第10話 マスター会議開催
クライロンにある。
ギルドの総本山『ロベルタリエスタ』
クライロンのギルド会館を兼ねていて、通常業務も行っているのだが、主な役目としては、こちらに各地の情報を集める事にある。
大陸の四方にある別の国の情報を得るのは至難技なのだが、各地にいるマスターがそれを可能にする。
現在はマスターが六名。
四人のマスターと、マスターオブマスター。
そして辺境のマスターが集まる事になる。
会議室にはすでに五人のマスターたちがいた。
「おい。奴がいないのは何故だ」
鬼の角が特徴的な西のマスター。
ライノルド・バーキン。
威風堂々と腕組みをして発言をした。
「そんな事、ワタクシには知りませんことです。彼は自由気ままでありましょうから。まだ来ないのでは? むしろ、既に来ている方が珍しいでありましょう」
エルフの耳が特徴的。南のマスター。
ミサリザ・ジューン。
手をライノルドの方に向けて知らないわと合図をした。
「・・・・・」
熊型の亜人。
北のマスター。
ロードオブウルフ・マイルキープ。
通称ロウは、椅子に座っているが、背もたれを使用しないで背筋を伸ばして、無言でジッとしていた。
「なぜ、あんなのがマスターなのですか。統括マスター! 私は納得がいきません」
ヒューマンの美形男性騎士。東のマスター。
ノイル・ラルコード。
現場に来ない男にイラついていた。
自分と同じ地域に二人のマスター。それが余計気に食わない要因だ。
「うむ。彼は重要なんだ。少しの遅刻くらい我慢してくれ」
統括マスター。
ロミオリ・キリンベルク。
威圧感のある顔。重低音の声。圧倒的な体躯を持つ男だ。
「どこが重要なのです! 今も遅れているのです。そんな不誠実な男! マスター失格だ。いやちがう! 人として失格だ! それにですよ。統括マスター。奴が移動したとの話も聞いていないんです。こちらに来る気がないのですよ。こちらに来る気がね!」
同じ地域だから、動向を調べられる。
つい先日まで、鉄道で移動する形跡もなかった。
「ノイル坊。そんなに怒らんといて。プリプリ怒ると、その自慢のお肌に悪いよ」
お茶を飲みながら、ゆったり話すのが、メイフリン・リンクバードだ。
魔法の天才と呼ばれる伝説級の賢者で、今は相談役としてマスター会議に参加している。
「メイフリン様も! 奴に甘い。なぜですか」
「何故ですかってね・・・それは当然よね。ロミオリ」
「ん。まあな」
詳しい事は言わずに二人は頷く。
ここでようやくの登場である。
会議室の脇にある魔法陣が輝くと、現れたのが飄々としたクロウだった。
「お! 揃ってんのね。悪い。悪い。遅れちゃったか」
「「「「「な!?!!?」」」」」
四人のマスターは驚くが。
「クロウ殿。遅いですぞ」
「先生。もう少し早めに来てくださいね」
「ごめんごめん。ロミちゃん。メイちゃん。間に合うかなって思ってさ」
二人の後ろ側から、自分の席に移動する。
二人からロウ、そして関の隣のノイルの裏を通って、自分の席の前に立った。
すると、右隣の東のマスターから、睨まれた。
「貴様。自覚を持て。辺境のマスター」
「ん? 誰だっけこいつ」
クロウは基本。
男の名は覚えない。
ただし、気に入った人間は覚える。
この中だと、ロミオリとロウの二人だけだ。
「なんだと貴様! 貴様の上司だぞ」
「え。上司? 俺に上司がいたのか!」
クロウが驚いているところ悪いが。
普通に考えたら、上司といえば、ロミオリだろうにと。
ノイル以外の周りのマスターたちは、そう思っている。
「貴様。あそこは辺境。それもあそこは元々私の管轄だ!」
「へぇ。そうなんだ」
「なんて軽い返事。貴様はあそこから即刻立ち去れ」
「まあまあ。あんまし怒んナッツ。ほら、ピーナッツでも食って落ち着け。ちょうど持ってるから」
クロウが、指をパチンと鳴らすとピーナッツが飛び出てきた。
それを瞬間的に指で弾いて、ノイルの前の机に落とす。
彼の目の前で、ピーナッツがクルクル回る。
「食って落ち着けよ。誰だか知らんけど」
「うおおおおおおおおおおおおおお。貴様あああああああああ。私を知らんだとおおおおおおおお」
ブチギレを起こしたノイルが、目の前のピーナッツを取って、クロウの顔面に投げる。
その速度は光速にも近いのに、クロウは首を傾けただけで躱した。
「ほら。まだカリカリしてんの。怒んナッツだってば。ほら、足りなかった?」
と言って、まだまだピーナッツをノイルの机の上に置き続ける。
かなりの嫌がらせだ。
そして、今の攻防で気付くのは三人のマスター。
瞬き一つしない余裕の態度のクロウ。
実力の底が見えないと、黙って姿を見ていた。
「ば、馬鹿にするな貴様!」
「ちょっと、ロミちゃん。教育どうなってんのよ。プリプリだよ。この人! エビだったら嬉しいけど、人だと良くないよ」
「すみません。クロウ殿。ノイル下がれ。黙って受け入れろ」
「統括マスター!」
なぜそちらの肩を持つ。ノイルの不満は当然の事だ。
でも仕方ない。
ロミオリにも事情がある。
「俺はここね。メイちゃん。今日も可愛いね」
円卓のテーブルの東南側に座ると同時にクロウはメイフリンを褒めた。
彼の正面の北西側にロミオリとメイフリンの二人がいたのだ。
