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7 コアモンスター

「やれやれ、惜しいな。晴れていれば私を彩る明媚な風景となっただろうに」


 ざく、ざく、ざく。

 湿った地面を踏む音が二つ、断続的に聞こえる。


「そこは諦めてもらうしかないね。破片の中ってこういう曇り空がデフォルトだから」


 それに混じるのは二人分の話し声。もちろん僕と加賀美さんのものだ。

 薄暗い海の中を並んで歩いていた。


「そうだ、明日にでも海に付き合ってくれ。カメラマンも務めさせてやろう」

「やらないよ? リジェクトウォーターは目立つし」

「そうか……」


 リジェクトウォーターとは、〔原始式〕で周囲の水を弾く技のこと。

 地面を少し固めたりの補助的な効果もあるので、僕らは海底を楽々歩けている。


「敵だね。左方向から二体、健闘を祈るよ。〔原始式〕──トランスパレンシー」

「任せておけ」


 海中に入って何度目かの会敵。

 外からだと気泡のドームが移動しているように見えるので相応に目立つはずだけど、如何せんモンスターの総数が少ないから戦闘頻度は少ない。


「「ギョオオオォォォ!」」


 海から気泡内へ突入して来たのは、浜辺で倒したのと同じく魚人だった。片方が杖を、もう片方が銛を持っている。

 近接型である銛魚人が駆け出し、杖魚人が気泡の縁で魔術の詠唱に入る。


 時を同じくして加賀美さんも走り出していた。

 気泡は半径およそ五十メートル。

 あっという間に加賀美さんと銛魚人の距離は縮まり、あと三歩で銛の間合い。


「【反】!」

「ギョォっ!?」


 だが両者が接触することはなかった。

 魚人の前方に光の膜が展開される。


 【反】の射程は約十メートル。範囲内なら展開場所は自由だ。

 膜には若干の傾斜が付いていて、止まる間もなくそこに突っ込んだ魚人は、速度はそのままに宙へと跳ね上げられた。


 その隙に下を通り抜けた加賀美さんは杖魚人に狙いを定め疾走。

 迎撃の水弾を跳ね返し、怯んだところへ自身の獲物を振り上げた。


「ハァァッ」


 全長一メートル弱の、岩で出来た武骨なハンマー。道中襲って来た他のモンスターが死亡後に遺した物である。

 魔石と一緒にドロップしたそれを加賀美さんは己の武器としていた。


 ゴン゛ッ


 鈍い打撃音が響き、杖魚人の頭蓋が陥没する。

 ハンマーを振り下ろされた衝撃で倒れ伏し、そのまま二度と動かなくなった。


「ギョッギョッギョッ!」


 間髪入れず銛魚人が襲い来る。

 突進の勢いを乗せて刺突を放ち、


「【反】──反射率五十パーセント」


 突如現れた光の膜に阻まれた。膜に触れた途端、ピタリと穂先が止まる。

