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辺境のギルドマスター  作者: 咲良喜玖
第一章 不思議な事に、働いているのにおじさんにはお金がない
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第1話 辺境のマスター 上

 朝から大盛況の辺境のギルド会館。

 会館とは言えないくらいに小さな小さな建物だ。


 『ガヤガヤガヤガヤ』


 ロクサーヌのギルド会館には、受付窓口が二つある。

 受付1番を担当するのは、笑顔が弾ける女性リリアナ。

 男性冒険者たちがこぞって並ぶのはこちらの列である。

  

 「マスター! マスターも受付を手伝ってくださいよ。今日もたくさんの人が来てるんですよ。頼みますよ」

 

 冒険者の相手の隙間を縫って、後ろを振りむいた彼女は職員のオープンスペースで寝転がっているマスターを呼んでいた。


 それに追随するのは、受付番号2番を担当するフラン。

 冷静でかつ忌憚のない意見をバシバシ言うのが特徴のメガネ男子。

 イケメンにはイケメンだが、性格と見た目に癖があるので、一部の女性に人気がある。


 「マスター寝ないでください。あなた、ここのギルドマスターなんですよ。シオンさんがいなくても、ちゃんと仕事してくださいよ。ぐうたらですね」

 

 フランは、今すぐにでも後ろにいって、マスターの尻を蹴りたくてしょうがなかった。

 忙しい業務の時間だというのに、何を暢気にしているんだとも、マスターを軽蔑している。


 『しょうがないなぁ』

 という顔をして、ギルドマスターのクロウが奥から歩いて来る。


 「大丈夫。大丈夫。君たちならね。それくらいの事、俺が居なくてもできるんだよ。俺はね。俺なんかがいなくてもさ。ちゃんと出来る人を選んでいるからさ。うんうん。大丈夫よ。頑張りたまえ~~」

 

 ロクサーヌのギルドマスター『クロウ』

 額にある刀傷は、古傷らしく治らない。

 回復魔法も受け付けぬ強力な傷はいったいこの人に何があったのか。

 第一の印象として、皆がそういう風に感じるだろう。

 第二の印象は何と言っても黒髪だ。

 真っ黒な髪はここらの人間では珍しい。

 

 彼の見た目は青年に見える。

 しかし、本人が言うには、おじさんらしい。

 口癖もおじさんだから、身も心もではなく、心がおじさんだという事なのか。

 

 「あ。マスター。そんな事言って、今日もお仕事から逃げようとしてますね」


 いつも笑顔のリリアナが怪しい目をした。


 「違うよ。リリちゃん。俺はね。君たちが成長すると思ってね。手伝わないの。いいかい。君たちが毎日。この仕事を丁寧にやっているからね。それをおじさんが取り上げるのは良くない。若者の成長にはね。どんどん働いた方が良いんだよ。おじさんよりもたくさんね。若い者の特権さ」


 冷静な男フランは、ご自慢の丸眼鏡を掛け直した。


 「マスター。こんな仕事では、成長なんてしませんよ」

 「こんな仕事って・・・どんな仕事も仕事なのよ。分かるフラン君?」

 「いえ。毎日毎日同じことの繰り返し。ちょっと変わったことがあれば、僕らだって成長するでしょう。でも毎日ほぼ同じ作業です。だから成長なんてしません。だからマスターも成長しません」

 「あれ? 俺も???」


 フランの言うこんな仕事。

 それは、毎朝、9時から12時までの新人登録作業の事である。

 この辺境のギルド『ロクサーヌ支部』は、冒険者になりたい者たちが多くやって来る町である。


 近くにある二つのダンジョンが、初級者にはうってつけなのだ。

 しかも、ロクサーヌの周りにいるモンスターたちも村人レベルの人間が一撃で倒すことが出来るくらいに弱い。

 だから、冒険者になって成り上がろうとする者たちが、集まりやすくなっている。

 なので、人が集まるという事は、その分の登録作業があるわけで、ここのギルド会館は、ひっきりなしにその作業が行われるので、職員たちは尋常じゃない量の仕事の繰り返しを毎日行うのである。

