#10 改めて色々考えてみよう
「ただいま」
教会を出た後、もう一度森の浅いところでトレーニングをしていた俺は、辺りがオレンジ色に染まった頃に家に帰宅した。
「おかえりなさいソウルくん」
玄関の扉を開けると、セレナが出迎えてくれた。
「もう体は平気なのか?」
「はい!完全復活です!」
両手拳をグッと握り締め、元気なことをアピールする。ついでに笑顔もむけてくれた。
なんか娘が出迎えてくれた感覚になる。
──だからだろう
「ひゃっ!」
ついつい頭を撫でてしまった。
「おっと、悪い」
小さく悲鳴をあげたセレナを見て、その手を離す。すると、あっとどこか名残惜しそうな声を漏らした。
もっと撫でて欲しかったのだろうか。いや、そんなわけないか。
「ところで、家に帰らなくても大丈夫なのか?」
「……はい」
セレナは寂しげな笑いを浮かべる。何か複雑な事情でもあるのだろうか。
「…帰りたくないのか?」
「……はい」
「…何でか聞いてもいいか?」
少し踏み入りすぎたかとも思ったが、セレナは小さく首肯してくれた。
そこから俺は、セレナの家庭環境の話を聞かせてもらった。
「──なるほど。不出来と言ったのはそういうことだったのか」
昼、突然自己否定したものだから何事かと思ったが、周りに否定されてきた言葉がそのまま出たようだ。
しかしよくそんな環境で、こんなにも優しく育ったものだ。
…いや、もしかしたら逆かもしれない。
「…まあ程々にゆっくりしていきな」
「っ。はい。ありがとうございます」
それ以上深くは考えずもう一度セレナの頭を軽く撫で、家の裏手にある水浴び場へ向かった。
──1人玄関に佇むセレナ。
先ほどソウルに撫でられた箇所を、両手でちょこんと触ってみる。
全てを包み込んでくれそうな力強さと、安心する優しさと温もりを兼ね備えたソウルの手。
「ううぅぅ〜〜」
セレナは頬を赤く染め、しばらく玄関で悶えていた。
───
「というわけで、今日はセレナちゃんに泊まっていってもらいます」
「何がというわけなんだ?」
食卓を囲み、目の前の母さんが突拍子もないことを言い出す。
「だから、こんな夜遅くに子供一人で隣の村に帰るのは危険でしょ?特に男子禁制区域外に魔物がでた今、何が起こるか分からないんだから」
「確かにそうだが……」
遠回りにはなるが、しっかりと舗装された道もある。それでも、今あの森の中で何かが起こっているかもしれないと思うと、確かに夜に出歩くわけにはいかない。
ただ、いくらなんでもセレナの親御さんも心配しているのではなかろうか。
本当にこれでなんの心配もしてなかったら、とんだ両親だが。
「ご迷惑、でしたか?」
かまされるセレナのアッパービーム。
この瞳に対して、ノーと言える者はこの世にいないだろう。
それに、母さんもセレナの家庭事情を聞いた上での提案かもしれないし。
「……迷惑ではない。ぜひ泊まっていってくれ」
「ありがとうございます!」
俺が肯定の意を示すと、今度はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
まあ友達の家に1日泊まるだけだと思えば、そうおかしなことでもないか。
……いや待てよ
「てか、母さんの固有魔法で帰れるのでは?」
そう。母さんの固有魔法はこういう時にとても便利なものなのだ。
「残念。私の固有魔法“私物の次元”(パーソナルディメンション)は一度見た場所しか行けないのよ」
“私物の次元”
いわゆる空間魔法。
自分だけの亜空間を作り出し、そこに物をしまったりその空間を通じて任意の場所にワープすることができる。
「…なるほど。固有魔法にも意外と制限はあるんだな」
セレナの魔力切れといい、母さんの仕様といい欠点の全くない固有魔法はもしかしたら存在しないのかもしれない。
「それじゃあ冷めないうちに夕食を食べましょうか。いただきます」
「「いただきます」」