 これまでは速度をそっくりそのまま反射していたけど、敢えて反射割合を落とすことで威力を相殺し、動きを強制停止させたのだ。


「でえいッ」


 無防備に突き出された銛へ向かって渾身のスイング。

 甲高い音が響き、銛は魚人の手を離れ飛んでいく。


 武器を失くした魚人へすかさず追撃が放たれるが、それは紙一重で躱される。

 海底(地面)を転がるようにして攻撃を避けた魚人は銛の方へ駆け寄ろうとするが、またしても光の膜に阻まれた。

 力を半分反射され動きを止められた魚人の背後に、凶器を振り上げた女が立つ。


「ぎょ、ギョ……っ」

「これで終わりだ」


 杖魚人同様、頭部を殴られ即死した銛魚人。

 しばしして彼の肉体も魔石を遺して消え去った。


「ブラボーブラボー、出力調節も完璧だね。素晴らしい成長速度だ」


 透明化を解きながら杖魚人の魔石を手渡す。


 出力調整というのは、光の膜のサイズや反射率を調整すること。

 初めは毎回大サイズの膜を使っていたけど、それだと【魔力】の無駄が大きいんだよね。


 【反】はその反則じみた性能と裏腹に燃費もすこぶる良いけど、色々工夫した方が成長も早まるのでサイズや反射率の調整を提案した。

 まだ数回しか戦ってないのにもう用途に合わせて咄嗟に調整できてるんだから脱帽だ。


「ふっ、当たり前だよ。なんたって私は天才だからね」

「はい、まあ、そうだね。異論はないよ」


 階梯能力は自然と使い方が解るものだけど、使い熟すには時間が掛かる。戦場でとなれば尚のこと。

 これほど短期で成長できる才人はそうは居ない。多分。


 僕が知ってるのは数値分析で得た情報だけで、実際に他の人の階梯能力を見たわけじゃないから確かなことは言えないけど。

 僕自身はすぐ〔(アステロン)〕になったから参考にならないしね。


 ただ才能の話だと彼女、戦闘センスもかなりのものだ。


 秀でた階梯能力や身体能力を、戦闘で遺憾なく発揮できるその精神性。

 倒すと決めれば物怖じしない思い切りの良さは、ともすれば異能の才覚以上に彼女を助けているだろう。


 体力や練度の兼ね合いから今が最善だろうと判断した僕は、偉そうに頷いている加賀美さんへ切り出す。


「これならコアモンスターと戦っても大丈夫そうだね」

「無論だ。むしろもっと早く戦っていても良かったくらいだ」

「その意気や良し、だよ。ちょうど向かって来てるからね」


 僕は再び透明化する。さっき倒した魚人は尖兵。

 配下の死を感じ取った大将が側近を率いてやって来る。


「ヴオオォォォオオオオオ!」


 激しい水音を立て、巨体の魚人が気泡ドームに突っ込んで来た。

 他の魚人より頭二つ分は高く筋肉質な体躯。サザエの殻に似た造形の兜に、何かの鱗を繋ぎ合わせた文字通りの鱗甲冑(スケイルメイル)

