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辺境のギルドマスター  作者: 咲良喜玖
第一章 不思議な事に、働いているのにおじさんにはお金がない
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第5話 小さなギルドを守るために

 丁寧に体を洗い。

 身を清めたクロウ。

 ギルド会館の受付の位置にまで戻ると、冒険者とリリアナが何かで揉めていた。

 凄い剣幕の男性と、泣きそうな顔のリリアナが並んでいると、怒りが沸々と出て来る。

 大切なリリちゃんを泣かせる奴は死刑。

 クロウの心の内は、こんなにひどいものである。

 ギルドマスターなのに・・・。

 

 「なんだよ時間外ってさ。俺は登録しに来たんだよ。開けろ。受け付けろ」

 「ごめんなさい。冒険者登録は、お昼の12時までなんです。また明日いらしてください」


 業務形態について丁寧に教えるリリアナ。

 しかし、男性側はしったこっちゃないという感じだった。


 「おい。いいからやれって。俺は今。この時じゃないと駄目なんだ。早く冒険者になりたいんだよ」

 「ご、ごめんなさい。これは、ここの規則でして・・・それにもう休憩時間でして・・・対応するのは一時からで・・・それに登録は朝だけでして・・・ごめんなさい」


 上目遣いのリリアナは申し訳なさそうであった。

 眉毛が下がっていて、いつもの天使の微笑みが無く、可哀そうである。


 「それはお前らの都合だ。俺には関係ねえだろ。早くしろ!」

 

 何度断っても、冒険者の男性は窓口で粘る。

 ギルドには独自のルールがある。

 会館ごとにも業務内容も業務形態も違っていたりする。

 ただ同じなものは、お金関係だけが一律となっている。

 それは、地域差での不平等感を無くすためだ。

 あっちでは安かったのに、こっちでは高いじゃないか。

 これを言わせないためだ。


 そして、ロクサーヌのギルド会館の業務時間は、朝の9時から夕方の5時まで。

 業務形態は、朝の9時から12時までが冒険者登録業務が主で、他は相談。

 13時から17時までがクエスト関連業務となっている。

 他の大都市などのギルド会館は、これらの業務に時間制限を設けていない。

 でもこちらのロクサーヌはギルド職員が四人しかいないので、このような時間で業務が変わる仕様になっているのだ。


 二人の間に立ったクロウが軽快なリズムで話し出す。

 表情には一切感情がないが、内心はいらいらしている。


 「新たな冒険者になろうと夢みる若者さんさ。ごめんよ。今はお昼休み。うちね。ホワイト企業なの」

 「ふ、ふざけんな。ギルド会館でそんな話、聞いたことないぞ。お昼休憩だと!?」

 「いいかい。君、まだ冒険者として働いていないだろう。君もさ。働けば分かるんだ。お昼休みがね。いかに重要な事をさ……そうそう働けばわかるんだよ。無職君」

 「ふざけんな。営業しろ。そういう施設だろ。この野郎」


 クレーマー対応はクロウにお任せ。

 クロウは心配そうな顔のリリアナに、目配せして安心させて後ろに下がらせた。


 彼女を守る盾となる。


 「いいか。ここはね。片田舎の小さな、小さな、ギルドなの。人が四人しかいないギルドなの。四人なんてね、人手不足に決まってんだよ。年中無休。24時間営業。そんなこと出来ないのよ。ね! もしそんなことしたらね。俺たちの体が壊れちまうの。ドカーンと爆発してしまうってわけ・・・いいかい。若者よ。若い頃には分からない、休憩ってものはね。大切なんだ。人生は、遠回りも大切なんだよ」

 「なんだよ。おっさんみたいな言い方でさ。お前も俺とそんなに変わらないだろ」


 新米冒険者になろうとする青年は怪しむ。

 おじさんと連発する癖に見た目が若いからだ。


 「違うよ。俺はね。君よりも数段年を取っているからね。年長者の言う事は聞くべきだよ。いいかい。遠回りは人生に大切。これ、覚えておいてね」

 「んだよ。良いように言ってるだけじゃないか。ただ業務をサボっているだけだ。ふざけんな」

 「君からの言い分ではそうでしょう。でもね。うちのギルド会館の前にある看板を見たかい。君?」

 「あ? 見てねえよ」

 「冒険者になりたいなら、注意書きくらいさ。よく見ようね。12時から13時はお昼お休み。日曜祝日もお休み。土曜日は半分だよ。これを守ってもらわないと、俺たちはここから撤退するよ。いいのかい。ここにギルドが無くなっても」