ちなみに、各マスターは担当する地域の方角に座っている。
「そうですか。先生。ありがとうございます」
クロウの言葉に微笑んだメイフリンは可愛らしい人だった。
「ごほん。ではマスター会議を始める。今回の議題は、クロウ殿。お願いします」
「ああ。任しとけ」
クロウが立ち上がると全員が彼に注目した。
一人だけ睨んではいるが、そんな事はお構いなしにクロウは話を続ける。
説明を一通りした後。
「そんでな。俺たちの所だけ。値段を上げてもいいかな」
「ロクサーヌをですか」
「ああ。バッチリ値段を上げていきたい。彼らの給料も上げたいのよ。めっちゃ忙しいからさ」
「そうでしたか。それはどれほどで?」
真剣に彼の話を聞くロミオリが、聞き返した。
「えっとさ。ロミちゃん。ここってどれくらい来るの?」
「クライロンは、新人に搾ると、一日平均10名くらいですね」
「だろ。それくらいならさ。俺たちだってなんとかできるんだ」
「クロウ殿。それ以上なんですか?」
「ああ。最近の安定感から言ってさ。最低50は来るぞ」
「50?!」
ロミオリが驚いた後、南のマスターミサリザが呟く。
「う。嘘。そんなにでありますか」
自分の所も10くらいが平均。
それが50も来たら、他の業務が成り立たなくなるでしょう。
計算を瞬時にしたミサリザだった。
「俺たちの受付が二名だ。そんで、登録業務を朝だけにしているけど。それでも25名くらいを二人が回している。そんなの激務だぞ」
「そいつら優秀だな。朝だけでその50を捌くのは、かなり優秀な証拠だ」
ライノルドがぼそっと聞いた。それをクロウが聞き逃さない。
「もちろん。俺が選んだ優秀な子たちだからな。そんな量はこなせる。楽勝よ・・・ただな、それでもほぼ休みなしにそんな量をやるからさ。いつか倒れちまうぞ」
「それは貴様が調整すればいいだろう。全部を受け付ける方が悪い」
「そこよ。めっちゃ気になってたのはさ。お前が東のマスターなんだろ」
クロウは遠慮なく人の顔を指さした。
「そうだ。貴様の上司だ」
「上司は知らんが。お前さ。あそこが出来る前は、あそこの二つのダンジョンのカバーをしてたんだよな」
「そうだ」
「じゃあ、同じように新人冒険者を受け付けてたんだよな」
「そうだ」
「それじゃあ。お前ってさ。制限をかけていたわけだな」
「・・ん?」
「あれほどの人数を捌いてよ。クエスト管理も同時にこなすなんて、普通は出来ねえからさ。だから、お前! 新人を後回しにしたよな」
金周りが悪い新人を後回しにして、金を稼ぐ力が強いベテランの冒険者を優遇した。
それが想像つくから、クロウは指摘したのである。
「それは・・・」
「そうだろ。だから、今になって、冒険者になりたかった子たちが、一挙にあの町に集まってんだわな。今まで受け入れてくれなかったからよ。ああ、ああ。そうだぜ。こいつが悪いのよ。俺がこいつのケツを拭いてるわけだわ」
この凄まじい挑発に怒る事が出来ない。
ここで怒れば認めた事になるから、ノイルは黙るしかなかった。
そこに助け舟を出すのが統括マスター。
ロミオリは、二人の言い合いを鎮めようと。
「たしかに。クロウ殿の言う通りですな。値段を上げる事で。軽い気持ちで冒険者にさせないという手もありでしょうな」
軌道修正をした。
流石の年長者だ。
「だろ。ロミちゃん。これやってくれよ。せめて、数を30くらいに抑えたい」
クロウの言葉の後に、ロミオリは隣のメイフリンを見た。
「・・・メイ。どうする?」
「そうね。ロミオリと同じ意見ね」
「そうか。じゃあ。他のマスターはどうだ。ロクサーヌのギルド会館だけ。新人登録料を上げてもいいか?」
ロミオリの声にそれぞれが反応する。
「ワタクシは賛成であります」
ミサリザは賛成。
「オラもいい」
ロウも賛成。
「オレもいいぜ。どうせオレには関係ねえし」
ライノルドも賛成。
「そ。それはいけない事ではないですか。皆が一律の方が平等性が・・・」
ノイルは反対だった。でも彼の意見は通らない。
「それも意見としてはいいだろう。だが、あの地にクロウ殿がいなければならんのだ。彼の機嫌を損なうのは、統括マスターとしては承認できん」
「なぜです。辺境のマスター如き。あなたの裁量ひとつ・・・」
「違う。ワシらは、クロウ殿がいなければ・・」
クロウがウインクした。
その時にロミオリが言葉を止めた。
それ以上は言うな。
彼からの無言の圧力であった。
「ノイル。あまり文句を言うと、メイが直々に、あなたのマスターの資格を奪いますよ。それか、次回のマスターを承認しません」
「メイフリン様まで・・・なぜこんな男に」
肩入れをするんだ。
ノイルは、クロウの余裕の笑顔を見て、ムカついたとしても黙って席に座るしかなかった。
彼の話のターンが終わると、クロウが発言する。
「つうことは。金上げてもいいんだな」
「はい。いいですよ。先生」
「よっしゃ。いくら?」
「それは、ロミオリとの相談で決めましょう」
「そうだな。後で、ワシの部屋に来てもらえますか?」
「ロミちゃんの部屋か。わかった。連れてってくれ。この建物の内部を覚えてねえ」
「そ。そうでしたか。わかりました。この後いきましょう」
会議はここで通常に切り替わり、無事に終了した。