 そして身の丈ほどもある三又槍(トライデント)を構えたそいつは、正に将軍と呼ぶべき風体だ。


「「ギョーギョギョ」」


 次いで現れた二体の魚人はどちらも杖持ちだった。

 くすんだ体色や傷んだヒレから年老いた印象を受ける。

 吶喊する将軍を援護するように、二体の老魚人は水弾を飛ばした。


「っ、早いな……!」


 加賀美さんが目を見張ったのは【魔力】収束から水弾発射までのスパン──詠唱の工程がこれまでの杖持ちより遥かにスムーズだ。


 しかも老魚人は二体居る。

 今回は飛びのいて躱せたけど、将軍魚人との戦闘中に妨害されるのは厄介だろうね。

 加賀美さんは迫り来る将軍魚人から逃げるように後退し、そこへ二射目が放たれた。


「待っていたぞ、【反】!」


 光の膜が広がり二発の弾丸を跳ね返す。

 後退はタイミング調整。反射後に狙いやすい位置に来るよう、将軍魚人との接触を遅らせた。


 反射された水弾が向かう先は将軍魚人。

 一発は外れたが、もう一発が顔面にクリーンヒットした。


「ギョッ!?」

「ハァっ!」

「ギョオぉぉ……」


 足を緩めた将軍魚人へ加賀美さんは一転攻勢。脇腹へとハンマーを振りぬいた。

 互いの速度が乗った一撃はスケイルメイルを突き抜ける衝撃を与え、数歩後退(あとずさ)らせる。


 けれど将軍魚人は膝も突かない。

 加賀美さんが眉を顰めると同時、激昂した将軍魚人がトライデントを振り上げる。


「ギョギョオオオォォォッ!」

「【反】!」


 垂直に振り下ろされたトライデントが斜めの光の膜に触れ、横方向へと弾かれた。

 銛魚人戦での反射率五十パーセントで受け止めハンマーで弾くコンボをしないのは、将軍魚人の筋力だと得物を弾き飛ばせないという判断だろう。

 完全反射で時間を稼ぎ、さらなる攻撃を加えようとし、


「ちっ」


 ハンマーを振るう前に飛びのいた。

 一瞬前まで彼女の居た位置を、水で出来た二振りの刃が通り過ぎる。


 ブーメランめいた形状のそれらは将軍魚人の左右を迂回して飛んで来た。言うまでもなく老魚人達の攻撃である。

 将軍魚人の巨体に水弾の射線は遮られているが、曲線の攻撃なら問題はない。


 また偶然にも、この攻撃は【反】の弱点を突いていた。

 【反】は一度に一つまでしか光の膜を展開できないため、挟み撃ちをされると片方しか反射できないのだ。


「まずは後衛から、か」


 小さく呟き彼女は駆け出した。

 湿った砂を巻き上げるスプリントで将軍魚人の横を駆け抜け、しかし将軍魚人もすぐにトライデントを構え直し後を追う。


 足の速さは同程度。だけど将軍魚人には仲間が居る。

 老魚人達が水弾を放ち、回避のために左右にステップを踏んだことで加賀美さんはタイムロス。

 トライデントの間合いまであと一歩という距離まで迫る。


「ギョッギョッギョ」


 獲物があと少しというところまで近づき笑みを浮かべる将軍魚人。

 だが、笑っているのは彼だけではなかった。

 走る勢いはそのままに片足で踏み切り、空中で体を半回転させた加賀美さんも、口元に凶暴な笑みを浮かべていた。


「【反】!」


 この数十分で見慣れた光の膜が現れる。将軍魚人の眼前……ではなく、加賀美さんの進む先に。

 背中から膜に触れた加賀美さんは速度を反転。膜に僅かに角度を付けていたのもあり、半ばスライディングするようにして将軍魚人の足のすぐ横を通り抜ける。

 そしてすれ違いざま、翻弄される敵の足へとハンマーの一撃を加えた。


「ギョアァァァァっ!?」


 魚人の足には水掻きが付いており、水中での行動を阻害しないためか靴のような装備は身に着けていない。

 それは将軍魚人も同じことで、そこを狙われたことで右足に重大なダメージを受け地面に転がる。


 ランク一では破片からもたらされる再生効果もたかが知れている。

 しばらく戦線復帰は難しい。


「よし、次だッ!」


 素早く立ち上がった加賀美さんは、将軍魚人には追撃せず老魚人達を狙う。

 屈強な将軍魚人が居なければ、多少発動の早い杖持ち二体など加賀美さんの敵ではなかった。


 瞬く間に距離を詰め一体を撲殺し、十歩分ほど離れた位置に居たもう一体へと狙いを定める。

 モンスターに撤退という思考はない。

 正面から詠唱した魔術を【反】で返され、その隙に凶悪なハンマーが老魚人の息の根を刈り取る。


 その寸前、蹲っていた将軍魚人が動いていた。


「ギョオオオヴォォォォオオオオオ!」


 膨大な【魔力】がトライデントに集い、石突から大量の水が噴出。

 片腕と水の力でトライデントはロケットの如く発射された。

 三又の穂先はブレることなく加賀美さんの背中を狙うが、


「手が届かなければ物を投げる。園児でも思いつく悪足掻きだ、当然想定しているさ、【反】」


 無情にも広がった光の膜がトライデントをUターンさせた。

 二体目の老魚人が死ぬのとほぼ同時、己の投じた槍に胸を貫かれた将軍魚人。

 コアモンスターの肉体が消失した後には、他のモンスターよりも色みの濃い魔石と、主武器であったトライデント。それから、


「紙……?」


 一枚の紙片が遺されていた。



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