#6 セレナ・シャルリエ
「セレナ!大丈夫か!?」
「はぁ…はぁ…大丈夫、です…。…それよりも、ソウルさん、が…無事で、良かったです……」
セレナは精一杯の笑顔を向けてくる。
取り繕っているのは丸分かりだ。
しかし見たところ外傷はない。なぜここにいるのかは分からないが、とにかく急いで村に戻らなければ。
「とにかく帰りましょう!」
俺はセレナを抱き抱える。
すると、アンドレさんたちは驚きの表情を見せた。
「……どうかしましたか?」
「あ、いや……。なんともないのか?」
「はい。なぜか完治していたので」
言いながら思う。おそらくセレナが何かしてくれたのだろうと。
一方アンドレさんたちは、そうじゃなくて…とまだ何か納得していないようだった。
何か食い違いが起きていることは明らかだが、今はセレナの身が最優先だ。
「とにかく急いで戻りましょう!」
「お、おう……」
未だに息を切らしてるセレナを抱えて、俺たちは急いでフサ村に向かった。
フサ村まで2キロ地点。
もう魔物はいないだろうと推定し、セレナ優先に切り替え走るスピードをあげた。
「ちょっ…!ソウル速すぎだぜ…!」
「すみません!先に戻ってます!」
氣を習得し、格段に身体能力が向上した。
まだまだ前世の全盛期には届いていないが。
木々の合間を軽快に走り抜け、行きとは比べ物にならない速さで森を出る。
「あ、ソウル!って速っ!」
「…なんか、女の子抱き抱えてなかったかい?」
家に向かう道中、ヴェラさんやルーラさんともすれ違ったが、今は申し訳ないがスルーさせてもらう。
そして家に着いた俺はベッドにセレナを寝かせ、濡れタオルを用意したり水分を用意したりと、できる限りの看病を始めた。
…………………
………
…
そこから10分ほど看病していると、段々とセレナの顔色が良くなってきた。
「少し落ち着いてきたか?」
「はい…。お手を煩わせてしまってすみません……」
「何も謝ることはない。むしろ謝らなきゃいけないのは俺のほうだ。俺の身体を治したせいでそうなったんだろ?」
さっき走っている時にアンドレさんから、俺が気絶している最中に起こったことを聞いた。
───
『ソウルくん!』
ソウルがゴブリンを倒し気絶したすぐ後、偶然それを見ていたセレナが駆け寄ってきた。
『今すぐ治しますから頑張ってくださいね…!』
セレナはソウルの上で手をかざし…
『《固有魔法》天使の羽衣』
セレナが唱えると、優しく光る天使の羽がソウルを包み込み、ソウルの傷をじわじわと癒していった。
「す、すごい……」
「俺、回復魔法なんて初めて見たぞ…」
ソウルの傷が癒え天使の羽が消えたかと思うと、バタンとセレナがその場に倒れた。
「お、おい!どうしたんだ嬢ちゃん!嬢ちゃん!」
───
「本当にすまなかった。俺のせいでこんな状態になってしまって」
なぜセレナが魔法使用後に倒れたのかは分からない。
しかし、間違いなく俺のことを治したことが原因だ。
…俺は、2度も俺と同い年の少女に助けられてしまった。
いくらここが女性しか魔法を使えない世界だとしても、180歳以上生きている身としては情けない。
「いいんですよ…。私が不出来なのが悪いんですから…」
「……不出来?」
セレナは自嘲気味に笑うが、俺からすればセレナに不出来なところは全くない。むしろ、出来過ぎだと感じるくらいだ。
「はい…… 」
一度間を置き、俯き加減に話を続ける。
「……私の固有魔法、“天使の羽衣”は1度使うと、魔力切れを起こしてしまうのです」
“魔力切れ”
体内に蓄積されている魔力が、無くなること。満タンの状態からいきなり0になると、反動から身体は凄まじい疲労感に襲われる。
これが、固有魔法使用直後に倒れた理由だとセレナは説明した。
「そんな不出来な魔法を持つ私が悪いのですから、ソウルくんは謝らないでください」
