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辺境のギルドマスター  作者: 咲良喜玖
第一章 不思議な事に、働いているのにおじさんにはお金がない

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第19話 だから好き

 「え? だ、だれ・・」


 目の前に現れた男は、真っ黒だった。

 黒い髪に黒い目で、軽装の服も黒が多めの男性だ。


 「女の子が泣いていて? 男が襲おうとしている? それで、なんでもう一人女の子がいるのかな。これはまさか。さん―――――」


 おじさんの心の片隅にあった。

 ほんの僅かな良心のおかげで、それ以上先の言葉が止まった。

 

 「私は関係ありません」


 この現場にいながら、一緒にされたくなくて、エドナが端的に答えた。


 「そうか。だよね。そんな場面だったら、君も服を脱いでるもんね。じゃあさ、この結界に、君の魔力を感じるのは何故かな。部外者ではないな!」

 「え?」

 「単純だぞ。この結界はさ。甘いな」

 「なんですと。私の結界の作りが甘いというのですか?」

 「ああ。甘いね。メイちゃんだったら、もっと綿密に組むからな」

 「ふざけないでください。私の魔法は甘くない」

 「いや、まだまだだね。ほらよ」


 ドアをノックするように、おじさんがコンコンと、右手を軽く動かすと、辺りの結界が割れた。

 ガラスが割れたような音が鳴る。


 「な!? 私の結界を・・そんな単純な・・・動作で」


 エドナの驚きで飛び出そうな目が、この事態の衝撃を物語っていた。


 「さあ。君。大丈夫かい」


 恐怖で倒れていたシオンに手を差し伸べたおじさんは、立ち上がらせると同時に、自分の黒の上着を着せてあげた。

 はだけてしまった肌を隠してあげたのだ。

 

 「あ、あなたは」

 「俺は、この下で酒を飲んでたおじさんだよ」

 「へ?」


 そう言う事を聞きたかったわけじゃないのですが。

 シオンの目が丸くなった。


 「なんかさ。雑な結界の後にさ。ここらで使うようなものじゃない匂いがあったから、気になってこっちに来たのさ」

 「貴様、これを知っているのか」


 アールハイトが聞いた。


 「なあ、坊や。女の子を誘うならよ。自分の力でやったらどうだ。そこの女性の力を借りずとも、そのお香の匂いを使わずともな」

 「・・・・貴様」


 やり方が汚い。

 安易にそう言わずに、おじさんは遠回しに注意をする。

 すると、アールハイトの顔つきが醜いものになっていった。

 彼本来の顔。本性だ。

 


 おじさんが指摘したアールハイトが使ったお香の正体は。


 「そいつは、禁じ手だろうよ。お前さん、一体どこで手に入れた。そいつは、(あやかし)(あや)しだ」

 「「!?!?」」


 言い当てられると思わなかったから、二人が驚いた。 

 

 「なんちゅう古いもんを引っ張り出してきたんだ。あんたらよ」


 最後の一言だけ、威圧感を感じる。

 一瞬の覇気が二人の体を押した。数歩後ずさっていく。


 「でもまあ、そいつ本来の使い方はしてないみたいだから、まだ許してやるか。俺の寛大さに感謝しろよ。お二人さん」


 本来の使い方じゃない?

 そこに疑問を持ったエドナが聞く。


 「偽の使い方ですって。間違っていたのですか」

 「いいや。合ってる。人を誘惑する。誘導する。そういう意味でそいつは使用するんだ」

 「ならば本来の使い方では?」

 「いいや。本来は、その香りと魔力で、一国を操るのさ。昔はそれを拡大して、莫大な魔力を持てる国が、国家を牛耳れたってわけさ。だから、禁じ手となったお香だ。でも、なんでそんなものをあんたらが? 作り方も使用も封印したはずなんだけどな」

 

 二人の顔から言って、どこから入手したものだと、クロウは感じた。


 「そうか。裏か。あんたら、裏の組織と繋がってんだな。そいつは面倒だわ。ロミちゃんが懸念していた。裏ギルド関係か」

 

