第8話 働いてますよ
「おじさん。今度ね。マスター会議に行ってくるわ」
本日の朝礼終わりのクロウの一言。
全員もれなく驚いた。
シオンから始まり。
「え? あなたが!?」
リリアナも。
「マスターがですか!?」
そして。
「ありえません! 信じられない」
一番驚いていたのが、一番最後に発言したフランだった。
声の大きさからして、衝撃が大きかったようだ。
頭が痛くなって、片手で一生懸命頭を抑えている。
「そんな言い方しなくてもさ」
クロウが拗ねると。
「だって。あのマスターがですよ。自分から仕事をするって言ったんです。一大事です! これから、大事件が起きるんじゃありません。すでに大事件が起きているんです」
フランが鋭い指摘をした。
「え?」
そんな・・・みんなと一緒に働いてますよ。おじさんも。
こんな顔である。
「そうよ。あなた熱でもあるんじゃない?」
心配したシオンがクロウの熱を測る。
たしかに、正常だ。自分とそんなに変わりがない。
自分のおでこでしっかり確認した。
「いやいや、大袈裟な。君たちは俺の事をなんだと思ってるんだ」
熱を確認するシオンが言う。
「ええ。テキトーマスターでしょ」
続いて、フランも辛辣だ。
「サボり魔です」
「ひ、酷い!? 君たちは酷いを超えた、しどいです」
クロウは、二人から問い詰められて半泣きしていた。
心の拠り所に慰めてもらおうとする。
「天使のリリちゃんは、俺の事どう思ってんの?」
クロウが、この世界唯一の救いに声をかけた。
「え。マスターですか!・・・ええっと、マスターです!」
凄い可愛らしい笑顔ですね。
と思うクロウはそういう事を聞きたかったわけじゃないのである。
「まあ、いいや。とりあえず。俺がマスター会議に行ってくるから、皆は通常通りに仕事しておいて。変な奴がいたら、シオンが魔法でぶっ飛ばしていいって感じでお願いだ」
「あんたこそ。あたしをなんだと思ってんのよ」
「頼りになる魔法使いだろ」
「え? 頼りになる・・・ほんと?」
嬉しそうな顔をしたシオンを見ていないクロウは、説明する。
「ああ。だって、元特級だぞ。こんな頼りになる奴いねえだろ」
「えぇ。特級だったんですか」
リリアナが聞いた。
「リリアナさん、知らないんですか」
リリアナの答えに驚くフランが答えた。
「え。フラン君知ってたの?」
「もちろんです。シオンさんは、あの光陰のシオンですよ。その名を知らない方が珍しい」
「そうなんだ」
「リリアナさんは一体どこに暮らして・・・」
この大陸にいて、この名を知らぬ人がいる。
フランにとって、今日一番の衝撃だった。
「シオンさん。なんで冒険者辞めたんですか」
純真なリリアナは単純に聞いた。
「え。あたし・・・」
「はい」
「そうね。なんとなくね。潮時かと思ったの」
「へぇ」
「冒険者って大変でしょ。色んなことでね」
「色んなこと?」
「ええ。色んなことでね」
彼女が悲しそうな顔をしたので、それ以上話を聞けなかった。
リリアナが戸惑っているとクロウが出て来る。
「リリちゃん。人には人の事情があるんだよ。誰にも言えない事情がさ」
「さっきから、マスターがまともな事《《だけ》》を言ってます。今日は嵐になるんですか」
クロウの答えの隣に、フランが強烈な言葉を添える。
「今、おじさんが良い事言っているんだけど。フラン君。台無しにしないでくれる?」
「いや、マスターから良い言葉しか聞こえないのが不思議で。申し訳ないです。ついつい」
「ついついで、君はおじさんをイジメるのかい」
「イジメてませんよ。正直に言っただけです」
「・・・・・」
言葉で勝てん!
おじさんは若者に勝利を譲った。
◇
そこから雑談後に、最終的に最初の話に戻る。
「じゃあ。俺、マスター会議に行ってくるよ。今のみんなの顔を見ればさ。なんとなく大丈夫そうだし。ここを立つのは明後日にしようかな」
「明後日でいいの? あなた。会議はいつなの?」
シオンが聞いた。
「五日後だったかな」
「今回も本拠地?」
「そう。クライロンだ」
「大陸中央ね。それって、マスターオブマスターの招集なのね?」
「ああ。そうだよ。ロミちゃんからの招集ってわけ」
「・・・それはいかないと駄目ね」
「そうなのよ。面倒でもな。でも面倒ついでに、用も済ませるから、今回は参加することにしたのさ」
アルフレッド大陸は円形の大陸。国家は五つ。
11時から2時の方角にある。
北のブリトン王国。
2時から5時の方角にある。
東のアバルティア王国。
5時から8時の方角にある。
南のミオエンド王国。
8時から11時の方角にある。
西のジョルジュ王国。
そして、大陸中央のドーナツの目になっている。
中央のクライロン王国である。
この五つの主要国家の大都市には、ギルド会館が必ずあり、ギルドマスターが存在している。
なので現在は四名のマスターとその上のギルドマスターの頂点。
マスターオブマスター。
ロミオリ・キリンベルクがいる。
彼の事は、別に統括マスターと呼ぶこともある。
それで、クロウはというと、東のアバルティア王国の最東端のギルド会館のロクサーヌのギルドマスターだ。
他の主要都市のマスターに比べると格落ちしているわけだが。
四名のマスターたちと同じ立場で、肩書き的には肩を並べている。
しかしだ。
場所の違いがあれども、格に違いがない事は、本部でも明確になっているのだが。
そうは上手くいかないのが人間の性。
特にアバルティアの東のギルドマスターと、クロウは相性が悪い。
よその国では、二人のマスターが並ぶことがないからだ。
「さてさて。ロミちゃんの所に行く準備をしようかな」
「さっきからあなた。ロミオリ様に失礼よ。ちゃんなんて歳じゃないし」
「ん? なんで? ロミちゃんだぞ」
「はぁ。あんたね。ロミオリ様は偉大な戦士様よ。あんたみたいなのが、気安く呼んじゃ駄目でしょ」
「偉大な戦士!?」
「知らないの?」
クロウは、シオンの言葉を受け入れていなかった。
「知らんよ。泣き虫ロミちゃんだぞ。どこが偉大な戦士なんだ?」
「は? ロミオリ様が泣き虫? あの顔で?」
スキンヘッドのイカツイ顔。しかも傷が幾つかあるので、怖さは倍増。
そんな人が泣き虫とは到底思えなかった。
「うん。そうだぞ。昔はな、メソメソ泣いていたんだよ。可愛らしい少年だったんだ。ハゲ親父じゃなかったのよ。あんなにキレイにハゲてなかったの。年を取るとね。みんなね。姿が変わっちまうのさ」
「何言ってんの? あんた。いくつよ。ロミオリ様は、百越えよ。ドワーフとヒューマンのハーフでしょ。ヒューマンのあなたがね。子供の頃を知る事なんて出来ないわ」
「俺の歳か・・・駄目だよ。年寄りに年齢を聞いちゃ。シークレットさ!」
ニコッと笑ったクロウを見て、三人は呆れた。
おじさんの年齢を聞いて、何が悪いんだと思っているからだ。
でも知らない方が良い事もある。
おじさんは、決して自分の為に歳を言わなかったんじゃない。
言えない秘密があるのだ。
辺境のマスタークロウには、とある秘密がある。