、玩具なんですよぉ。見事にぶっ壊されていますけどぉ、ここに魔鉱石の屑が入れてあって。それで持ち主の魔力を糧に動くようなものなんですけどぉ……はあ? 変な魔術が仕込まれているじゃないですかぁ……すごく不愉快……!」

「変な魔術って、分かるの?」

「もちろん、僕を誰だと思っているんです? 僕はこの青藍の中でもとっても優秀な魔術師ですよ?」


 いきなりヒステリックに声を荒ぎたり、急に胸を張ってふんぞり返ったり、先ほど何て女のような叫び声をあげていたりする者がとても優秀だとは誰が分かるだろうか。

 静がそうなのか、とルイスに視線で問えば、ルイスは小さくこくりと頷いた。

 どうやら嘘ではないらしい。


「……ああ、目の水晶ですねぇ。これで様子を見ていたと思いますよ? とはいえ聞こえはしていないようですけども。状況を確認するのには最適。これ、どなたが見つけたんですかぁ?」

「私が。そして静様と、伊織様のお二人も気づかれました」

「ほぉ、なるほど。見たところ、ただの侍従と言うわけではないようですねぇ。それと気づけたと言うのは聖女のお力と言う事ですか。なんとも素晴らしい……。是非ともお話をお聞きしたいところですねぇ」


 ユアンの茶色の瞳がゆるりと弧を描き、まるで狙いをさだめた肉食動物のような目をしていた。

 伊織と静はそっと互いに無言で身を寄せる。ヨルは首をもたげてシュルリと舌をのばし、ネーヴェは静の腕の中から小さく唸り声をあげた。そしてルイスもまた、ユアンから二人を隠すように前に立ちはだかった。


「おやおやぁ? 僕はただお話を伺いたいだけなのですがねぇ?」

「これ以上、聖女様に近づくのはお控え願いますか」

「そこの聖女は逆に僕の身ぐるみをはがそうとしたんですけどぉ」

「静様と伊織様のお側に近寄らないで頂けますか?」

「ちょっとぉ、無視? 無視ですぅ?」


 本当に身ぐるみをはがそうとしていた事実に内心驚きつつも、ルイスはさらりと聞き流し、覗き込もうとするユアンを腕で制す。

 ちらりと見えたユアンの顔はなんとも面白いと言わんばかりに輝いており、完全に視線は静達からルイスへと向けられていた。


「ふぅん?」

「何か?」

「いえいえ? ああ、そう言えば名乗っていませんでしたねぇ。僕はユアン・キャンベル。君は?」

「……ルイスと申します」

「家名は?」

「神殿に仕えておりますので、差し控えさせていただきたく」

「ああ、神殿はそうでしたねぇ。いえ、名乗れない理由でもあるのかと思ったのですが」


 ルイスの背中から覗くユアンはにこりと口元だけ微笑んでいた。顔が見惚れてしまうほどに美しく整いすぎているヴィンセントとはまた違う美しさを持つその顔は、どこか薄ら寒いような笑みだった。

 静は無意識に手を伸ばし、ルイスの服を控えめに掴んだ。

 ルイスの肩がピクリと小さく動き、僅かに身じろいて静の姿をみとめると、また前を向き直った。特に何があるわけでもなくそれだけだが、漂っていた緊張感はだいぶ薄れたように感じた。

 それにユアンが面白く無さそうに口角を下げ、また何かを言おうと口を開きかける前、ようやくギルバートが間に入り込んだ。


「ユアン殿、聖女様方の前ですので。ね?」

「おっと……、そういえば何故、深紅がこちらに? 珍しいこともあったものですねぇ」

「見ての通り聖女様方の護衛でしてね」

「ほぉ、深紅が……?」


 ギルバートと真咲の前を陣取るカルロス。集まっている侍女達の近くにいつの間にか移動していたクラウスを順に見渡したユアンは大きく肩をすくめた。


「まぁ良いでしょう。これはこちらで預かります。僕としても大変不愉快極まりないので、早急に対処をいたしましょう」


 興味はもう無くなったと言わんばかりにくるりと身を翻し、遅れて銀の髪が線を引くように揺れた。


「また来るから、その時にでも分かったこと教えなさいよ」

「え? また来るんですか?!」

「当然でしょ? 何ふざけたことを言っているのかしら?」


 そっとギルバートが脇により、代わりに奈緒が逃げ腰のユアンに詰め寄った。


「ええ、もちろん、それを先に調べるのは当然よね? 加えて? 貴方が片付けなかったばっかりにこんなのが出来てしまっているのよね? ね? 何、顔を背けているのかしら?」

「ヒェッ、たすけ、助けてぇ!」

「またすぐに来るから。すぐよ」

「そんなっ!」

「はい、決定!」

「ひどいっ!」


 ぎゃあぎゃあと先程までの余裕は一切消え去り、ユアンは身を小さくしてうずくまる。奈緒は傍らに立ち、腰に両手をあてて叱りつけている。

 まさしく親子のそれにしか見えなかつた。

 誰もが、隣にいる伊織もよく見ようとしてか奈緒の近くに寄っていくのを見届けながら、掴んだままのルイスの服を改めて軽く引いた。


「ルイス」

「……申し訳ありません、お見苦しいところを」


 すぐに気づいてくれたルイスは静に振り返り、頭を下げようとした。その前に静は今度は袖を摘むように掴んだ。


「ありがとね、ルイス」

「しかし」

「早く戻ろ? ルイスの美味しい紅茶が飲みたいな」

「……はい」


 何か言いたげなルイスに、静はほんの少しだけ迷ったが、ええいと勢いよく口を開いた。


「後ね。いや、本当は大丈夫だよ? 大丈夫なんだけど、さすがに何度もこけそうになったので転ばぬ先の杖というか、さすがに転ぶよりはというか」

「……人を杖代わりにするのは貴方ぐらいでしょうね」


 呆れた言い訳に対し、袖を掴んでいた手をルイスが優しくすくい上げた。

 ようやくいつものルイスに戻ったの確認した静は、ほんの少し機嫌よく小さく笑みを浮かべた。

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