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80 巨悪

 日本の夏が酷暑とされる原因の何割かは湿度の高さだ。

 蒸し蒸しとした空気が風に流されることもなく淀んでいるために、温度以上の不快感を覚える。


 なので気温は日本より高い南の島でも、吹き抜ける海風のお陰で涼しく感じられることもある。

 今、僕がくつろいでいるこの無人島なんかがそうだ。


「いやまぁ、正確にはさっきまで先客が居たんだけどね」


 強烈なハリケーンに見舞われた難破船の乗員達である。

 通信手段も何もかも失いこの世の終わりかのような顔で砂浜にへたり込んでいた彼らだけど、今は影も形もない。

 〔録〕で船を直して航路に戻しておいたからね。


 記憶も軽く混濁させておいたし白昼夢か何かだと思うんじゃないだろうか。

 そうして島を無人にした僕は、ビーチパラソルの下で優雅にバカンスを楽しんでいた。

 エメラルドブルーの海を眺めながらヤシの実に刺さったストローを啜る。


「ん〜〜〜……うーん……………」


 何というか……想像していたよりトロピカルでもフルーティでもなかった。

 仄かな甘みを感じはするんだけど、青臭い後味があってジュース感覚で飲むと微妙だ……。


「そうだ、〔原始式〕──クーリング。…うん、ちょっとマシになったね」


 温度を下げたヤシの実を飲み終えたその時、砂浜の上を何かが高速で横切った。

 押し出された空気が砂を巻き上げ迫るのを〔原始式〕で防ぐ。


「ふぅ。勝負あったということでいいかな」

「ハぁぁ、降参降参。徒手じゃ加賀美にゃぁ勝てにゃいにゃ」

「スキル有りでも勝てないよ」


 砂浜の向こうの岩場に激突していた人物がひとっ跳びで戻って来る。

 いや、人物じゃあないか。彼は中性的な少年に似た姿をしているけれど、れっきとした僕の〔眷属(アコルトス)〕。証拠に猫の耳が生えている。


 彼の名はデウス・エクス・マキニャ。

 僕の〔眷属(アコルトス)〕の中でも戦闘特化の能力を有する最強の個体。

 今日はこの島で戦闘訓練をやってもらっていたのだ。


「ごめんねマスター、最強として創ってもらったのにこんなザマで」

「相手が悪いから仕方ない仕方ない。素手であれだけ戦えるならアーク計画に支障はないだろうし心配はしてないよ」


 ステータスによって地球人を強化しつつ、強力なプレイヤーに陰ながら世界を守るアルカナ計画の他にも、人類を守るための方策はいくつか並行して進めている。

 アーク計画もその一つだね。


 アルカナ計画を除けば、人間を人間として存続させられる度合いが高いのでかなり期待を掛けていて、担当の〔眷属(アコルトス)〕も二体いる。


「ロケットの打ち上げまで二十九時間か……後はもう(はこ)に戻って待機してていいよ。ユートビニャと仲良くね」

「ラジャー」


 マキニャの実体が消え、ネットワークを介して(はこ)の元へと飛んで行った。

 それと同時、僕とサイドテーブルを挟んだ反対側にビーチチェアがもう一台模造される。


 それに腰掛けた加賀美さんはサイドテーブル上のかき氷を手に取り、スプーンで掬う。お腹が空いてたみたいだ。


「こんなにのんびりしていていいのかい?」

「ん? あー、昨日まで忙しかったから、多少はねぇ」


 推川さんにはバカンスに行くと言ったけど、実際にはアーク計画の下準備とかに奔走していた。

 それらが一段落したから今日は加賀美さんも呼んでバカンスをしているのである。


「それは結構なことだけどあの政治家はいいのかい? しれっと当選していたぞ」

「まー、それはいいんじゃないかな。別にスキルで集票したわけでもないし」


 票田開拓や各所への根回しという地道な工作の賜物だ。

 落選して議員資格を失ったら面白かったけど、そうなったところでスキルや手下が消えるわけでもないしね。その辺は推川さんが考えていた通りだ。


「静観、か。分かってはいてももどかしいものだ。三葛君は世界規模でこれを行なっているのだから尊敬するよ」

「まあ僕は〔(アステロン)〕になった影響で精神性も少し変質しているからね。その辺りの割り切りは得意なんだ。それに、本当にヤバイ奴には対処しているしね」


 加賀美さんのスマホが通知音を鳴らす。

 彼女が開いた画面にはこう書かれていた。


「『クエスト・南国のフルーツをゲットせよ』……?」

「それは冗談だけど、ヤバめの事態があればそうやってプレイヤーを動かしたりも出来るんだ」


 だからこそのダンジョンクエスト(・・・・)


 基本はプレイヤーの自主性に任せているけれど、例外だって存在する。

 直近のだと南米のとある国で、政府と深く繋がった世界最大規模の麻薬カルテルがダンジョンを利用しようとしていたので、その地域のプレイヤー全員にクエストを発令した。


 あのカルテルのボスは頭脳明晰で残酷無比で先天スキルの資質値もプレイヤーに迫るって言うなかなかの危険人物だったけど、所詮はランク一。

 ほぼほぼ一人のプレイヤーに組織を半壊させられた上、当人は命からがら逃げだしたところをステータス持ちでも何でもない対抗組織のマフィアに撃たれ呆気なく落命した。


「その手のワールドクラスな大悪党に比べると袖下大臣は可愛いものさ。もし完全に放置したってあのレベルにはならないだろうしね」

「だがそれでも理不尽が(まか)り通るのはな……」

「その辺は推川さん達が動いてるみたいだし平気平気。多分、これから一か月もしない内に失脚するよ、彼」

「そうか」


 数秒、考えるような間を空けてから加賀美さんが口を開く。


「<封印>を追加したこともそうだが、君も気苦労が絶えないな」

「いや多分加賀美さんが思ってる程じゃないと思うよ? <封印>は元々実装予定で組んでいたスキルだし」


 ダンジョンクエストの能力制限機能はそれを見越してのものだった。

 実は実装していないスキルというのは他にもいくつかあったりする。

 未実装の理由は、現段階だと取っても効果が十全に活かせなかったり、作ったはいいけど社会に悪影響を与えそうだったりと様々だけど。


 それから少しして、コトリ、と空になったかき氷カップを置いた加賀美さんは「最後に訊きたいんだが」と、前置きをして僕に向き直った。


「私はいつになったら他のプレイヤーの前に出られるんだ? 不破勝君が乱入したイベントから結構経つが」

「あ……」


 完全に忘れてた……。

 ずっと不破勝君の方に掛かり切りだったからね。


「……出来るだけこっちの戦力は隠しておきたいし、不破勝君がシロだってはっきりするまではプレイヤー達には引き合わせられないかな……」

「まぁ、そうなるか」


 少し残念そうに加賀美さんは呟いたのだった。



 都合により、次回から毎週土曜日の更新となります。何卒ご理解ください。は

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