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83 家族

「ろくでなし……?」

「そうそう。昔は男遊びが激しい人だったらしくて男を取っ替え引っ替えしてたんだとよ。んでもやっぱ歳には勝てねぇのか段々客も取り辛くなって、そんで子供を産むことにした」


 全部兄貴の受け売りだけど、と鋼矢さんは肩を竦めた。


「お兄さんが居るの?」

「父親は別だし歳も離れてっけどな。昔は兄貴に振り込まれる養育費をアテにしてたみてぇだけどそれだけじゃ苦しくなって、おかげでオレが生まれたって訳だ。全く、親父の目が節穴だったのかお袋の手腕が良かったのかどっちなんだろうなぁ」

「…………鋼矢さんは、お母さんを恨んでるの?」


 言ってからハッとした。こんなの完全に藪蛇だ。

 沈黙が気まずいからって適当なことを口にするべきじゃなかった……!


 今更になって死神のロールプレイを止めたことへの後悔が湧いて来る。

 死神モードならクールに当たり障りのない返事が出来たはずなのに。


「んー、今はそうでもねぇな。別に暴力振るわれてた訳じゃねぇし。オレの名前……鋼の矢って書くんだが、これなんでだと思う?」

「こう……真っすぐな人間に育って欲しいから……とか?」

「ハズレだな。三本の矢の逸話があるじゃん? ウチはお袋と兄貴の三人家族で、でもお袋は子供(オレ)の世話なんつー面倒事はしたくなかった。そんで一本でも折れない鋼の矢って名付けたらしい。だからマジで何もされてねぇし。オレがお袋を恨む理由もねぇんだ」


 ……子育てにおいて『何もしない』のはネグレクトという虐待をしていることになるんじゃないだろうか。

 脳裏を過ったそんな言葉は、先程の反省を活かして飲み込んだ。


「……大変、だったんだね。一人で生きなきゃいけないなんて、わたしには想像も──」

「いんや、それは誤解だ。オレが無事に暮らせてたのは兄貴が助けてくれてたからだ。オレ一人じゃもっと早く野垂れ死んでたはずだぜ」

「あ、さっき言ってた歳の離れたお兄さん」

「そうそう。高校行きながらバイトもしてオレの面倒も見てって本当に立派な人だったよ。お袋のことをあんなに嫌ってたのにオレのことを心配して就職後も家に居てくれたしさ。まぁ、金が溜まればオレを連れて出て行くっていっつも言ってたけど」


 鋼矢さんが初めて楽し気な様子を見せた。

 お兄さんのことが本当に好きだったのだろう。


「でも、それならプレイヤーになれて良かったね。ダンジョンならいくらでもお金を稼げるし」


 ドロップアイテムはダンジョンコインへ、ダンジョンコインはお金へ交換できる。

 そしてランク四ともなればそこらのバイトとは桁違いの収入だ。


 大金過ぎて怖いからわたしは手を付けていないけど、鋼矢さんの境遇ならそれに頼らない手はない。

 年齢はわたし達と同じくらいだって前に言ってたからバイトは出来ないはずだし。


「ま、まあそうだな、うん。便利なアプリを開発してくれたもんだぜ」


 そう言った彼は、よっこいせと腰を上げる。

 わたしも面頬を着け直す。


「じゃあこれで情報はおあいこだな。そろそろ攻略に戻ろうぜ」

「ちょうど向かって来てるしね」


 ランク四に相応しい強大な【魔力】が移動しているのは薄っすらと感じていた。

 それはダンジョンボスの【魔力】。

 この近くに向かっているみたいで段々と感じられる【魔力】は強まっていた。


 そして今、山の向こうからその姿を現す。


「ウォゥルルルルゥゥ……ッ」


 まず見えたのは前脚。尾根を掴んだその腕は深緑の鱗に覆われていて、鉤爪は山の深くまで突き刺さっている。

 次に見えた頭部には、側頭部から後ろへと伸びる角。爬虫類に似た瞳。そして白い髭。


 やがて露わとなった全貌は、長大な蛇に十本の脚を生やしたようだった。

 翼は無く、けれどその肉体は宙を泳ぐがごとく自在に舞える。

 それは、東洋の龍に酷似していた。


「ルルリュアアアァァッ!」


 わたし達をその鋭い眼光で捉えた龍は、体をくねらせながら猛進して来た。

 それまで従っていた重力を振り切り、その体は宙を翔けている。


「【コキュートスの邪眼】」



 進行方向すぐ近くに空気の刃を設置したけどダンジョンボスはするりと躱してしまう。


「案の定だな。ランク四に通じる強度と切れ味を与えると【魔力】が目立ち過ぎる。直接食らわせる他ないか」

「そのキャラで行くんだな……」

「戦闘にはこちらの方が合っている」

「そっか……」


 鋼矢さんが前に向き直った。龍と視線がかち合う。

 龍の喉奥には極めて濃密な【魔力】の気配──ブレス攻撃の前兆だ。


「オレが止める。その後アイツを拘束してくれねぇか?」

「了解した」


 何か考えがあるみたいなのでわたしは万が一に備えつつ【魔力】を練る。

 わたしも鋼矢さんも動きがないまま龍の接近を待ち、そしてブレスを回避困難な間合いまで近づいたところで龍が(あぎと)を開く。

 その奥には煌々と赤炎が燃え盛っていて、


「食らえ! ロケットパンチ!」


 高速で飛来した右腕が喉の奥に突き刺さったことで炎は暴発した。龍の顔が白煙に包まれる。

 けどこの程度じゃ死んではいないはずだ。ドラゴンが如何に強靭かはとっくの昔に把握している。


「【コキュートスの邪眼】」


 飛翔の推進力が緩んだ隙を見逃さず、龍の周囲の空気をガッチリ固める。

 暴れられたら数秒と持たずに瓦解するけど、鋼矢さんだってそのことは分かっているはず。


「槍を模れ、〔大地〕」


 その鋼矢さんはわたしが空気を固定化する一瞬前には駆け出していた。

 さっき発射したことで失われた右腕は、菱から先が槍になった異形の腕へと変わっていた。


 山の斜面を蹴り、空中に生み出した石の板を蹴飛ばし、弾丸さながらの速度で距離を詰める。

 そして空気の拘束と同時、龍の脳天に槍が突き刺さる。


「伸びろ」


 きっと刺突と同時に槍の長さも伸ばしたんだと思う。

 軽自動車くらいはある龍の頭部を突き抜けて、後頭部から鋼矢さんの右腕(槍バージョン)が顔を出した。


「うし、上手く行った。やっぱ力を溜めて一気に解放するのが威力アップにゃ一番だな」

「龍をほぼ一撃か。なかなかやるじゃないか」


 ドロップアイテムを確認しながらそんなことを言い合う。

 今回のは魔石と龍の素材で、いつものように素材をわたしがもらい、──わたしはこういうアイテムは何か使い道があるかもとついつい集めてしまう性分だ──同等の価値になるよう魔石にダンジョンコインを付けて鋼矢さんに渡す。


 これで今日はお開きだと思ったその時「そういやこれは全然関係ねぇ話なんだけどよ」と前置きしてから彼が口を開いた。


「もしも今更……心の整理がついた後なのに、佐々木のお兄さんが蘇るってなったら……どう思う?」



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