01 喜びのひととき
エヴァンハイン家の屋敷から出立して以降、静は改めてこの国の冬の厳しい寒さを身を持って知った。
普段は一日中ずっと、眠るときも幌馬車の中にいるのだ、下からの底冷えの他、隙間から入ってくる冷たい風に体を四六時中震わせてしまうほどだった。
それでもたった一枚。とある魔物の体毛で作られているらしい毛布を羽織ると、不思議と震えは多少小さくなるほどにとても温かかった。さらに言えば静が寒さに震えないようにいつもヨカゼが隣にいてくれるし、リーリアもぴったりと体をくっつけてくれる。後はルイスが見かねてずっと抱えてくれるので、なんだかんだと甘やかされつつ領地の外へと出て、北へと向かっていた。
とはいえ、暖房器具がないというのはなかなかに厳しいと思っていた。
何しろ静は生まれも育ちも雪が降っても積もらない地域にいた。こんな寒さになれているはずなく、文明の利器に甘やかされて育った人間なのだ。だからこそこの世界に落とされた静にとって、目の前にある温もりを発している魔具はまさに神器のようだった。
「あったかぁい」
「でしょ。静の方にはないの?」
「最低限のお荷物しかないからねぇ」
ようやく真咲と再会した静は今、天幕の中にいた。
隣にいる真咲がいる他、比較的広い天幕の中にいるのはリーリアにアリッサ。真咲の護衛としてカルロスにイーサン。そして静の近くにルイスがいる。広い天幕とは言え、さすがにジェイク達まで入ると手狭になるし、真咲の護衛についてきている深紅達のことを考え、今は外で待機をしてもらっていた。
「すっごく、いろいろと聞きたいことがあるんだけど」
「うん、順番に良いよ」
魔具に手を近づけて温めている静と同じく、真咲も手を温める中、空色の瞳はすっと下の方へと落ちた。
「……そこにいるのって」
「狼のヨカゼ」
静の足元に伏せていたヨカゼが頭を傾げつつ上げる。真咲は何故か顔をしかめたままだ。
「ネーヴェは?」
どうやらネーヴェのことを気にしてくれていたらしい。静は視線をリーリアに向ければ、すぐにリーリアはそばに寄り、両腕に抱えていた籠を差し出した。と言っても、上に見えるのは暖かそうな布地だけ。それを静がそっとのけてやれば、丸くなって眠っている銀の子狼の姿がようやっと真咲とディーヴァの目に映った。
『ああ、とても綺麗ね』
ディーヴァは小さく、柔らかな声を落とした。真咲はそんなディーヴァの小さな体にそっと触れ、小さく微笑みを浮かべていた。先にディーヴァを安心させたかったのだろうというのが見て取れ、静もまたつられるように薄く笑みを浮かべた。
そして真咲はまた足元にいるヨカゼに視線を向け、ようやく静の視線と合わせてた。
「なんで狼?」
「いろいろとあって。話しても良いよ、ヨカゼ」
『そうみたいね』
ディーヴァが言葉を発したことにより、ヨカゼが遠慮なく同じく言葉を発した。途端、真咲は空色の瞳をまんまるくして狼を見つめる。それはもちろん、控えていたアリッサ達もだ。
人が驚く姿というのはなんとも面白いなぁ、なんて思いつつ静はどう説明しようかと思考を回しつつ、口を開いた。
「えーっと……。百年以上前に、召喚の術に巻き込まれたお方。異国の神に仕えている神使。名前はわたしがつけた」
『よろしくね。ねぇ、貴方、もしかしてラウディアータ? そうよね?』
ヨカゼがずいぶんと親しげにディーヴァに話しかければ、ディーヴァは軽く羽ばたき、真咲の膝の上へと移動した。
『そうよ、久しぶりね。というかどうしてここにいるの? 貴方、もっと北にいたでしょう?』
『そうなのだけど。やっぱり、南の方がごはんが多いのよ。それに移動したおかげで静に出会えたから良かったわ』
『ユフィが心配してたけど、そうだったのね。帰っちゃったかと思ったわ』
『もう、ラウディアータったら』
旧友に久しぶりに会えたかのように言葉を交わす狼と空色の鳥の姿に、静と真咲は顔を見合わせて一つ頷いた。
「ヨカゼ、お話してる?」
