84 スティーラーズ
鋼矢さんに【エアコンディショナー】の秘密がバレてから一週間が経過した。
彼の境遇を聞いて同情したけど、でもあからさまに気遣ってる感を出すと居心地悪いんじゃないかなとか考えたりしてる。
そして現在、わたしは夜の街を飛んでいた。
「たしか写真にあったのはあそこのはず……」
漆塗りされたカンテラを片手に、車を軽々抜き去る速度で風を切りビルの屋上から屋上へ跳び回る。
夜とは言え都会の明るさならふと見上げた時に見つかりかねないと思われるかもしれないけど、それはあり得ない。
何故ならわたしの姿は闇にすっぽり覆われているから。
わたしが持つのは闇呼びのカンテラ。火をつけると光ではなく闇を発生させるマジックアイテムだ。
カンテラの持ち主は闇の中でも問題なく周りが見えるけど、他者が中を見通すことは出来ない。
これからすることを考えると身バレしたら不味いので、念には念をと推川さんが貸してくれた。
他にも手袋をして指紋を隠したり新品の靴を用意してゲソ痕から特定されないようにしたりと、ミステリー好きの推川さん監修で隠蔽工作はバッチリ行った。
「よう、オレの方がちょっとだけ早かったみてぇだな」
「その声……鋼矢さんか」
集合場所に指定されたビルの屋上には先客が一人。
空色の髪をした外国人っぽい少女──けれどそこから聞こえた声は聞き慣れた鋼矢さんのものだった。
他人の姿の分体を作れば証拠は残らないから身を隠してないのは分かるけど……。
「なんで女の子の姿なの?」
「いや、テキトーな顔にしてたまたま他人と被ったら悪ぃだろ」
それなら別に男性でも良かった気がするけど……まあ深くは突っ込まないでおこう。
現実離れした髪色とか、とても可愛らしい顔立ちとか……こういう娘がタイプなのかな? と思ってても口には出さないであげよう。わたしもオタクの端くれなのだし。
キャラメイクを凝りに凝ってしまう気持ちは分かる。
「ターゲットはまだ来てないね」
「まだ大分早ぇしな」
そんな話をしながら時間を潰す。
ここでの作戦の参加者はわたしと鋼矢さんの二人。機動力の高い石楠花さんは別のところに回されている。
推川さん達の調査能力は──スキルのお陰な面もあるんだろうけど──驚愕するほど高く、袖下大臣が秘密裏に動かしている部下の存在を調べ上げてしまった。
その中には企業なんかも含まれていたけど、彼がダンジョンに招き入れたのはもっとアングラな集団。
行き場のない人間達の先天スキルを目覚めさせ、裏工作に利用するつもりだったのだろう。
事実、ステータスを与えられた者達の口座には結構な大金が振り込まれてたらしい。
ただその思惑は他でもない部下達自身のせいで外れてしまった。
力を手にした人間は暴走する。アニメでは定番の展開だ。
わたし達も例外ではない、という自戒は一旦脇に置いておく。
力を手に入れた裏社会の人達は振り込まれるお金だけでは物足りず、スキルを用いて荒稼ぎしようと思い立った。
そして運がいいのか悪いのか、一番最初に犯罪に踏み切ったのはわたしの地元とそう遠くない地域の人間だった。
犯行計画を知った推川さんは、その計画を止めるのは当然として他の人間達もこの際一斉に対処してしまおうとたくさんのプレイヤーに声を掛けた。
ステータス持ち達が結託して謀反するのを防ぐためか、袖下大臣は各組織に少しずつしかダンジョンに入れていなかったので、一斉に<封印>するには人手が要ったから。
全部を他人任せにするのも気が引けたので参加したという訳だ。
「お、来たっぽいな」
そうこうしていると大型車がシャッターの降りた店舗の前に止まった。
この一角は日中を営業時間としている店が集まっているので人通りはほとんどない。
中から目出し帽を被った数人の男達が降りて来ても通報する者は皆無だ。
目出し帽の一人がシャッターに近づき【魔力】を込める。
「へっへっ、【ドア・イン・ザ・フェンス】!」
するとシャッターの中央に扉が出現した。
ノブを捻ると扉は簡単に開き、男達はいとも容易く宝石店への侵入を果たす。
「ヘハハハハッ、宝の山だな!」
「騒ぐんじゃねえ馬鹿が。通行人に見つかる間にさっさと盗むもん盗んでズラかるぞ」
「へいへい、【ドア・イン・ザ・フェンス】」
シャッターに扉を作った男がガラスケースに触れると、そこにも小さな扉が出来上がる。
彼が次々扉を作る横で他の男達は扉から手を突っ込んで中の商品──宝石を盗み出している。
そう、彼らの目的は何ともベタなことに宝石強盗なのだ。正確には人が居ない時間帯を狙ってるから強盗ではないらしいけど。
「あれ? でも警報機器の対策は?」
「そういやなんもしてねぇっぽいな……なんでだ?」
店内には受動赤外線センサーが仕掛けられていて、そのまま侵入すると警備会社に連絡が行く仕組みになっている。
でもそれらを解除する素振りは見せてなかったはずだ。
事前に赤外線透過みたいなスキルを使ってたのかな?
