06 騎士に憧れる少年は
雪が多くなるに連れ、進みはやはり遅くなる。さらに言えば、馬に乗ったままの移動も困難になり始めてくる。
幌馬車を引く馬を順番に交代させつつ、残りは人を載せずに荷物だけを背負わせて雪道を歩いていく。さすがにこの雪道では歩くことがせいぜいなのだとルイスが教えてくれた。
そして、進みが遅くなり、且つ王都に近いということでより良い獲物として、追手に混ざって賊にちょっかいをかけられる回数が増えた。
何でも雪で足止めを食らっている商人をこぞって狙ってくるらしい。一目見れば只者ではないと分かるジェイク達がいても襲ってくる為、理由がわからずに静はルイスに素朴な疑問として問えば、頭が悪いのだと即答された。少し面倒そうに答えられたので静はそれ以上聞くことはしなかった。
そんなルイスは今日もまた広げた地図を見下ろし、ノーマン達と共に道順の確認をしていた。
「この道が一番安全らしいけどさ……」
「そこ、深紅の駐屯所がある場所だろ? そりゃ安全に決まってるが、敵の中に突っ込むってのもさ」
「ヘクター。お前の勘的にどうよ」
ノーマンとフィルがそろって腕を組んで頭を悩ませる横で、ジェイクがヘクターに意見を問う。ヘクターは同じように腕を組みながら大きく体を傾け、うんうんと唸った。
「……そこはやばい!」
「じゃあ無しだな」
あそこも駄目。ここも駄目。
この雪のせいで通れる道が限られている中、消去法で残された道にルイスが地図に指先を置いた。
「この道だろうな」
ルイスが指し示した箇所を見て、ノーマン達は渋い顔をしつつ頷き、すぐに動き出した。
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「本当に有難いです! まさか商人の方がいらしてくださいなんて!」
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったわ。ついでにこれもいるかい?」
いつものように情報収集を兼ね、フィルが幌馬車の表に立ち商人に扮して商売をしているのが聞こえる。
静は毎度、物の売り方というのだろうか、それがうまいなぁと、幌馬車の中で隠れて聞こえる度に思ってしまうほどだ。
「フィル、楽しそうだねぇ」
「そうですね」
今いる場所は王都の端にある孤児院だ。だから外では多くの子供達の声がよく聞こえてくる。
どの子も楽しげに並べられている商品に心を躍らせているのだろう。その光景が目に浮かぶ。一人、女性の声も聞こえるが、孤児院にいる大人だろうか。忙しなく注意している声が聞こえてくる。
その中で、少年の声が耳に届いた。
「な、なぁ。これ、ユフィアータの?」
「おう。なんだ、坊主。まさか並べんなって?」
「ちげぇよ!」
ちょっと生意気そうな話し方だ。いずれリオンもそうなるのだろうかと、静はつい想像してしまった。
「ふふっ、この子。ユフィアータもそうですが、銀の聖女様にいつもお祈りをしてくださっているんですよ」
「言うなって!」
女性の言葉に被せるように、少年が慌てた様子で大きな声を張った。
フィルは構わずに興味深そうに相槌を打った。
「へぇ、そりゃあ……。けど、ここじゃあ口には出せねぇだろ」
「……はい」
目が届きにくい場所にあるとはいえ、ここだって王都だ。誰が見聞きしているか分かったものじゃない。
周囲を警戒しているノーマン達からは何の報告がまだ届いていない。このまま無事に過ごすことが出来れば御の字だ。
「実はここの孤児院に、何度か空の聖女様が足を運んでくださいまして」
「確か、孤児院とかをよく回られていたって聞いたな。まさかここにもいらっしゃったんだな」
「はい。そこでこの子、銀の聖女様のお話を聞かせていただいたそうで」
「お、そうなのか。なんておっしゃられていたんだ?」
なんという偶然か。ここは真咲が訪れた場所だったらしい。だから好意的なのかもしれないが、しかし一体何の話をしたのか、静の気になるところだった。
すると少年が真咲が話したことを教えてくれるようだった。
「静様は、まっすぐな人って、真咲様が言ってた」
「へぇ、そうか。そんで?」
「で、見た目は子供だけど真咲様より年上だから気をつけろって」
「それは本人の前で言わねぇほうが良いだろうな」
「後。それから、なるようにしかならないって。今はそうだけど。だから、望む未来のために覚悟を決めてる人だって」