「ディーヴァ、その子と話をしたいなら良いわよ」
静に真咲の言葉に、すぐさまヨカゼは立ち上がり、ディーヴァはその背中へと飛び移った。
『あっちで話しましょ。そうそう、この姿の時はディーヴァよ』
『分かったわ。良い名前ね』
『そうでしょ。歌姫って意味なの。ヨカゼって名前も良いわね』
『夜の風って意味なのよ』
一体百年の間にどんなことがあったのかは気になるところだが、それは後で聞こうと思い、静はルイスに視線を向けた。ルイスは分かったように、即座に天幕の外に出る。
「どうしたの?」
「他に紹介したいんだけど……」
「他に? え、でも……」
人は、増えてはいない。それに分かりやすく獣が増えているわけでもない。真咲が訳も分からずに顔をしかめると、すぐにルイスが戻ってきた。その後ろにはフィルとヘクターがいる。
「紹介するよ。リーリアの……あ、隠れてたのね。あの白い蝶がヴィラ。で、フィルの手の中にいるちっちゃいゴーレムがゴス。それからヘクターの持っている短剣が……ごめん。名前なんだっけ」
「ベルンです!」
「だそうだよ。彼らはユフィアータの眷属で、いろいろとあって一緒に行動してる」
リーリアの頭の後ろにいたらしいヴィラが小さな白い羽を羽ばたかせ、リーリアの頭の上へと姿を見せる。ゴスは両腕を振り上げて挨拶をしている。短剣のベルンはとくに反応がない。何せ短剣だから仕方がないのかもしれないけれども。
増えた仲間達を真咲達に紹介すれば、イーサンとカルロスは興味深そうに、とくにゴスに視線を向け、アリッサはヴィラに視線を向けている。そして真咲はと言うと、両手をぎゅっと握りしめた。
「良いなぁ! あたしも欲しい!」
「誰がお世話をすると思っているんですか、お止めください」
「けど静はお世話してないじゃないの!」
何を言い出すかと思ったらまるで愛玩動物でも飼いたいといわんばかりの言い草をする真咲に、静は小さく息をついた。
「何いってんの。わたしがするわけないじゃん」
当然ながら彼らは愛玩動物ではないし、そもそもとして静のものではないので世話なんてする必要はない。それに自分の世話すらまともに出来ないやつが他の世話なんて出来るはずがない。
静の言い草に、何故か真咲は呆れた視線を向けてきた。ちょっと不服である。
「……痩せた?」
「まぁね」
そこでようやく静の姿を下から頭の先まで見つめた真咲が、ぽつりと言葉をこぼした。やはり厚手の服を着ていても分かってしまうらしい。
フィルとヘクターに静は軽く手を上げてやれば、二人は小さく頭を下げて天幕から出ていった。静はその二人の背中を見届けた後、なんとなく真正面から真咲へ視線を向けるのをためらい、横目で見つめた。
「ロビンから何か聞いた?」
「ええ、もちろん。目を覚ましたっていうのと、ルイスを困らせているっていうのぐらいだけど」
「……そっかぁ……」
一言余計なものがあったが、それ以外は律儀に言わないでくれていたらしい。であれば今、正直に真咲にだけでも伝えるべきだろうか。だが今、真咲は大きな役目をもって巡礼をしている最中だ。それなら下手に言わず、体調がすぐれないことを伝えるに留めるべきだろう。
そう静が考えている横で、真咲は突如、大きな声を出した。
「あ! そうだわ、すっかり忘れてた!」
「え、な、何が?」
静はつい片耳を押さえながら目を白黒させつつ真咲に問えば、真咲は肩から下げていた鞄に手をいれると小さな何かを取り出した。
「これ!」
「……なにこれ?」
真咲は大事そうに両手に持ち、静の顔の前まで掲げる。
例えるなら、というよりも形がよくあるスノードームそのものだ。しかし球体の中は液体のようなものはなく、代わりに何かの色鮮やかないくつもの石屑がいくらばか入っているだけだった。
「通信機よ、あたし達用の!」
「……説明。説明をください、まずは」
この美しいスノードーム、のようなものがまさか通信機だなんて思えず、静は真咲を落ち着かせるように片手をあげ、説明を求めた。