 クロウの勘がそう囁いたらしい。しかもそれが合っているようだ。

 二人の視線が一瞬だけ外れる瞬間があった。

 後ろめたさからクロウを見つめられなかった。


 「んじゃ。ひとまず、すまんね。あんたら。この作り方は消すわ。ついでに、あんたらにそれを教えた奴らの事を吐いてもらおうか」

 「作り方を消すだと?」


 アールハイトが聞いた時には、クロウは次の展開を仕掛けていた。

 相手の話を聞く気がない。


 「あんまり使いたくはないが、空蝉」


 並んで立っていたアールハイトとエドナ。

 その二人の間にクロウが立ち、二人のおでこに手を当てた。

 すると生気を吸われたように、虚ろの二人が出来上がる。

 これで、おじさんは相手の考えを読み取るらしい。

 微睡んでいく二人は、クロウの質問を拒絶できない。


 「このお香。誰から貰った」


 クロウから始まった。


 「「わからない」」

 「わからない? じゃあどうやって手に入れて、使用したんだ」

 「それもわからない。使用できるように調整してくれていた。説明書もあった」


 エドナが言った。


 「ほう。あんたの方は?」

 「私の管轄じゃない。物の管理はエドナ・・・」

 「ホントに使えねえ男だな。実力もない癖に偉そうな態度でよ。こっちの女の子の方が遥かに強いんだぞ。この子をモノにしようとしてたけど、この子の方が強いんだわ」


 クロウは、背中にいるシオンの事を絶賛していた。

 明らかに実力が違う。この男の強さのからくりに、クロウは気付いていた。


 「じゃあ、こいつは無視だな。おい。エドナちゃん」

 「・・・はい」


 この魔法に多少の抵抗があったエドナだったが、段々と素直になっていく。

 微睡み具合は、ちょうどよい塩梅になってきた。


 「予想はあるか! 少しでもいい。情報をくれ」

 「・・・以前、私たちが壊滅させた裏ギルド悪多(アッダ)。ここの関連組織かもしれないと思いました」

 「ほう・・・なんでだ?」

 「相手に言霊使いがいまして。もしかしたら、これを送ってくれた組織も、言霊を使って・・・我々を・・・」

 「はぁ。エドナちゃん・・・君はなんてもったいない事をしているんだ」


 クロウはエドナの優秀さを見抜いた。

 鋭い観察力に、思考。

 こちらの男よりも優秀だった。


 「あんまり探りたくはないが。すまんがね。君はもしや、この男が好きかい」

 「はい」

 「はぁ・・・ダメンズ好きね。ああ、そうですか。こんなにいい女が、ダメンズ好きだとは・・・もったいないわ。実に勿体ない。いるんだよね。優秀な女の子の中にさ。ダメダメ男が好きな子・・・」

 

 エドナの事を心配した後に、クロウは自分の事になる。


 「こんな奴よりさ。だったらおじさんの事を養ってほしいわ。マジでさ。こんな変態屑男の味方になるなんてさ。マジで勿体ないよ。能力のない男を能力があるように見せる手間もかかるのにさ。君は、なんて献身的な・・・イイ子なんだ」


 クロウの言葉を聞いたシオンが後ろから質問をする。


 「あの。今の言葉。本当ですか」

 「ん? なんだい」

 「その。団長に能力がないって」

 「ああ。こいつね。こいつ、ただの戦士だぞ」

 「え?」

 「冒険者の実力で言えば一級だ。それを、この子が特級に見せているだけ」

 「え? エドナ様が!?」

 「そう。あらゆる魔法がこの男にかかっている。身体能力強化魔法。武器強化魔法。防護魔法と、様々な魔法で強化された状態を保っているのさ。この子の魔法展開のおかげでね」

 「・・・そんなに同時に魔法を・・・」

 

 複数展開が難しい事を良く知るシオンは、エドナの底知れない魔法センスに驚いていた。


 「ああ。だからこの子が実質団長だろうね。マジでこんな男に惚れなければね。賢者にもなれただろうにね・・・」


 賢者メイフリンにも匹敵する魔法使いになれたかもしれない。

 勿体ないと連呼するクロウは、エドナの成長方向がおかしい事に気付いていた。


 「よし。そんじゃ。俺の用事は済んだ。でも、君はこいつに用事があるだろう」

 「あたしですか」

 「ああ。だってムカつくだろ」

 「・・・はい! ムカつきます」


 予想通りの答えだったから、おじさんが笑顔になる。


 「だよな。自分に良いようにしてから、君を食べようとしたんだ。ムカつくよな」

 「はい。この世の果てまでぶっ飛ばしたいです」

 「いいね。面白い。そんじゃ、俺がそれをやるのは良くないから、君がやろう」

 「え? あたしが」

 「この魔法を自動解除に設定して、それと同時に泡沫を発動させる。それで、妖怪しに関する記憶は消去だな。今から一分後で、その状態になるから。その間、君の魔法を少し指導してもいいかな」

 「あなたが? あたしの魔法を?」

 「ああ。君、少し勿体ない。魔力が強い分。繊細なコントロールがまだ出来ていない。粗削りな部分があるから、そこをちょっと直すだけで、こんな男くらいは、簡単に地の果てまでぶっ飛ばせるぜ」

 「わ、わかりました。やってみます」

 「おっけ。やるぞ」


 二人の体から手を離したクロウは、シオンのそばに立つ。

 彼が彼女の右手を握ると、シオンはポッと顔を赤くした。

 おじさんだと言う割には若く、カッコよく、そしていい匂いがした。

 