「……もしかして知らねぇんじゃねぇか? 警報装置のこと」
「え? あー……」
言われてみればそうだ。
わたしも推川さんにレクチャーされるまで、詳しい仕組みとかは知らなかった。
それにしたって盗みに入るなら下調べくらいするんじゃないかって思うけど……でもそんな慎重な人ならスキルをもっと賢く使うか。
「これは……ちょっと不味いことになったね。先に連絡しておくよ。それと消音も」
「サンキュー。んじゃ警備会社が来る前に……縛り付けろ、〔大地〕」
【エアコンディショナー】で支配している空気を介して、男達の驚く声が聞こえる。
当然だ。突然体に掛かる重力が倍化すればランク一のフィジカルじゃバランスを崩す。
「加重」
ごく僅かな【魔力】が消費され、店内の重力が三倍になった。
「加重」
今度は四倍。この辺りで立っていられなくなる者が出始める。
その後も鋼矢さんは徐々に重みを増やしていき、やがて全ての男が気絶したところでスキルを解いた。
「──順調みたいだな」
彼が来ていたのは<索敵>で分かっていたし、そもそも呼んだのはわたしなので突然話しかけられても驚きはなかった。
心に死神の仮面を被りつつゆっくりと振り向く。するとそこには……ピンクのウサギの着ぐるみが居た。
「貴様は……兎田さんか?」
「……何だよ、文句でもあるのか?」
「ただの確認だ。他意は無い」
「……<封印>して来るぞ。【エスケープスコープ】」
そう言って兎田さんは宝石店内へと空間跳躍した。
能力者が気絶したことで扉は消えているので、行き来の手段は転移だけになっている。
ぽんぽんぽんと男達にタッチして回り、それだけで<封印>は完了した。
遥か格下でなおかつ気絶しているので、状態異常の中でも特に掛けづらい<封印>でもとんとん拍子で終わった。
警備会社の車両が遠くに見えたところで彼が戻って来る。
「それじゃ俺は戻る。二人共見つからないように帰れよ」
ぶっきらぼうながらに心配してくれたけど、着ぐるみ姿なのでちょっと面白さの方が勝っていた。
受験勉強の合間を縫って、転移で<封印>をしに来てくれる親切な先輩なので若干申し訳ない気持ちになる。
「……あの恰好が監視カメラに映ってんだよな……」
「……都市伝説になりそうだね」
万が一推川さんの情報が間違っていた時のために実際に犯行に及ぶまで待った。
けど適当な監視カメラの死角の場所で男達を襲えばシュールな画は録られずに済んだのになぁ、と少し思う。
バッチリ転移の様子とかは映ってるけど、だからこそ逆に国の偉い人達が圧力を掛けて流出は防いでくれる、と思う。
「もしもの時は頼むぜ、ニャビ」
「……分かったにゃん」
警備会社の車が到着したのを見届けてから、わたし達はそれぞれ家路に就いたのだった。




