#5 氣を取り戻す! (後編)
剣を構えるソウルに、ゴブリンがとびかかる。
振り下ろされた棍棒を、ソウルは剣で防いだ。
「くっ!重えな…!」
押しつぶされそうになりながらも、足腰の力でなんとか踏ん張る。
耐えきれないと判断したソウルは、海老反りになりゴブリンを後ろに蹴り飛ばした。さながらオーバーキックのように。
「ゴブッ!!」
木に衝突したゴブリンが、小さく悲鳴をあげる。しかしそれはソウルを煽るようなものだった。
無傷のゴブリンはすぐにソウルに肉薄する。
──いっぽうソウルは何かを思い出していた。
(……そうだ。俺、武士時代はこんな感じの戦い方だった…)
武士時代の勘が戻ってくと同時に、今と昔の戦い方に違いを感じる。
ソウルの思考をよそに襲いかかってくるゴブリン。
ソウルはかろうじて剣でいなす。
数十秒の剣戟。というよりゴブリンによる一方的な攻撃。
しかしダメージを負わせられなくてフラストレーションが溜まってきたのか、段々とゴブリンの攻撃が荒くなってきた。
とはいえ、ソウルの呼吸も荒くなってきた。
(このまま防戦一方だとジリ貧だ。なんとか反撃に転じねえと!)
「やべっ!」
後ずさっていたソウルは、気の根っこに気づかず躓いてしまった。
「キキッ!」
それを好機と見たゴブリンが水平方向に棍棒を振るう。
しかし…
「こんなやっすい罠にかかってくれて助かるぜ」
躓いたのはただの演技。
戦いにおいて、ソウルに凡ミスはあり得ない。
振るわれた棍棒を跳んで難なく避けたソウル。
そして落下の勢いのまま、重力のパワーを借りて剣を振り下ろした。
「はあぁぁっっ!」
鋭い刃が、無防備なゴブリンの脳天を捉える。
しかし……
「くそっ!まだパワーたりねえのか!」
4年前と同じくゴブリンの頭は傷一つつかなかった。
「キイィィ!!!」
「がっ!!」
そしてついにゴブリンの棍棒が、ソウルの横腹をとらえた。
「ソウル!!」
ソウルが殴りとばされたのは、ゴブリンを挟んで反対側。駆け寄りたくても、アンドレたちは動けなかった。
「くっ……そっ……。まだ、足りねえのか………。いいねえ……。最高じゃ、ねえか……」
口から血を吐きながら、精一杯の力を振り絞って立ち上がる。
「がはっ!!」
しかしすぐにゴブリンに頭を殴り飛ばされ、再び地に臥した。
(やべぇ……意識が………。…くくっ…楽しくなってきた……!)
ザクザクと草木を踏み締める音が段々と近づいてくる。
霞んだ瞳に映るのは、緑色の醜い足。
「キッキキキッ!」
ゴブリンは勝ち誇った笑みを浮かべ、棍棒を振り上げる。
「ソウルッ!!!」
──ソウルの瞳の中の炎は、さらに燃え上がっていた
「……もっと俺を、楽しませろ……!」
ふと蘇る前世の記憶。
───
『いいか宗右衛門。氣は生命エネルギーそのものだ』
『そして生命エネルギーを最も欲するときはいつだ?』
『そう。死ぬ瞬間だ』
『死の淵にこそ、花が咲く』
『氣を習得したけりゃ、死を乗り越えろ。何回も、何十回も、何百回も。気合いでな』
───
(ああ。分かってるぜ親父……!こっからが、本番だよなぁ!)
