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辺境のギルドマスター  作者: 咲良喜玖
第一章 不思議な事に、働いているのにおじさんにはお金がない
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第2話 辺境のマスター 下

 ギルドの帳簿を見ていくと。ハッキリわかる。

 

 ロクサーヌのギルドは、大盛況の割には、収支がややプラス。

 仕事量が膨大なくせに、儲からない。

 そこには単純な理由がある。


 それを頭では分かっていても、心で納得のいかないクロウは、資料と睨めっこしていた。


 「ここのギルドさ。忙しい癖に、稼げないよな」

 「ん?」

 「シオン。ここを見てくれ」

 

 シオンがクロウの背後に回って、横から顔を出す。

 すると、素晴らしき二つの夢が、クロウの顔の隣にちょうどやって来た。

 クロウはすぐに目を背けた。

 胸の谷間がバッチリ見える服装は、男の夢が詰まっている代物でも、少々目のやり場に困るから厄介だ。

 セクハラとか言われたくない!

 切実な抵抗だった。

 

 「あ、あの。シオンさん。出来たらもっとそちらに行って、いただけないでしょうか」


 クロウは、自分のそばじゃなくて、机の脇にいけと彼女の移動を促した。


 「なんでよ! こっちの方が、一緒になって見やすいでしょ」

 「いいから、離れてくれ」

 「なによ。私が近くじゃ、嫌なの! 酷いわ! 不潔だって言いたいの。今日はお風呂入ってきているのに!!」


 怒る論点がズレている。


 「は? そういうことじゃありませんから!」


 指摘したい部分がそこじゃない。けど直接言えないので、クロウは褒める事にした。


 「ええ。ええ、今日も綺麗ですよ。よかったですよ。お風呂に入れてね」

 「え・・・・ま、まあ・・・それならいいじゃない。あなたのそばにいても」


 綺麗ですよ。

 たったの一言に動揺を隠せぬシオンは顔を赤くした。

 

 「はぁ。いいですか。シオンさん。男としてはですね。と~~~っても、ありがたいものをね。お見せして頂いてね。非常に嬉しいんです。ですがね、俺的にはね。あからさまなのはちょっとね」


 自分なりのフェチ論が始まった。


 「こう、なんていうんですか。もっとこうね。隠されている方がですね。興奮するというかね。その格好だったら、俺は遠目でチラチラ見たいわけですよ」


 大きなものは遠くで鑑賞するに限る。

 

 「あとね。俺はリリちゃんくらいがちょうどいいんです。おしとやかだし、出過ぎてるわけじゃないしね。あの慎ましい感じがいいんですよ。それに彼女の服装もイイ感じです。好みですね・・・ハイ。そうです。ごめんなさい。おじさんでした」


 この人はいったい何の話をしているのか。

 途中から意味が分からなくなったシオンは怪訝そうな顔をした。


 「え!? 何の話してるの?」

 「それはさ。夢と希望の話・・・男のロマンなんだよ・・・そこには希望がある・・・そこには夢が詰まっている・・・ああ、君には分からんだろうね。君にはね」

 「!?!?」


 クロウは急に上を見上げて黄昏た。

 男の夢と希望がたくさん詰まったものは、隠されている方が興奮する。

 それでいて、たまに見えてくれる方がもっと良い。

 常に出したり、見せすぎたりするのは、なんか違う。

 それと出来たら、綺麗な足とムチムチな太ももとかお尻の方も見せてほしい。

 ちょっとしたフェチである。


 「それで、冗談ばかりのあなたは何が言いたいのよ。まったく」


 彼女は言われたとおりに机の横に移動した。

 意外にもシオンはクロウの言う事を聞いてくれる。


 「ああ。ここ見てくれよ。ここ、最近めっちゃ人が来てるだろ。登録者だけで一カ月で五百以上だぞ」

 「あら、そうね」

 「でもさ。こんなに人が来てるのにだよ! 俺たち安月給だぞ。ここは非効率的だ。稼げねえんだよ。あんな登録料じゃ駄目だ。安すぎる! もうちょい金を取ろうぜ! 一人500Gだ」


 冒険者登録は、一人30G。

 地方の宿一泊代である。

 ここでも上等な宿に泊まれてしまうのだ。


 「そんなこと出来るわけないでしょ。ここ地方なのよ。そんな取り決めはね。中央のギルドで決める事なの。マスター会議をしないと駄目! 変えたかったら、あなたが提案しに行きなさいよ」

