71 茲乃VS鋼矢
モンスターの死体やドロップアイテムの浮かぶ沼地。
その表面を【魔力】の奔流が駆け抜けた。
「打ち上げろ、〔大地〕」
沼地が渦を巻いた。その中からまるで竜巻に吹き上げられるようにして飛び出して来たのは、大ナマズ。
第二フロアのフロアボスで沼底から魔術攻撃を仕掛けて来ていた面倒な相手だった。
けれどこうなってしまえばもう終わりだ。
上空には彼女が居る。
「<重打>ッ!」
大きな水風船を叩き潰したような破裂音が響く。
それは大ナマズが上半身を爆散させられた音。
自分の身の丈ほどもあるハンマーを振り抜いた石楠花さんが、血の雨と共に降って来る。
そんな彼女に鋼矢さんが片手を上げて近づいた。
「いよっ、ナイススイング!」
「手応え全っ然なかったけどね。コイツ弱すぎー」
ハイタッチをしたかったのだろうか。スルーされた鋼矢さんが肩を落とす。
フォローしてあげたいけど迷惑かもしれないし、死神のキャラでもないしな……。
「──だからさ、今度はアタシと闘ってよ」
(え?)
わたしが益体も無いことで悩んでいると、石楠花さんが好戦的な笑みを浮かべ言い放った。
それはわたしも初めて共同探索した時にも言われた言葉だった。
人間と戦うなんて怖かったのでその時は断った(もちろん理由は適当にでっち上げた)し、石楠花さんも食い下がったりはしなかった。
きっと今回もそうなるだろう。という予想に反して鋼矢さんの答えは了承だった。
「いいね、オレもちっと物足りねぇって思ってたとこだ。次のフロアに行く前に少し闘ろうぜ」
(あれ……意外に乗り気だ)
前にバトルロイヤルのイベントとかも開かれてたし、実はわたしが過敏なだけで皆あんまり気にしないのかもしれない。
能力で沼中のドロップアイテムを集める鋼矢さんに、石楠花さんが問う。
「ルールはどーするの? 相手が降参って言うまで続ける?」
「戦場でそれは油断し過ぎんだろ。直接攻撃を先に当てた方の勝ち、くらいがちょうどいいと思うぜ」
「オッケー。それでやろ」
直接攻撃に限定したのは【マグネットスニペット】対策だろうか。
普通に一撃入れるだけだと一瞬で終わってしまう。
「そんじゃここら一帯を普通の地面に──」
「──あ、それはいいや。敵に塩を送ってもらうなんてダサすぎでしょ」
「いいのか? それだとオレが大分有利だけど……」
「いーの! アタシには<空歩>があるもんね」
これまで鋼矢さんだけは足元の泥を固めることで地面を歩くみたいに沼地を移動していた。
それを周囲一帯に使おうとしてくれたみたいだけど、石楠花さんは断った。
<空歩>は【魔力】消費も軽いし一度や二度の戦闘なら問題にはならない。
「じゃあ佐々木さん、合図をお願いします」
「了解した」
わたしは二人から離れた蓮の葉へ飛び移り「パン!」と両の手を打ち合わす。
まず最初に動いたのは石楠花さん。
先天スキルを利用した急加速で一気に間合いを縮める。
「捕らえろ」
そんな彼女の動きがガクンと遅くなる。
彼女の足に泥の鎖が絡みついていた。
反発力によって即座に鎖を破壊した石楠花さんへ、多数の金属の弾丸が迫る。
それをハンマーのヘッドで弾きつつ空中へ跳び上がった。
でもそこは依然鋼矢さんの間合いだ。
雨霰と射出される金属が少女を狙う。
石楠花さんも隙を見つけては【マグネットスニペット】を食らわせているけど、鋼矢さんに堪えた様子はない。
「ちょっとぉ!? 飛び道具ばっか撃ってないで近付いて来てよ! そんなんじゃ決着付かないじゃん!」
「機動力で負けてんのに無策で突っ込むバカがあるか! まず遠距離から削るのは基本だろ」
楽し気に叫び合う二人。
互いに能力はある程度割れていて、だからこそどう仕掛けるかを模索しているみたいだ。
「そっちこそ降りて来て近接戦仕掛けたらどうだ?」
