01 そんな朝の日常だった
「申し訳、ありません」
四人の目の前に、白い衣を身にまとう息を呑むほどに美しい四人の銀の髪の少女達がいた。そのうちの一人、金の瞳を持つ少女がそう言った。
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いつも通りの朝だった。
いつもの時間に起きて、朝ごはんを食べて、身支度して。そして借りている小さいオンボロアパートの一室から出勤するのがいつも通りの遠野静の毎日だった。
くたびれたスニーカーの靴紐の輪っかが妙に大きかったけども、そんなものは無視し、のっそりといつものバス停へと向かう。そう言えば財布をいれたっけなと思い、静は色あせた青のリュックサックの中身を確認した。
昨夜、あまりにも夜遅くに帰宅していた途中、警察官に補導されかけたのだ。全くもって解せない。何せ静は今年で二十一歳。ちゃんと大人の女性である。ただし見目は、同年代に比べて相当童顔だし、身体付きも貧相だった。
だからこそ多少見目をこだわれば良いのだが、今の静は化粧っけが無ければ肩よりも伸びた黒髪を適当に一つに結んでいるだけ。
何せ面倒くさいが最初にきてしまうのだから、最低限清潔さを保つだけでも偉いぐらいだ。
とは言え、静も分かっていた。本当は年相応にちゃんと身支度を整えて綺麗にした方が良いことぐらい。
例えば、そう。いつものバス停で一緒になる、あの女性のように。
静がバス停に着いた時には、もうすでにいつもの三人の姿があった。
一番後ろに並んだ静は、横目でちらりと女性を見上げた。
いつものように艷やかな黒髪をお団子にして、そして隙なく程よい化粧をしている。どんな仕事をしているのかは不明だが、いつもと同じスキニージーンズに、淡い青のブラウスと濃紺のカーディガン。足元は真新しい白いスニーカーとだいぶカジュアルな格好だから、オフィスで働いているというわけでは無いように見えた。
それでも清潔感はもちろん綺麗にまとまっている姿には、少しばかり近寄りがたく、そしてほんの少しだけ憧れを抱いた。
そんな女性の前にいるのは、私立高校の夏の制服を着ている女子高生だ。
かわいいチェックのスカートの丈は短く、同性でもうっかり視線が下へと落ちてしまいそうだった。まだ夏には入っていないが暑さには敵わず、黒髪を可愛らしいリボンの髪ゴムでポニーテールに結んでいた。
そして静は彼女を見かけるたび、どうしても少し重そうな薄い桃色のリュックに目を向けてしまっていた。何せそこには大きさはもちろん、色とりどりの缶バッチをつけているからだ。時折増えたり減ったりしているので、見るたびに間違い探しをしている気分になる。
そして一番先頭にいるのは、今年から増えた公立高校の制服を着ている女子高生だ。
一目でどこの高校か分かる理由は、そこの制服がセーラー服だからだ。とても可愛らしい。おそらく一年生であろう彼女は、真新しいクリーム色のリュックを背負い、重いのか少しだけ身体を傾けている。
ボブショートの少しクセのあるように見える黒髪は、きっと触れたらふわふわとしているのだろうなぁ、なんて静は想像してみた。別に不審者ではない。
顔ぶれは日によって変わるものの、気付けばこの三人だけを静はよく覚えてしまっていた。
ただ一緒にバスを待っているだけ。もちろん話したことなんて一度もないが、妙に静は不思議な縁を感じてしまう程度には親しみを覚えていた。
今日も揃うだろうか。明日は、明後日は。
ちょっとした変質者になっていないかが気になるところだ。
そして気になると言えば席の場所だ。全員、それぞれ定位置というものがあるわけだが、セーラー服の彼女は直射日光がよく当たる場所に座っていた。
そろそろと眩しさと暑さがより増してくる。いい加減に座る場所を変えるだろうか、と静は勝手にヤキモチしていた。
バスが来るまで後少し。
いつも通りの朝だった。
そのはず、だった。
――コンッ、コン、コロン。
突如、何かが上から落ちたような音がした。
静含め、全員が無意識に上を見上げ、そして落ちてきた何かを見ようとした一瞬、眩い光が四人を飲み込んだ。
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気付けば、白いんだか灰色なんだか、光っているんだか暗いんだか、よく分からない空間の中にいた。空間の中は何かしらの音はなく、声は僅かに反響しているように聞こえた。
