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世界に一つだけの私

作者: 坂東さしま

 私の名前は鈴木花。


 自分の名前がなぜ花か?


 そんなこと、知らなくても不便はなかった。誰にも聞かれなかったし、自分も興味がなかったから。でも、小学校6年生のある日、必要に迫られてしまったのだ。


 名前の由来を。


 


 生みの母親はいわゆるシングルマザーってやつだった。育児放棄気味、いや育児放棄していて、実家の両親、つまり私のおじいちゃんおばあちゃんや、母の兄つまりおじさんが私の面倒を見てくれていた。そんで私が5歳の時に、どっかの男と車デート中に事故って亡くなった。


 母親は私の名前の由来も、私の父親が何処の馬の骨なのかも誰にも教えなかった。関係者がいすぎて、どの男だったか自分でも分からなかった説も濃厚らしい。ということは、親戚が裏で話しているのを盗み聞きした。


 子供ながらにどうしようもない女だ。盗み聞きをした瞬間、私は真面目に生きようと決めた。不真面目は人を不幸にする。なんなら、私は子供を持たなくてもいい。母親と同じことをしそうで怖いから。


 そういう訳だから、誰も私にまつわることは知らない。判明しているのは生年月日と血液型くらいだ。


 母親が亡くなった後はおじいちゃんおばあちゃんが私を引き取ってくれたけど、私が小学校1年の時に相次いで亡くなった。ちょうど彼女さんと別れて一人になったおじさんが「ま、一人もん同士、仲良くしよっか」などと言って私を養子にしてくれた。


 おじさんは彼女さんがいる時も、土日どっちかは私と遊んでくれた。両日遊んでくれたことも。彼女さんより私とのデートの方がまめだったからお別れになったじゃないかなあ、悪いことしたかなあ、と感じたこともあったが、あるお酒が入った夜、こんなことを言ってた。


「花のこと本当の子供にしか思えなくてさあ。生んでないのにさあ。彼女よりも花だったんだよ。俺のこと、パパって呼んでいいんだよ、いや呼んでよ」


 男の人は産めないけど、なんて野暮な突っ込みはしない。


 おじさんのこの言葉には、本当しかなかった。私はこの時からお父さんと呼ぶようになった。


 パパはちょっと恥ずかしい。




 話を戻そう。なぜ、名前の由来が必要になったかだ。


 実は最近、学校で「自分の名前の由来を調べよう」なんていう課題が出た。もちろん知らない私は、夜ご飯の後、お父さんに聞いてみた。


「え、知らない。なんでだろうね」


 嘘をつくことを学んでこなかったかのように、シンプルに一瞬で答えた。まあ、嘘ついて、美しい女性になるように、とか作り話されてもな。バレるしそんなん。この人はなんでも顔に出るし。口に出るし。それでいいのかな、大人って。


「おじいちゃんたちも知らないかな」


「知らんだろうなー。あいつと花について話したことないしなあ。って、どうしたんだよ急に」


「......別に。ふと思っただけ」


 私はそれだけ感を出すために、すぐテレビに顔を向けた。うるさい芸人の声に腹が立ち、NHKの9時のニュースにした。内容はわからないけど、アナウンサーの顔と声が落ち着いていていいのだ。


 自分で由来を考えちゃってもいいんだけど、地獄のような話、この宿題は今度の授業参観のネタなのだ。しかも育ての父が有給を取って参加予定なのだ。こんなどうしようもないネタを授業参観で使うなんて、先生をSNSで吊し上げたいほどに腹が立っている。


 うわーん、どうしよ。鈴木花、小学6年生にして初めて断崖絶壁に立つ。未提出で海に落ちようかな。


 と思わなくもないけど、真面目な私には、そんなことできない。ていうか、宿題を忘れる勇気がない。お父さんも真面目だから、「本当の親がやることは全部やらんとな!」ってこういうことに有給使っちゃうし。こなくていいよもう。来ない親もいるから、無理しないでって言ってるんだけど。優しいよね。優しいが苦しいこともあるって教えてあげたいなあ。