このスノードームのようなものは、本当に通信機なのだという。しかも、魔力を持たない人用というなんとも偏屈な魔具だった。
「……本当に言葉の通り、わたし達用の魔具なんだ」
「ええ。そういうこと」
「使った?」
「……まだ」
しかしユアンが作ったものだというのだから、使用には問題がない、はず。なにせ、この首にある魔具だって不調はまったくないのだから。
真咲の鞄からはもう一つ、同じ物があった。こうして巡礼していれば再会出来るかもしれないからと、静の分を預かってくれていたのだと真咲は教えてくれた。そして事実、こうして再会出来たのだから、真咲の判断は正しかった。
くわえて真咲はラウディアータの、導きの愛娘の聖女だ。だからこそ会えたのではないか、と静はついそんな想像をしつつ、手の中の通信機を眺めた。
「これ、どうやって使うの?」
「あ、そうよね。せっかくだし試しに奈緒につなげてみようかしら」
「使い方忘れてない?」
「大丈夫よ。そこは心配しないで」
そういうと真咲は自身のスノードームの台座部分を回す。中のダイヤルを球体越しに確認をしてから、底を押した。
「簡単だね」
「でしょ。底の方に、マークがついてるから自分のは忘れても大丈夫よ。後、繋げている間、あっちは光と音で知らせてくれるの」
まるで携帯電話。いや、通信機なのだから、それで知らせてくれるのは当たり前なのかもしれないけれども。
静は球体に面している台座のマークを見る。と、そこには各愛娘の刻印が小さく掘られていた。続けて底の方を見ると、そこにはちゃんとユフィアータの刻印がしっかりと刻まれている。なるほど、これならば間違えることはない。
ネーヴェが起きていたらきっと気に入るであろう。静は未だに眠り続けているネーヴェに対し、小さく胸の内を締め付けた。
《……ーい、もしもし?》
「あ、奈緒! あたし、真咲だけど」
《何よ。ようやく使ったの? まぁ、ちょうど良かったわ。今、ユアンの所にいたのよ。……ええ、そう。ああ、ちょっと待って。今、どこにいるのか、だって》
「今? 雪がない場所……えっと、どこ?」
籠もっているように聞こえるが、それでも聞き取れないほどではないくらいに、奈緒の声がはっきりと聞こえた。真咲は奈緒に問われ、慌てて今いる場所をアリッサに尋ねている。
変わらない、ハキハキとした口調に、静は無意識に口元を歪めた。
《すっごくユアンの機嫌が良いわ。想定以上だったみたい》
「そうなのね。良かったわね」
《それでどうしたのよ、急にいきなり繋げてくるだなんて。さみしくなっちゃった》
「違うわよ。えぇっと、その」
真咲が言い淀みながら静に視線を向けてきた。話せるか、と問う空色の瞳に、静は僅かに微笑み頷いた。
「おはよ、奈緒」
なんと言えば良かったか。一先ずは、あの時眠ってしまったから、この一言だろうか。なんて思いながら静が言うと、沈黙だけが返ってきた。どうしたのか、もしかしたら魔具の調子が悪いのかと静は軽く球体部分をゆびさきでコツコツ、と叩くとすぐに奈緒の声が聞こえてきた。
《ずいぶんと寝坊助ね、静》
「うん、よく寝すぎちゃった」
真咲と話をしていたときと変わらない奈緒の声に、静はついつい笑みがこぼれしまう。
《一度切って良い? 急いで大神殿に戻るから》
「ん、分かった」
《それじゃ、真咲。また後で》
ユアンと一緒ということは、奈緒は今日も開発局にいるということだ。変わらずに掃除を続けていることに感心しつつ、急いで大神殿に戻るということはおそらく伊織も同席させてくれる、ということなのだろう。
早く繋がらないかとはやる気持ちを押さえながら、静は手元の通信機のつるりとした球体を撫でた。
「奈緒は相変わらず、開発局にいるんだねぇ」
「そうよ。後は王城にも行ってる」
「……そうなの?」
「そう。庭園の魔術のこととか調べてたみたい」
そういえば以前、庭園の魔術を調べるとかどうとかをランスロットが言っていたことを思い出した。結局あの後どうなったか聞くことはなかったが、まさかあれほど毛嫌いしていた奈緒が手伝うとは思わなかった。