まだ目の前がチカチカとするのを感じながら、静は目の前にいる少女達を見据えた。
先ほど、こちらを見るなり、申し訳ありませんと言ってきたのは、床についてしまうほどに長い銀髪に金の瞳の見目麗しい少女だった。
その他にも三人。同じ顔、同じ背丈、同じ白い衣をまとった白銀の少女達が並んでいる。一目見て姉妹なのだと分かるほどにそっくりだったが、瞳の色と髪型が異なっているおかげで見分けはすぐについた。
「本当に、申し訳ありません」
もう一度、金の瞳の少女が言った。
銀糸の長い髪を揺らし、一歩、静達へと歩み寄った。
「私の名は、リディアータ。貴方方をここへ呼びました」
「呼んだってどういう事よ」
最初に声を上げたのはポニーテールの彼女だった。
少し強気な言葉に金の瞳の少女、リディアータは肩を小さく揺らした。その横からすぐに空色の瞳を吊り上げ、腰ほどの銀糸を大きく揺らしながら少女が前に出てきた。
「ええ、呼んだわ。あのままだと、そのままあたし達の世界へと落ちてしまうから。だから落ちてしまう前に、ここへ引っ張ったのよ」
「引っ張った……?」
「あたしはラウディアータ。後ろにいるのが、メルヴェアータ、こっちがユフィアータ。あたし達は母たる天の神、アルカポルスの愛娘と呼ばれる存在よ」
メルヴェアータと呼ばれた少女は、眠たげに紫の瞳を細め柔らかく微笑んだ。ユフィアータと呼ばれた少女は、一見すると少年と見間違えるほどの短髪で、まんまるい銀の瞳は真っ直ぐに静達を見つめていた。
「え、なにこれ、夢?」
一体どうなっているのか。
今の状況をどうにも受け止められないでいた静の耳に、隣にいた女性が震えた声で呟いたのが入り込んだ。
夢、であればどれほど良かったか。静は試しに強く手を握りしめ、爪を肌に食い込ませてみれば確かな痛みを感じた。
「その、お話、しても……本当にすみません。私が防いでいれば……」
「リディ姉さん、謝ってばっかりじゃ駄目よ。ほら、しゃきっとして」
「けれど、異世界の皆さんに被害が……。私達の世界のことなのに巻き込んでしまうなんて」
「もう! ねぇ、黙ってないで二人も何か言って!」
声を震わせるリディアータをどうにかしてラウディアータがなだめようとしながら、口を開いていない二人に向かって吠えた。
すると片方、メルヴェアータはふんにゃりという音が聞こえてしまいそうなほどに柔らかな微笑みをより深めた。
「姉様、そんな風に悲しくなさらないで。姉様のせいではないもの」
続けてユフィアータが口を開いた。
「リディ姉上だけの責任ではない。私の力が至らなかったのも含め、私達の責任であり、我々の世界の責任だ」
「ああ、貴方達……!」
おいおいとついに泣き出した少女を目の前に、静達は何とも気まずくなった。
見目麗しい少女達の見た目は十二歳付近に見える。そんな子達が集まって、泣き出した子をなだめようとしているのだ。
すぐにでも巻き込まれた云々について聞きたいところだったが、そんな責め立てるような真似をやれるほどに非道にはなれなかった。
「あの」
女性が少女達四人に向けて口を開いた。
「飴、いりませんか……! 後、一緒に座ってお話、しませんか……!」
女性は大きめのショルダーバッグの中に手をつっこみんだかと思うと、大量の飴を掴みだしてきた。あまりの勢いに、手からこぼれ落ちた飴が軽い音を立てて転がった。
くすんくすんと鼻を鳴らすリディアータは、イチゴ味の飴玉を口の中で転がしながら両手で頬を押さえ、とろけた笑みを浮かべていた。
「ああ、大変美味しいです」
「とろけてしまいそう」
「ちょっとすっぱいわね」
「美味だな」
メルヴェアータはメロン味、ラウディアータはレモン味、ユフィアータはオレンジ味とそれぞれ頬を薔薇色に染めながら同じようにとろけた笑みを浮かべていた。
たったそれだけなのに目が奪われそうになる静は慌てて目をそらし、丸く座った全員の顔を見渡した。
笑みを浮かべる白銀の彼女達に比べ、こちら側は誰もが顔をしかめたり、うつむいている。その中、に口火を切ったのは飴玉を配った女性だった。
「あ、好きな味があれば、どうぞ。私、伊藤奈緒と言います」