 もうこれはお父さんに正直に話して、由来を考えてもらうか。


 チラと覗き見ると、お父さんはあくびをしていた。毎日忙しいのに、自分の子供でもない女児の面倒を見て、さらに名前の由来......なんて世界一どうでもいいことに、脳みそ使って欲しくない。最低限、やるべきことだけやって、後はフラフラしててほしい。


 しかし、提出期限は迫ってくる。追いかけてくる。ああどうしよう。




 私は土曜の朝、近所の公園のブランコに腰かけ、本気で悩み始めた。あのどうしようもない課題の提出は月曜日。この休みにお父さんに考えてもらおうかな、やっぱり......とブランコを漕ぎ始めた。


「はーなちゃん」


「あ、花絵さん。こんにちは」


 この近所に住む花絵さんがやってきた。彼女は2年前まで私の通う学童のスタッだった人。パワハラってやつで辞めて、今は別の会社で働いてる。


 学童時代から彼女とは気が合って、よくお話ししていた。学童をやめてからも、近所に住んでる縁で、こうやってよく出会う。というよりも、いつの間にか、土曜の朝は会うようなことになっていた。育ての父、疲れがたまっているのか土曜は昼まで起きてこず。私がこうして土曜の朝に密会していることを知らないのだ。都合はいい。


 花絵さんは私の隣のブランコに座る。


「どしたの、なんか元気ないけど。学校でなんかあった? それともお父さんと喧嘩?」


 花絵さんは私の好調、不調をすぐ見抜く。他の人にはうまく隠せてるのに、毎日顔を合わせるお父さんも、いや疲れてるし、ただ鈍いだけだしーーこの人は鋭いなあ。


 隠し事はできないというより、彼女には簡単に口が滑ってしまう私は、地獄課題について相談した。


「えー、気にせずお父さんに相談すればいいのに、ってそれができないのが花ちゃんだったね」


「あはは。もっと軽い人間ならよかったなあ」


「真面目すぎかもね。私からお父さんに言ってあげるよ」


「悪いですよ、そんな」


「もう、遠慮しない。私と花ちゃんの仲。それ以上に......華ちゃん、お父さんとの距離、もっと縮めてみたら? 案外、その方が楽かもよ」


「ら、く......?」


「そう。お友達とのお話聞いてても、学童の時も見てて思ったけど、花ちゃんは人と距離を縮めないようにしてるね。喧嘩したくないからかなあって、私は思ってるけど、そんなの捨てちゃいな。人はみんな違う生き物。衝突して当たり前。それでも関係を築いていける人と、繋がっていくんだよ」


 ぐさっときた。確かに私は他人と、特にお父さんと面と向かうのを避けてきた気がする。


 多分、お父さんに捨てられたら私は終わりだからだろう。


 お母さんに捨てられたから。


 おじいちゃんおばあちゃんがいないから。


 私にはお父さんしかいないから。捨てられないように真面目に生きている。


 ずっと黙っている私の前に、彼女が立つ。


「思い立ったら吉日よ」と、私の手を取り「お父さんに言おう、宿題のために名前の由来を考えようって」


「え、え?」


 抵抗する間もなく、私は手を引っ張られ、家に戻った。


 仕方なく玄関を開けると、珍しく早起きしたお父さんがトイレから出てきた場面に遭遇した。


 ヨレヨレのパジャマ姿。


 ボッサボサの髪。


「お……はようございます」


「おはようございます、お久しぶりです。実はご相談がーー」


 警察の捜査のように、花絵さんはゴリゴリうちに上がり、私の名前の由来を考えようの会が強引に始まった。


 


 なんとこの日がきっかけで、あの人と花絵さんは結婚した。学童スタッフだったからお互い面識はあるし、挨拶くらいの言葉は交わしていただけの二人が。


 なんでも口に出て顔に出る。花絵さんへの気持ちも初手から私にも本人にも筒抜け。ここが、花絵さん曰く「嘘付けないところがいいね」とのことだった。


 私が欠点だと思うところが、彼女のお気に入りだなんて。人間の好みって人それぞれだなと学んだ。


 そして彼女が母になったおかげで、私の名前は母と同じ漢字になった。

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