第2話 辺境のマスター 下
ギルドの帳簿を見ていくと。ハッキリわかる。
ロクサーヌのギルドは、大盛況の割には、収支がややプラス。
仕事量が膨大なくせに、儲からない。
そこには単純な理由がある。
それを頭では分かっていても、心で納得のいかないクロウは、資料と睨めっこしていた。
「ここのギルドさ。忙しい癖に、稼げないよな」
「ん?」
「シオン。ここを見てくれ」
シオンがクロウの背後に回って、横から顔を出す。
すると、素晴らしき二つの夢が、クロウの顔の隣にちょうどやって来た。
クロウはすぐに目を背けた。
胸の谷間がバッチリ見える服装は、男の夢が詰まっている代物でも、少々目のやり場に困るから厄介だ。
セクハラとか言われたくない!
切実な抵抗だった。
「あ、あの。シオンさん。出来たらもっとそちらに行って、いただけないでしょうか」
クロウは、自分のそばじゃなくて、机の脇にいけと彼女の移動を促した。
「なんでよ! こっちの方が、一緒になって見やすいでしょ」
「いいから、離れてくれ」
「なによ。私が近くじゃ、嫌なの! 酷いわ! 不潔だって言いたいの。今日はお風呂入ってきているのに!!」
怒る論点がズレている。
「は? そういうことじゃありませんから!」
指摘したい部分がそこじゃない。けど直接言えないので、クロウは褒める事にした。
「ええ。ええ、今日も綺麗ですよ。よかったですよ。お風呂に入れてね」
「え・・・・ま、まあ・・・それならいいじゃない。あなたのそばにいても」
綺麗ですよ。
たったの一言に動揺を隠せぬシオンは顔を赤くした。
「はぁ。いいですか。シオンさん。男としてはですね。と~~~っても、ありがたいものをね。お見せして頂いてね。非常に嬉しいんです。ですがね、俺的にはね。あからさまなのはちょっとね」
自分なりのフェチ論が始まった。
「こう、なんていうんですか。もっとこうね。隠されている方がですね。興奮するというかね。その格好だったら、俺は遠目でチラチラ見たいわけですよ」
大きなものは遠くで鑑賞するに限る。
「あとね。俺はリリちゃんくらいがちょうどいいんです。おしとやかだし、出過ぎてるわけじゃないしね。あの慎ましい感じがいいんですよ。それに彼女の服装もイイ感じです。好みですね・・・ハイ。そうです。ごめんなさい。おじさんでした」
この人はいったい何の話をしているのか。
途中から意味が分からなくなったシオンは怪訝そうな顔をした。
「え!? 何の話してるの?」
「それはさ。夢と希望の話・・・男のロマンなんだよ・・・そこには希望がある・・・そこには夢が詰まっている・・・ああ、君には分からんだろうね。君にはね」
「!?!?」
クロウは急に上を見上げて黄昏た。
男の夢と希望がたくさん詰まったものは、隠されている方が興奮する。
それでいて、たまに見えてくれる方がもっと良い。
常に出したり、見せすぎたりするのは、なんか違う。
それと出来たら、綺麗な足とムチムチな太ももとかお尻の方も見せてほしい。
ちょっとしたフェチである。
「それで、冗談ばかりのあなたは何が言いたいのよ。まったく」
彼女は言われたとおりに机の横に移動した。
意外にもシオンはクロウの言う事を聞いてくれる。
「ああ。ここ見てくれよ。ここ、最近めっちゃ人が来てるだろ。登録者だけで一カ月で五百以上だぞ」
「あら、そうね」
「でもさ。こんなに人が来てるのにだよ! 俺たち安月給だぞ。ここは非効率的だ。稼げねえんだよ。あんな登録料じゃ駄目だ。安すぎる! もうちょい金を取ろうぜ! 一人500Gだ」