「そんな見え見えの誘いに乗る訳ないで……しょッ!」
「あっ、ぶね!?」
石楠花さんが弾丸の一つを<魔弾>と反発力で受け止め、すかさずハンマーで打ち返した。
咄嗟に横へ飛ぶ鋼矢さん。直後、彼の立っていた場所が弾丸に貫かれ、大きな泥水柱を立てる。
沼の水面も強く揺れ、そこに立っていた鋼矢さんは体勢を崩す。
そこへ石楠花さんが高速で肉迫。弾丸を打ち返した時に数発、他の弾丸が体を掠めてたけど動きに鈍りはない。
「隙アリィ!」
「へっ、どっちかっつぅとオレは近接のが得意なんだよッ!」
沼が不自然に隆起して紙一重で石楠花さんの攻撃を回避。
背後を取った鋼矢さんが金属の棍棒を生成して殴り掛かろうとするも、
「【マグネットスニペット】──同極!」
「うおっ」
近距離での反発力によって押し飛ばされる。
距離が開いた二人。仕切り直すようにして暫時の膠着を挟み、どちらからともなく再び接近戦を開始した。
(二人とも……凄い)
熾烈な戦闘を見守りながら胸中で感心する。
わたしは白兵戦に重きを置かないタイプだ。真面目に近距離で戦うのなら大鎌なんて武器を使ってはいない。
だからこそ、敵と向かい合い一瞬のうちに幾度となく攻防を交わす彼らの姿は余計に眩しく見える。
敏捷値は大差ないはずだけど、あれ程のスピードで判断と動作を行う自身はわたしには無い。
(有利なのは石楠花さん……のはずだけど……)
近距離からの高威力の【マグネットスニペット】。
相手から自身へと反発力を作用させることによる緊急離脱。
これらを駆使する彼女は近接戦に滅法強い。
……なのに鋼矢さんは平然と渡り合っていた。
沼の操作で移動を補助したり不意打ち気味に弾丸を放ったり……スキルと身体操作の連動がこれ以上なくスムーズで、何度かその棍棒が石楠花さんに届きかけている。
何ていうか、とても場慣れしている感があった。
予想外の手を打たれてもすぐ立て直す。恐ろしい程の機転。
(面白い、な)
一人、静かに得心する。
この戦闘を見て沸き立つ感情は、二人が模擬戦に向ける感情と根を同じくするものだろう。
「……故に、邪魔をしてくれるな。【コキュートスの邪眼】」
「ぎゅい゛……」
戦場から二百メートルくらいの地点。
戦いの気配に寄って来ていたトンボのモンスターが、体を縦に両断され墜落する。間違いなく即死だ。
そうして露払いをこなしつつ観戦していると戦局が大きく動いた。
数歩の距離を空けた石楠花さんがハンマーを投げ飛ばしたのだ。
「おっと、なら次は──」
「【マグネットスニペット】──異極!」
「──そう来るよなッ」
鋼矢さんが半身を反らしたことで後方へと突き抜けて行ったハンマー。
それから石楠花さんへと誘引力が働いた。距離が不十分なため効力は今ひとつだけど、通常よりもワンテンポ早く接近。
得物を手放した彼女が選んだ攻撃は、蹴り。
「これでアタシの勝ちッ」
「変形」
「……え? っ、あっ!」
蹴撃が彼を貫くことはなかった。
いや、見方によっては貫いたとも言えるかもしれない。彼の体に開いた穴を、石楠花さんの右脚は通過していた。
しまった、って顔になったけど時、既に遅し。
「ていっ」
「あだっ」
慣性に乗って近づいて来た石楠花さんの頭部を、デコピンが打った。
直接攻撃を加えたことにより、この勝負は鋼矢さんの勝ちとなる。
「あ゛あ゛ああああぁぁぁーーーッ、負けたぁぁぁッ!?」
「別に隠してた訳じゃねぇけど、ダンジョン攻略中も変形はしてなかったからな。近接戦でもわざわざ手元に武器作ってたし意識から抜けてただろ」
へへへッ、と悪戯っぽく笑う鋼矢さん。
「もう! 次は負けないんだからね!」
頬を膨らませた石楠花さんはとぼとぼとハンマーの回収に向かう。
わたしもまたそんな二人に近づき、そしてダンジョン攻略を再開。その後は何事もなくダンジョンボスを倒したのだった。




