81 山脈
「大事になって来たなァ」
ふわりと背面跳びのように跳躍しながら鋼矢さんが呟いた。
彼のすぐ下を冷気のブレスが通過する。
空気中の水分を凍結させるために白く光って見えるその息吹は、草原に着弾し周囲を氷に閉ざした。
「何の話ぃ?」
石楠花さんは別の首の放った灼熱のブレスを先天スキルの高速機動で避ける。
「現実世界にダンジョンが現れた件だろう。<魔盾>」
三つ目の首が放った雷の拡散ブレスをわたしは【魔力】の盾で受けた。
ランク四まで上げた<魔盾>は、同じくランク四の三つ首竜──わたしは密かにトライマギアドラゴンと名付けた──の息吹によって罅だらけになったけど、すんでのところで持ち堪える。
そして反撃。
「同じ三つ首ならこれはどうだ? ケルベロスの凶牙」
「ギュオオオオッ!?」
片手を突き出し、握り締める。
その動きにつられるようにして、三つ目の首に咬まれたような傷痕が生まれた。
「まー、政治家さんの方は推川さんに考えがあるみたいだしぃ──同極! 任せとけばいいんじゃない?」
「だなぁ。オレらはまだ首突っ込む段階じゃねぇか。斬り裂け、〔大地〕」
他の二つの首にも攻撃が突き刺さり、三つ首竜は上体を大きく反らす。
どの首も重傷。堪らず翼を広げて逃げようとするけれど、
「墜とせ、〔大地〕」
見えない腕で押さえつけられるみたいに地面に倒れる。重力を操る鋼矢さんのスキルだ。
瞬発性に全振りして出力を上げているから効果は一瞬。だけどそれだけあれば事足りる。
「アトロポスの糸刃」
振り上げた鎌の先端から空中へと<魔刃>が細く長く伸びる。
それはギロチンの如く重力に従って落下し、雷の首を両断した。
「〔重打〕ァ!」
石楠花さんの攻撃はもっと単純で、【マグネットスニペット】で一気に肉迫して炎の頭を叩き潰していた。
残るは氷の首だけど、三対一になってしまったら勝ち目は皆無。
ランク四のフロアボスはあっという間にゲートと魔石に変わった。
ー、
「あれ、ドロップアイテム魔石だけー? しょっぱいなぁ」
唇を尖らせながら石楠花さんは魔石を差し出してくる。
ドロップアイテムは基本的にわたしが管理することになっていた。一々分割してたら手間が掛かるし襲われる危険もあるからだ。
「次が最後のフロアだっけ? ボスが強そうだったらアタシ一人で挑んでもいーい?」
「駄目にゃん、茲乃はここまでにゃん。お母さんが部屋に向かってるにゃん」
「えーっ、なんで!? 入らないでって言ったのに!」
「茲乃がティッシュを入れたまま服を洗濯に出したからにゃん。カンカンにゃん」
「うぇー、やっちゃったぁ……」
ガックリと肩を落とした石楠花さんは、申し訳なさそうに両手を合わせる。
「ごめん! そういう訳だからアタシは帰るね!」
「じゃあオレ達も一旦……」
「んーん、気にしないでよ。ここまで来たんだしちゃっちゃと攻略しちゃって。他の人に取られてもヤだしね」
「オーケー、佐々木さんもそれでいいか?」
「ああ、構わない」
そうしてわたし達二人はゲートを潜った。
抜けた先に広がっていたのは草一本生えていない山岳地帯。
このダンジョンは起伏に富んだ地形ばかりだったのでさもありなんだ。
「山脈か。懐かしいな」
山の中腹にあるここから鋼矢さんが眺める先にはいくつも連なる山々。
そして山間を翔けるのは小型の亜竜、ワイバーンの群れ。
「「「ギュギャギャギャッ!」」」
わたし達の気配に勘付いたワイバーン達が接近して来る。
ワイバーンの特長は飛行能力。大抵のドラゴンより小柄なだけに身軽で小回りが利く。
普通に<魔弾>を撃ったのでは多分避けられる。
