第3話 最強
ノール洞窟。
ロクサーヌから西にあるダンジョン。
初心者たちが、まず初めに挑戦するダンジョンの二つの内の一つ。
そこは、別に冒険者じゃなくても誰が行っても死ぬようなダンジョンじゃない。
ふらっと立ち寄って、無傷で帰って来られるようなダンジョンレベルだ。
ランクEなので、初心者でも楽勝。
ただし、それは地下10Fまでの話である。
それ以降は、中級の冒険者じゃないと、危険かもしれない。
ランクDレベルとなる。
なので、冒険者たちが、一番最初にもらう手引書の表紙に、注意書きがこのようにして書いてある。
初心者は地下10Fまでだよ!
おじさんとの約束さ。
これを破ったら助けに行ってあげないんだからね。
by クロウ
◇
ノール洞窟地下5F
初心者ダンジョンの一つであるノール洞窟は、出現モンスターの平均等級がE。
七段階評価の内の最下級がEランクなので、初心者にはうってつけのダンジョンだ。
ダンジョン地下10Fで。
Cランク一体が出現する確率が0.5%くらいなので、ワームのようなAクラスの魔物が出現するなど、宝くじに当たるよりも稀な事である。
そして、今回の事件は極稀に起きる『モンスターシャッフル』だと思われる。
別名で、『イレギュラーエンカウント』とも呼ばれているダンジョンハプニングの一種だ。
そのダンジョン階数では、出現しないようなモンスターが出現してくる状況。
天変地異のような出来事を指す名称だ。
◇
イレギュラーエンカウントのせいで、ダンジョン内は悲鳴だらけとなった。
初心者冒険者らの絶叫がこだましている。
彼らは、自分の命がもうないのかもしれない。
その焦りと恐怖で、方向感覚すらも失いかけていた。
どちらに逃げれば、上に上がれるのか、それすらも分からなくなっていたのだ。
ごった返す人込みの中で、唯一逃げ腰じゃない冒険者たちが現れる。
ロクサーヌのギルド会館一の冒険者クラン『獅子一人』の登場だった。
金髪の鬣がある団長レオが、皆に指示を出す。
「とにかく誘導だ。初心者の子たちを上に逃がせ。とにかく上にあげるんだ。みんな頼んだ」
「「「はい団長」」」
団員たちが返事を返す。
その声が黄色い。
声援にしか聞こえないくらいに黄色い声だ。
「ミリマリ。君は俺に防御魔法を三重にかけてくれ」
「はい。団長。『リグルフィールダ』」
青い目の少女ミリマリは、団長に防御魔法を厳重にかける。
「ルノー。君は、奴に攻撃魔法を。ナリア。君は弓で。シルティ。君は・・・」
と団長レオが言う名前が全部女性である。
そうお気づきかもしれないが、この冒険者クラン獅子一人は、レオ以外が女性である。
だから名前がコレなのだ。
冒険者パーティー、冒険者クランに所属していない。男一人で冒険している者には、なんとも腹立たしい。
彼を見かけた際は、冷たい目をすると良い。
もしくは恨んでもいいだろう。
なんて言ったって、この冒険者クランは、美人ばかりだ。
「俺が行く。注意は俺が惹きつけるから、君たちは援護だ!」
「「「はい!」」」
女性陣の黄色い声援を背に、レオはワームに立ち向かう。
女が無数で男が一人。
ここが男の腕の見せ所である。
ワームの等級はA。
それに対してレオの冒険者ランクは、三級冒険者。
つまり、退治できるレベルはCランク相当の魔物だ。
だから戦う前から、レオの負けが確定している。
でも、その事は彼自身だって百も承知だ。
自分の力が及ばないことを理解しても、人々を守るために勇気で前に出ているのである!
なんて話は嘘だらけ。本当の所は、自分のクランの女性たちに、自分のカッコいい所を見せたいだけの男。
要はスケベ心で頑張っているのだ!
まだ頑張れているだけ、レオは偉いのである。
「おおおおおおおおおおおおおおお」
雄叫びは倒しそうだけど、ワームは甘くない。
地面に潜る速度が速く、レオの一撃は空振りに終わる。しかしそれで終わってくればよかったが、ワームはもう一度地面から出現して、レオを飲み込むようにして攻撃を仕掛けてきた。
「「「レオ!!!」」」
黄色い声が一斉に心配した。
「大丈夫だ! 君たち。これくらい俺は・・・大丈夫さ!」
という強がりを言うレオは、本当は心が折れそうである。
ワームの口を閉じさせないために必死に抵抗しているが、『ぐぐぐっ』と少しずつ口が閉じているのが分かる。
ここで食べられてしまうかもという泣きそうな顔だけは彼女らに見せられない。
見栄っ張りの極まりがレオである。
彼の限界の様子に気付いたのは、副団長のネルフィ。
レオを心配して叫びそうになると、クランにはいないはずの男性が隣に立った。
「いやいや、大変だな。レオ君よ」
「あ。あなたは!?」
「ああ。君は、レオの所の・・・・誰だっけ? えっと・・・そうだな・・・ああ、俺が女性の名前を忘れるなんてな。すっかり年を取ったな俺も・・・年は取りたくないね。あ、そうだ。ネルフィちゃんだな」
ぱっと名前が出て来なかったが、結局思い出した。
相手が女性だからだ!
