第6話 プリンは?
「ねえねえ。俺のプリンは! 誰か俺のプリン知らねえ!!」
小さなギルド会館に響く声は、クロウの悲しそうな声だった。
職員の机の周りをウロウロしている。
「なあ。シオン。冷蔵庫にあったさ。俺のプリン知らねえ?」
「知らないわよ。プリンなんてあったの?」
ギルド職員の机で仕事をしているシオンが答えた。
書き物の仕事の途中だというのに、続けて答えてくれる。
「あたしね。冷蔵庫なんてしばらく使ってないし。そもそも冷やすための氷魔法だって使ってないわよ。だからプリンがあったことも知らないわ」
「そうか。お前、使ってないのか。俺はね。毎朝氷を補充してるのよ。だから冷蔵庫ってちゃんと使えるようになっているんだぜ・・・ってのはどうでもよくて、俺のプリン知らねえ?」
この世界の冷蔵庫は、上に氷魔法で、冷気を補充することで食べ物を冷やすことが出来る。
ちなみに氷の量で冷やす力を調整している。
「だから、知らないわよ。その氷をあんたが補充してることも知らないんだから」
「そうなんだ・・・じゃあ、シオンじゃないのか」
「当たり前でしょ。そもそもね。自分で買ってないプリンなんて食べられないわよ。なんか怖いわよ。誰のプリンかわからないものを食べるなんてね」
「まあ、確かに……そうだよな……泥棒でも入ったか?」
「いや、あんた。自分で食べたんじゃないの。覚えてないだけじゃないの」
「食べないよ。俺はね。日々楽しみにとっておいたんだよ。いざという時にご褒美で食べようとしてさ・・・あ、フラン君」
奥にある洗面所で手を洗っていたフランが受付の場所まで歩こうとして、二人の前を通りかかった。
まだハンカチで水分を拭いている途中である。
「なんですか。マスター?」
「プリン知らない。俺のプリン」
「知りませんよ。どこにマスターのプリンがあったんですか」
「冷蔵庫」
「それじゃあ知りませんよ。僕はここで働いてから冷蔵庫を使用したことがありません」
フランは冷静に言い返した。
「あら、そうなの。フランも使ってもいいのよ」
シオンが話した。
「いえ。シオンさん。僕は冷えたものは食べないので」
「そうなのね。体を温める物を食べるのね」
「そうです。健康にはその方が良いので」
クロウが呟く。
「じゃあ、フラン君じゃないのか・・・・」
ギルドマスタークロウのプリンはどこに消えたのか。
どうでもいいことで、ここの職員たちは悩んだ。
「そうだ。リリちゃん。リリちゃんは、俺のプリン知らない?」
オープンスペースの職員の部屋。
目の前は受付の裏だ。
だから、職員の部屋からでも、リリアナが見えている。
彼女は、ノートを広げている途中だった。
返事は返すが、こちらを向かずにいる。
「し、知りません・・・よ・・・私じゃないです・・・よ」
「?」
私じゃないですよと返ってくる事が変である。
それにいつもなら振り向いてくれるのに、彼女は真っ直ぐ正面玄関を見たままだった。
だからクロウが、彼女の方に向かう。
「リリちゃん。ちょっと、なんでこっち向いてくれないの」
クロウがリリアナの顔を見ようと横から覗き込もうとすると、リリアナは反対側に顔を背けた。
「あれ? どしたの? 具合悪い?」
「い、いえ。なんでもないです」
「・・・・んんん。まあ、リリちゃんが俺に嘘を付くわけないし、知らないなら知らないよな」
「そ・・そうですよ」
声が裏返った。
「じゃあ、まあ。そうだな。リリちゃん。ちょいと悪いんだけど、俺の手に、手を置いてくれる」
「え? なんでですか」
「まあいいじゃん。ちょいといいかな」
「わ。わかりました」
申し訳なさそうな顔のリリアナがクロウの手の上に手を置いた。
「んじゃ。悪いな。いくよ。記録の彼方」
魔法を使用すると、靄がかった薄い緑色のリリアナが、彼女のそばに出現した。
「こ、これは・・・」
「ごめんね。これをこんな感じで、巻き戻しと」
薄いリリアナが立ち上がる。
彼女は後ろに向かって歩いた。
「ほうほう。職員の机の方に・・・仕事かな」
薄い彼女は机に座り何かを読み込んでいた。自分の机の上の書類があるので、もしかしたらこの仕事をしていたのかもしれない。
「ちょっと、クロウ。この魔法何よ」
「シオン。この魔法を知らないのか? 魔法使いなのに?」
「し、知らないわよ。私が魔法使いでも、こんな魔法・・・聞いたことないし、見たことがないわ。なんなの?」
「こいつはね。使用者の魔力がある限り、相手の行動を追跡できる。特殊魔法だな。んでこれは、最高でも一週間くらい遡れるんだ。でもな、膨大な魔力を使用するからよ。俺だけだろうな、一週間も遡れるのはな。あ、それとな。言葉とかは無理だ。行動のみを追跡できるんだぜ」
「そんな凄い魔法があるの!? あんた絶対、近衛兵団とか騎士団とか。宮廷魔法師団の治安維持系の職業に就いた方が稼げるんじゃないの」
「えええええ。そんな面倒な仕事嫌だわ」