 「えええええ・・・面倒だ。勝手にやっちまおうぜ。ロミちゃんにはさ。俺が言っておくからさ」


 ギルドマスターたちの統括マスターである。

 ロミオリ・キリンベルク。

 マスター界の頂点である彼の事を、ロミちゃんと呼べるのは、クロウだけである。


 

 「はぁ。あなた。マスターオブマスターのロミオリ様の事をよくそんな風に呼べるわね」

 「いやだってな。ロミちゃんは、昔ね。俺が助けてやったからさ」


 シオンは、クロウの気になる話を聞きたかったが、それでは話が前に行かないので、先程の話を続けた。


 「クロウ。いい! ここはね。初心者がよく来るの。だから依頼だって高ランク帯があるわけないじゃないの。それに近くのダンジョンだって初心者用。高級素材や希少物なんてね。あのレベルの魔物からは無理なんだから。彼らだって、小銭程度よ。だから、こっちだって稼げませんのよ」


 冒険者の報酬に応じて、こちらも手数料が入る。

 だから、ロクサーヌのギルドは、大量の仕事があっても稼げないのだ。



 「・・・そうだよな。だから寂しいよな。元特級のお前がいる場所なのにな。つうか、なんでお前、冒険者辞めたんだ? 俺と出会った時には、凄腕冒険者だったじゃないか。何で辞めてまで、ここに就職したんだよ。もったいねえ。冒険者の方が稼げるじゃねえか」


 顔が真っ赤になったシオンが、体を左右に揺らしてモジモジし始めた。

 

 「え? だ、だって・・そ、それは・・・あ、あなたが・・・・ここにいるから」

 

 ここにクロウがいるから。

 なんて素直に言ったのに、クロウが話を聞いていない。

 自分なりの考えを持って話し始めていた。


 「ああ、そうだよな。女の子がさ。冒険者なんてな。ずっと続けるような職業じゃないもんな。死と隣り合わせだもん。それに特級だったしな。測定不能の超危険任務もやらないといけないもんな・・・まあ、そうだよな。生きていればいいことあるもんな。誰かの嫁にでもなれるだろうしな。一度くらいは、いけるだろうしな。美人なんだしな」

 「お嫁さん!? そ・・・そんな・・・こと・・・いいの」

 

 彼女を見ていないので、反応も見ていない。

 真っ赤な顔でも嬉しそうにしているのに、全く見ていない。

 クロウの話は勝手に進んでいる。


 「ああ。そうだよ。お嫁さんになっとけ、なっとけ。んでさ。たしか、ここのギルド会館で育ててるのが、『獅子一人(レオハーレム)』だっけ。あいつらで、三級冒険者か・・・そりゃ稼げないか。三級ってたしか・・・Cクラス程度か。んん。まあ。そいつらじゃな。ごっそり稼げないよな」


 ギルド会館は冒険者が依頼達成した際に仲介手数料がもらえる。

 冒険者クランや冒険者パーティーたちがこなす依頼の成功報酬の1割。

 これがギルドのお金となる。

 運用資金や、職員の給料の一部になるというわけだ。


 なので、ここのギルドは初心者冒険者が大量に来てくれるのは、ありがたい話であるのだが。

 初心者がこなす依頼など安いに決まっている!


 モンスターを討伐しようとも、もらえる報酬は多くて100G。

 まとめてお金がもらえるだろう『人の護衛任務』なども、周りのモンスターが雑魚すぎて、依頼してくるのが珍しい。

 二つのダンジョンも、ランクEなので、入場料が格別に安い。


 だから自分たちに入ってくるお金が少ない!