何気なく、後ろからいつものように静を抱きかかえているルイスを見る。と、無言のまま眉間に深いしわを刻んでいた。一体どういう感情なのかは静にはわかりかねるが、見た目については話をしなくても良いはずだと、この場にいない真咲に静は文句を胸の内で連ねた。
「そりゃあ素晴らしいお方だな」
「だよな!」
「坊主、名前はなんていうだ?」
「ジル」
「ジルな」
少年、もといジルは、フィルに心を開いてくれたのか名前まで素直に教えてくれた。今度、通信機を使う時、ジルという少年について真咲に聞いてみようと静は内心決めつつ、少しだけ好奇心が湧き上がった。
静はまたルイスを見る。ルイスはどうやら察してくれたらしく、今度は無言で目元を押さえた。が、止める様子は見えない。
「ここの子供達は皆、静様はあんなことをなさらねぇって思ってんのか?」
「当たり前だろ? な、先生」
「ええ、もちろん」
外から素晴らしい会話がさらに聞こえた。だがから静は、少しだけ勢いをつけて立ち上がり、外の光が漏れ出す幌の外へと顔を出す。フィルがいるのは幌馬車の横。そこへ顔を向け、静は問いかけた。
「じゃあ、わたしとお話してくれる?」
揃って目を丸くして見上げる子供達と、女性。その姿に静は耐えきれずに大きく笑った。
暖炉を火が灯されている広い部屋。外でわあきゃあと遊んでいた子供達が入れるほどのその一角、静はおそらく子供用の心なしか小さな椅子に座っていた。そして目の前にいる女性、この孤児院の管理をしているニーナと、その隣にいる先ほどの少年、ジルを順番に見て微笑みを浮かべた。
「思ったよりもガキで驚いた?」
「ちっ……ちげぇ、違い、ます」
フィルにはあんなにも生意気な物言いをしていたというのに、何故か静を前にして緊張したように肩を上げ、表情を固くしている。これでは楽しく話をすることは難しいだろう。
静はジルの緊張をほぐす為、ヨカゼと触れ合ってもらおうかと思い、室内を見渡す。と、ヨカゼは子供達に囲まれており、小さなお手々に襲われているところだった。ヨカゼは子供達が怪我をしないように大人しく伏せているが、尾は全く動かずに真っ直ぐに静を見て、耳を伏せていた。
「……優しく撫でてあげてね。皆」
元気よく返事をしてくれる子供達と、諦めたらしいヨカゼはそのまま床にごろりと寝転んだ。もう好きにして、と言わんばかりに。
ちゃんと後でたくさん甘やかそうと決めつつ、さらに室内を見渡せば、暖炉の火の側で集まっている子供達に目が留まった。というより、耳が止まった。鈴の音のような声で、何だから懐かしいメロディーが聞こえる不可思議な歌が聞こえてきたからだ。
「あの子達の歌、真咲が教えたものですか?」
「はい。ただ言葉が分からないので、音だけを頼りにしているだけなのですがよく分かりましたね」
「皆上手だったので、すぐに分かりましたよ」
真咲に再会した時、歌って祈っているのだと教えてくれた。そして不思議なことに、歌だと言葉が通じないということも。
なんとも面白い現象だと思ったが、歌は音に意味があるから翻訳されないのだろうか、なんて静は聞きながらそんなことを考えていたのを思い出す。
と、背中から僅かな重みを感じ、静は小さく笑みをこぼしながら僅かに顔を後ろに向けた。
「なぁに、リオン」
「なんでもなぁい」
慣れない環境に驚いてしまったのかも知れない。孤児院の子供達は興味深そうにリオンを見つめているが、リオンがこうして逃げてしまっているから見てくるだけにとどめてくれていた。
少しでも仲良く慣れるだろうか、と淡い期待を抱いたが今までの境遇のせいか、それとも元からの気質からか、それは難しいようだった。
「……何だよ」
「なんでもないよぅ」
どうやらリオンはジルを見ていたらしい。ジルは不機嫌そうに顔をしかめ、僅かに首を傾げた。
「リオン、静様の邪魔をするな」
「えー、邪魔してない」
「リオン」
「はぁい」
リオンのそれに見かねたルイスが注意をし、リオンは静の背中から離れた。別にそのままでも良いのになぁ、なんて静が思っていればジルが小さく鼻で笑った。
「だっせ」
「は?」
ジルの小さくつぶやかれた声がしっかりと耳に届いたらしく、リオンは少しばかり苛立ち混じりの声が静の耳に届いた。
その二人の様子にニーナが慌てて胸の前で両手をあわせつつ話題を急いで変えた。
「し、静様は、あ……その」
「大丈夫ですよ。遠慮なく」
「……このような、状況で聞くのはあまりにもよろしくないと思って入るのですが。静様は、どうしてこちらに……」
当然の疑問だった。
聖女が何故、ここにいるのか。その理由は、捕まらないように逃げているから。であるというのに、端とはいえ王都にいるのか。逃げるならば、ここではなく遠くの地で身を潜めるべきだというのに。