 「ふざけるんじゃない。屁理屈親父!」

 「・・・・はぁ」


 クロウが肩を落として首も落としてため息をついた後、顔色が変化した。

 ビリビリと緊張感のある空気が、このギルド会館に溢れる。


 「しゃあねえな……青年よ。君は、あの素敵な女性の笑顔を曇らせてもいいのかい」


 クロウは、クレーマー新人の肩に腕をかけて、リリアナを指差した。

 今は泣きそうな顔の彼女は、笑顔であると天使なのだ。とても素敵な笑顔で、その笑顔を見ただけで幸せになる。

 ただしそれはクロウだけであるが。


 「君。誰かを泣かせるような冒険者になるつもりなのかい。そいつは、いただけないね。冒険者ってのは夢を持たないとさ。夢を持つ者がさ、誰かを泣かせるのはおかしいよ。それに君、小さな子供の依頼にもそうやって文句を言うつもりなのかい」

 「い、いや……それは」

 「そうだよね。いいかい。冒険者は自由。でもその自由を応援してくれるのは町の人々さ。依頼が無ければ、仕事がない。仕事が無ければ、冒険者もただの無職だよ。だから君、人を大切にしたまえ。それでさ。どんなに不満が残ろうが、このギルド会館の職員に文句を言っちゃいかんのよ。いいかい。次、そんな態度の君を見かけたら・・・殺すぞガキ」

 

 さっきまでの口調とは違う。

 重低音の声。

 そばにいる者たちの腹の底に響く声だった。

 彼の声を聞くと、状態異常を起こした。

 恐怖状態に近くなったと、リリアナ、フラン、シオンの三人が内心で思う。


 「……え!?」


 今までと態度があまりにも違い過ぎて、青年は驚いた。

 顔が小刻みに横に震える。


 「いやいや、悪い悪い。別にね。君を脅すつもりはないんだよ。ただね。俺たちのリリちゃんをね。泣かせるような奴は、許さないって決めているんだよ。うんうん。だから次、そんな態度だったらね。君の首と体。別なところにいることになるからね。気を付けてよ。俺がニコニコしているからってね。俺はそんなに甘くないからな。いいな。坊主」


 笑顔のままでいるのが逆に怖い。

 青年は頷くしかなかった。


 「は、はい」

 「じゃあ。冒険者になりたかったら、明日来な。リリちゃんが受け付けてくれるからな」

 「わ。わかりました。失礼しました」

 「じゃあね~~~」


 最後は笑顔で見送ったクロウは呟く。


 「ありゃ……また来るかな? 来ねえかもな。悪いことしたな」


 明日来ないかもしれない。

 おでこに手を当てて青年を見送るクロウは、そんなことを思った。


 「マスタぁ! いつもいつも助けてくださって、ありがとうございます」

 「いや、こんなものは、当たり前さ。だからお礼なんていらないよ。リリちゃんの笑顔が無くなるのがね。俺は嫌なだけなんだよ。ふっ」


 クロウの後ろに現れたシオンが言う。


 「何カッコつけてるのよ。あんた。そもそも、ああいうのを説得するのが、あんたの仕事よ。仕事の範囲の話よ」


 その隣にお昼ご飯を用意しているフランが眼鏡を上げてから言う。


 「リリらなさん。そうですよ。クロウさんは、マスターなんですから。当たり前の事です」

 「君たち、俺に酷くない。もうちょい俺にも優しくしてよ。リリちゃんだけが俺に優しいじゃん」

 

 ギルド職員は、こんな理不尽な相手とも会話をしなければならない時が来る。

 でも、そんな困った時には、このギルドにいる最強の男が出ていく。

 辺境のギルドマスター『クロウ』

 彼は、決して冒険者の為だけに仕事をしているわけじゃない。

 ギルド職員を守るために仕事をしているのだ。

 

 クロウの伝説は、ギルドマスターへと繋がる物語であった。

 

 

 


 

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