第17話 僕が戦える理由
その後。
フランはクロウの修行を受けた。
賭博師の基本戦闘とは。
「要は運任せにしちゃいかんのよ」
これが基本概念である。
スキルは運任せが多いジョブだけど、運頼りにしないのだ。
「え、でも。結局は運任せになるのでは?」
「いいかい。フラン君」
「はい」
この頃のフランは素直に返事をしていた。
「賭博師は、ディーラーも兼ねている」
「ディーラー?」
「うん。ポーカーとかルーレットを回す人の方だよ」
「・・・なるほど。僕は、遊ぶ側のイメージがありました」
「でしょうね。でもそれはみんなも同じかもね。だから君を馬鹿にしてんのかもね。こっちのイメージを持っていないからさ」
「でも、そのイメージがあると強くなるんですか」
「うん。強くなるよ。だってね。イカサマすればいいからね」
「・・・え?」
まさかの発言に、フランは思考を止めてしまった。
ぼうっとしている。
「いいかい。今回覚えるのは二つ」
「・・・あ、はい」
話にはまだ続きがあった。
「賭博師の中でも、面白技だ。手札交換と確率操作だ」
「・・・・・え?」
聞いた事のないスキル名。フランは首を傾げた。
「フラン君、これは特殊なんだよ。それとね。とりあえず、俺との修行場はここじゃない」
二人がいたのは、お城の脇にある修練場。
王子の力で貸してもらえた場所なのに、ここを使わないと言ってきた。
ご好意を無下にする。かなり失礼である。
「まずはカジノにいくぞ」
「え? な、なんで!?」
修行という名の遊び?
最初にフランは、王都ブリトンのカジノに連れて行かれたのだった。
◇
カジノに行った二人は、ポーカーをしていた。
フランが主となって勝負をしている。
彼の手札は、スペードの2とクラブの2。スペードの3とダイヤの3。スペードの5だ。
「いいかい。フラン君」
「は、はい」
少し呆れ声のフランが返事を返した。
本当は修行をする予定なのに・・・。
言葉にはしないが顔には出ていた。
それに対しても、クロウは当然気付いている。
「フラン君。顔に出しちゃ駄目だ」
「え?」
「自分の感情を表情に出さない。相手に自分を悟らせない。これは修行なんだよ」
「それは・・・」
ものの言いようでは?
あなたが遊びたいだけじゃ・・・。
喉に出掛かった言葉は、この二つだった。
「いいかい。この勝負をする際。君は何で勝負を仕掛けるかい」
「これでですね」
手札を見る。
役は出来ている。ツーカードだ。
「ドローできる回数があと何回かな」
「2回です」
「じゃあ。どうする」
「僕なら、このままでも別にいいですが。無難にフルハウスを狙いますかね」
フランの選択肢は現状維持をしたままで挑戦する。
「それだと駄目だね。賭博師は、相手よりも上を目指す」
他で勝負をしている面子の役を見る。
ほぼ同じレベルだろうと予測できた。
「出来た役を崩しても、更なる可能性を目指す。それが賭博師だ」
「でも失敗したら・・・」
失敗したらが頭によぎる。
ここがいけない。
フランの思考を前向きにすることが重要だと、クロウは思っている。
「それを考えたらその先にはいけない。賭博師は、確率の向こう側に到達しなければならない」
「確率の向こう側・・・」
「それは勝敗を左右するんだ」
「勝敗を?」
「そうだよ。君はね。勝負勘を得ないといけないのさ」
『勝負をする』勇気と『勝負所を見極める』目が必要だ。
「いいかい。ここで大きく出る。ここで引く。この勘を養わないと、君はこの先誰にも勝てない。小さく縮こまって、殻に閉じこもったままでは、敵に勝てない。勝負ってのは、まず前に出る事が重要だ」
「敵に勝てない・・・」
何の敵だろう。
単純にそう思った。
「いいかい。賭博師は面白いと言った意味はそこだ。ジャイアントキリング。これを起こせるのが賭博師だ」
「ジャイアントキリングですか・・」
「そう。相手が強くても、自分次第で互角以上に戦える。それは色んな技能とこの勝負勘を結びつけるといいのさ」
「え? どういうことでしょう」
「大丈夫。疑問に思っても、俺を信じてくれ。君はこの修行で確実に強くなる」
「わ、わかりました」
「よし。まずはここで狙うのはね。ストレートフラッシュだ!」
「え? まさか。これをほとんど崩すんですか」
フルハウス狙いじゃない。
ストレートフラッシュ狙い!?
