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9 【進化】

「<ウォーターバーニア>」

「ガルルッ」


 トライデントが水を噴き出し草原の上を翔ける。

 狙われた深紅の豹型モンスターは、軽い身のこなしでそれを避け加賀美さんへ飛び掛かろうとした。

 けど、それは叶わない。


「【反】」

「ガァぁッ!?」


 背後から飛んできたトライデントに貫かれ、豹モンスターは地に伏せる。

 射程ギリギリで展開された【反】がトライデントを反射したのだ。

 致命傷で動きが鈍ったところへ追撃のハンマーが振るわれ、豹モンスターは魔石へと変わった。


「<ウォーターバーニア>の使い勝手はどうだい?」

「工夫次第、と言ったところだ。少なくとも先程の戦闘では効果的な運用は出来なかったな」


 なだらかな丘陵がどこまでも続く草原にて。

 草を押し潰しているトライデントを重そうに持ち上げながら彼女は答える。


「それとこの三又槍は持ち運びには適さないな。私には長さも重さも合っていないし、必要な時にだけ出してくれ」

「分かったよ。〔電脳〕プラス〔原始式〕──ストレージ」


 トライデントがデータ化され、僕のスマホの中に吸い込まれた。

 電子情報にしてしまえば嵩張らないし重さもない。


「あぁそうだ、重さに関しては近々解決できそうだよ」

「何かしているのか?」

「実はね……と、これは直前まで秘密にしてた方が面白いか」

「……三葛(みかずら)君がそう判断したのなら無理に聞きはしないが……」


 お前から話を振ったんだろという視線から逃れるように「それより」と強引に話題を変える


「加賀美さんの【反】だけど、そろそろ【進化】するよ」

「ふむ。第一階梯と言っていたから第二以降もあるのだろうとは思っていたが、そういう意味で合っているか?」

「正解。階梯能力っていうのは第一から第六までの段階があって、数字が大きくなる程強くなるんだ」


 ちなみに〔(アステロン)〕は第六階梯の先にある。

 階梯能力とはその名の通り、〔司統概念〕(神の領域)に至るための(きざはし)なのだ。


 もっとも、正規ルートではどれほど才能があっても努力をしても神の位階には辿り着けないのだけど。

 僕の〔(アステロン)〕化は、先代が〔(アルケー)〕の喪失という極大の代償を支払って起こした一つの奇蹟だ。


「どういうきっかけで【進化】は起こるんだ?」

「習熟の度合いが一定に達したらだね。階梯を上げる条件は色々あるんだけど、第二階梯に上げるだけなら異能を鍛えるだけでいいんだ」

「そうか。なら今ここで練習して【進化】させた方がいいか?」

「余裕があればそれでもいいんだけど、僕らの階梯能力って戦ってる時が一番伸びやすいんだよね、精神状態とかの関係で。だからモンスターが来るのを待った方が効率的だよ。そろそろコアモンスターのところに着くしね」

