第5話 小さなギルドを守るために
丁寧に体を洗い。
身を清めたクロウ。
ギルド会館の受付の位置にまで戻ると、冒険者とリリアナが何かで揉めていた。
凄い剣幕の男性と、泣きそうな顔のリリアナが並んでいると、怒りが沸々と出て来る。
大切なリリちゃんを泣かせる奴は死刑。
クロウの心の内は、こんなにひどいものである。
ギルドマスターなのに・・・。
「なんだよ時間外ってさ。俺は登録しに来たんだよ。開けろ。受け付けろ」
「ごめんなさい。冒険者登録は、お昼の12時までなんです。また明日いらしてください」
業務形態について丁寧に教えるリリアナ。
しかし、男性側はしったこっちゃないという感じだった。
「おい。いいからやれって。俺は今。この時じゃないと駄目なんだ。早く冒険者になりたいんだよ」
「ご、ごめんなさい。これは、ここの規則でして・・・それにもう休憩時間でして・・・対応するのは一時からで・・・それに登録は朝だけでして・・・ごめんなさい」
上目遣いのリリアナは申し訳なさそうであった。
眉毛が下がっていて、いつもの天使の微笑みが無く、可哀そうである。
「それはお前らの都合だ。俺には関係ねえだろ。早くしろ!」
何度断っても、冒険者の男性は窓口で粘る。
ギルドには独自のルールがある。
会館ごとにも業務内容も業務形態も違っていたりする。
ただ同じなものは、お金関係だけが一律となっている。
それは、地域差での不平等感を無くすためだ。
あっちでは安かったのに、こっちでは高いじゃないか。
これを言わせないためだ。
そして、ロクサーヌのギルド会館の業務時間は、朝の9時から夕方の5時まで。
業務形態は、朝の9時から12時までが冒険者登録業務が主で、他は相談。
13時から17時までがクエスト関連業務となっている。
他の大都市などのギルド会館は、これらの業務に時間制限を設けていない。
でもこちらのロクサーヌはギルド職員が四人しかいないので、このような時間で業務が変わる仕様になっているのだ。
二人の間に立ったクロウが軽快なリズムで話し出す。
表情には一切感情がないが、内心はいらいらしている。
「新たな冒険者になろうと夢みる若者さんさ。ごめんよ。今はお昼休み。うちね。ホワイト企業なの」
「ふ、ふざけんな。ギルド会館でそんな話、聞いたことないぞ。お昼休憩だと!?」
「いいかい。君、まだ冒険者として働いていないだろう。君もさ。働けば分かるんだ。お昼休みがね。いかに重要な事をさ……そうそう働けばわかるんだよ。無職君」
「ふざけんな。営業しろ。そういう施設だろ。この野郎」
クレーマー対応はクロウにお任せ。
クロウは心配そうな顔のリリアナに、目配せして安心させて後ろに下がらせた。
彼女を守る盾となる。
「いいか。ここはね。片田舎の小さな、小さな、ギルドなの。人が四人しかいないギルドなの。四人なんてね、人手不足に決まってんだよ。年中無休。24時間営業。そんなこと出来ないのよ。ね! もしそんなことしたらね。俺たちの体が壊れちまうの。ドカーンと爆発してしまうってわけ・・・いいかい。若者よ。若い頃には分からない、休憩ってものはね。大切なんだ。人生は、遠回りも大切なんだよ」
「なんだよ。おっさんみたいな言い方でさ。お前も俺とそんなに変わらないだろ」
新米冒険者になろうとする青年は怪しむ。
おじさんと連発する癖に見た目が若いからだ。
「違うよ。俺はね。君よりも数段年を取っているからね。年長者の言う事は聞くべきだよ。いいかい。遠回りは人生に大切。これ、覚えておいてね」
「んだよ。良いように言ってるだけじゃないか。ただ業務をサボっているだけだ。ふざけんな」
「君からの言い分ではそうでしょう。でもね。うちのギルド会館の前にある看板を見たかい。君?」
「あ? 見てねえよ」