両手を合わせ、食事を始める。そういえばこっちにも合掌の文化があるのは、最初は驚いたな。
俺はパンを手に取り、フサットンの肉が入ったクリームシチューを染み込ませ、口に入れる。
「久々に母さんの料理食べたけど、美味しいな」
たまに無性に白米が食べたくなる時があるが、それでもこっちの料理も割と気に入っている。
「私も!とても美味しいです!」
「そう?ありがと」
いつもは父さんが作ってくれるが、今は家にいないため母さんが作ってくれた。
「ところで、お父さんはどこにいらっしゃるのですか?」
「今あの人は王都に行っているのよ」
「父さんは魔道具師なんだ。それでこっちで魔道具を作っては不定期で王都に売りに出しているんだ」
「へえ。そうなんですね」
そう。俺の父さん、エリオット・アンドラードは魔道具師。
魔道具師とは魔道具を作ったり、メンテナンスをしたりする人のこと。
家の横にある倉庫で気が向いた時に作業しており、気が向いた時に王都に出品しにいっている結構自由な人。
しかし割とお得意さんもいるようで、知る人ぞ知る魔道具師……だと自称していた。
ちなみに俺が今持っている剣も、父さんに作ってもらった。
その後も3人で談笑しながら楽しいひと時を過ごした。
───
「さて、復習でもするか」
夕食を済ませ、後は寝るだけ。
俺は部屋のベッドに座り、今日習得した氣をもう一度確認することにした。
(ちなみにセレナは、母さんの部屋で一緒に寝ている)
目を閉じ、腹の奥底に意識を向ける。
しばらくして、沸々と熱が湧き上がってくる感覚がしてきた。
「まだ捻出量は少ないな」
流石に習得初日では、そこまで氣の量は増やせない。
前世の全盛期の1割も出ていないな。
「ただ“常纏”は可能か」
”常纏”
無意識で常に氣を湧き出させ、身体中に纏っている状態。
それによって常時身体能力が向上する。
「しかしまだ薄いし練度も低い」
身体機能向上率はまだまだ低い。
…ところで、魔法が使える女性も魔力を身に纏うことで、身体機能を向上させているという。
「そう考えると、氣と魔力は似てるんだな」
お互い意外と性質が似ていることに気づく。
ただ、魔力はセレナのように魔力操作がまだ拙い人だと勝手に体外に溢れ出るようだが、氣の場合は感知できないとそもそも湧き出てこない。
「全く逆の性質か。面白いなこれは」
しかし魔力と氣、それぞれの身体機能向上率の大きさはどの程度違いがあるのかまだわからない。
ただ、女神さんが、氣と魔法じゃ比べ物にならないと言っていたところを見ると、おそらく身体機能向上率も魔力の方が上なのだろう。
「これはちゃんと確かめないとな」
どれだけ技で勝ろうとも、氣を習得する前のゴブリン戦のように攻撃が当たっても効かなければ意味がない。
「技と言えば……剣にも氣を纏わすことができたな」
そうして俺はゴブリンを斬ることができた。おそらく、剣に氣を纏わすことで鋭さを増したのだろう。
今思えばこれは技ともいえないほど単純な話だ。
しかし前世では生身で強すぎたが故に、このようなことも試してこなかった。
「俺はまだまだ氣の可能性を知らないのかもしれない。魔法学園に行くまでに色々試さないとな」
とりあえず俺が魔法学園の入試前にやるべきことは
氣の捻出量を増やすこと
氣と魔力の効力の差を知ること
氣の可能性を探ること
剣の技量を上げること
考えながら戦い、技を磨くこと
「ふっ。全く、弱いってのは伸び代の塊だな」
弱いからこそ広がる思考。
もう夜も遅いというのに、興奮がおさまらない。
しかし寝なければ、明日のトレーニングに支障をきたす。
「気合いで寝よう」
俺は無理やりベッドに横になり、枕元の電気を消して目を瞑る。
コンコン
頑張って寝ようとしているところに、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。