「静寂の山へ向かう途中なんですよ」
「静寂の山へ……。もしかして、儀式の為、ですか……?」
静はニーナの問に曖昧に笑い、話を合わせた。
「そんなところです」
「しかし、今向かうのは……いえ。聖女様にとって大事なお務めではあるのでしょうが……」
誰だって危険であることはすぐに分かる。ジルだって信じられないような目をして静を見ているくらいだ。
その目は、何故、そこまでと問いかけているようだった。
「危険なのは分かっていますよ。けども行かないといけないんです」
「なんで、ですか」
ジルが素朴な疑問を投げかけてきた。静は少しだけ考えてから答える。
「そうしないといけないから」
「……静様が、望む未来のために、ですか」
「そうだね」
「どんな未来なんですか」
なかなかに難しいことを聞いてくる少年に、静は僅かに体を傾け、少しの沈黙の後に口を開いた。
「わたしの大切な方々が幸せであるように」
どんな未来になったとしても、わずかでも幸せになれるならば良い。そうすれば、この心は満たされるから、だなんて。
静は相も変わらずに身勝手な願いを抱く。まともに自分の世話すら出来ず、命は狙われ、我儘ばかりで危険な目に合わせているのだ。だというのに皆、呆れて注意しつつも見捨てずに側にて聞き入れてくれる。
なんて幸運な状況であろうか。とはいえこれは聖女というものだからという理由はあるだろう。けども彼らの目は、聖女としての静と、人としての静の両方を見てくれているような気がした。
何故そうして見てくれているのか、静は知らない。知ろうとも思わない。なんとなく、無粋なものだと思ったから。
けども、だからこそ幸せであれと願ってしまう。こんなのの側にいてくれているのだから尚更に。
「……静様は、静寂の山に行って……何をするんですか」
はたまた難しいことを聞いてくるジルに、静は間を置かずに返した。
「わたしはユフィアータの聖女。この凍土を守るのが役割だもの。やることなんて決まっていると思わない?」
問に問を返すという、卑怯な答え方をしたがジルは静の答えに納得をしたのか、それ以上問いかけてくることはなかった。
代わりに、妙に決意に満ちた目を子供ながらに向けてくる様に、静は困ったような笑みを深めた。
それから子供達との話を終え、そろそろと出立という時だった。
見送りの為にと外にわざわざ出てくる子供達とニーナが手を振る最中、一人、ジルがその中から飛び出した。
「静様! あの!」
「はーい、ちょっと待とうね。で、静様にどんな用事?」
すかさずにノーマンがジルの前に立つ。すぐ近くではリオンがエリカに腕を掴まれている様子がうかがえた。
後でノーマンとエリカに感謝をしなければと思いつつ、静はノーマンを呼んだ。
「ノーマン」
ただ、名前を呼んだだけ。ノーマンは振り返り、静と傍らにいるルイスを順に見てから音もなく横へと移動してくれた。
おそらくルイスが止めないから従ってくれたのだろう。そのルイスと言えば呆れた目を向けてくるが、静は見て見ぬふりをし、ジルへ少し歩み寄った。
「何かな、ジル」
「……その」
「うん?」
何かを言い淀みかけた。が、すぐにジルは真っ直ぐに静を見て大きく口を開いた。
「何でもします! できなきゃ覚えてやります! 危険なのは分かってます! けど、どうしても静様についていきたいです!」
子供らしい、なんて分かりやすい言葉だ。分からないなりに、この短時間で必死に考えたことがうかがえる。
静はだから、一人の人間として問うことにした。
「何故?」
「静様のお役に立ちたいからです」
「わたしの為に?」
「はい」
困ったな、というのが正直な思いだった。けども側にいる皆もまた、少なからずは静の為にいてくれている手前、その思いを否定なんて出来なかった。
「何故、わたしの為に役立ちたいの?」
「騎士になりたいからです」
「騎士かぁ。見たところ……君はまだその年じゃない、と思うんだけどな。それにわたしよりも真咲の方が合っていると思うんだけど」
静がそんなことを言うと、ジルは何故か顔をしかめ、大きく首を横に振った。
「真咲様はなんか違う」
「泣いちゃうかもよ、真咲」
「……面倒」
「あっは」
こればかりは相性だから仕方がない。きっと真咲とジルとは、また別の関係性がちょうど良いのだろうと、静はそんな気がした。
むすりとした表情を見せたジルはまた顔を引き締め、静を見上げた。
「静様は、騎士みたいな人だと思ったんです」
「わたしが? 一応は聖女よ?」