 「それじゃあ、俺が魔力コントロールの基礎を教える。この小さな玉を、小指から親指まで、順番に移動させよう。こういう風に」


 クロウは左手でお手本を見せた。

 小さな光の玉がサイズを変えずに高速で移動していく。


 「む、難しそうですね」

 「たぶんできる。君は、普段不器用だろうが。コツさえ分かれば、トントンと出来るタイプだと見た。なんとなくメイちゃんに近い感じがする」

 「わかりました。やってみます」


 シオンの手の平には、クロウの手がある。

 二度目のお手本は、彼女の手で実践してくれたので、それと同じような事を反対の手でやればいいだけとしてくれたのだ。

 これは学校でも味わえない。

 丁寧な教えだと思った。

 彼の親切な心遣いに感謝して、シオンはお手本をなぞる。


 「ほう。いいね。一発クリアだ」

 「本当ですか!」

 「ああ。筋がいい。こいつくらいは、マジで一撃でいけるよ」

 「やってみます」

 「ああ。ぶっ飛ばしてみな。そっちの方がスッキリするだろ」

 「はい!」


 クロウは腕組みをして、シオンは魔力の解放を行う。

 全力で魔法を展開するために集中していると、クロウの魔法の自動解除が始まった。


 「あと10秒で終わるよ。魔法出せるかい」

 「いけます。吹き飛ばします」

 「いいよ。じゃあいこうか」

 「はい!」


 クロウがカウントダウンを行う。


 「5・・・4・・・3・・・2・・・1」


 腕組みしていた手を解除して、パンと手を叩いた。


 「はい。解除!」

 「いきます。ストームジューク」

 

 風魔法のエアロボールの強化版。

 風の柱を相手にぶつける魔法だ。

 衝突した人間は柱と共に吹き飛ぶ。

 別名で、吹き飛ばし魔法とも呼ばれている。


 「ひゃ!?」


 変な声を上げたアールハイトは、正気に戻って早々自分の置かれた立場に理解を示せなかった。

 とんでもない魔法がお腹に直撃している!


 「吹き飛べ。屑男!」

 「な。シオン。君が私に攻撃だと。なぜだ、私は団長だぞ」

 「誰が団長だ。ボケ。あたしはあんたの下になんかつくか! 二度と私の名を呼ぶな。また呼んだら、次はこれ以上の結果を生んでみせるぞ」

 「これ以上・・・ってこれはどうなるんだぁ」

 「変態屑男。アールハイトおおおおお。消えろおおおおおおおお」


 彼女の叫びと一緒に魔法が噴出。

 巨大な風の柱が、アールハイトを押し込んでいって、ぶっ飛んでいく。


 「ああああああああああああああああああああああああああ」


 屑男の情けない声の後。

 スッキリした彼女の前にいたクロウが話す。


 「どうよ。自分でやった方がいいだろ。誰かにやってもらうよりもさ。スッキリすんだろ」

 「・・・はい。ありがとうございました」

 「やっぱ、こっちの方がよかったよな。君の気持ちが少しでも晴れた方がいいよな」


 クロウという男は、誰かをむやみやたらと助けるわけじゃない。

 その気遣いに、シオンは惚れてしまった。


 「そうだ。君はどうするの。エドナちゃん」

 「あ。私は」

 「追いかけたらいいんじゃないか。あいつを好きなんでしょ。君も君の気持ちが赴くままに生きた方がいいよ。でも出来たらあの男はやめた方がいいけどね」

 「・・でも私は」

 「そうだよね。好きになっちゃったんだもんな。こればかりはしょうがないよね。だから頑張りな」

 「はい」 

 「あ。でも出来たら、あいつの性格とか直す努力をしたほうがいいよ。あれじゃあさ。いつまで経っても君におんぶに抱っこだから」

 「はい。わかりました」

 「んじゃ。じゃあね」

 「失礼しました」


 結局エドナは、ダメンズ好きのままだった。

 アールハイトを追いかけた。


 そして、これに付随するような形になったのがシオンだ。

 なぜなら、こちらの男もまた・・・。


 「やば・・・金がねえのに、こんな所を壊しちゃったわ。高いよな。部屋の修理代・・・おじさん。ほとんどお金ないんだけど・・・ロミちゃんに言えば何とかしてくれるのかな。どうしよう」


 基本がダメンズである!


 「ふっ・・・あなたは、面白い人ですね。あの。あたし、お金あるんで、修理費出しますよ。自分が壊しちゃったし」

 「ほんと! 君、優しいね。ありがとね。シオンだったね」

 「はい。シオンです」

 「よし。シオン! ここはよろしくお願いします!!!」


 年長者としてのプライドなしで、潔く頭を下げる。

 ここからのクロウは、とにかくシオンを頼る事になるのだ。


 ギルドマスタークロウ。

 その誕生前のお話であった。 


 

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