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辺境のギルドマスター  作者: 咲良喜玖
第一章 不思議な事に、働いているのにおじさんにはお金がない

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第24話 伝説の勇者 クロウディオ・エクスタイン

 「な。なに。風が急に・・・」


 前方から竜巻のような巨大旋風が巻き起こって、体が後ろに持っていかれそうになるのを必死にこらえるシオンは、クロウの声を聴いた。


 「シオン。大丈夫だと思うが、いざという時はお前が皆を守ってくれ」

 「え・・・」

 「俺が出る!」

 

 クロウの背中を見ると、いつもよりも頼りになる背中をしていた。

 全部任せとけ。

 そう言っているようだった。


 「いくぜ。魔族」


 移動したらしい。

 音だけが聞こえて、クロウの姿がこの場から消えた。


 ◇


 風と煙が止む。

 クロウの分身体に捕まっているテスタロッゾは、髪の毛ごと頭を掴まれていた。

 

 「な・・・人間が。この私よりも強い!? き、貴様。本体じゃないのに」

 「そう。本体じゃないのに、お前は負けたのよ」


 二人の隣に、本物のクロウが現れる。

 いつも通りの調子で話が始まる。


 「ば、化け物め。貴様、何者だ」

 「俺か。あんまり名乗りたくねえな。魔族にはな」

 「・・・警戒心が強いな」

 「違うね。常識だろ。魔族に名を名乗ると、縛られる恐れがあるからな」

 「・・・貴様、どこまで我々を知っている。なぜそれを」

 「俺は熟知しているからね。あんたらの行動をな」


 魔族は相手の名を知ると、縛ることが出来る。

 それは身体も可能だし、心も可能である。

 

 「んじゃ!  ちょいと聞こうか。お前、クラスは?」

 「クラス?」

 「そうだ。どの位置だ? 中くらいか?」

 「中とは何だ?」

 「ん? 階級がないのか。お前らにはあるだろ。強さの基準だよ。基準」

 「我々に基準などない。皆が強い。それでいいはずだ」

 「マジか。階級が無くなってんのかよ!?」


 クロウは、過去にはあった魔族の階級がない事に驚いた。

 驚きのあまりにため息まで出る。


 「はぁ。じゃあ、お前の強さはどの程度あるのよ。下位か? 上位か?」

 「私は上位だ」

 「マジかよ。こんな弱いのに。上位だぁ!?」

 「弱くなどない。私は、バロンの家。テスタロッゾ・カステリオスだ。弱いなどありえん」

 「バロンだと!」


 淡々としていたクロウが声を荒げた。

 テスタロッゾの言葉に驚きがあった。


 「そうだ。カステリオス家だ」

 「大層自信があるようだが。俺。その家を知らんわ。すまんな。でも、お前程度でバロンか。魔族も落ちたな」


 挑発ともいえる文言だが、クロウとしては本心を言っているに過ぎない。

 かつてのバロンであれば、もっと悲惨な状況になっていた。

 シオンやフランでは対抗できないの確実だ。


 「メイちゃん。ロミちゃんなら、圧勝できそうだしな」


 テスタロッゾの実力を見るに、二人の愛弟子ならば簡単に勝てる。

 彼らが戦う前から、クロウにはその自信があった。


 「んじゃ。準備運動がてら、いこうか。分身ではお前を完全に倒せんからな」

 「私を倒すだと、出来ない事を言うもんじゃ・・な!?」


 虚勢を張っているつもりか?