「けど、騎士の方が似合いそうです」
「そっか。良いねぇ、騎士。まぁ、聖女じゃないと駄目なんだけど」
それが自分達を示すものであるから。しかし静個人としては、やはり聖女よりは騎士の方が好ましく思ってしまうのも仕方がないだろう。何せ力は剣と盾、まさしく騎士そのものだったから。
「オレ、騎士になりたいんです。騎士みたいにまっすぐで、かっこ良い静様のお側で強くなって、お役に立って。それで、ユフィアータみたいに守って。そうなりたくって。だから、静様についていきたいんです!」
子供なりの、精一杯の言葉だ。とにかく静の役に立ちたい。騎士になりたい。その為に、精一杯考えて、伝えてきた。
ジルはその間、一切顔をそらさなかった。ひたすらにまっすぐに静を力強く見つめていた。
静はその目を見つめ返し、ルイスを見上げた。
「ルイス」
「はい」
おそらく、呼ぶ前に分かっていたのだろう。ルイスは返事をすると同時に前に出て、ジルの横で一度足を止めた。
「来い」
「え、え?」
「ニーナ殿に許可を取る。無断では連れていけないからな」
ずっと心配げに見つめていたニーナが、怒らせてしまったと思っているのか顔を青ざめている。周りの子供達がニーナの周りにわらわらと集まっていく。小さい女の子はちょっとだけ泣き出しそうな顔をしてルイスを見ており、ルイスはジルを向いて先に行くように促していた。
そんなやり取りを目にした静はつい笑みがこぼれそうになっていれば、いつの間に横にいたのか、リオンが話しかけてきた。
「静様、なんであいつ連れて行くの」
「気に入っちゃった」
「……ふぅん」
リオンは不満げに頬を膨らませる。慌ててエリカがリオンに駆け寄り、困ったように顔をしかめた。
「エリカ、ご不満?」
「……いえ」
「リオンの良い友達になると思わない?」
エリカは目を瞬かせ、ルイスの隣にいるジルの後ろ姿へと視線を向けた。
「はい」
そして迷いなく頷き、リオンはさらに頬を膨らませて小さく握った拳はエリカの足へと振り下ろされた。もちろん軽く。エリカは小さく息をつき、問答無用でリオンを抱え上げた。
「なにすんの!」
エリカはそのまま黙って幌馬車に戻っていった。リオンがわあわあと騒いでいるが、エリカは無視をしている。なるほど、傍目から見ると、なんとも滑稽に見える。と、静はリオンの姿を見て、今までの自分を思い返した。
それなら今後はちゃんと大人しく、許されるであろう範囲で好き勝手にやろうと決めた。
が、すぐに幌馬車に乗り込むときにルイスに抱えられたので、今後は一人で乗れるようになろうと、静は心に決めた。
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揺れる幌馬車の中、緊張気味に目の前に座るジルに、静は小さく笑いそうになった。それを誤魔化すのに、背もたれになってくれているヨカゼの頭を一つ撫でてから、静はようやくジルに話をした。
「まず、だけど。基本はルイスが見てくれます」
「は、はいっ」
「たぶんとっても厳しいけど、頑張って」
「うっ……はい」
他にも面倒見の良いノーマンやフィルがいるが、彼らはまた違った人生を歩んできている。学んできたものが異なりすぎるのだ。であれば、ルイス以外に適任はいなかった。
「さて、ここから沈黙を守ってほしいんだけど。良い?」
「は、はい……!」
こうして共に過ごす以上、知らなければいけないことは多い。それが例え、知らなければ平穏に生きることが出来たであろうことでさえも。
「ルイス、説明よろしく」
「……そうだと思いました」
隣にいるルイスは一つ、大きな息を吐きだした後にジルの隣へと移動した。ジルは小さく肩を跳ねさせつつ、ルイスの話に黙って耳を傾けていた。
どんな風に彼は成長するのだろうなぁ、なんてついつい静は見ることのできない未来を想像していれば、隣にリオンが座り、寄りかかってきた。
「ねぇ、あいつには頭撫でたりしないの」
「しないね」
「ぼく、男の子だよ」
「子供だしなぁ」
「男だよ!」
「かわいいねぇ」
リオンはぶうぶうと文句を言ってくる姿に、静は体を小さく揺らしながら笑った。何せリオンは、こうして隣に座れば寄りかかってくるような、そんなかわいらしい子供なのだ。まだまだそんな幼い子供をどうして怖いと思うのか。
いや、確かに扱い方という観点からすれば分からないから怖いと言えるかもしれないけども。
それでも、静にとってリオンは愛らしい子供にしか見えず、ついついまた頭をわしゃわしゃと撫でまわした。