冒険者登録は、一人30G。
地方の宿一泊代である。
ここでも上等な宿に泊まれてしまうのだ。
「そんなこと出来るわけないでしょ。ここ地方なのよ。そんな取り決めはね。中央のギルドで決める事なの。マスター会議をしないと駄目! 変えたかったら、あなたが提案しに行きなさいよ」
「えええええ・・・面倒だ。勝手にやっちまおうぜ。ロミちゃんにはさ。俺が言っておくからさ」
ギルドマスターたちの統括マスターである。
ロミオリ・キリンベルク。
マスター界の頂点である彼の事を、ロミちゃんと呼べるのは、クロウだけである。
「はぁ。あなた。マスターオブマスターのロミオリ様の事をよくそんな風に呼べるわね」
「いやだってな。ロミちゃんは、昔ね。俺が助けてやったからさ」
シオンは、クロウの気になる話を聞きたかったが、それでは話が前に行かないので、先程の話を続けた。
「クロウ。いい! ここはね。初心者がよく来るの。だから依頼だって高ランク帯があるわけないじゃないの。それに近くのダンジョンだって初心者用。高級素材や希少物なんてね。あのレベルの魔物からは無理なんだから。彼らだって、小銭程度よ。だから、こっちだって稼げませんのよ」
冒険者の報酬に応じて、こちらも手数料が入る。
だから、ロクサーヌのギルドは、大量の仕事があっても稼げないのだ。
「・・・そうだよな。だから寂しいよな。元特級のお前がいる場所なのにな。つうか、なんでお前、冒険者辞めたんだ? 俺と出会った時には、凄腕冒険者だったじゃないか。何で辞めてまで、ここに就職したんだよ。もったいねえ。冒険者の方が稼げるじゃねえか」
顔が真っ赤になったシオンが、体を左右に揺らしてモジモジし始めた。
「え? だ、だって・・そ、それは・・・あ、あなたが・・・・ここにいるから」
ここにクロウがいるから。
なんて素直に言ったのに、クロウが話を聞いていない。
自分なりの考えを持って話し始めていた。
「ああ、そうだよな。女の子がさ。冒険者なんてな。ずっと続けるような職業じゃないもんな。死と隣り合わせだもん。それに特級だったしな。測定不能の超危険任務もやらないといけないもんな・・・まあ、そうだよな。生きていればいいことあるもんな。誰かの嫁にでもなれるだろうしな。一度くらいは、いけるだろうしな。美人なんだしな」
「お嫁さん!? そ・・・そんな・・・こと・・・いいの」
彼女を見ていないので、反応も見ていない。
真っ赤な顔でも嬉しそうにしているのに、全く見ていない。
クロウの話は勝手に進んでいる。
「ああ。そうだよ。お嫁さんになっとけ、なっとけ。んでさ。たしか、ここのギルド会館で育ててるのが、『獅子一人』だっけ。あいつらで、三級冒険者か・・・そりゃ稼げないか。三級ってたしか・・・Cクラス程度か。んん。まあ。そいつらじゃな。ごっそり稼げないよな」
ギルド会館は冒険者が依頼達成した際に仲介手数料がもらえる。
冒険者クランや冒険者パーティーたちがこなす依頼の成功報酬の1割。
これがギルドのお金となる。
運用資金や、職員の給料の一部になるというわけだ。
なので、ここのギルドは初心者冒険者が大量に来てくれるのは、ありがたい話であるのだが。
初心者がこなす依頼など安いに決まっている!
モンスターを討伐しようとも、もらえる報酬は多くて100G。
まとめてお金がもらえるだろう『人の護衛任務』なども、周りのモンスターが雑魚すぎて、依頼してくるのが珍しい。
二つのダンジョンも、ランクEなので、入場料が格別に安い。
だから自分たちに入ってくるお金が少ない!
