72 異世界事情
「うーむ……不審な動きは無しか」
不破勝君がプレイヤーと初めて接触してから数日。
厳戒態勢で監視を続けているけど怪しい素振りは見られなかった。
ダンジョンでは普通に探索しているし、そうでない時は一昔前の漫画やドラマを見たり──僕が彼に上げたスマホは各種サブスクに加入してある──休眠したりしている。
「まあ縛りプレイはしているみたいだけど」
彼の〔司統概念〕は〔大地〕の他にも〔雷〕と〔天瓊戈〕がある。
発動しているところを確認・分析したのでそれは確かだ。
でもダンジョンでは〔大地〕しか使ってないし、〔神力〕もかなり希釈させていた。
彼の目的は強くなるヒント探しだそうだし、これもその一環だろうね。
限られた力をやりくりすることで新たな活用法を探っているのだ。
「とはいえ効果は薄そうかな」
〔司統概念〕とは〔魂〕に根差した神の権能だ。万能を越えて全能に近い。
だって言うのにランクを四まで落としては、制限が多すぎて本来の〔司統概念〕とは使用感が変わってしまう。
Jリーガーが小学生の試合から学べることがないように、僕らが人間と同じような工夫をしても収穫はきっとない。
「……そんなの百も承知か」
〔司統概念〕をフルに使った戦いは虚ろの王相手に充分しているはず。
だから地球では他のやり方を試しているのだろう。
あとは、他のプレイヤーに怪しまれないようにって言うのもあるか。
一人だけランク五の力が使えてたら悪目立ちするし。
と、そんなことを考えていると、電脳空間を通ってアースが帰還したのを感じ取った。
基本的にこの神社からリモートで活動しているアースだけど、場合によっては自ら出向くことある。
「おかえりー」
「只今戻ったのじゃ」
「そうだ、アースはどう思う? 先達としての意見を伺いたいんだけど」
言いながらひらひらと見せたのは、紙にまとめられたパワポの資料。
内容は不破勝君が居たっていう異世界のシステム。
彼から聞いた情報を加賀美さんと共有するためにプリントアウトしたのだ。
「どう、と問われてものぅ。よく出来た〔摂理〕じゃ、と月並みなことしか言えぬぞ。知っての通り儂は己が理を敷かなかったからの」
「それでもいいんだよ。僕以外の視点ってのは大切だ」
言いながら、資料の内容を思い返す。
異世界において、階梯能力は二種類の発現方式があった。〖属性〗と〖種族〗だ。
人類は〖属性〗を、魔物は〖種族〗を有していたらしい。
もっとも、これ自体はポピュラーなルールだ。僕も将来的には人間にだけステータスが発現するようにするつもりだしね。
だから異世界の〔摂理〕の白眉は、魔物の〖種族〗である。
不破勝君は異世界の〔摂理〕を調べたわけじゃないから、これは彼の体験談からの推測になるんだけど、恐らく〖種族〗の本懐は階梯能力と身体の融合だ。
ランクの低い段階ではそれぞれの個性は出ないようだけど、高位の魔物になればなるほど特異な……それぞれの階梯能力に即した生態の怪物に変わっていく。
石楠花さんの眼の色が変わってたり、尾津さんの寿命がやたらと延びているのも階梯能力と身体が影響し合った結果だけど、異世界の魔物の場合はそれがより顕著だ。
肉体の能力値──あっちの世界だと〖スタッツ〗って言うらしい──にもその影響は出ていて、例えば不破勝君が成ったっていうジュエルスライムは、同ランクの魔物の何倍もの〖タフネス〗を誇ったらしい。
そこまで極端なのは極めて稀みたいだけど、そんなのが生まれる素地があるのが異世界の〔摂理〕である。
人類が人のカタチを保てなくなるから、僕が地球にそのまま実装することはないけどね。
なお、不破勝君の〖種族〗に関しては多分彼の階梯能力とは無関係に選ばれていたのだと思う。
〖進化〗の度に複数の進化先の候補が出ていたらしいけど、それだって他の魔物にも表示されていたかは怪しい。
彼は〔忌世怪〕を討伐する特効薬として転生させられたのだって言ってたし、恐らく異世界の〔神〕の力で過去に存在した、あるいは未来に存在し得る〖種族〗へと導かれていたのだろう。
「〖種族〗と言えば、〖レベル〗は中々に興味深いシステムじゃったな」
「だね、多分〔司統概念〕を利用した〔摂理〕だ」
異世界には〖レベル〗があった。
他者を殺害することでその〖魂片〗を喰らい、己を強化するシステムだ。これを再現することは出来なくはないけど、非効率的である。
少なくとも人間の成長に限って言えば、今の先天スキルに依存したシステムの方が優れている。
それに、異世界人の階梯能力が〖属性〗なことを考えると、彼らの〖レベル〗アップには〖属性〗のランクに応じたレベルキャップがあったはずだしね。
「ふぅ、取りあえずはこんなところかな。異世界の話は参考になるけど、僕の〔星界〕にも目を向けないとね」
〔電脳〕によってリアルタイムに送られてくる情報。
それは、第一回となる対ダンジョン国際会議のものだった。
各国が情報を持ち寄り、すり合わせや今後の方針決めを行っている。
「あの経済会議には居なかった国もきちんと参加してるね、良かった良かった」
僕がダンジョンのことを明かした経済会議は極めて大規模なものだったけど、地球上の全ての国家が参加していた訳じゃない。
不参加だった国には個別で情報を送っていたけれど、無事に参加できたようで良かった。
仲間外れとかなってたら可哀想だからね。
「にしても案外、皆真面目に取り組んでるね」
「未曽有の事態じゃからのう。この状況でも一心に我欲のみを追求できる人材は稀有じゃろう」
全ての国が全てを開けっ広げに報告しているわけじゃないけど、利益独占のために情報を隠蔽しようって動きは少ない。
正直予想外だ。
「後はまあ、これは神託だって言ったのも良かったかもね。悪いことしたら地獄行きってのは大体の文化圏で共通だし、ダンジョンなんてものがあるなら死後の世界もあるのかもって思う人が多かったのかな。いやはや、政府とかの方針には僕からは干渉しないつもりだから助かったね」
「フ、白々しいことを宣うものじゃ。あれだけ政府を転覆させておいて」
口元に手を添え、アースが上品に笑った。
不本意な評価に僕は反論する。
「それは誤解だよ。いくつか政権が引っ繰り返ったのはプレイヤー達が動いた結果さ。僕は何も手出ししてない」
「しかし、奴らを止めぬようニャビに言ったのはお主じゃろう?」
「彼らの行動は仕方のないものだったからね」
例えばプレイヤーが通り魔に襲われたとして、スキルを使って撃退するのをわざわざ阻んだりはしない。
衆目にスキルの存在をバラさなければオーケーだ。
同じように、紛争に巻き込まれそうになったとして、紛争を止めようとするのをわざわざ阻んだりもしない。
世間にバレないようスキルを使うのなら国家元首に成り代わったとしても、まあ、仕方のないことだよね。
なお、プレイヤーの選考基準には世界を混乱させるような人物ではない──戦争に積極的な人物ではないって項目もあるので、紛争地帯のプレイヤーの大半は争いの鎮圧に動いていたりする。
その結果、ダンジョンを手に入れたらヤバそうな国の背後ではプレイヤーが睨みを利かせることが世界中で起こっていた。
「でもあんまり干渉したくないってのは本当なんだよね。安定してる国には基本、ノータッチだし」
「どうやらそのようじゃの」
アースが同意を示した時、ちょうど日本の代表による報告が始まったのだった。