と、真咲の顔を見ると何故か、意味深そうな笑みを浮かべていた。
「そう。それでね?」
庭園の魔術について、いろいろと分かったことを教えてくれるのだろう、とばかり思っていたが真咲が語った内容は大きく異なった。
要約すれば、ランスロットには婚約者がいた。だというのに奈緒に言い寄っていた、らしい。それを聞いた静は、まず一言を言い捨てた。
「クソ」
「でしょー? 殴る?」
「やだ、めんどい」
「なんでよ。殴るの好きじゃない」
「違う。売られた喧嘩は全部買う主義なだけだから」
「けど殴りたいって言うじゃない」
「手っ取り早くって。暴力はいけないことだとは分っているんだけど」
「いけないことって分かっているのに殴ってるの? よく分からないんだけど」
「相手怪我させるでしょ」
「……聞いたけど、あの四人の誰か、おもいっきり顔面殴ったりとか、関節外してたって聞いたわよ」
「ああ、あの時の。顔面はフィルで、関節外したのはノーマンだったかな。確か」
そういえば真咲と一対一でここまで話すことはあっただろうか、とふと余計なことを静は考えてしまった。奈緒となら、また別の話にそれていくが真咲はさらに深く聞こうとしている。
ただの好奇心なのか、理解しようとしているだけなのか。どちらにせよ、静は話すほどに心が弾むほどに楽しいのは変わりなかった。
「その行動に理由をつけるか否か。または責任を負えるか否か」
「なんか、頭がすっごく痛くなるんだけど」
そうか、と静はさらに思考をもう一段階深め、指を二本立てた。
「二人の男。手には剣。片方は家族を守るため。もう片方はその家族を殺すため。どちらに正義があると思う?」
「それは……守るほうじゃない?」
「家族を守る側の男は、賊であり人身売買をしてきた。殺そうとしている男は大事な家族を奪われ殺された。どちらに正義があると思う?」
あくまでもただの喩え話だ。
片方は純粋に家族を守るため。もう片方は復讐のため。そこに正義はあるのか否か。また、正義のために戦うと言いながら、決着はどちらかの命を奪うまでになりかねない、かもしれない。
もし命を奪ったとしたら、それは殺人となる。そこに罪はあるのか否か。正義とつけば罪は無くなるのか。悪であれば断罪されるのが運命なのか。その悪は、また別の正義にはなりえていたとしたら、その断罪は赦されるのか。
終わりのない螺旋のように渦巻く問いかけ。その問いかけに、真咲は誰に助けを求めずに一人で考え、口を開いた。
「理由なんてないってこと?」
「そうだね。あくまで行動として、暴力は悪いことだと、わたしは認識してる。ただ暴力を悪いと思っていながらその選択をとるかっていうと、わたしがその手段しか分からないから、かな。話が通じる相手であればまた違うけど、とにかくこの苛立ちをどうにかお相手にぶつけたくって」
「八つ当たりじゃん」
「そうとも言う」
「始めっからそう言いなさいよ」
「真咲と話すの、楽しくって」
だから静は、いつもはしない遠回しで長ったらしい話をした。何せずいぶんと久しく会えなかったのだ。まさかここまで誰かと話をするのが楽しいだなんて思いもよらなかった。
対して真咲は不機嫌そうに頬を膨らませ、じっとりと静を睨みつけてきた。
「ごめんって」
「……じゃあ、殴り方教えて。カルロス殴るから」
「なんで?」
「馬鹿なことしたから」
「ぐー作って」
「こう?」
「怪我するから、こう」
「こうね」
「で、腕の力じゃなくって肩からやるの。怪我しちゃうから」
「分かったわ」
まさか拳の握り方をねだられるとは思わなかったが、真咲の理由を聞いた静は迷うことなく正しい拳の握り方を教えると数名から呆れたような、けどもどこか鋭い視線が向けられた。もちろんだが、静は全て無視をしつつ、空気相手に実演もしてみせた。
「ルイス、聞くか? この馬鹿がやったこと」
「興味ない」
