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#3 突きつけられた現実

柔らかな光で目を覚ます。大きく背伸びをした後、簡素なベッドから起き上がり木製の扉を開いて外に出る。


「よし、今日も1日頑張るか!」


俺はまだ低い太陽……のようなものに向かってそう宣言した。


俺の名前はソウル・アンドラード、10歳。

旧姓…というか前世の名前は長谷川宗右衛門(そうえもん)


あの日、女神さんにあった後、目を覚ますと俺は赤ん坊になっていた。俺は、フサ村という小さな村に住むごく普通の両親の下に生まれた。


普通と言っても愛情はとても深く、周りの村民も暖かく見守ってくれたので、この上なく最高の環境で元気に育つことができた。


まあ最初の1年は、思考だけは活発に働いているのに、体は思い通りに動かないという歯痒い思いをしたのだが。


しかし認知能力はあるので、その1年で知ることができた。



この世界には魔法というものが存在し、そしてはそれは女性しか使えないということを。



女神さんは約束通りの世界に転生させてくれた。



俺は身体が精神に最低限追いついたその日から、毎日トレーニングに明け暮れた。



氣を取り戻すために。



結論から言おう。現在10歳の俺はまだ氣を会得できていない。


前世では、氣を習得するのに70年以上かかった。それも死に物狂いで努力した上でだ。


たとえ2度目とはいえ、前世で習得したときの感覚は違う身体故に残っていないから、そう簡単に習得できるわけではない。


しかしまずは最低限の戦闘力を取り戻さなきゃ、戦いを楽しむ以前の問題だ。


初めの頃はひたすらに精神トレーニングと身体操作のトレーニング。赤ちゃんの動き、つまり()()()()や寝返りは、身体操作トレーニングにおいて案外馬鹿にならない。自分の身体のことを知らないやつが、氣を感知するなんて大言壮語も甚だしい。


そしてだんだんと訓練の幅を広げていき、今となっては基礎トレとして、早朝にランニング10キロと、剣の素振りを1000回行うまでになった。



剣といえば。ここで一つ、俺の前世を語ろう。


実は俺、旧姓長谷川宗右衛門は元武士だった。

江戸の幕末を生きた俺にとって、刀は相棒だった。しかし時代が進むにつれ刀は日常のものじゃなくなり、俺自身も氣を習得したことで刀から少しずつ離れるようになってしまった。



だがこの世界の俺は弱い。だからこの世界ではどれだけ強くなっても退屈することはないはずだ。


そこで氣以外にも刃を振るう感覚を取り戻し総合的に戦闘力を上げ、戦いにおける楽しみの幅を広げようという考えに至った。



戦いを楽しむために今日も今日とてまずはランニングだ。と言ってもただのランニングではなく、5kgの石を縄で結び、それを腰に巻いて近場の森に向かって走るというものだ。もちろん剣も持って。


「おはようソウル」


「おはよう母さん」


準備ができたところで話しかけてきたのは、この世界の俺の母親であるネメシア・アンドラード。


母さんは農家なので、起きるのが俺よりも早いことが多い。


「今日もあの森の中にある池までランニング?」


「ああ。毎朝の日課だからな」


「気をつけてね。絶対に“男子禁制区域”に入ってはダメよ?」


“男子禁制区域”


その名の通り男子が入ってはいけない区域。その区域には、男性では太刀打ちできない凶暴な魔物が棲んでいる。どうしてもその区域に入りたいときは、女性の護衛が必要なのである。


ここ、フサ村の近くにある森の奥にもその区域があるのだ。


「…分かってる。もう2度と入らないよ」


そう。俺は4年前に一度そのエリアに入ってしまった。


「じゃあ行ってくる」


俺は母さんに手を振り、石を引きずって走り出した。



「あの子、本当に入学するつもりなのかしら。魔法学園に……」


ネメシアの不安げな呟きは、ソウルに届かずに消えていった。





「ソウル!今日も元気だね!」


「おはようございます!ルーラさんも相変わらず元気そうですね!」


いつも森に行く途中でたくさんの村民の方が声をかけてくれる。


農家であるルーラさんは水魔法を使って何もない空中から水を創り出し、作物に与えていた。


女性は四大元素である、火、水、風、光の中から、若しくはそれらから派生した1つの元素の魔法を使うことができる。


これを“元素魔法(げんそまほう)”と呼ぶ。



「気をつけるんだよソウル!」


「はい!ありがとうございますヴェラさん!」


これまた農家であるヴェラさんは、彼女の固有魔法“鍬複製(くわふくせい)”で鍬を2つに増やし、土地を耕していた。ヴェラさんが一つの鍬を振えば、もう一つの鍬も隣でヴェラさんの動きをミラーリングしていた。


