75 尾行
「ニャビ、それはどういう意味だ?」
わたしはニャビに問いかけた。
ステータスを得ているらしい人間の気配を捉えたけど、その人はプレイヤーじゃないとニャビが言ったから。
スマホの文面が一人でに切り替わる。
『ダンジョンクエストに招待されずにステータスを得たってことにゃん』
「そんなことが有り得るのか?」
『それはニャビの関知するところではないにゃん。今そこに存在しているんだからあり得るとしか言えないにゃん』
露骨に誤魔化された。
ここまで『隠していること』を隠そうともしないのは一周回って信用できるんじゃないかって思えるくらいだ。
「佐々木さんどうするよ。接触してみるか? オレは少しだけ話してみるつもりだが」
「……いいのか? 存在を知らせることになるぞ」
「問題ねぇはずだ。もしヤバイ組織だったら蹴散らせばいいだけだし、多分だけどそこまで酷い連中じゃねぇと思うしな。多少はこっちの事情も話すかもだがあんまペラペラ喋んなきゃダンクエの禁則事項にも触れねぇだろ?」
『相手は完全な一般人とは言えないにゃん。その分、情報規制も緩和されるにゃん』
鋼矢さんは前向きらしい。
気配の主が気になるのはわたしもだけど、正直わたしは興味より不安が勝る。
顔は見せないにしても声は聞かれてしまう。
万が一、そこから身元が割れたら……とかリスクがいくつも思い浮かぶ。
と、そこまで考えて思い至った。
鋼矢さんの体はスキルで作った仮初のもの、容姿も声も何なら性別すら実際とは違うのかもしれない。
それならこの姿勢にも頷ける。
(なら、それに相乗りさせてもらうのがいいのかな)
情報は貴重だ。
プレイヤーでないステータス持ちなんてイレギュラーがどうして生まれたのか、他にも居るのか、知っておくべきことは星の数ほどある。
「分かった。私も同行しよう。但し、二人で話しかけに行くのは非効率的だ。わたしは会話の聞こえる範囲に潜伏し、周囲の警戒に注力しよう」
「ま、一対一の方が相手を緊張させずに済むか。そんじゃその方針で行こうぜ」
お互いに頷きあったわたし達は、まず気配の主を確認した。
それは髪を短く切り揃えた、実直そうな男性だった。ラフな服の上からでも鍛えられているのが分かる。
ちょうどお店で高級そうなメロンを受け取ったところで、すぐにどこかへ歩き出す。
わたしは適度な距離を保ち<潜伏>を使いながら通行人の隙間を歩いていく。
ドラマやアニメの尾行シーンみたいで不覚にもワクワクしてしまう。
「念のため聞いとくけど、会っても三葛さんの迷惑にはならねぇよな?」
『少し話す程度なら問題ないらしいにゃん』
だから、いつの間にか少し後ろに行っていた鋼矢さん達がそんな会話を交わしたことには気づかなかった。
その後、男性が病院に入っていくのを見届けたわたし達は後に続いた。
<潜伏>には他人から意識を向けられなくなる効果もあるので、廊下の離れた場所でじっと待っていても不審には思われない。
ちなみに分体である鋼矢さんはもっと直接的な、肉体を小さく圧縮して置物に化けるってアプローチをしていた。
病室内でお爺さんと長々と話をしていたけど、お爺さんが咳き込み出したところで男性──衛さんは話を切り上げ退室する。
そんな彼へ、一瞬で人型に戻った鋼矢さんが声を掛けた。
衛さんは驚愕に顔を歪ませながら問い返す。
「お前は……何なんだ……?」
羨ましい。わたしも人生で一回くらい、あれくらい畏怖されながら誰何されてみたい。
「オレは鋼矢だぜ。ま、聞きたいことは名前じゃねぇんだろうが。取りあえず場所を移そうぜ」
「…………」
ちょうど他の病室から出て来た患者と付き添いの看護師をチラリと見、鋼矢さんは踵を返す。
衛さんは思案するような間を挟むも後に続いた。
階段を上りに上り、やって来たのは屋上。
決して転落死させないという強い意志を感じさせる柵で囲われていた。
「ここなら広いし風の音もある。小声なら盗み聞きされる心配もねぇだろ」
鋼矢さんが堂々と嘘を吐く。
わたしは屋上に続く扉越しに二人の会話を聞いていた。ランク四の聴覚ならば集中すればこんな芸当も出来る。
わたしの先天スキルを使えば耳を澄まさなくても盗聴できるけど、わざわざ気取られる可能性を増やす意味はない。
「で、オレが何者か、だっけか。そんな大した存在じゃねぇんぞ。ただ他の人間より能力を得るのが早かったってだけで」
「あの罅割れは他にもあるのかっ? いや、あるいは他に能力を目覚めさせる方法が……」
「さあオレは答えたぜ。次はこっちから質問するぞ、公務員のお兄さんよ」
「……当然そこまで調べているか」
調べてなんていない。もし調べてたら公務員じゃなくて職業名を呼んでいる。
突然の事態に混乱している衛さんは純粋に驚いているけれど。
なお、公務員に違いないと判断したのは鋼矢さんだ。なぜか一目で看破していた。
病室での会話からも矛盾するような情報はなかったので、それでカマをかけたのだろう。
「オレが訊きてぇのは政府の方針だ。どのくらいの人員が調査に駆り出されてるんだ? 情報の広まり具合は? スキルの研究はどんくらい進んでんだ?」
「……教えると思うか?」
「だよなぁ」
困ったように頭を掻く鋼矢さん。
そう言えばどうやって話を聞き出すかは考えてなかった。
「百パー善意からの提案なんだが……ま、いーか。どうせ大したアドバイスも出来ねぇしな」
「協力したいのなら私のような末端じゃなく……」
「いや、自分から関わりに行くとさすがに咎められそうでな。今話せてるのは成り行きだからだし……」
一瞬だけ悩む素振りを見せた鋼矢さんは「よし」と手を打ち合わせた。
「じゃあ聞き方を変えよう。アンタ、今の政府に不信はねぇか? ダンジョ……罅割れへの対処を任せてはおけねぇって感じたりは?」
「っ、そんなもの……」
反射的に反論しようとした衛さんが口ごもる。
おや? これはもしや、国家の陰謀的なサムシングが隠れているのでは。
「安心してくれ。オレは味方だ。どこまで力になれるか分かんねぇけど悪いようにはしねぇ」
「……信用できない。そもそも私が国家に背くことなどありはしない」
「ホントか? 分かってるだろうが今は歴史の転換点だぞ。もし何か気になることがあるってんなら言っといた方が後悔しねぇと思うぜ」
客観的に考えれば、言ったら言ったで後悔する可能性が新たに生まれそうなものだけど。
でも揺さぶりとしては充分だったようで、衛さんはボソリとある人物の名を口にした。
「袖下王飾……」
「ん?」
「何故か袖下大臣が罅割れを訪れていた。それに前後して妙な連中もだ。罅割れに滞在した時間は短く調査をしたようには見えなかった。それだけが私の憂懼だ」