代わりにさっきの三つ首竜みたいなブレス攻撃は持ってないので、これだけ距離があれば一方的に攻撃が可能だ。
「【コキュートスの邪眼】」
「「ギョアっ!?」」
見えざる死神の鎌に翼を斬られ二体のワイバーンが墜落した。
これで残るは十体。そのまま飛行中にもう三体を撃墜し、ワイバーンが到達するまであと僅かとなったところで鋼矢さんにバトンパス。
「貫け」
ワイバーンの爪牙がわたし達に届く寸前、山の斜面を突き破った七本の長大な槍が彼らを串刺しにした。
鈍い輝きを宿す槍達はそれぞれ異なる素材で作られている。
「やっぱありあわせのモンで作った方が効率いいな」
察するに地中の金属を使ったのだろう。地中に【魔力】を送り込んでいたし。
随分と準備に時間を掛けていると思っていたけどこれなら納得だ。
……なんて考えていると、彼はこちらに意味深な視線を向け、悪戯っぽくこう言った。
「──佐々木さんもそうしてんだろ?」
「……へ?」
思わず素の声が出た。
しまった、と思った時にはもう遅い。図星な反応を見せてしまったことで鋼矢さんは「やっぱり」という顔をしていた。
「ずっと考えてたんだよ、佐々木の先天スキルの正体。何でも殺せるスキルだ、って言ってたけどそれにしてはやってることに違和感があったからな」
即死能力には少し縁があるんだ、と鋼矢さんは言った。
わたしは崖際に追い詰められたサスペンスの犯人みたいな心境で話の続きを促す。
「閃いたのは推川さん達と会議した日だな。あんときは佐々木さんは『音を殺した』っつってたけど、実際は辺りを囲うように微弱な【魔力】の膜を展開してた。まあこれだけなら膜に触れたモノを殺してるってだけかもしれねぇが……」
でも、とわたしが撃墜したワイバーンの魔石を拾いながら続ける。
「佐々木さんが使ってる技……見えない刃で斬ったり、牙で噛み付いたりしてる奴の説明が付かねぇ。【ユニ……先天スキルはランクが上がれば全く別系統の能力を覚えることもあるし、スキルページから得た魔術って線もあるけど、だったら生物を即死させてんのが気になる」
わたしはこれまでランクの低いモンスターは何度も即死させてきた。
一々弱い敵に全員で掛かるのも無駄だし、わたしの先天スキルが雑兵処理に適していたから。
「でもゾンビとかスケルトンとかのアンデッド系は即死させられねぇんだったよな?」
「……当然だ。既に死んでいる者を再度殺すことは出来ん」
「ん-、まぁ、スキルの仕様は人それぞれでもあんだが……うん、そうだな。オレはそこが嘘だと思ってる」
「…………」
「あいつらを殺せねぇのは、息をしてねぇからじゃねぇのか?」
「……………………」
つまり、と彼は前置きを挟み言い放った。
「佐々木さんの先天スキルは、空気を操る能力。違ぇか?」
数秒黙り込み、反論を絞り出す。
「……その根拠は?」
鋼矢さんは上空を指差す。
そこに広がっているのはダンジョン特有ののっぺりとした灰色の空、だけど……。
「集中して集中して集中してようやく気付けたぜ。ホントに微かだが佐々木さんの【魔力】を帯びた空気がいつも、佐々木さんの上を漂ってるって。そんで佐々木さんがモンスターを即死させる時、その空気がモンスターの方に移動していた」
音の遮断も、見えない刃も、空気の性質変化で説明が付く。
そう言い切った鋼矢さんに対し、わたしはしばし呆然と空を見上げた後……鎌を振り上げた。
「秘密を知られてしまっては生きて返す訳にはいかないな」
「いや待て待て待て待て! 言い触らしたりしねぇよ!? オレ、口は堅ぇし!」
分体なのにも関わらず、鋼矢さんは必死に手を振るのだった。




