#8 教会にて
「運命魔力ですか…。そんなのがあるんですね」
セレナが悶えている一方で、ソウルもアンドレたちからその話を聞いていた。
「ほら、さっき嬢ちゃん抱えて走ってただろ?その時なんともなかったのか?」
ニヤニヤとした笑みを向けてくるアンドレさん。結構俗っぽい話が好きなのだろうか。
「はい。でもそれは運命魔力じゃなく、その時セレナは魔力切れを起こしていたからなんともなかっただけだと思いますよ」
「なんだ。そういうことだったのか」
俺が身も蓋もない言い方をすると、アンドレさんは少し残念そうに呟く。
しかしなるほど。セレナに平気かと聞かれたのもこのことか。
確かにさっきほっぺを触った時はなんともなかった。その時はもうセレナの魔力が復活していたと考えると…。
本当にセレナの魔力が俺にとっての運命魔力なのか、それとも…
“氣”を纏っているため、なんともなかったのか。
もしそうだとすれば……
「ついたぜソウル」
アンドレさんの声に、俺は思考を止める。
さっき家を出た後、俺はアンドレさんについてこいとだけ言われ、特に用もなかったので行き先も分からずに着いて行くことにした。
「ここは…教会ですか…」
連れてこられたのは、村の中心にある教会。
「そうだよ。普段は信仰の場として使われているけど、村で何か重大なことが起こった時に集まる場所でもあるんだ」
アーバンさんがそう説明してくれた。
どうやらこの教会は、俺が転生する前に出会った女神さんが信仰対象として祀られているらしい。
毎週日曜日に礼拝を行うのが決まりだが、俺は祈りというよりも実際に会った女神さんに対して感謝を心の中で述べる場となっている。
「…ソウル、さっきは悪かったな」
「何がですか?」
教会の扉の前で立ち止まり、突然アンドレさんが謝罪をしてきた。
何か謝られるようなことがあっただろうか?
「ネメシアさんに少しキツイ言い方をしてしまって」
言われて思い返す。
少し心当たりがあるとすれば…
『…俺はちゃんと言ったぜソウル。お前がゴブリンを倒したってな』
この発言だろうか。だが、そんな大したこともないように思えるが、アンドレさんにとっては何か心にしこりができるものだったのかもしれない。
「全然大丈夫です。うちの母はそんなことを気にするタイプじゃないので」
「そうか。……自分の発言を正当化するつもりはないが、なぜあんな態度になってしまったかは、ここに入れば分かる」
運命魔力の話をしている時の陽気さはどこかに消え、とても深刻な顔をするアンドレさん。こちらの気も引き締まる思いだ。
「ねえソウル。本当に魔法学園に行くんだね?」
今度はアーバンさんが脈略もなくそう聞いてくる。
アーバンさんもいつになく真剣な顔つきだ。
「はい。何があってもその志は変わりません」
でも質問内容は簡単だ。俺が否定するわけがない。
それを聞いた2人は顔を見合わせ、覚悟を決めたように教会の扉を開いた。
「やっと来た。私たちを呼び出した張本人が遅れてやってくるなんて何してたんだい」
出迎えてくれたのは、アンドレさんの妻のルーラさん。
そのほかにもほとんどの村民の方が集まっていた。どうやら彼らはアンドレさんが呼び出したらしい。
村民が集会しているということは、何か重大な報告がある。皆そのことに気づいているのだろう、どことなくそわそわした空気が感じ取れる。
「お待たせしました。本日は皆様に早急にお伝えしなければならないことがあり、ここに集まってもらいました」
丁寧に前置きをし、アンドレさんは話を続ける。
「今日の早朝、森の中にて男子禁制区域外にゴブリンが発生しました」
その一言で、そわそわしていた空気がざわざわとしたものに変わった。
「う、嘘だろ…。そんなことが…」
「マジか。俺、フサットンの狩り怖くて行けねえよ…」
「大丈夫なの?お姉ちゃん…」
大人の男性は体を縮めて怯え、男の子は女の子に縋る。
その慌て様や信じられないといった様子から、この事件が本当に異常事態だということが伝わってくる。
しかし女性陣は驚きはしているものの、焦りは感じられない。
…正直、情けない。そう思ってしまった。
「それは本当なのですね?」
「はい。本当でございます村長」
皆の間で憶測が飛び交っている中、村長がこちらに近づいてきた。
50代くらいの女性である。
「ですが、どうやって逃げてきたのですか?」
「逃げてきたわけではありません。彼、ソウル・アンドラードがゴブリンを倒してくれました」
その一言で今度は教会内が静まり返る。
ぷっ
誰の嘲笑か分からない。
「あははは!ご冗談をアンドレさん!」
「なんだ、ゴブリンが出たというのは嘘だったんだ!」
「そうよね。いくら毎日トレーニングしているソウルでも、魔物を倒せるわけないものね」
誰かの嘲笑を皮切りに、皆が笑い出す。さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら。
「アンドレ。あんた最近寝不足なんじゃないのかい?」
「違う!本当なんだルーラ!」
ルーラさんも例に漏れず笑いをこぼす。
「…ヴェラは信じてくれるよね?」
「ごめんねアーバン。流石にそれは…」
ヴェラさんは苦笑いを浮かべ、質問を躱わす。
2人とも森から帰る時にすれ違ったのだが、あの時の俺のスピードを見てもゴブリンを倒したことを信じるまでには至らなかったようだ。
「その情報だけでは、領主様に報告できませんね」
村長も、面倒なことに付き合わされたと露骨に首を横に振った。
──なるほど。これがアンドレさんの言っていたことか。
母さんが信じたのは例外。こっちが普通の反応だったんだ。
なるほど。魔法学園に行けばもっとこういう境遇に遭うと。
「……ソウル。諦めも肝心だ」
俺の肩に手を置き、アンドレさんが言う。
「……魔法学園だけじゃない。他にも道はあるよソウル」
反対側の肩に手を置き、アーバンさんが言う。
村民たちの笑いは止まらず、教会内に響き渡る。
大体の人間は、俺が魔法学園に行くと言っていることを知っている。その上で応援してくれていると思っていたが、どうやらそれは子供の大それた夢を優しく見守るような、心から現実的に応援するようなものではないらしい。
だからこの笑いも、一切悪意が含まれていない。
好きの反対は無関心とも言う。
悪意のある笑いよりも、全く相手にされていないことが分かる。
──面白い
「ソ、ソウル……?」
ソウルは肩に置かれた手を振り払うように前に歩き出す。
そして、みんなの前で大きな足音を立てて立ち止まり、強制的に視線を集めた。
「皆さん、教会内でそんなに笑っていいんですか?女神様に怒られますよ」
しまったといったふうに皆の笑いが収まる。
集まる視線、静まり返る教会内。
舞台は整った。
「今一度、ここに誓い申す!このソウル・アンドラードは、マギア魔法学園にて筆頭の座を掴み取る男なり!」
魂振るわすソウルの一撃。
怒りや焦り、不安が一切含まれていない。
ソウルはただただ自分の目標を熱く言い放った。
その純度100%の夢に、誰も何も言い返すことができなかった。
「あまり人の夢を笑わない方がいいですよ。それでは俺はこれで」
時の止まった教会内を、ソウルは歩き出す。
呆気に取られているアンドレとアーバンの間を抜け、教会を後にした。
キーと教会の扉が閉められる音で、教会内の時が動き出す。
「…なあ、アーバン」
「…そうだね」
((ソウルなら本当になれるかもしれない…!!))
2人の意見は心の中で共鳴した。