奈緒と名乗った女性は順番に飴玉を配る。それにならい、他二人も順番に飴を受け取りながら名乗った。
「藤村伊織です。飴、ありがとうございます」
セーラー服の彼女、伊織は小さくぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。楠本真咲って言います」
続いてポニーテールの彼女、真咲は少し迷いながら飴を取った。
「遠野静です。ありがとうございます」
最後に名乗った静は少し迷いながらオレンジ味を選び、ぴりっと袋を破って飴玉を口に放り込んだ。
ころりころりと静は甘くてさわやかなオレンジ味が口の中に広がる。思わず静も笑みをこぼしそうになる横で、奈緒は小さく意気込むように両手をぎゅっと握り、四人の少女達へ目を向けた。
「えっと……、それで、巻き込んだとか、そういうの聞いても良かったりします?」
慎重に、また泣いてしまわないように奈緒が優しくリディアータへと声をかける。リディアータは慌てて姿勢を正し、急いで飴玉をなめようと必死に頬を膨らませた。
「あ、落ち着いて! そ、そうね、先に私達で少し話すから、その後でお願いしても良い?」
「もちろんです!」
奈緒は慌てて白銀の彼女達から静達へと向き直り、両手を合わせながら、わざとらしい少し歪や笑顔を浮かべた。
「えぇっと。そう、いつも私達って同じバスに乗っていたのに、こうして話すことってなかったですよね」
「本当にそう! けどまさか、話すきっかけがこれってもう、ありえなさ過ぎですよ」
真咲が大きく頷き、奈緒が苦笑を漏らした。
「そうですよね。事実は小説よりも奇なり、とも言いますけど……。あ、楠本さんと藤村さんは高校生、ですよね? それで遠野さん、は……?」
二人のことは制服姿で判断出来るが、静は私服だ。見た目で判断なんて出来ないだろう。
「フリーターです。伊藤さんは」
「書店の店員です。その、勝手ながら学生と思ってました」
「今年で二十一歳なんで、大学行ってれば学生ですね」
「え、嘘。もっと下かと思った……、思ってました」
飴玉を口の中でころころと転がしながら静が言うと、三人から少し驚きの表情が窺えた。予想通りの反応ではあったが、やはり解せない。
静が年上という事を知った真咲が慌てて敬語に直した。
「あっ、高三なんで、今年大学受験です。藤村さんの制服可愛いですよね! あたし頭が良くなかったから受験諦めたんですよ。たぶん、一年生、ですよね?」
「はい、一年です。その、諦めたんですか……」
「そう! だから私立に入って」
笑いながら話す真咲に、伊織は少しだけ口元を引きつりながらもようやく笑みを見せた。
彼女達二人がようやく笑顔を見せたことで、奈緒が安心したように息を吐き出し、また静へと顔を向けた。
「遠野さんがとても落ち着ているので、少し助かりました」
「いえ、内心けっこう焦っていますよ」
「そんなことないですよ。もし私一人とか、遠野さんがいなかったら、もっと焦っていたと思うんで」
謙遜か、本音なのか。静には判断が出来ないが、嫌味が感じられない言い方に静は少しばかり気恥ずかしいものを覚えてしまった。
「その、遠野さんとはもっと歳が離れていると思っていたんです。だから何というか私が頑張らないといけないって思ってしまって……」
「いえ、そんな気にしないですださい。その、失礼ですけど、おいくつですか?」
「二十四になります。遠野さんとは二つ、三つ? 違いますね」
二、三歳違うだけで、これ程までに違うとは。
見目は仕方がないにしても、雰囲気なんてまさしく大人の女性そのものだ。一体何が違うのか、静は愕然としてしまった。
と、ガリリと飴玉を砕く大きな音か聞こえた。
静達がそれって音が聞こえた方に視線を向ければ、ラウディアータがペロリと唇を舐めているところだった。
「待たせたわ。話しても良いかしら」
静達はそろって頷いた。
ラウディアータ曰く、静達は嘘偽りなく、ただ巻き込まれてしまったのだと言う。
まず前提となる話になるが、彼女達は神の愛娘と呼ばれる存在であり、母なる神は天の神、アルカポルスと言う。そして彼女達は、世界ではなく国の人々の祈りや願いから生まれた神々だと言う。
さて、それで何が起きたのか。
彼女達がいる国。名をロトアロフ。北の鉄壁だとも呼ばれる強固且つ、信心深い国の歪みかさらに深まったらしい。