フランはまさかの手札変更に驚きを隠せなかった。
「ダメダメ。表情は消す! 相手にこちらの考えがバレたらいかんのよ。いいかい。君は戦う時だけは、出来るだけ感情を消すんだ。相手に考えを悟られなければ、賭博師は、常に相手より一枚上の立場にいられるのよ」
「わかりました」
「素直でよろしい。じゃあ、いくよ。勝負を恐れるな。賭博師は、確率を手繰り寄せるのよ」
「はい」
こうして修行が始まった。
◇
相手は魔族であるテスタロッゾ。
確実に上の実力者。
強大な敵を前にしても、フランの表情はいつも通りで、しかも平常心だった。
「そうです。強大な敵を前にしても、僕は冷静。マスターからの教えは、常に僕の心にある」
「何を言っているのでしょうか?」
「すみません。僕の独り言でした。ここからですね。あなたは、自分のステージで戦う事は出来ませんよ」
「??」
ここからの戦闘。主導権は自分にある。
フランは宣言をしてから戦いに出た。
これが賭博師の真骨頂。
駆け引きだ。
相手側が絶対的に有利な立場。
でも、こちらが不利であると悟らせない立ち回りでいく。
それが賭博師の定石であり、騙しから始めて、どこが嘘で、どこが本当かを敵に分からなくさせるのが目的だ。
そして、魔族のテスタロッゾは、魔法使い寄りの戦闘技術を持っているのだが、その彼の肉体は接近戦にも強い。
ましてや人間相手であれば、余裕である。
フランの動きそのものがスローに見えるくらいに、肉弾戦の実力差がある。
「遅い。あなたは遅すぎる。先程の雑魚よりも遅い」
「レオさんは勇者見習いですからね。当然です」
挑発にも応じないフランは冷静に言い返す。
勇者見習いと賭博師では、基本性能に違いがある。
そんな事は当然だとして、フランは相手の意見を遮断した。
「これにカウンターをしますか。面白い。僕は、魔族でも分からない手札を用意できたらしい。僕の勝ちだ」
フランの右拳に対して、テスタロッゾも右拳を突き出した。
相手の攻撃を粉砕して、自分が優位であることを証明しようとした行動だった。
「私が負けるのはありえない。これであなたの終わりです」
敵の行動の上を行くことで、相手の心を折りにいく。
その選択をしたテスタロッゾの判断も決して悪くない。
だが。
「すみませんね。それが残念ながらできないのですよ」
相手の考えを読み切っているフランは、敵の行動を誘導していた。
「いきますよ。あなたの手。僕の手に負けなければいいですね」
「なにを言って・・・え?」
拳と拳が衝突すると、叫び声があがる。
「ぐおおおおおおおおおおお」
テスタロッゾの拳が砕けた。
攻撃が通ったのはフランの拳だった。
「ほらね。あなたの拳は負けですよ」
「な。なに。人間が・・・私の拳を上回る攻撃力を・・・それに、防御もか・・」
動揺しまくりのテスタロッゾに対して、畳みかけるのはフラン。
今度は光速で移動してきた。
「なに!? は、速い」
背後を取ったフランは、テスタロッゾの右の脇腹に蹴りを加える。
「がはっ・・・この蹴りも強い!?」
緑の血が噴き出るほどの威力。
信じられない人間の強さに、テスタロッゾは脱帽していた。
「はぁはぁ。なぜだ。なぜ私よりも・・・」
「ええ。こちらの手札を紹介することはありません。僕は賭博師ですからね」
今はこのジョブに誇りを持っている。
賭博師フラン。
この強さは相手が強ければ強い程、一際輝く。
相手と自分の駆け引き次第の強さだ。
フランが使ったスキルは、手札交換
相手にその能力発動を気付かれずにいれば、相手の能力をこちら側に移して、自分の任意の能力と交換することが出来る特殊なスキル。
だから最初のフランの右拳の攻撃力は、テスタロッゾの防御力であった。
そして、交換された防御力は、フランの攻撃力である。
なので、装甲が薄くなったテスタロッゾは、自分の防御力の高さと、フランの攻撃の低さの違いで、ダメージを受けることになったのだ。
そこから次のフランの展開では、速度をもらっていたのだ。
行動速度を相手から貰って、攻撃の瞬間に先程と同じ交換をして攻撃をした。
切り替えを瞬時にできるのも、フランの努力の賜物である。
「ふぅ・・・」
しかし、このスキルは体力消費も激しい。
だから、フランは倒すとは言わずに、時間を稼ぐと、シオンに伝えたのである。
ここでもフランは冷静だった。
無理はしないけど、限界までの無理をする。
それが今のフランの思考回路。
以前とは違う彼の考えで、ここまでの成長を果たした。
彼は、クロウのおかげで、思考が前を向き、そして力強い男になったのだ。