 クロウは不思議そうな顔をして、テスタロッゾの目の前に現れた。


 「お前。もしかして、俺の分身体と俺の実力が同じだと思ってんの」

 「ち、違うのか」

 「ああ。そうだよ。言葉で説明するよりも、ちょっともらっとけ」


 と言ったクロウが右のアッパーをテスタロッゾの腹に叩き込んだ。

 めり込む拳の威力は、背中を突き破ったのではないかと疑う程だ。


 「がは・・・い・・・息が」


 たったの一撃で呼吸困難に。

 魔族のボディは人間の防御力を遥かに上回る。

 この男の一撃だけで、死を予感するテスタロッゾは恐怖で震えはじめた。

 手足が上手く動かない所に、クロウの話は続いていた。


 「飛ぶとめんどいから、地面に寝てもらうわ」

 「・・・は?」


 両拳をガッチリ組んで、クロウはテスタロッゾの頭の上を叩いた。

 今ので首が取れたと思ったテスタロッゾは、地面とお友達になる。 

 右の頬一面が土まみれになった。


 「ほい。どうする。魔族」

 「き・・・貴様。ほ、本当に人間か・・・化け物ではないか」

 「俺は人間っぽいよ。いちおうな」

 「一応だと!」

 「まあな」


 テスタロッゾの背中に足を置いて、踏みつけているクロウの元に、シオンたちがやって来た。


 「クロウ」

 「シオン。そこにいろ。まだ近づくな。魔族ってのは人質を取る可能性があるからな。こいつに肉体で対抗できない奴は、近づくな」


 肉弾戦が出来る人間じゃないと、魔族と戦ってはいけない。

 魔法使いであってもそれは同じである。

 だから、昔の魔法使いは近接戦闘が出来た。


 「まるで知っているような口ぶり。貴様、魔族と戦ったことがあるのか」


 テスタロッゾは必死に言葉を出した。


 「ああ。知ってるぞ。メリア・リンシェントをな」

 「・・・メリアだと」

 「お! 彼女を知っているのか」

 「先代魔王ではないか。貴様、幾つだ。人間じゃないな」

 「先代だと・・・彼女は死んだのか」

 「知らん。もういなくなった王だ」

 「いなくなったか・・・死んだとはなっていないか。どっちだ。生きてくれてんのか?」


 珍しく動揺したクロウは、おでこに手をやって悩む。

 ついでにテスタロッゾを踏みつけていた足も外していた。


 「が。ぺっ」


 踏みつけから解放されたテスタロッゾは口の中に溜まった血を吐き出して立ち上がった。


 「魔王メリアを知っている・・・ということは貴様。千年前の人間か」

 「メリアがいない。そうか。だから、こいつらがこっちにな。なるほど。魔大陸の結界が外れかかってんのか」

 

 クロウは話を聞いていなかった。ぶつぶつ独り言を言っている。


 「おい。貴様。話を聞け。貴様は千年前の人間なのか」

 「・・・こいつは、もう一度・・・俺だけであっても、締め直しにかかんないといけないな。彼女の分も俺がカバーして」

 

 全く話を聞かないクロウに、テスタロッゾは怒り任せになる。

 拳を振り被って、クロウの顔面を狙った。


 クロウはいまだにうわの空で物事を考えている。

 その危険に気付いたシオンが叫ぶ。

 

 「クロウ。前。前!!!」

 「ん? おお。こいつ、諦めてねえのか」


 実力差があるのに、まだ歯向かってくるのか。

 クロウは余裕の態度で、その拳を掴んだ。

 弾くでもなく、防ぐでもなく。

 その拳を軽く掴んだのだ。


 「な。なに!?」

 「悪いな。お前、魔法使い型だろ。それじゃあ、いくら拳を突き出しても俺には一発も当てられんよ」

 「ふ。ふざけて・・・ん!? まさか。貴様があの・・・」


 この状況でテスタロッゾは、昔の年寄りどもが言っていた言葉を思い出した。


 「遠距離型が近接で戦ってはいけない。近接型が遠距離にいてはいけない。中距離型が悩んではいけない・・・まさか貴様が・・・」

 「お!」


 ハッと気づいたテスタロッゾの顔を見て、クロウはニヤリと笑う。


 「人魔万勇(オールエクセス) クロウディオ・エクスタイン!?」


 この時。

 初めてクロウの仲間たちは、彼の真の名を知ったのだった。

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