「……分かった。謝罪は取り消そう」
「……はい」
セレナの望み通り、ソウルは謝罪を無かったことにした。
自分から謝らないでと言ったが、それでも否定して欲しい思いがあったのだろう。セレナの表情に影が落ちた。
──また、見限られてしまった。
セレナはフサ村の一つ隣の村、タバ村に生を受けた。
固有魔法は一つとして同じものがないと言われているが、それでも似通った固有魔法は存在し、ある程度ジャンル分けができる。
その中でも、回復魔法に分類されるセレナのような魔法は希少だ。
だから小さな村に生まれたセレナは、両親にとっての希望だった。両親はセレナを手塩にかけて育てた。
しかしある日───
セレナ4歳。
『いたっ!』
『だ、大丈夫パパ!?」
料理中にお父さんが包丁で指を切った。
『うぅっ……。早くママにお弁当を届けないといけないのに……」
お父さんは急遽出かける予定が入ったお母さんのために、急いでお弁当を作っていた。
『わ、私が治してあげる!』
私の固有魔法は、専用の魔道具で回復魔法ということは分かっていた。でも、実際に使うのは初めて。
『えいっ!』
思いのまま、イメージのままに魔法をかけた。するととてもゆっくりではあったけど、お父さんの指が回復していった。
『や、やった!』
『すごいじゃないかセレナ!ありがとう!』
『えへへっ!』
私は嬉しかった。私の魔法で人を、お父さんを助けられるということが。
しかし──
『せ、セレナ!?』
私はその場で倒れてしまった。結局、お父さんは私を看病し、お母さんにお弁当を渡しそびれた。
その日から、両親の態度が激変した。天使の羽衣が一回使うと魔力切れを起こすものだと分かった途端だ。
『使い物にならない魔法』
『期待はずれ』
そんな言葉をかけられるようになった。
回復魔法使いのくせに、治した後に迷惑をかけたから。
そして両親だけじゃなく、村民たちの態度も冷たくなった。
──ソウルくんにも両親や村の人たちと同じように………
「セレナ。助けてくれて、ありがとう」
しかしセレナの予想に反し、ソウルは深々と頭を下げ感謝の意を示した。
セレナはまさかお礼を言われるとは思っていなかったのかソウルの態度に呆気に取られ、目を見開いたまま暫く固まった。
そんなセレナにソウルは近寄り……
「いひゃっ!!ひゅ、ひゅうに、なにしゅるんれすか!?」
セレナのほっぺを軽くつねった。
「あのな、それのどこが不出来なんだ」
「らっ、らっていっはいしか──」
「一回もだろ。俺なんて魔法も使えないんだぞ」
「そ、それは………」
ソウルは手をほっぺから離し、今度はおでこに人差し指を軽く押し付けた。
「いいか。たとえ一回しか使えなくても、使えば代償のようなものがあろうとも、それを人のために躊躇いなく使えるやつが不出来なはずないだろ」
セレナの目を見て力強く言い放つ。
「セレナの魔法をなめんじゃねえ」
まだセレナと過ごした時間は短い。それでもソウルは、セレナのことを、セレナの魔法を確信をもって優しいと言うことができた。
その本音はセレナにも届いたのか、セレナの表情から影は消えた。
「と、ところでソウルくん……」
ソウルが説教を終えると、セレナは急に潮らしさを見せた。
「どうした?」
「そ、その……なんともないんですか?」
「…なにが?」
先ほどもアンドレさんに同じようなことを言われた。その時は身体がなんともないのか、という意味かと思ったが、どうやら別の意味があるらしい。
「い、いえ、その……。なんともないなら、大丈夫、です……」
セレナは目の前で人差し指を突き合わせ、まだなにかゴニョゴニョ言っている。
(なんなんだ…?)
バタン!
俺が頭を捻っていたところで、突然勢いよく部屋の扉が開け放たれる音がした。