 ロクサーヌのギルドでのお仕事の忙しさの割には、給料が少ないのはこれだ。

 マスターでも、リリアナやフランと同じくらいの安月給であるから、彼はお金にがめついのである。


 「どうしようかな・・・どうやったら稼げるかなぁ」


 ギルドマスタークロウの悩みは、どうやったら楽して稼げるかであった。


 様子のおかしいシオンが、ちらちらクロウを見ながら、モジモジとしている。

 その隣ではクロウが、1番と2番の受付前で大量に並ぶ冒険者を見て、お金のことを考えている。

 二人は近くにいるのに、別な事を考えていた。

 しかし、もう少しすれば、シオンが歩み寄ってくる所で。 

 緊急事態がやって来た。

 入り口で冒険者が倒れた。


 「た、助けてほしい・・・応援を至急・・・」


 その人は受付まで持たずに途中で倒れる。 


 「なんだ? 人が倒れたな」 

 「冒険者ね。クロウ、急ぎましょうよ。何かがあったのよ」


 シオンの意識がまともに戻っていた。二人でそばに行く。


 「わかった。いくか」


 シオンと共にクロウは倒れた男性に駆け寄ると、先に介抱していたリリアナが事情を聴いてくれていた。

 クロウが聞く。


 「リリちゃん。この人・・・怪我してるけど、どうしたの?」

 「マスター。ノール洞窟にA級モンスターのワームが出現したらしいです」

 「えええ? あそこは初心者ダンジョンだぞ。出て来るわけないぞ」

 「でもマスター、この人が言ってます!」


 可愛らしい言い方のリリアナが、怪我をしている男性に治癒魔法をかけていた。

 何も言わずに無料で回復させてあげる彼女は天使である。

 通常。治療費の交渉をしてから、回復させるのが当たり前の世界。

 周りの人間たちは、彼女が聖人だと思っている。


 「・・た、助けてください・・・俺の仲間が・・・・」

 「そっか。お仲間がね。大変だな」


 素っ気ないクロウのそばに、シオンがやって来た。


 「助けにいきなさいよ!」

 「いて!?」

 

 頭に張り手をもらって、一瞬だけクラクラとなるクロウ。

 振り向くとシオンが鬼の形相だった。


 「なんだよ。シオン!」

 「助けにいきなさいよ。ワームよ。ワーム。ここらの子たちじゃ、絶対に勝てないわよ」

 「そうだな。勝てないな」

 「そうだな・・・じゃないわよ。いきなさいって」

 「でもな」

 「でも? ってなによ」

 「倒しても金にならん! このギルド会館! お金ないのに、俺、タダ働きだけは嫌だ!」


 子供のように駄々をこねるクロウは涙目であった。

 ずっと金欠は嫌なのだ。


 「何言ってんのよ。いきなさいよ。あなた、強いでしょ」

 「・・・んんん。お金ちょうだい!」

 「冗談言ってんじゃないわよ。私だってお金ないわよ。このギルド会館だってお金が出せないの。でも助けなさいよ。可哀想でしょ。それにマスターなんだから冒険者の安全を確保しないといけないの!」 

 「えええ。シオンのケチ!」

 「ケチじゃありません!」


 シオンが言った後。

 体力は無理でも、傷だけでも回復させたリリアナが、クロウのズボンを引っ張った。


 「マスター。この人が可哀想です。この人、こんなに一生懸命になって知らせに来てくれたんですよ。助けてあげましょうよ。仲間が大切なんですよ。ねえマスター」


 リリアナのおねだりは天使のおねだりだった。

 これを聞いて断るような男は男じゃない。


 「しょうがない。リリちゃんが言うんだ! 助けに行こうか!」


 ないネクタイを動かして、クロウはカッコつけた。


 「なんで私の言う事は聞かないのよ!」

 「イテ!?」

 

 シオンにグーでお腹を殴られた。

 背中まで響く一撃は武闘家ではないだろうか。

 職業を間違えているのでは?

 と思うクロウはお腹を押さえる。


 「な、何すんだよ」 

 「ああ。どうせ。私の言う事は聞いてくれないんだ。ああそうなんだ。ああ、どうせ」


 大声で不貞腐れる。


 「おい、何すんだよ」 

 「ああ。私だってさ。一生懸命言ったのにさ。それがさ。リリのさ。『マスター、可哀想です!』なんかにメロメロになっちゃってさ。なによ。私だって可愛いでしょ。なによ。なによ。酷い人だわ。もう」


 シオンが駄々をこねた人のようになった。


 「おい! だから何の話になってんだ?」

 「もういいから、リリの為に行ってきなさいよ。リリが言ったんだからさ。ササッと片付けてくればいいじゃない。別にさ・・・ど~~~うせさ。あたしなんかが言っても駄目なんでしょ」


 やけに投げやりな言い方だった。


 「なんだよ。その言い方………ま、いいか。こいつを借りていくか。よいしょと」

 

 クロウは男性をおぶって、爆速で走っていった。

 口を尖らせて拗ねているシオンは、そのクロウを見て呟く。


 「酷い人ね。私だって、助けてあげてって言ったのに言う事聞いてくれないんだもん。私って魅力がないのかしら」


 自分の容姿には自信がある。

 でも彼が振り向いてくれないから、その自信が無くなりそうだった。


 「……あの人、普段から何を考えているんだろう……やっぱり不思議な人だわ。そばにいても理解できないのは、なぜかしら」


 カッコいい彼の姿は、やっぱり人助けしている時。

 シオンは、なんだかんだ言って彼の背中を目で追いかけて、彼の摩訶不思議な態度と、その強さを再認識していた。



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