「冒険者になりたいなら、注意書きくらいさ。よく見ようね。12時から13時はお昼お休み。日曜祝日もお休み。土曜日は半分だよ。これを守ってもらわないと、俺たちはここから撤退するよ。いいのかい。ここにギルドが無くなっても」
「ふざけるんじゃない。屁理屈親父!」
「・・・・はぁ」
クロウが肩を落として首も落としてため息をついた後、顔色が変化した。
ビリビリと緊張感のある空気が、このギルド会館に溢れる。
「しゃあねえな……青年よ。君は、あの素敵な女性の笑顔を曇らせてもいいのかい」
クロウは、クレーマー新人の肩に腕をかけて、リリアナを指差した。
今は泣きそうな顔の彼女は、笑顔であると天使なのだ。とても素敵な笑顔で、その笑顔を見ただけで幸せになる。
ただしそれはクロウだけであるが。
「君。誰かを泣かせるような冒険者になるつもりなのかい。そいつは、いただけないね。冒険者ってのは夢を持たないとさ。夢を持つ者がさ、誰かを泣かせるのはおかしいよ。それに君、小さな子供の依頼にもそうやって文句を言うつもりなのかい」
「い、いや……それは」
「そうだよね。いいかい。冒険者は自由。でもその自由を応援してくれるのは町の人々さ。依頼が無ければ、仕事がない。仕事が無ければ、冒険者もただの無職だよ。だから君、人を大切にしたまえ。それでさ。どんなに不満が残ろうが、このギルド会館の職員に文句を言っちゃいかんのよ。いいかい。次、そんな態度の君を見かけたら・・・殺すぞガキ」
さっきまでの口調とは違う。
重低音の声。
そばにいる者たちの腹の底に響く声だった。
彼の声を聞くと、状態異常を起こした。
恐怖状態に近くなったと、リリアナ、フラン、シオンの三人が内心で思う。
「……え!?」
今までと態度があまりにも違い過ぎて、青年は驚いた。
顔が小刻みに横に震える。
「いやいや、悪い悪い。別にね。君を脅すつもりはないんだよ。ただね。俺たちのリリちゃんをね。泣かせるような奴は、許さないって決めているんだよ。うんうん。だから次、そんな態度だったらね。君の首と体。別なところにいることになるからね。気を付けてよ。俺がニコニコしているからってね。俺はそんなに甘くないからな。いいな。坊主」
笑顔のままでいるのが逆に怖い。
青年は頷くしかなかった。
「は、はい」
「じゃあ。冒険者になりたかったら、明日来な。リリちゃんが受け付けてくれるからな」
「わ。わかりました。失礼しました」
「じゃあね~~~」
最後は笑顔で見送ったクロウは呟く。
「ありゃ……また来るかな? 来ねえかもな。悪いことしたな」
明日来ないかもしれない。
おでこに手を当てて青年を見送るクロウは、そんなことを思った。
「マスタぁ! いつもいつも助けてくださって、ありがとうございます」
「いや、こんなものは、当たり前さ。だからお礼なんていらないよ。リリちゃんの笑顔が無くなるのがね。俺は嫌なだけなんだよ。ふっ」
クロウの後ろに現れたシオンが言う。
「何カッコつけてるのよ。あんた。そもそも、ああいうのを説得するのが、あんたの仕事よ。仕事の範囲の話よ」
その隣にお昼ご飯を用意しているフランが眼鏡を上げてから言う。
「リリらなさん。そうですよ。クロウさんは、マスターなんですから。当たり前の事です」
「君たち、俺に酷くない。もうちょい俺にも優しくしてよ。リリちゃんだけが俺に優しいじゃん」
ギルド職員は、こんな理不尽な相手とも会話をしなければならない時が来る。
でも、そんな困った時には、このギルドにいる最強の男が出ていく。
辺境のギルドマスター『クロウ』
彼は、決して冒険者の為だけに仕事をしているわけじゃない。
ギルド職員を守るために仕事をしているのだ。
クロウの伝説は、ギルドマスターへと繋がる物語であった。