「マ、マスター!?」
「はい。マスターですよ。ということで、この男性預かってくれ」
マスターがおんぶしていた男性は気絶していた。
地面に降ろしてあげて副団長の足元に寄せる。
「マスター。何故、この方、泡を吹いているのでしょうか」
「ああ。そいつはさ。俺が全力で走ったら、気絶しちまったんだよね。俺の足がさ、彼の想像よりも速すぎたんだろうね。息するのも忘れちゃったんだろうね」
「え?!」
「まあまあ。それはいいから・・・えっと、ワーム・・・レオを飲み込む気だな。ファイアボム・・・ほい」
クロウが指をパチンと鳴らすと、レオの前のワームの口が爆発した。
ワームは口の中が燃えて苦しみ。レオは爆風でこちらに飛ばされる。
落ちて来そうな場所には、戦士リュリュがいた。
彼を受け止めて守ろうとしている人も、当然女性である。
「おいおい。あいつ。なんかのスキルでもあるのか。女性だけ侍らせてさ。ちょっとおじさんとしてはね。許しがたいですよ。まったく・・・羨ましい! けしからん! 若いくせに許せませんな。そういうのは金持ちの爺さんがする事でしょ! 女性を近くに並べるなんてね。金持ちだけに許される特権なんだよ。俺には出来ません……シクシク」
文句が別なところにあるクロウだった。
「さてと。倒すか」
クロウが腕を回して準備体操をしていると、ネルフィが話しかけてきた。
「ま、待ってください。マスター。ワームは危険ですよ。お一人では危ない」
副団長が声を掛けるが、クロウは意に介さず。
ワームに無防備に近づいていった。
「大丈夫。大丈夫。この程度はね。そこら辺にいる蚊と同じさ。あれれ? くらっ!?」
「え!? そ、そんな・・・」
副団長は、お一人では危ない『皆で』の続きを言えなかった。
それは、クロウが次の瞬間にワームに飲み込まれたからである。
「ま、マスター!?」
飲み込んだついでに地面に潜ったワーム。
マスターと共に消えてしまった敵。
獅子一人たちは、この町のマスターが死んでしまったら、誰が支援をしてくれるのだろうかと、町の心配をしていた。
「いやいや、口の中くせえ!」
ダンジョンに声が響いたと同時に。
「ディーヴァフレイム!」
地面から巨大な火柱が出現。
地中から上がった炎なのに天井にまでぶつかる。
炎の火柱は天井を這いずり回る巨大な炎魔法である。
「ふぅ。俺の勝ち! つうか加減しないといけないからな。わざと地面に潜ったのは良いけど、こいつの中がくせえわ。どうしよう。俺の身体とか臭いかな。くんくん。うわ。わかんねえ。自分の匂いって分かんねえ。君、どう! そこの君。俺って臭い?」
「え!?・・・そ、それは。わ、わかりません」
話しかけられた神官ゾフィは戸惑った。
「いや、おじさんにはね。正直に言ってほしいのよ。この事態を知らない人に、臭いってね。思われたくないの。おじさん、自分の匂いが匂わないからこそ、匂いに敏感なのよ。特に若い女性に嫌われたら嫌でしょ。とにかく世の中で生きていくには無臭が良い。なんか香水とかつけてさ。さらに臭くなったらいやじゃん。汗とかとさ。超反応して臭いとか悲惨だよね。せっかく香水買ったのにね」
「は、はい。そうですね」
話がオジサン談議になるクロウである。
これもまた苦労話。
「あ、そうだ!? こいつ、消滅させちまった。普通に倒せば素材がゲットできたかもしれないのに・・・しまった!? また金欠だぜ。はぁ。失敗した・・・ああ、お金が・・・ああ、もうこうなったら楽して手に入んねえかな・・・誰か金持ちの美人でも俺を養ってくれねえかな・・・ヒモになりたい」
お金が欲しいギルドマスターは、今日を無一文でも生きる!
ギルドマスタークロウは、最強なのにお金で苦労をしている男なのだ。