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77 探偵業

 日差しが分厚い雲に遮られた薄暗い昼下がり。

 街の一画にハキハキとした声が響いていた。


『皆さま! 本日はお急ぎのところ、(わたくし)の話に耳を傾けてくださり誠に有難うございます!』


 街宣車に乗った還暦の男性が、拡声機を持ち叫んでいる。

 自身には何ら恥じ入ることがないと言うかのように背筋を伸ばし、周囲に集まった聴衆に語り掛けていた。


『──この四十年の政治家人生、(わたくし)は清廉と誠実を信条に歩んで参りました。時として』

「嘘だね」


 そんな集まりから充分に離れた公園のベンチ。

 常人では演説の声など僅かにも聞こえないその場所で、鹿撃ち帽を被った女性が首を振った。


『──雇用のため、社会のため、経済のため、何よりも国民の皆様の暮らしを第一に考え、』

「これも嘘」


 鹿撃ち帽の女性──推川智聡(ちさと)は自身の先天スキルの判定結果を隣の人物に告げる。

 彼女の【トゥルースゲート】には言動の真偽を看破する力があった。


『──昨今は技術の発展に伴い、ディープ・フェイクが容易に作成されるようになりました。(わたくし)に関する事実無根の噂がSNSで取り沙汰されたことは記憶に新しいでしょう。しかしそれらは』

「前半と『記憶に新しい』ってとこだけは本音だね」


 推川の隣に座る艶やかな長髪の少女は、カタカタカタと猛烈な速度でノートPCを叩いている。

 画面にある『真』『偽』二つのテキストボックスには該当する街頭演説の文言が正確に記されていた。


『どうか賢明なる皆さまは、センセーショナルなフェイク・ニュースに踊らされることなく、経験と実績に目を向けて頂きたい! (わたくし)、袖下王飾は必ずや! 先程掲げた七つの公約を実現させてみせます!』

「はははは酷いね。公約を守る気はまるでないみたいだ」


 演説が終わると二人は立ち上がり、街宣車とは逆方向へと歩き出した。

 パソコンに演説内容を入力していた遠峰歌撫(かなで)が口を開く。


「言葉が虚飾塗れだったのは噂通りで、驚きはしなかったけれど──」

「いや、ぼくはもう少しまともな人だと思っていたよ。週刊誌の情報なんて大半は法螺だ、って」

「──問題は、スキル持ちね」

「……ああ、そうだね」


 二人がこれほど離れた公園に陣取っていたのには理由がある。

 相手側のスキル持ちを警戒してのことだ。


 彼女らの<索敵>で捕捉できたのは、袖下と思しき気配を含めて四つ。

 全ての配下を連れて来ているとも考え難く、スキル持ちはまだまだ存在すると推測できた。


「三葛君が居たら電子機器から情報を抜き出し放題だったんだけど……」

「今は南の島へバカンスに行ってるのよね、こんな暑いのに。デジタルデトックスだとかでスマホも持たず」

「もう数週間は帰って来ないはずだからここはぼく達で解決する必要がありそうだよ。探偵として腕が鳴るね」


 鹿撃ち帽の(ひさし)を摘まみ、位置を微調整する推川。


「まず調べるべきは取得ルートさ。そこが分かれば相手の規模や取るべき対応も見えて来るはずだしね」

「それなら私の得意分野ね」

「スリは駄目だよ?」

「もうしないわよ、約束だもの。そうじゃなくて【サウンドトリック】を使うのよ」

「あ~、その手があったね。盗聴器要らずだ」


 そんなやり取りをしながら二人は街を歩いて行くのだった。




 彼らは風になっていた。

 アスファルトを切り付けるタイヤ。体を奥底から震わせるエンジンの鼓動。法定速度を20km/h以上オーバーしているために吹き付ける風は嵐のよう。


 真夜中の一本道を、けたたましいエンジン音を撒き散らしながら目的地もなく暴走する。

 警察もたまにしか来ない郊外の国道に彼らを阻むものは何もない……筈だった。


 最初に気付いたのは先頭を走るリーダー格の男。街灯に照らされた路上に不審な人影を見つけた。

 彼らに気付いて居ないはずがないというのに、二車線道路のど真ん中で仁王立ちしたまま動く様子はない。


 暴走族達は慌ててブレーキを踏み、何とか人影の前で停止する。


「おい! なに突っ立ってんだ! 目ぇ付いてねぇのかァ!?」

「ハッ。轢き殺す覚悟もないのか、チンピラ共が」

「あ゛ぁ!?」


 不審人物の挑発に、バイクに乗っていた男達は青筋を立てた。

 バイクを降りると口々に罵倒を始める。


「テメェ、俺達のこと舐めてんだろ」

「ちっと図体がデカいからって調子乗ってんじゃねえぞッ」

「コッチは十人以上居んだ、お前一人で勝てると思ってんのか?」


 気付けば男は囲まれていた。

 百九十センチを超える体躯があっても、相手の暴走族達の中には格闘技経験者と思われる者もおり、さらには全員ヘルメットを着用している。

 戦力差は歴然であった。


 故に暴走族達は優位を確信し、囃し立てる。


「オラ、何とか言え、ごっ!?」


 暴走族の一人が宙を舞った。

 軽く二メートルは吹き飛んだ彼はアスファルトの上を転がる。


「おっと、死んだか?」

「「「な……っ」」」


 暴走族達が目を剝く。

 彼らが見つめる中心には、蹴りを放った体勢でいる巨漢。


 人間業とは思えない高速の一撃に、暴走族達はまるで反応できなかった。

 俄かに緊張が走る。


「おい、どうしたお前ら。さっきまでの威勢はどこへ行った?」

「ぐ、うおおおおおぉぉ!」


 仲間の一人が殴り掛かったのを皮切りに、暴走族達は一斉に襲い掛かった。

 しかしその先に待っていたのは蹂躙だった。


 巨漢が手足を振るう度、暴走族が吹き飛んだ。

 体を鍛えているだとか、そんな次元ではない程の力の開きが彼らにはあった。


「ハハハハッ、これが力か! 遠慮なくぶん殴れるってのは愉しいなぁオイ!」

「ち、チクショウ……!」


 だがそれでも一矢報いようと、比較的冷静だった男が機転を利かせバットを持ち出し、巨漢の背後からフルスイングする。

 冷静であっても彼らは後先を考えない性格であった。


「【チェーンメイル】!」


 ──ガギイイイインン!


 肩を叩いた筈が、鳴り響いたのは金属の音。

 巨漢の体が一瞬だけ鎖帷子(くさりかたびら)に覆われていたように見えたが、それが目の錯覚かどうかを確かめる前に反撃の拳で意識を失った。


 その後、逃げ出そうとした最後の一人を気絶させたことで蹂躙劇は終幕した。

 巨漢がコキコキと首を鳴らしていたところ、胸ポケットで着信音が鳴った。


角藤(かくとう)様、先生がお呼びです。身辺警護を頼みたい、と』

「オイオイ、俺みたいな荒れくれ者が近くをうろついてたら評判が下がるんじゃないか?」

『身分偽装の用意は出来ています。これから大事な時期ですからね、我々の他にステータスホルダーを育てている候補者が居ないとも限りません。万全を期したいのでしょう』

「ま、そうだな。俺が居ればどんな奴でも返り討ちに出来るから」

『ええ、期待していますよ、角藤(かくとう)様』


 通話を切った角藤(かくとう)と呼ばれた男は、悠々とその場を後にするのだった。



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