ロクサーヌのギルドでのお仕事の忙しさの割には、給料が少ないのはこれだ。
マスターでも、リリアナやフランと同じくらいの安月給であるから、彼はお金にがめついのである。
「どうしようかな・・・どうやったら稼げるかなぁ」
ギルドマスタークロウの悩みは、どうやったら楽して稼げるかであった。
様子のおかしいシオンが、ちらちらクロウを見ながら、モジモジとしている。
その隣ではクロウが、1番と2番の受付前で大量に並ぶ冒険者を見て、お金のことを考えている。
二人は近くにいるのに、別な事を考えていた。
しかし、もう少しすれば、シオンが歩み寄ってくる所で。
緊急事態がやって来た。
入り口で冒険者が倒れた。
「た、助けてほしい・・・応援を至急・・・」
その人は受付まで持たずに途中で倒れる。
「なんだ? 人が倒れたな」
「冒険者ね。クロウ、急ぎましょうよ。何かがあったのよ」
シオンの意識がまともに戻っていた。二人でそばに行く。
「わかった。いくか」
シオンと共にクロウは倒れた男性に駆け寄ると、先に介抱していたリリアナが事情を聴いてくれていた。
クロウが聞く。
「リリちゃん。この人・・・怪我してるけど、どうしたの?」
「マスター。ノール洞窟にA級モンスターのワームが出現したらしいです」
「えええ? あそこは初心者ダンジョンだぞ。出て来るわけないぞ」
「でもマスター、この人が言ってます!」
可愛らしい言い方のリリアナが、怪我をしている男性に治癒魔法をかけていた。
何も言わずに無料で回復させてあげる彼女は天使である。
通常。治療費の交渉をしてから、回復させるのが当たり前の世界。
周りの人間たちは、彼女が聖人だと思っている。
「・・た、助けてください・・・俺の仲間が・・・・」
「そっか。お仲間がね。大変だな」
素っ気ないクロウのそばに、シオンがやって来た。
「助けにいきなさいよ!」
「いて!?」
頭に張り手をもらって、一瞬だけクラクラとなるクロウ。
振り向くとシオンが鬼の形相だった。
「なんだよ。シオン!」
「助けにいきなさいよ。ワームよ。ワーム。ここらの子たちじゃ、絶対に勝てないわよ」
「そうだな。勝てないな」
「そうだな・・・じゃないわよ。いきなさいって」
「でもな」
「でも? ってなによ」
「倒しても金にならん! このギルド会館! お金ないのに、俺、タダ働きだけは嫌だ!」
子供のように駄々をこねるクロウは涙目であった。
ずっと金欠は嫌なのだ。
「何言ってんのよ。いきなさいよ。あなた、強いでしょ」
「・・・んんん。お金ちょうだい!」
「冗談言ってんじゃないわよ。私だってお金ないわよ。このギルド会館だってお金が出せないの。でも助けなさいよ。可哀想でしょ。それにマスターなんだから冒険者の安全を確保しないといけないの!」
「えええ。シオンのケチ!」
「ケチじゃありません!」
シオンが言った後。
体力は無理でも、傷だけでも回復させたリリアナが、クロウのズボンを引っ張った。
「マスター。この人が可哀想です。この人、こんなに一生懸命になって知らせに来てくれたんですよ。助けてあげましょうよ。仲間が大切なんですよ。ねえマスター」
リリアナのおねだりは天使のおねだりだった。
これを聞いて断るような男は男じゃない。
「しょうがない。リリちゃんが言うんだ! 助けに行こうか!」
ないネクタイを動かして、クロウはカッコつけた。
「なんで私の言う事は聞かないのよ!」
「イテ!?」
シオンにグーでお腹を殴られた。
背中まで響く一撃は武闘家ではないだろうか。
職業を間違えているのでは?
と思うクロウはお腹を押さえる。
「な、何すんだよ」
「ああ。どうせ。私の言う事は聞いてくれないんだ。ああそうなんだ。ああ、どうせ」
大声で不貞腐れる。
「おい、何すんだよ」
「ああ。私だってさ。一生懸命言ったのにさ。それがさ。リリのさ。『マスター、可哀想です!』なんかにメロメロになっちゃってさ。なによ。私だって可愛いでしょ。なによ。なによ。酷い人だわ。もう」
シオンが駄々をこねた人のようになった。
「おい! だから何の話になってんだ?」
「もういいから、リリの為に行ってきなさいよ。リリが言ったんだからさ。ササッと片付けてくればいいじゃない。別にさ・・・ど~~~うせさ。あたしなんかが言っても駄目なんでしょ」
やけに投げやりな言い方だった。
「なんだよ。その言い方………ま、いいか。こいつを借りていくか。よいしょと」
クロウは男性をおぶって、爆速で走っていった。
口を尖らせて拗ねているシオンは、そのクロウを見て呟く。
「酷い人ね。私だって、助けてあげてって言ったのに言う事聞いてくれないんだもん。私って魅力がないのかしら」
自分の容姿には自信がある。
でも彼が振り向いてくれないから、その自信が無くなりそうだった。
「……あの人、普段から何を考えているんだろう……やっぱり不思議な人だわ。そばにいても理解できないのは、なぜかしら」
カッコいい彼の姿は、やっぱり人助けしている時。
シオンは、なんだかんだ言って彼の背中を目で追いかけて、彼の摩訶不思議な態度と、その強さを再認識していた。