171年と10年の、これまでの努力が
不屈の精神が
守るべき大切な村民が
──溢れる高揚感が
ドクンッ
「ゴブッ!?」
振り下ろされた棍棒は、ソウルの左手に収まっていた。
「……人は、他人無くして成り立たない。成長の踏み台になってくれたこと、感謝するぜゴブリンさんよ……!」
棍棒を持ち上げながら、徐に立ち上がるソウル。
力を込めているのにソウルを抑えきれない。その事実にゴブリンの表情から余裕が消え、恐怖が宿った。
何かを感じ取ったゴブリンが棍棒を取り上げ、ソウルから一度距離を置く。
そして警鐘を鳴らす本能は、ソウルの抹殺を命じた。
「キイイィィ!!!!」
今まで手を抜いていた相手に、全力で襲いかかる。
ソウルは、まるで刀を鞘にしまうように剣を腰に当て、左手を添える。
「──《氣功術》氣纏・抜刀!」
刃が、ゴブリンの肌に傷をつける最低限の硬度に達したとき──
ソウルの剣技と経験が掛け合わさり…
「ギギャャャャァァァ!!」
見えざる鞘から抜かれた剣が、ゴブリンの胴を一刀両断した。
「じゃあなゴブリン。お前に出会えたことに、心から感謝する」
──ソウル・アンドラード。齢10にして“氣”を習得。
「……確か前世は100回以上死にかけたが、今世は初死にかけで氣を習得できるとはな…。…!!やべっ…。反動がっ……」
いきなり氣を使ったため、反動で全身に激痛が走る。
そしてソウルは、満身創痍で地面に倒れた。
「ソウルゥゥ!!」
アンドレとアーバンが、泣いてるのか驚いているのか焦っているのかよく分からない表情で、ソウルの下に駆け寄った。
「ソウル!すげえよお前は!本当にすげえやつだ!!」
「本当にすごいよ!!本当に……!!」
2人の賛辞は消えゆく意識の中で、はっきりと耳に届いた。
───
「お前も武士になるんだな」
「はい!」
………これは……夢?真っ暗で、よく見えないけど…
親父の声がする…
死んでは…ないよな……
死んだら女神さんのところに行くだろうし
「誰にも負けないくらい強くなりたいです!」
……これは、前世の若い頃の……
そういえば、昔も強くなりたいって思ってたっけ…
「お前にとって強さとはなんだ?」
「力でございます!」
そうだ、力さえあれば……
………でも
「そうか。だが、強さとは力ではない」
………
「強さとは、技だ」
……そうだ、思い出した
俺はこの親父の言葉を、武士になってから何人もの強者と対峙して、身をもって痛感したんだ
だから武士時代は改心して、技術と工夫で乗り越えた
──そして、それが信じられないくらい楽しかったんだ
…しかし氣を習得してから、力で全てに勝ってから技の必要性が消えたんだ
だから俺の戦闘は力に物を言わすやり方になり、しかもそれで何とかなったから、戦いが楽しくなくなっていった
──でも、今の俺はそうじゃないだろ
力だけじゃ勝てない相手がたくさんいるんだ
最高じゃねえか
再び技と工夫で戦えるなんて
力で何とかならない戦いにこそ至上の高揚感が生まれるのだ
……にしても、なんでこんなに思考がクリアなんだ?
何かとてつもないエネルギーをもらっている気がする…
早く目を覚まして、現状確認しねえと……
───
「……ちゃん…!嬢ちゃん!大丈夫か!?」
近くから、アンドレさんの声がする。
何か緊急事態っぽい声色なので、勢いよく起き上がった。
……ん?
勢いよく?俺はさっきまで、全身の痛みで1ミリも動けなかったんだぞ?
なんでこんなに、普通に動けるんだ?
それに、血も出ていない……
「どうなってるんだ……」
「あ!アンドレさん!ソウルが目を覚ましましたよ!」
「起きたかソウル!ちょっとこっちに来てくれ!」
起きるのが当たり前で、動けるのが当たり前のような発言をする2人に違和感を覚える。
しかし俺にかまう暇もないくらい何か急を要する事態にあるのだろうと解釈し、言われた通りに近づく。
すると2人の下には、息絶え絶えの一人の少女が倒れていた。
「セレナ…!」
その少女は4年前に、俺を窮地から救ってくれた少女、セレナ・シャルリエだった。