 なので、心を無にしないとやっていけない仕事だった。

 かなり大変な事務作業である。



 「「「「えええええ」」」」


 夢も希望もない三人の会話のせいで、新米冒険者らは現実に引き戻されているようだ。

 これから希望に満ちた冒険者人生を歩もうとしている彼らの目の輝きが、なんだか消えたように感じる。

 でも仕方ない。

 ここだけは、ロクサーヌのマスターの仕事態度が悪いのである。




 ◇


 クロウがフランの肩に右腕を乗せて話すと。


 「フラン君、そんなことないでしょう。これはお仕事の基本なんだよ。だから若者が疎かにしちゃいけない仕事だ」


 フランは顔色一つ変えずにその腕を払いのける。

 

 「いえ。あなたも出来る仕事だ」

 「ありゃ」


 腕が外れてガクッとなったクロウは、体勢を整えて再度チャレンジする。 


 「まあまあ。若者は頑張りましょうよ。リリちゃん! フラン君!」


 クロウが二人の肩に手を置いた瞬間。

 耳が引っ張られた。

 綺麗な長い爪が刺さって痛い。


 「いてててて。爪。爪!!」

 「ちょっとクロウ。またどこかに逃げようと思っているのね。駄目よ。あなたはこっち」


 艶やかで艶のある肌。切れ長の目は、相手を威圧することが出来る鋭さ。全身から醸し出される雰囲気は妖艶。魅惑の女性がクロウを叱責した。


 「げ!? シオン!? なんでここにいるんだ。外回りにいってから他の都市のギルド会館に行くとか言ってなかったっけ?」 

 「あなたがサボるのかもって、私の勘が囁いたのよ。心配で途中で引き返してきたわ」

 「気味悪いわ。その勘やめてくれる?」

 「なによ。私の勘にいちゃもんつけるわけ?」

 「いいえ。ごめんなさい」


 細い指でクロウの耳を引きちぎりそうなくらい引っ張っていたのは、シオン。

 肩を超えてある紫の髪は一本一本が繊細に煌めいていて、グラマラスな肉体とマッチしている上に、声まで艶やかで心地よい。

 さらにシオンは、胸元が開いた服を好むので、美しい顔をご尊顔にあずかる前に、男性たちの視線がまず最初にそこに向かってしまう。

 恐ろしく麗しい魅惑の女性だ。


 光陰のシオン(ダークマスターシオン)


 色々な男を魅了しすぎて、実はサキュバスなんじゃないかとの噂が出ている。

 現在のアルフレッド大陸の魔法使いの中で、五本の指に入るかもしれない魔法使いだ。

 闇と光の天才として名が通っている元特級冒険者。

 現在はなぜか、その冒険者を辞めてギルドの職員となっている。

 その真相は、誰にも分からない。



 このギルドで一番大きな机の前で、シオンは人差し指でアピールした。


 「ここに座りなさい。クロウ」

 「は~い」


 怒られながらとぼとぼと歩くクロウは、机の前に行く。だけど座らない。

 立ったままでいるのは、シオンがそっぽでも向いた時に、隙あらば逃げ出そうとしているのだ。

 往生際が悪い男。それがクロウである。

 

 しかし、それをお見通しのシオンが、クロウの肩を押し込んで、強引にギルドマスターの椅子に座らせた。


 「あんたはもう! ここから逃げ出せませんよ」

 「へ~い」


 クロウが不貞腐れた顔をしたので、シオンがイラっとした。

 ほっぺたを鷲掴みにして、ぎゅっと握る。

 すると、綺麗に手入れしているネイルの爪がどんどん食い込んでいきそうになったので、彼女はギリギリで、指の腹の部分で押し込んだ。

 

 「あんた、仕事をしなさいよ!」

 「・・・は、は~い」

 「手を動かして。クロウ」

 「・・・は、は~い」

 「それしか返事しないわけ? 仕事しなさいよ!」

 「しゅみません・・・下を向けないです。あなた様の手が邪魔で、資料がどこにあるのか? 見えなくて、紙を持てないです。仕事できないです」


 シオンの手が邪魔で、テーブルの上の資料が見えない。

 クロウの指摘はごもっともだった。

 だから、シオンが素直に謝る。


 「あら、ごめんなさい。じゃあ、手を離したら仕事してくれる?」

 「はい。必ず仕事しますので、手をどけてください。シオン様」

 「よろしい。はい。じゃあ、お仕事してね」


 綺麗な手が離れた。


 「しゅみませんでした」


 情けない声で返事を返したクロウは、大人しく仕事を始めたのである。

 役職は一番偉いはずだが、この会館で一番の権力者ではないらしい。




次も一緒に出します。


ギルドマスター。

クロウをこれからよろしくお願いします。



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