「血の誓いをやったんだよ。書面無しの昔のやり方で」
イーサンとルイスの会話が僅かに耳に入り込んだ。どうも真咲の言う馬鹿なことをしたというのは、その血の誓いをやったことらしい。
一体どういうものなのか、静には分からなかったがルイスを様子をちらりと横目で確認すれば、無言でカルロスを見つめていた。
「見るんじゃねぇよ」
どうやらルイスも驚くような馬鹿をカルロスはしでかしたらしい。カルロスは集められる視線に耐えかねてか、やおら声を僅かに張り、ルイスの腰へと視線を落とした。
「ってかさ、漆黒が剣を持つって珍しいよな」
「諸事情があるんです」
「へぇ? ってか、別に敬語じゃなくって良いって」
「そうそう、こいつには適当にしとけば良いからさ。にしても何の事情があるんだよ」
深紅の騎士だからなのか、それとも無理やりに話題を変えるためなのかは不明だが、漆黒が長剣を持つことは珍しいようだった。理由を濁すルイスだが、イーサンが親しげに話しかけつつも、カルロスの援護に回った。
けどもさすがは漆黒。ルイスは頑なに口を閉ざし、なるべく二人から視線を反らしている。
「え、何かあるの?」
「あぁ……うん、まぁ」
真咲は漆黒が剣を持っていることについて、ではなく、あの剣に何があるのかというように静に聞いてきた。
別に隠すようなことではないが、素直に話をして良いものかとルイスの反応を見て遠慮しそうになる。改めてルイスの様子を見れば、ルイスはまっすぐに静を見つめており、その目を見た静は小さく頷いた。
「……何かあるっていうか。あれ、ユフィアータの剣。で、わたしが持っていると転んだりして危ないから、ルイスに持ってもらってる。って言っても、あの剣ってエヴァンハイン家の宝剣だから借りているだけなんだけど」
まさかユフィアータ自らが創り上げた剣があるとは思わないだろう。そう思っていると、なにやら真咲達の反応は想像していたものと大きく異なっていた。
「ディーヴァ! ねぇ、ちょっと! 分かってた?!」
『ええ、もちろん』
「なんで言ってくれなかったのよ!」
『聞かれなかったもの』
確かに真咲は驚きの表情を見せたがそんなものは一瞬で、ディーヴァを責めたてる。ヨカゼの体の上の乗っているディーヴァはそれに対してのんびりと返事をし、さらにそれに真咲を苛立たせていた。
なんでそんなもんがあるのか、とか。そういう話になるのかと思ったが、むしろ真咲の反応はそれがあることをすでに知っていたかのような、そんなふうにも見て取れた。
「……えっと、真咲。あんまり驚いてないようだけど、珍しいね?」
「驚いてるわよ。けど……」
真咲は少しだけ迷うように、空色の瞳を僅かに彷徨わせた。が、それは瞬きの間に消え去り、まっすぐに静を見つめた。
「あったのよ」
「あったって?」
「その神様の名前」
そして、真咲は教えてくれた。
祈りの間には地下が隠されていたこと。地下の先には大きな壁画。守護する二体のゴーレム。その奥にある、そこを守ったとされるミイラと、古書。そして、巨大な絵画と、真実。
「……そっかぁ……」
所々イーサンが補足説明をしてくれつつ、真咲からの話を聞いた静は、エヴァンはイン家で見た絵画を思い出した。
愛娘が描かれている箇所しか現存しない、半分以上焼失した絵画。その理由。
今の話から、同じものだと思って良いだろう。なるほど、だからなのかと静は納得した。
「その絵画。エヴァンハイン家でも見たよ」
「そうなの?!」
「うん。だけど愛娘達が描かれている箇所以外は燃やされていた。けど、そうかぁ……。ねぇ、その大地の神の目の色って何色だった?」
「え? 紅よ。もちろん妹のアルカポルスもだけど。それがどうしたの?」
兄妹なのだから、瞳の色も同じなのはそう不思議なことではない。しかし、紅、だなんて。
静はなるべく平静を保ちながら、貼り付けたような微笑みを浮かべた。
「うん、ちょっとね」
静は思う。あの時、驚かずにあの手を一本やっておけば良かったと、強く後悔した。




