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76 依頼

「待たせたな」

「いや全然。オレもさっき来たとこだ」


 (まもる)さんからの聞き取りを終えたところでわたし達は一旦解散した。元からそういう手筈だった。

 各々で自宅へ帰り──鋼矢さんは分体を土に還しただけかもだけど──事前に決めていたダンジョンへエントリー。

 プレイヤー以外から盗聴される心配のない空間で密会の続きを行う。


「鋼矢さん、あなたはどう動くべきだと思う?」

「……ぶっちゃけ、手に負えねぇって感じだ。強ぇだけの奴ならともかくこういうタイプのはな……」


 彼は観念するように首を振った。


「暴力だけで解決するってなると影響がデカくなり過ぎる。そもそも、本当に敵なのかも分かんねぇし」

「この段階では軽々に動くべきではないだろうな」


 木に背中を預けながら頷く。

 衛さんから聞いたのは汚職政治家として有名な袖下さんがダンジョンを訪れていて、同時期に身元の怪しい人達も来ていたということ。それだけ。


 ダンジョンに自らやって来たのは現場主義なだけかもしれないし、本当に怪しい人達と繋がりがあるのかも分からない。汚職騒動だって実は濡れ衣だって可能性もある。

 わたしも、多分鋼矢さんも一介の学生でしかないのだから真相なんて分かるはずもない。


「まあ〔大地〕なら地道に探せるんだが……さすがに過干渉か……」

「? すまない。何か言ったか?」

「あぁ、独り言だ。気にしないでくれ」


 それより、と鋼矢さんは話題を変える。


「やっぱここは他のプレイヤーに頼るのが良いんじゃねぇかな。ほら、今度会う予定があったろ」

「そうだな。彼女ならばこの状況に適任だろう」


 それはあのランク五ダンジョン攻略イベントで知り合ったプレイヤー達、を通して知り合ったプレイヤーだ。

 なんでも彼女らはダンジョンクエストの謎を解き明かすため、そして身を守るために協力しているそうで、わたしと石楠花さんも仲間にならないかと誘われた。


 たくさんの人と一緒に居るのは疲れそうだったのと、集団に加わるのは死神のキャラにそぐわないから仲間になる誘いは断ったけど、実利の面を考えて「火急の時はお互い連絡しよう」とフレンド登録はしておいた。

 今こそこの連絡先を使う時だろう。


 SNSで架電したところすぐに繋がり、明日の放課後会って話せることになった。

 石楠花さんには鋼矢さんの方から連絡してくれており、今日できることはやり切った。

 お互いに帰ろうと話したその時、わたしはつい声を掛けてしまった。


「一つ、訊ねてもいいか?」

「ん? 何が聞きてぇんだ?」


 口に出してから、しまった、と思った。

 触れない方がいいのはあの時の空気感で分かってたのに、つい好奇心に負けてしまった。


「…………いや、何でもない」

「そうか?」


 首を傾げながらも鋼矢さんはダンジョンから消え去った。


 わたしが訊こうとしたのは、衛さんと別れる間際のこと。

 鋼矢さんが最後に放った質問の真意が知りたかった。


『──アンタは入院してる爺ちゃんのこと、煩わしく思ったことはねぇか?』




 ◆  ◆  ◆




「やあ、久しぶりだね我が盟友」

「つってもオレのことはずっと監視してたんだろ?」

「はははは」


 不破勝君はダンジョンを出てから拠点の神社に直行した。

 実は、寝泊まりしている地方都市は拠点の神社と同じ県にある。なので不破勝君にとってここにやって来るのは然程大変な仕事ではない。


「今日は何をしに来たのかな?」

「あの政治家のやってることについてだ」

「袖下さんね。まだ不破勝君達は彼が何をしてるかは掴んでないはずだけど」

「だから聞きに来たんだよ。三葛さんなら一発で分かんだろ?」


 事実だね。〔録〕を使わなくっても心を見通す程度のことは〔(アステロン)〕の眼なら造作もない。

 不破勝君の分体は言うなれば爪の先っぽだけで手探りしているような状態だから〔(アステロン)〕の知覚を充分に発揮できないんだけど。


「結論から言うと袖下さんは黒だね。真っ黒だ。報じられている悪評の六割は真実だよ」


 そして報道されていない悪行もたくさんある。彼はそういう悪党だった。


「そこまで分かってんならなんで野放しにしてんだ?」

「社会への影響が大きすぎるからだよ」


 袖下王飾は日本が誇る有数の悪徳政治家だ。

 政界にも財界にも広く深く根を張っていて、彼が突然失脚すればあちこちに混乱が波及する。


 それにたとえそこまでの大物じゃなくても、為政者には極力触れない方針でもある。

 加減を間違えれば僕の一存で政策が決まるディストピアになりかねない。


 それでももう少し大規模にダンジョンで私欲を満たそうとしてくれれば僕も動けるんだけど、今の段階じゃ小粒すぎる。

 統率が乱れることを危惧してか、ダンジョンに招いた彼の手駒──無論両者の関係は隠蔽されている──は十数人程度だし、彼らの資質値も低い。


 影響力は無駄にあるくせに脅威度が不十分っていう、絶妙なバランスで見逃されてるのが袖下氏だった。


「だったらオレ達がアイツを止めようとすんのは不服か?」

「まさか。盟友たる不破勝君の邪魔に思うわけないじゃないか。そうじゃなくても、ダンジョンに入って先天スキルが目覚めた彼らは完全な一般人とは呼べないから、多少の干渉には目を瞑るよ」


 袖下と愉快な仲間達を放置すれば多くの犠牲が生まれる。現在進行形で詐欺や暴行により適したスキルはないかって探してるような連中なのだし、

 だからもしもプレイヤー達が対処しようとするなら、僕個人としては止めようとは思わない。

 混乱は起こるだろうけど政財界の皆には気合で乗り越えてもらおう。


「オーケーオーケー、理解したぜ。魔穴にはともあれまずは情報収集からだな。教えてくれはしねぇんだろ?」

「ま、彼の所業を包み隠さず明かすのは過干渉かな、って感じだし皆と協力して調べて欲しいな。あと一応釘を刺しとくけど一般人にスキルのことが拡散する事態は避けてね」

「お安い御用だ」


 親指を立てた不破勝君の体が雷電へと変じ、轟音を残して空の彼方へ飛び立った。


「はてさて、ここからどうなるかな」


 混乱が最小限になることを願いつつ、僕は日本のプレイヤー達に意識を向けるのだった。



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