#1 地球最強の最期 (序章:前編)
──西暦2025年1月15日
人里離れた深い山奥。
周りに木々が少ない開けた場所で、美しく静かな自然に似つかわしくない100人近くの屈強な男たちが何やら真剣な表情をして何かを取り囲んでいる。
それも日本人にとどまらず、世界各国様々な戦闘の猛者たちが集結しており、これから世界最強を決定するような雰囲気だ。
しかし、その者たちは互いをライバルとしてみていないように見える。
──そう。彼らの中心にいるたった1人の老人。皆がその老人を、老人だけを倒すべき相手と認識しているのだ。
…いや、老人と言っていいのだろうか。
何も着ていない上半身は、およそ老人とは思えないほど筋骨隆々としている。しかもハリもあり、衰えた肉体とは言えない。しかし唯一、顔にこしらえた立派な髭が老人と形容できる要素だった。
「さあ。世界最強と謳われる貴殿の力を見せてもらおうか!」
100人の中の誰かが叫ぶ。
“世界最強”
渦中にいる老人は、その圧倒的な強さで世界中に名が知れ渡っており、今回のように手合わせを求めるものが後をたたないのだ。
ピリつく空気が猛者たちの肌を刺す。
──誰かの冷や汗が地面に落ちる
瞬間
「「「「はああああぁぁぁぁっっっっっっ!!!」」」
100人の猛者たちが一斉に老人にとびかかった。
───
──瞬殺。圧倒的。
何が起こったのか誰も分からない。
1人真ん中で何事もなかったかのように立っている老人以外には。
その老人は一歩も動かず、汗一滴もかかず100人の猛者たちを一瞬で制圧したのだ。
「皆の者、感謝する」
老人は倒れている猛者たちに、軽くお辞儀をする。
しかしその表情は、“無”だ。怯えも緊張も興奮も何もない。
「……虚しい…」
まさしく台風の目。
荒れ狂っていたのは周りの100人だけで、中心にいた老人に感情の揺らぎは何一つなかった。
「……俺は、強くなりすぎた…。……命をかけた戦いの高揚感も、勝つ喜びも…何もかも得ることができなくなってしまった………」
強くなりすぎたが故の弊害。
競り合う相手がいないことほどつまらないものはない。
「く、くそっ……。これが“氣”の力か……」
倒れていた1人が、敗北を噛み締める。
“氣”
それは、丹田から湧き出る生命エネルギーのこと。そのエネルギーは経絡を通じて血液のように全身を駆け巡り、全細胞を活性化させる。
そして老人は世界で唯一、そのエネルギーを感知し、鍛え、コントロールすることに成功し、人間離れした生命力と身体機能を獲得した。
“氣”
それこそがこの老人の強さの秘訣である。
「はあ………」
老人は深いため息をつき、空気が抜けたようにその場にへたり込む。
「…もう、飽きた……」
光を纏わない目が空虚を見つめる。
その虚な目に映ったのは、一本の希望の光。
「……全力で戦える世界に生まれ変わったりしねえかな…」
偶然、近くに転がっていた誰かの刀を拾い上げる。
老人は正座に座り直し、姿勢を正す。
そして自身の首に刃を突き立てる。
「じゃあな。虚無」
──長谷川宗右衛門。御年171歳、自刃──