#9 動き出す緑の恐怖
──男子禁制区域内
陽の光も届かぬ深い洞窟の奥。
「次、もってこい」
野太さと甲高さが混ざったような奇妙な声が洞窟内に響く。
その声に反応して1匹のゴブリンが、ガタガタと体を震わせながら声の主に近づく。ぺちゃぺちゃと音を鳴らす足元には、赤黒い血溜まりとゴブリンたちの亡骸がさも当然の如く放置されていた。
ゴブリンは声の主の前に跪き、一匹の動物の死骸を差し出す。
差し出した先には、一匹のゴブリン……のようななにか。
壁にかけられた松明が、仄かにソレを照らす。
肌色はゴブリン。しかし肉体は、鍛えられた屈強な男の体をしていた。火の灯りがその肉体にくっきりと陰影をつくり出し、厚みのある筋肉がこれでもかと主張される。
石で造られた王座に脚を組んで座り、目の前に跪くゴブリンを見下ろす。
「……」
ソレは言葉を発さず、洞窟内にはパチパチと火の粉が飛び散る音だけが反響していた。
「はあぁぁ………」
深くため息をしたソレは徐に立ち上がり、王座に立てかけていたほぼ等身大の金棒を手に取る。
「だから………」
金棒を大きく振り上げ…
「人族のメスを持ってこいっつってんだろおぉぉぉ!」
ドゴオォォォン!!!
一才の躊躇なしに振り下ろした。
金棒は跪くゴブリンを風船のように軽々と破り、勢い余って地面に大穴を開けた。
「どいつも!こいつも!なんで!わかんねえんだよ!この低脳が!!」
何度も何度も鬱憤を晴らすように金棒を振り続ける。もうすでにゴブリンの姿形はないにも関わらず。
それを見ていた周りのゴブリンたちは、ただ体を震わすことしかできずにいた。
「…はあ、はあ……。ちっ、汚ねえな」
ペチャッと自身の長い鼻に飛んできた血を、使い古されたマントで拭う。
「…おい、いいかお前ら。次このゴブリンロード様に人族のメスを持ってこなかったら、ただじゃおかねえぞ!おら!さっさと行ってこい!」
“ゴブリンロード”
ソレは自身をそう名乗った。
魔物のランクは『上級、中級、低級』に分類されており、その中でも『上、中、下』で細分化される。
ソウルが出会ったゴブリンは、低級の下。
しかしゴブリンロードは、“上級の下”に分類されており、普通のゴブリンとは比べ物にならないほど凶悪だ。
知能も普通のゴブリンと違い発達している。
2メートル近くの体躯に圧され、ゴブリンたちは一目散に洞窟を飛び出していった。
それを見ながらゴブリンロードは、どすりと再び王座に腰を下ろす。
「はあ。あいつらと俺様が同種族なんて反吐がでる」
ペッと目の前の血溜まりに唾を吐く。まるでゴブリンを同族とは認知していない。いや、そもそも命を尊ぶ気持ちもないのだろう。
「あーー。早く人族のメスが食いてえよ。なんで人族はメスが魔法使えんだ。逆だったらあいつらでも狩れるだろうに…」
食いたいというのはそのままの意味か、それとも……。しかしどちらにせよゴブリンロードの発言は、過去に被害にあった女性がいることを物語っている。
「……ん?待てよ。あいつらは弱いから狩れない。なら、最強の俺様が狩りに行けばいいのでは?キキッ。さすが俺様あったまいい!」
思い立ったが吉日。
ゴブリンロードは立ち上がり、金棒を担いで洞窟の外へ歩みを進めた。
──その日、人にとっては、凶日になり得るだろう。