クロウが答えると、フランが呟く。
「こっちの仕事の方が面倒なような気がしますがね……マスターの中では面倒じゃないんですね」
記憶の中の彼女の行動に変化が起きた。
資料を読み込む体勢から、何かをポケットに隠してから、何かを口に運ぶ動きをした。
「ん? なんか食べてるぞ」
「いえ。たたた、食べてません。もういいんじゃないですか。マスター、私を疑っているんですか。こんな魔法を使ってまで、酷いですよ!」
「うん。リリちゃん。いつもと違って笑顔が怪しい。いつも明るくて素敵な笑顔なのにね。今の君は焦っている笑顔だからね。おじさんはそういうとこ。敏感よ」
「そ・・そうですか・・・アハハ。またまた、ほら大丈夫でしょ」
「いや、無理がある。引きつってるもん」
顔を見ると目が泳いでいる。
いつもなら目をしっかり見つめ返してくれるのに、今日は一度も目が合っていない。
クロウは彼女の些細な行動の違いに気付いていた。
「あ。立ち上がった」
記憶の彼女の行動が、食べる前の行動に移っていた。
「どれどれ、どこ行くのかな」
彼女についていく四人が立ち止まったのは、職員の控室にある冷蔵庫の前である。
「「「・・・・・」」」
三人が無言で薄い彼女を見ると、冷蔵庫の前で何かを取り出す動きをした。
「い、いや。私・・・じゃないですよ・・・ピューピュー」
リリアナが横目で、鳴らない口笛を吹いた。
「リリちゃん。もう白状しなさい。おじさんは怒りませんよ。正直に言ってくれたらね。うんうん。大人だからさ」
「・・・ま、マスター・・・ごめんなさい。食べちゃいました」
リリアナは、白状したのである。
「ああ。俺のリリちゃんが、俺に嘘をついて・・・俺のプリンを・・・おおおおおおお」
さっきまでカッコいい事を言っていたおじさんはちょいと泣いた。
膝から崩れ落ちて、地面に両手を置いて、首までうな垂れた。
「ごめんなさい。マスター。つい魔がさして……美味しそうだったから……ごめんなさい」
「俺のリリちゃんが……俺のプリンを……」
おじさんがうるさいから、シオンが出て来る。
「いつからあんたのリリになったのよ。ちょっと。いつまで泣くつもりよ。いい大人でしょ。あんた」
続けてフランも出る。
「マスター。無くなったのは、しょうがないですよ。プリンなんて、また買えばいいんですよ」
二人に慰められるクロウは、顔を伏せて泣いていた。
「あれ。限定なんだよ……ほら、王都のお店がこっちに来た時にしか買えない奴なんだよ。おじさんのなけなしのプリンなのさ……しかも、おじさんのなけなしのお金で買ったんだよぉ。安月給なんだよ。おじさん・・・」
プリンへの想いだけじゃなく、切実な思いも見え隠れする。
「ご、ごめんなさい。マスター。私が弁償しますので」
「はぁ。俺のリリちゃんがどんな弁償してくれるんだい?」
クロウがいじけて答えた。
「えっと、同じものを買います!」
「無理だよ。次は半年後だよ。それもそのプリン屋さんが来るかもわからないしさ。もうさ。絶望プリンなんだよ。俺の元に来ることがなかった絶望プリンなんだよ~~~」
「・・え!? じゃ、じゃあ。何か買いに行きましょう。今度大きな街にでも行って、奢ります」
「ほんと! リリちゃん。それはデートかな!」
クロウは立ち上がった。ついでに心も立ち上がった。
「は、はい。お詫びデートでお願いします」
「そうか。それじゃあ、おじさん元気になったよ。君を許そう。プリンなんて、どうでもいいや」
ケロッとした表情になっていつものクロウに戻った。
「あんた。何言ってんのよ。セクハラよ。セクハラ。おじさんが若い子と」
「何言ってんだ。セクハラじゃない。これはお詫びデートなのだ。世の中は知らんが、俺のはセクハラじゃない!」
その意見を両断しようと、フランが答える。
「いえ、それは立場的にはパワハラじゃありませんか。マスター」
「フラン君! 今は静かにしなさい。これはとても大事な事なのだよ。ねえ。リリちゃん」
余計な事を言うな。と心の中では叫んでいる。
「あ、はい。セクハラでもパワハラでもないです。マスターの大切なプリンを私が食べちゃったのが悪いので・・・ごめんなさい」
「ほら、君たち。それ以上言うと、リリちゃんがとんでもない悪者になっちゃうよ。俺は許しているんだ」
御託を並べているが、ただデートしたいだけのおじさんだ。
「本人がデートするって言ってくれてるんだよ。君たちは、黙りなさい。黙っていなさい」
「いや、もうマスターが許しているなら、リリアナさんが別にデートしなくてもいいのでは?」
フランはまだ正論を言っていた。
「ちょっとフラン君。いちいち細かい事を言わないの」
「いえ、細かくはないような・・・当たり前の事な気がしますが・・・」
「いいの。とにかくリリちゃんと俺はデートをするんだよぉ。デートがいい。お詫びはプリンよりもデートがいい!」
駄々をこねたマスターの声から、この日の仕事が始まった。