伝説から辺境のギルドマスターへ
世界には、かつて伝説の男がいた。
その人物は、まさにオールマイティー。
神の力を持つとまで言われていた人物だった。
神童の名を意のままにした幼少時代を過ごし。
少年時代には、数多くの実力者から指導を受けて技を得たようだ。
その技の数はなんと自分では数えられないのだそう。
まあ実の所、途中から数えるのがめんどくさいと言って、数を覚えていないらしい。
そんな彼が体得した技は、この世の全ての技との噂まである。
それは、まことしやかに噂される。
世界の七不思議の一つとして数えられたわけだが、今やそれを誰も知る由もない。
昔々の話となっている。
そして青年時代には、前人未到の快挙を達成したらしく。
やれ歴代特級冒険者らが束になっても勝てなかった七大魔獣を倒しただの。
やれラストダンジョンを含めたダンジョンの完全攻略を一人でやり遂げただの。
とにかくとんでもない偉業を成し遂げたようなのだ。
ただ、その伝説を誰も見ていないので、真偽のほどを確かめることが出来ない。
当時の証言が残っていないのも残念である。
誰かが見ていてくれれば、その話もきっと信用たる話であっただろう。
しかし、この噂話の中で、信憑性のあるものがひとつだけある。
それが魔王を追い詰めた事があるという話だ。
ラストダンジョンの奥地で、彼が魔王の喉元に刃を突き付けた。
という戦いのお話がある。
彼の伝説はそこで終わり、それ以来噂話が無くなってしまった。
でも、実際に。
彼と魔王の噂の前後で、人間の住む大陸『アルフレッド大陸』には、魔族らの襲撃が来ていないので、これらの事が事実ではないかと大陸の人々は信用した。
だから、当時のアルフレッド大陸の人々は、彼のことを『神の子』と呼んで、褒め讃えたのだ。
でも、彼の名は現在では知られていない。
これほどの素晴らしい実績があっても、人々は、彼の記録を記憶の中に留めなかったのだ。
それは、自分たちの安心安全を得られれば、過去の事などどうでもよくなってしまったからだった。
人間とは都合の良い部分だけを覚えるもので………人とは、現金なのだ。
◇
アルフレッド大陸の極東。田舎町ロクサーヌ。
ここは、穏やかな海風と暖かな安定した気候をしている。
だからなのかは分からないが、この町の人々は、気温と同じように穏やかで優しい性格の人が多い。
それはもしかしたら、安全を常に確保できる町であることもその性格を後押ししているかもしれない。
ロクサーヌ周辺にいる魔物は劇的に弱い。
お鍋の蓋をしっかり握っていれば、モンスターの攻撃から身を守れるし、フライパンをしっかりモンスターに叩きつければ、装甲をぶち破れる。
だから町の一般人でも倒せるレベルなので、新米冒険者や、これから冒険者になりたい大陸の人間が集まる町となっている。
だからロクサーヌは毎年。
とっかえひっかえのように人が集まることで、ここがたとえ田舎の辺境の町であっても、経済的には割と裕福な方なのだ。
町の規模で小さめ。
でも近くの都市と変わりない賑やかさがあって。
特に宿や酒場が大盛況らしく。
働いても実入りの少ない初心者の冒険者らが、こぞってそこらに集まるのだ。
彼らが求めるのは、安酒、安宿、安ご飯!
田舎町なので、ここは物価も地代もとにかく安い。
そして、人にも優しく、それらがお財布にも優しい。
とにかく新米らにはありがたい町なのである。
そして、ロクサーヌについて、紹介しておくべき大切な事は、一つ。
ダンジョンが近くにある事だ。
ダンジョンがあるという事は、冒険者に依頼が集まりやすくなる。
そこの町や人たちが、素材を欲しがるからだ。
冒険者にたくさん依頼が来るという事は、依頼者と冒険者を繋ぐ仕事をするギルドが存在しなければならない。
ギルドがあるという事は、ギルド会館が建てられていないといけない。
そして、ギルド会館があるのならば、当然にギルドマスターが存在する。
小さな町にギルド会館。
これが珍しい。
規模が小さいと採算が取れないから、存在すること自体が珍しいのだ。
ロクサーヌくらいが、ギルド会館を持つ町だろう。
冒険者を管理するギルドマスター。
ギルド会館の責任者を指す言葉だ。
彼らは、ダンジョンを監視する立場でもあり、冒険者らの任務を調整する立場でもある。
この冒険者はこの任務ができるはず。
この任務は冒険者パーティーが良いだろう。
そしてあの難しい任務は冒険者クランが行った方が良い。
とギルドマスターは、冒険者らの実力と安全に応じて、物事を考えなければならない。
冒険者は危険と隣り合わせ。
それを指導するのもまたギルドマスターのお仕事でもある。
いつどこで牙を向くか分からないモンスターたちの監視をしつつ、冒険者らに適切なアドバイスをしないといけないし、彼らのクエストを管理して、冒険者らの実力に見合うクエストを教えてあげたりしなければならない。
『やっぱり敵いませんでした』
『そいつは実力不足。お前の自己責任だろ』
なんて言葉をギルドマスターの口からは、決して言ってはいけない。
色々と世知辛い世の中なので、こんな厳しい指導をすると、クレームが入ったりする。
ギルドマスターは意外にも気苦労をするのだ。
大変なお仕事である。
◇
ここから始まるのが、その田舎町ロクサーヌのギルドマスターのお話だ。
辺境のギルドマスタークロウ。
冒険者を冒険させる。
一風変わった物語が今、始まろうとしていた。