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85 会食

『やっほー智聡っち、こっちも終わったよー』

「そうかい。それは何よりだよ」


 最後となる鎮圧報告を受け推川智聡はホッと息を吐いた。

 ここまでは順調だった。当然だ。戦力的に不足はない。


 とはいえこれは単純な戦闘とも違う。

 法治国家で暴力的に立ち回る以上、何かしらのトラブルは起こりかねなかった。それが無かったのは幸いである。


「あとはぼくが上手くやるだけだね」


 鉄塔の屋上から赤坂の街を見下ろす。

 一等星すら霞ませる煌びやかな東京の夜景の、光の薄い区画。

 そこに店が在ると知っていなければ立ち入らないであろう裏路地には、一見(いちげん)の客を必要としない料亭が存在する。


 その中の一軒の前に車が停まった。

 降りて来たのはニュースを見ていれば自然と顔を見る男性──総理大臣であった。


 この日は数名の議員達との会食が組まれていた。そこには袖下王飾も招かれており、彼はそこである計画を実行するつもりでいた。

 そしてそれを阻止するのが推川の目的。袖下とその部下の<封印>を今日にしたのには、そういった思惑もあった。


「そろそろかな。よっと」


 会食が始まってからしばらく経ったタイミングで地上に降りる。

 まず向かったのは付近にあるコインパーキング。


 <索敵>を頼りに一台の高級車に近づき、車側からは姿が見えるよう<迷彩>を一部解除して窓をノックする。

 乗車者は運転席に一人と助手席に一人。運転手の男は不審げな表情を隠そうともせずカーウィンドウを下ろす。


「何の用──」

「悪いけど眠ってもらうよ」

「「っ!?」」


 硝子の割れ目から強風が吹き込むような高音が響いた。

 発生源は推川の加えた横笛──夢見の魔笛。音色を聞いた者に、音質に応じた眠りを与えるランク三マジックアイテム。


 推川の吹奏技術では眠らせられるのはランク二までだが、この音を聞いている二人はどちらもランク一。

 袖下の秘書としてステータスを与えられたとはいえ実戦経験もなく、然程熟練度も上げていない彼らにはこの音色に抵抗できるはずがなかった。

 裏返った音の見せるハチャメチャな悪夢に(うな)されてしまう。


 推川は窓から手を入れ扉のロックを解除。

 手を翳し袖下の秘書達にスキルを行使していく。


「<封印>、と」


 スキルポイント節約のために仲間内では兎田だけが使っていた<封印>だが、推川も取得していた。

 それは探偵として今後も人間相手に使うことがあるかもしれないからであり、負担を一人に集中させ過ぎないためであり、そして政治家を相手にするリスクを他人に被せたくなかったからでもある。