この歪みとは人々の願いや祈り、そのもの。彼女達にとって、願いと祈りがその存在を確かにさせ、正しく力を扱える源なのだが、それが歪んだことにより彼女達の力は弱体化。さらに天の神、アルカポルスはそれにより眠りについてしまった。
そして、歪みは時がたつにつれて大きなうねりとなり、異世界にまで手を伸ばした、のだと言う。
「なんで異世界……っていうか、あたし達がこんな風に巻き込まれたのよ」
そも、何を祈り、願ったのか。真咲のもっともな問いにラウディアータは不愉快げに顔を歪めた。
「神を召喚しようとしたのよ」
「はあ? そんなものの為に巻き込まれたの? あたし達」
信じられない、と言わんばかりに声を上げる真咲にラウディアータは不貞腐れ気味に少しだけ顔をうつむかせた。
「ええ、そうよ。けど、本当に悪いとは思っているわ。止められないどころか巻き込んで。それで、力が弱くなっているせいで世界に返せやしないし……」
「そう、だから貴方達がこちらに落ちる前に、この空間へと引っ張ったのよぉ。ちゃんとお話をしたくて」
ラウディアータの肩を抱き寄せるように引き寄せたメルヴェアータがゆったりとした口調で続ける。
「実は私達、天罰を落とそうとしていたのよぉ。けれどもねぇ、そうすると私達の力がもっと弱くなって最悪消えてしまうかもしれないけども、仕方がないわねぇって話をしていたら、ちょうど貴方達を巻き込んでしまったのよぉ」
笑顔に似つかない話の内容に静はもちろん、三人も口元を引きつらせた。聞いている限り、壮絶な世界、国だった。
人の祈りと願いから生まれたとされる神。しかし今や、歪んだせいで生み出された神々によって天罰を落とされようとしていたとは。身勝手なのは神か、人か。赤の他人である静には判断が出来ないが、とにもかくにもそのせいで巻き込まれた挙句、帰れないなんて話、あって良いはずがなかった。
「たった一つ、貴方方が戻れる方法がある。だが危険も伴い、絶対ではないが」
「けど、あるのよね!」
ユフィアータの言葉に、真咲はすぐに反応し、声を少しばかり弾ませた。
「我らの世界に訪れ、そして我らが世界、国を導いてやって欲しい」
「みちびく……?」
「ああ、そうだ。正しく祈り、願われれば、我らの力はもちろん、母上も目覚められるだろう。そうすれば母上と我らの力で元の世界へと帰れる可能性がある」
ユフィアータは絶対とは言い切らず、可能性とだけ言った。しかしその可能性に縋らないなんて状況ではなかった。
「やる、しかないですよね」
強く両手を握りしめる奈緒は、無理やりに口角を上げて笑顔に似たものを浮かべた。静も無理矢理に笑顔を口元に貼り付け、一つ頷いた。
「そうですね。一先ず、行ってどうするか、ですけど」
「遠野さんめっちゃ落ち着いてません? え、あたしだけですか、こんなに焦ってんの!」
「え、私も! 私もだから!」
大きく焦りを見せる真咲の様子を目にした静は、こんな状況ながら落ち着いていられた。
誰かが焦っている様子を目の前にすると、逆に冷静になれるというのは本当の話だったらしい。それでも二人よりは年上なのだからと、ある程度は腹をくくっていたのも事実だった。
「なるようにしかなりませんから」
「それ、諦めじゃ……」
「そうとも言います」
なるようにしかならない。本当に良い言葉だ。
「大丈夫大丈夫、たぶん」
「なんか適当じゃないです?」
「さ、頑張りましょう」
へらり、と無責任そうに見える笑みを浮かべた静に、真咲は口をへの字に曲げ、小さく呻った。
「うぅ……仕方がないわ、やるわよ! 伊織!」
「はいっ、あ、うん!」
二人はいつの間にか意気投合したらしく、敬語もなく名前呼びだ。二人は視線をあわせながら、強く互いの両手を握りしめ、そろって頷いた。
「……いいなぁ、若いって」
隣から奈緒が羨まし気に呟いた言葉を聞き流し、静は黙って様子を見てくれていたユフィアータに視線を向けた。
「そういう事なので、行きます」
「ありがたい。実の所を言えば、そろそろこの空間を保つのも時間の問題だったんだ」
「あ、そうな――」
んですか。
と、続けようとしたが、空間がいきなり大きく歪み始め、一瞬にして今度は暗闇が全員を包み込んだ。
その中で、白銀の少女達はしっかりと静達の手を握りしめていた。