女性は元素魔法の他に、その人特有の魔法を使うことができる。


これを“固有魔法(こゆうまほう)”と呼ぶ。




元素魔法、固有魔法共に、魔力を消費してその効果を発動する。魔力は、大気中に存在するマナを、体内にある魔力器(まりょくき)に吸収することでつくられる。


その魔力器が男性にはなく、女性のみに存在するため、女性のみが魔法を使えるという仕組みだ。



このようにして、女性は男性よりも圧倒的強者として存在しているのだ。




「水魔法」


ルーラさんの動きを真似てなんとなく唱えてみるも、もちろん何も起こるはずもなく。



俺は改めてこの世界が“女性しか魔法が使えない世界”ということを再確認した。




(にしても鍬複製って、農業に特化しすぎだろ……)


村民の女性たちの固有魔法を見ただけでも分かるのだが、固有魔法は本当に幅が広い。


全く想像のつかない固有魔法も存在するだろうと考えると、ワクワクが止まらない。


(世界中の女性と会いたいな)


色々考えていると、あっという間に森の入り口に到着。

このランニングはここからが本番である。


ただ走るのではなく、腹の奥底に集中して。されど周りへの注意も怠らないように、背後からついてくる石が、できるだけ木に当たらないように、木の間を縫って走っていく。


走り始めて数分後。

森の中にある小さな池に到着した。ちょうど家から5キロの折り返し地点である。


ここで一度休憩し、水を飲んだり顔を洗ったりする。


「うんめえ!」


この時の水が、お父さんが作ってくれる料理の次に美味い。


ちなみにこの世界では、基本父親が家事を担い、母親が労働という形が多数派らしい。俺の両親の場合は共働きではあるが、労働時間の関係から父さんがほとんどの家事をこなしてくれる。


「…………」


俺は水辺に座りながら、森の奥を見つめる。


その見つめる先、約5キロ先に“男子禁制区域”が存在する。






───4年前、当時6歳。


「ここが母さんの言っていた男子禁制区域か」


俺が物心ついた時からずっと母さんはここのエリアの話をしていた。凶暴な魔物が棲んでいるから、絶対に入ってはいけないと。


しかし魔物というのは家にあった文献でしかまだ見たことがないし、実際にどれほど凶暴かも分からない。


男性に倒せる魔物はいないと言われているけれど、まだ6歳の貧弱な体とはいえ、戦闘経験は豊富だ。


「試してみる価値はある」


俺は剣を持ち、男子禁制区域にゆっくりと足を踏み入れた。


正直興奮が収まらない。しかし無謀に突っ込んで命を落としては、せっかくの第二の人生が台無しだ。


ただ氣は死地に習得しやすいから、無茶をするのも正直悪くはない。が、まだ氣を焦って習得する年齢でもない。今は基礎を固めるときだ。


自分の身の程も弁えているし、何もズカズカと入っていくわけではない。慎重に、常に周囲への警戒を怠らず。そして無理だと判断したら即逃げる。



──そのはずだった。



「っ!お前は!文献で見た…確か、ゴブリンでやつか……」


突如、目の前に現れたのは一匹の醜い小鬼。

この世界で、最も弱い魔物に分類されるらしい。

粗雑な武器を手にし、文献で見たものよりもずっと歪んだ表情をしていた。



──人と戦うとき、動物と戦うときどちらにおいても共通することがある。それは、殺意だけで襲いかかってくる相手はいないということだ。


しかしこいつは違う。純度100%の殺意で、俺と相対している。そして今の俺が挑めば確実に死ぬと直感で分かる。


それを感じ取った俺は、久しく忘れていた恐怖を感じた。




──だから、ソウルは立ち向かってしまった。


「最高だなこの世界は!!」


恐怖心を圧倒的に上回る高揚感がソウルを突き動かしてしまった。


剣を振り上げ飛びかかる。

そしてゴブリンの脳天をとらえた。


「なっ!かてぇ!」


しかし…無傷。


ニヤリと笑ったゴブリンは、ソウルの腹を蹴り飛ばした。


「がっ!!」


勢いよく木に背中を打ちつけるソウル。


「っ……いいねえぇ!!こうでなくてはなぁ!」


しかし、ソウルの戦意は無くなるどころか、さらに増した。

その気迫に、今まで余裕そうにしていたゴブリンの顔が一瞬ひきつる。


そしてソウルを危険対象と判断したのか、自らソウルに襲いかかった。


「はやっ──」


想定していたよりも俊敏な動きに、ソウルの反応が一瞬遅れた。



ゴブリンの武器が、ソウルの脳天を捉える──その瞬間


水弾(ウォーターボール)!」


目の前のゴブリンが、横向きに大きく吹き飛んだ。

その方向を見てみると、ゴブリンの横腹に穴が開き微動だにしなくなっていた。


「大丈夫ですか!?」


今度は反対側の声のした方に顔を向ける。


そこにいたのはソウルと同い年くらいの女の子。

綺麗な銀髪をたなびかせてソウルのもとに走ってきた少女は、くりっとした優しげな目でソウルを心配そうに見ていた。





──これが、ソウルが、男よりも女の方が強いと身をもって体感した日。

そして強くなる必要があると痛感した日。

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