「本当に簡単なんだね」


 あっさりと終わった<封印>の手応えを反芻しながら推川は件の料亭に向かう。

 最後の角を曲がろうとしたその時、暗がりから声が響いた。


「おいお前。こんなところで何してやがる」

「見ての通りただの散歩さ」

「姿がよく見えないから聞いたんだが」


 通せんぼするかのように仁王立ちするのは、二メートルに迫る巨躯の男。

 政治家の護衛らしくスーツを着ているが、明らかに着慣れていない。筋肉で生地が押し上げられているし、スキンヘッドも相まってどこか非合法な雰囲気が感じられた。


角藤(かくとう)(つよし)……君は料亭の中に居ると思ってたんだけどね」

「他の大臣サマの護衛と揉めかけて追い出されたんだよ。それよりどうして俺の名を知っている?」

「さあね」


 推川は肩を竦めるが<迷彩>で景色に溶け込んでいるため角藤には分からなかった。

「まあいい」と彼は半身になって構える。


「お前も俺達と同じステータス持ちだろう? 気配で分かる」

「いかにも」


 彼が推川を見つけられたのは<索敵>の効果によるものだ。

 推川が敢えて(・・・)漏らしていた(・・・・・・)気配を感知し、釣られて彼女の前に現れた。


「俺のことを知ってたんだ。目的はあのオッサンの襲撃とかそんなとこだろ。だったら護衛としてここでお前を倒しとかねぇとな」

「随分殊勝な言葉だね、嘘みたいだけど。本当は……誰でもいいから暴力を振るいたいだけなんじゃないかい?」

「ヒャハハ、よく分かってんじゃねぇか。だったらこれから自分がどんな目に遭わされるかも分かってんだろうな女ァ!」


 アスファルトを抉るような踏み込みで推川の気配との距離を詰める。

 角藤のランクは二。

 元より鍛え上げられていた肉体は、人間の限界を超えた速度を生む。


 対する推川は、ランクに比して戦闘力は低かった。

 諜報用のスキルを手広く取っているためである。

 【ユニークスキル】も戦闘には活かし辛く、それ故に同ランクのプレイヤーには一歩劣る。


「【チェーンメイル】!」


 角藤は握り締めた拳を鎖で覆い、すかさず突き出す。

 コンクリートも砕けるはずの剛拳は、手のひらで容易く受け止められた。


「何!?」

「君のことは念のため調べさせてもらったよ。護衛として呼ばれていたのが気になってね。角藤剛、二十八歳。高校のインターハイで表彰台に上がるくらいの実力者だったけど暴力沙汰でドロップアウト。地下格闘技界に身をやつしていたところを袖下大臣の下部組織に拾われた」

「ドッ、セイッ、オラァッ!」


 前蹴り、肘打ち、足払い。

 鎖を纏った体で幾度も幾度も攻撃した。けれどその一切が通用せず角藤の背中を冷たい汗が伝った。


 記憶の底に押し込めてた敗北が蘇る。

 地下格闘技チャンピオンの座を三度防衛した頃、あの男がリングに上がった。


 宗像(むなかた)百獣郎。

 獣真流なる無名の流派を操る彼は正に嵐だった。

 突然現れ強豪とされた選手達を薙ぎ倒し、荒らすだけ荒らして気付けば去っていた。


 角藤と対峙した時、宗像はどこか飽いているような印象だった。

 警戒すべきものなど何もないかのような、そんな目をしていた。


 矜持を傷付けた角藤は己の持てる全ての技と力をぶつけたが、その全てを躱された往なされ耐えられ、最後はカウンターの一撃でノックアウトされてしまった。

 今でも時折悪夢で見る最悪の敗北と同じ光景が、今目の前で再現されようとしていた。


「クソ、クソクソクソクソ畜生ォ!」


 破れかぶれになったが如く掌底を突き出す。

 それもまたジャブのように受け止められるが、それこそが彼の狙いだった。

 見えない彼女の腕を力強く握りしめる。


「【チェーンメイル】──送信!」

「おや?」


 角藤の体を覆っていた鎖の鎧が(ほど)け、接触部分から推川の身体へと移る。鎖を纏うこのスキルの対象は、何も自分だけではないのだ。

 鎖は推川の手から腕へ、腕から肩へ、そして首へと移動し巻き付いた

 呼吸を止めようと強い力で圧迫する。


 鎖の強度は、正確に計測したわけではないが鉄に匹敵するという感覚が角藤にはあった。

 こうなってしまえば逃れる手段はない。土気色になった顔が現れるのが楽しみだ、と角藤は唇を吊り上げる。


「ハァッ、ハァッ、これで終わりだザマァみやがれ!」

「それは無理な相談だ」


 首を絞められながらも普段と変わりない発声で推川は言った。

 そしてマフラーでも取るような気軽さで鎖に手を伸ばし、引き千切った。


「は?」


 今度こそ意味が分からなかった。

 鉄の鎖を引き千切るなど、そんなことが人間に可能だとは、未だランク二にすぎない彼には上手くイメージできなかったからだ。


「そこそこ疲労してくれたみたいだしもう充分かな」

「ゴホっ」


 角藤の体がくの字に曲がる。

 よろめいたところへもう一発、推川は拳を食らわせた。

 それで彼の意識は失われた。


「お、いい具合に手加減できたかな。それじゃ<封印>……っと。後は……あ、もしもし?」


 袖下の虎の子を容易く下した推川は、何処かへ電話をかけながらその場を後にするのだった。



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