#7 運命魔力
「ソウル…!」
後ろを振り返った瞬間、俺の身体に柔らかい衝撃が飛んできた。
「ソウル!無事でよかった……!」
涙を浮かべる母さんが俺のことを強く抱きしめる。部屋の入り口にアンドレさんたちがいるのを見るに、俺がゴブリンと出会ったことを聞いたのだろう。
「ああ。セレナ…彼女に助けられたおかげでな」
セレナを紹介するように手で示す。
母さんはしばらく抱きついて満足したのか、俺からそっと離れセレナに頭を下げた。
「息子を助けてくれて、ありがとう」
「い、いえ…。私はただ、彼を治癒しただけですから」
「……え?ゴブリンを倒してくれたんじゃないの?」
「いえ…私はただ、怪我していたソウルくんを魔法で治しただけで……」
どうやら母さんは、セレナがゴブリンを倒したと思っていたらしい。
アンドレさんたちは、母さんになんと説明したのだろうか。
「…俺はちゃんと言ったぜソウル。お前がゴブリンを倒したってな」
なるほど。確かにいきなりそんなことを言われても信じられないか。
若しくは俺がゴブリンと遭遇した事実に酷く焦り、アンドレさんの話をちゃんと聞いてなかったか。
「ごめんなさい。私、ちゃんと話聞いてなくて。……それ本当なのソウル?」
母さんの様子を見るにどうやら後者らしい。
まあ男には魔物を倒せないというバイアスもかかっていたのだろう。
「ああ。俺がやった」
信じてもらえないかもしれないが、嘘をつく必要もあるまい。俺はまっすぐ目を見てそう答えた。
「……そう」
しかし母さんの反応は意外なものだった。
その事実を信じる信じないの次元じゃない。いや、信じはしたのだろうが別のなにか、不安のようなものを抱いているような、そんな反応だった。
「…セレナは見てたのか?」
母さんと同じく驚いていないセレナを見て、そう問いかける。
「はい。ちょうどソウルくんがゴブリンを真っ二つにした瞬間を見ていました」
「驚かないのか?男が、低級だとしても魔物を倒したことを」
「もちろん驚きました。…でも私、ソウルくんが頑張っているところをいつも見ていましたから」
俺を見ていた?何かを見られていた心当たりはないが…。
しかし言い方だけ見ると、ストーカーみたいだ。そのことにセレナも気づいたのか、すぐに補足する。
「あ、別に付き纏っていたわけではありませんからね!?……あの場所…ソウルくんがゴブリンを倒した池の近くには、小さなお花畑があるんです。私そこが好きで、時間があればよく行くんです。そしたらいつもソウルくん、素振りしたり筋トレしたりしていましたから。だからそんな努力家のソウルくんなら、魔物を倒したとしても何も不思議ではありません」
俺の鍛錬をよく見ていた。だがら俺がゴブリンを倒したことに驚きはするが、納得はできたのだろう。
しかしセレナに見られていたなんて、全く気が付かなかった。でも確かにセレナがよくそのお花畑にいたというなら、2度も森の中で会ったことに説明がつく。
………だが…
「なんで声をかけてくれなかったんだ?」
「その、迷惑かなと思いまして……」
話しかけなかったのは、俺のことを思ってのこと。まあそういう気遣いもセレナらしいっちゃらしいが…
「それ、付き纏いとそんな変わらなくないか?」
「えっ!?」
ショック!
セレナの顔にそう大きく書かれた。それを見て失言したと気づいたが、もう後の祭り。
「それはないぜソウル……」
「それはないねソウル……」
「ひどいわソウル……」
アンドレさん、アーバンさん、母さんから総攻撃。前後から呆れた視線にサンドされ、非常に居心地が悪くなる。
「…このまま部屋にいても申し訳ないから、俺は少し散歩してくる」
そう言って逃げるように、俺は部屋を出て行った。
「じゃあ俺たちも。女性が寝てる部屋に長居するわけにはいかないからな」
「お邪魔しました」
続いてアンドレさんアーバンさんも優しく扉を閉め、部屋を後にした。
──部屋に残されたのは、私とソウルくんのお母さん。
「気分はどう?」
「おかげさまでもう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なことは一つもないわよ。ソウルもそう言ったんじゃない?」
「……そうですね」
さすがソウルくんのお母さん。ソウルくんのことは熟知されてます。
………
……ソウルくん…
『セレナの魔法なめんじゃねえ』
……それ、私に言うことなのでしょうか………。
でも、とても嬉しかった。真っ直ぐな思いが伝わって……
思い……想い………
「あら大丈夫?急に顔を赤くして。まだどこが悪いの?」
「い、いえ…!大丈夫です…!」
「そう?それならいいけど…」
わ、私、そんなに顔赤いでしょうか。頬に手を当てて確認しても、体温からは分からない。
「……ところで、ソウルくんのお母さん」
「私のことはネメシアでいいわよ」
「…それではネメシアさん。…その……ソウルくんって…“運命魔力”の話、ご存知でしょうか?」
“運命魔力”
魔法は大気中に存在するマナを体内にある魔力器に吸収し蓄え、魔力に変換することで使用可能である。
マナそのものに個体差はないが、それが魔力器に吸収され魔力に変換されると、DNAように一人一人個性が生まれる。
そして魔力は、それ自体に攻撃的な性質があるため、魔力耐性のない男性は少しでも触れると、ビリッと電気のようなものが身体に走る。
しかし稀に、特定の女性の魔力なら触れても何も感じないことがある。
それを運命魔力と呼ぶ。
古くから、触れても何も感じない魔力を持つ女性と結婚するという風習があり、ある程度自由結婚が一般的になってきた今でも運命魔力で結婚相手を決めたいという人たちは、男女問わず一定数存在する。
ただ、一生に1人会えるか会えないかの確率ではあるが。
「………ふーん。なるほど…まさかねぇ……」
何かを察したのか、ネメシアさんはニヤニヤと笑いだす。
「ち、違いますよ!?な、なんとなく聞いてみただけです!」
必死に抗議するも、ネメシアさんの表情は変わらないままだ。
「…因みにセレナちゃんは、“留”はできるの?」
“留”
魔力を体内に留めること。
魔力操作の拙い子供時代は、自然と魔力が体内から漏れ出る。その状態のまま大人になると、色々と支障をきたす。
それを防ぐために、女性は結婚可能年齢の12歳までに”留”を習得するのが不文律となっているのだ。
因みに、母親の魔力は100%運命魔力なので、留ができなかったとしても男児の育児に関しては問題ない。
「まだできないです……」
「なるほどなるほどなるほどねぇ〜」
「だ、だから違いますよ!?た、確かにソウルくんは私に触っても、なんともないようでしたけど…。でも魔力切れの直後でしたから、少ない魔力で何も感じなかっただけかもしれませんし、ただ単にソウルくんが痛みに強いだけかもしれませんし……」
そもそも私はそこまで運命魔力を大切にしていません。
魔力だけで人の相性なんて分からないと思いますから。
……でも…
それなのに…
必死で努力する姿や、私に真っ直ぐ言葉をぶつけてくれたソウルくんを思い浮かべると……
なぜ、こんなに胸が熱くなるのでしょう……