「もうか、まだ一戦しかしていないぞ」


 今回は侵入地点が良かった。

 丘陵が邪魔だったけど、遮蔽物がなければ開始地点からでも目視出来るくらいに近かった。


 丘陵を回り込み見えて来たコアモンスターの姿は、犀の角を生やしたバッファロー。

 側頭部の二本角と合わせ、三本の角を持つ猛牛だね。

 木陰で休んでいたみたいだけどこちらの存在を察知していたらしく、戦闘態勢に入っている。


「将軍魚人と違って取り巻きは居ないみたいだね。じゃあまあ、やっちゃって」

「軽く言ってくれるじゃないか」


 軽くやってくれるって分かってるからね。


「ブモオオォォォ!」

「おっと」


 角バッファローの魔術、それは大地の震動だった。

 時間は数秒にも満たなかったけど、強い揺れにより体勢が崩れたところへ突進をかまして来る。

 加賀美さんの十倍の重量を誇るコアモンスター、その突進の運動エネルギーたるや。


「【反】」


 まあ、そんな単純な攻撃じゃ加賀美さんには届かないんだけど。

 角バッファローの前方に傾斜の付いた光の膜が現れる。


 これまでに何度かやっていた上り坂な傾斜とは逆の、地に叩き落とすための下り坂型の傾斜。前方への速度をそっくり下方へと転換された角バッファローは地面に激突した。

 加賀美さんはすかさず接近しハンマーを振るう。


「<ウォーターバーニア>!」


 角バッファローの突進と同時に始めていた詠唱が完了し、水流のジェットが点火する。

 ただし今回の用途は投擲ではない。スイングの加速だ。

 ヘッドの片方から噴き出した水に後押しされ、速度を増した打撃が角バッファローの頭部を横殴りにする。


「ブゥルルゥ……っ」


 どれほど肉体が屈強だろうと頭部は弱点。

 人間とは強度が違うから一撃でノックアウトとはならなかったけど、地面に激突したダメージと合わせてもう満足に戦うことは出来ない。


 苦し紛れの反撃は【反】に阻まれ、最期は<ウォーターバーニア>を利用したアッパースイングに下顎をかち上げられた。

 角バッファローはガクリと力なく草原へと倒れ込む。


「ハンマーは三又槍より軽い分【魔力】も少なく済むな」


 感触を確かめるように得物を手の中で回転させて彼女は呟いた。

 それから何かに気が付いたみたいに顔を上げる。


「……なるほど、これが【進化】か。本当に前触れもなく起こるのだな」

「無事に第二階梯になれたようだね。おめでとう」

「しかしなんだ、あまり実感が湧かないな。少し強くなったような感覚はあるが、然して変わっていないような……?」

「もう少ししたら自覚できてくるだろうけど、性能はきちんと向上してるよ。分かりやすいのだと射程かな。倍近くまで行けるはず。それと同時に二枚まで展開できるようにもなってるね」

「やってみよう……【反射】」


 【進化】に伴い変化した能力名を呟き、【魔力】が消費された。

 二十メートルほど離れた地点に銀色(・・)の膜が二枚、形成される。


「どうやら性質にも変化があったみたいだね。表面を見せてくれない?」

「いいだろう」


 加賀美さんが膜を手元に再展開する。今回は手のひら大にして【魔力】消費を抑えていた。

 そして肝心なのはその表面。これまでは仄かに光っていたそれは、【進化】を果たしたことで鏡面のように僕達の姿を映している。


「へぇ、光も反射できるようになったんだ」

「戦闘で有利に働くとは限らんがな。これまではうっすら向こうが見えていたがこれでは視界が塞がれてしまう」

「慣れれば第一階梯時代の光の膜も出せるはずだよ。性質の選択って奴だね。まあ効力が落ちちゃうかもだけど」

「効力?」

「そ。気にしたことなかったと思うけど、加賀美さんの階梯能力には反射できる威力に上限があるんだ。第一階梯だと機関銃の弾が精々。第二なら戦車砲くらいまでならどうにかなるよ」


 ともあれ、モンスターを相手にするならそこまで関係はないんだけど。

 現代兵器並みの攻撃をするモンスターはこんなちんけな破片には居ないからね。


「改めて明言されると階梯能力というものは恐ろしいな。将来的に全人類に発現するかと思うと眩暈がするぞ」

「一応訂正しておくと、普通の防御系の階梯能力じゃ拳銃すら防げるか怪しいよ。僕がリストアップした候補者の中にも『一秒で二秒分老いる』みたいな箸にも棒にも掛からないような能力もあったしね。何度も言うようだけど加賀美さんが特別なんだ」

「そうなのか」


 あれ、思ったより反応が薄いな。

 いや、別に(おだ)てるために言った訳じゃないんだからいいんだけど、ちょっと気になる。


「あんまり嬉しそうじゃないね。いつもなら鼻高々にしそうなのに」

「引っかかる言い方だな……まあいい。これまでこんな異能力など知らずに生きて来たからな。まだ異物のように感じている自分が居る。才能があると言われれば至極当然だと思う反面、自分事として受け止められないんだ」

「そういうものなんだ」


 人間の精神は複雑だなぁと相槌を打っていると、そこで角バッファローの亡骸が消失し、戦利品がドロップする。


「なんだこれは……?」

「そういや言ってなかったっけ。この破片は多層型なんだよ」


 さっきまでバッファローが倒れていたその場所には、砲丸みたいな魔石ともう一つ。電柱のように大きな黒い亀裂が広がっていた。



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