66 |雷-■地-天■■|
『<コンス──』
悪魔オリスは魔術を発動しようとしていた。
詠唱術の一つ、無詠唱によって即時発動するはずだった魔術は、しかし【魔力】が形を成す前に術者が死亡したことで不発に終わる。
『ご、きょぁ……』
螺旋状の槍みたいな形状となった雷の精がオリスの額に突き立っていた。
秒速百キロオーバー。自然現象の先行放電と同速で飛来した雷の精に何かを為す暇もなく屠られた。
他のプレイヤーはもう居ない。
集団を転移させる技、マステレポートでまとめて地上に送り返したためだ。加賀美さんだけは<ドメイン>を使おうとしてたから拠点の神社に送ったけど、今はそれを気にしている余裕はない。
「あ゛れ? ホかの人達ドコ行っだ?」
オリスから離れ球形に戻った雷の精が不思議そうな声を発する。
先程までより明瞭に聞こえる言葉は明らかに日本語。
そんな素振りは見えなかったけどあの一瞬でプレイヤー達から言語知識を抜き取ったのかな。
とはいえ今はこの程度のことで一々驚いてはいられない。
「〔録〕プラス〔原始式〕──エンドレスジェイル」
〔神力〕の牢獄で僕と雷の精を包み込む。
幾層にも重ねられた〔神力〕の障壁が内外からの攻撃を防ぎ、さらには障壁が破壊されても〔録〕の力によってすぐに再生する鉄壁の檻。
それも普段は第五階梯相当に抑えている出力を第七階梯──〔神〕の位階にまで引き上げた万全の態勢……けどこの相手にはあまりにも心許ない。
何せコイツからは〔神力〕を感じるのだから。
「雷の精が本体じゃないのは分かってる。目的は何かな? 何をしにこの星へ来た?」
〔神〕の眼は、雷の精の正体が〔司統概念〕であることを教えてくれる。
系統としては僕のアバターみたいなものだね。本体は別の場所に居て端末だけを遠隔で操っている。
「アンタは……地球ノ〔神〕か。ホントに居んだな゛ぁ……と、目的だっケか。」い゛くつかあっけど一番ハ手助けだな。あノ黒いモヤモヤ゛の……〔忌世怪〕に襲わレてたら放っとけネェだロ」
「それは有難いね。君の〔星界〕は近くにあるのかい?」
怪しいな、なんて言っても仕方ないので取りあえず感謝しておく。
向こうは会話をするつもりのようだし今の内に出来る限り情報を引き出そう。
「イヤ、オレぁ〔星界〕を持ってねぇんダ。定命から〔神〕になったクチだから゛な」
「へぇ?」
一気に妖しさが増した。
〔神〕は〔神〕として生まれる者がほとんどだ。
僕のように後天的に〔神〕になる者は極めて稀。
客観的に考えて……彼(性別があるかも分からないけど)が後天的に〔神〕になったってのは嘘の可能性が高い。
端末だけを送って来たのだって情報秘匿のためとすれば辻褄が合う。
動機には見当も付かないけど警戒するに越したことはない。
疑惑を確信に変えるためにも少し揺さぶってみようか。
「しかしアレだね。こうやって分体同士でやり取りするってのも少し煩雑だ。どうかな、直接会って話してみないかい?」
「あ゛ぁー……そウしてぇのは山々ナんだけどよ……あの〔忌世怪〕が邪魔で近付けねェんだ。もうズっと闘り合ってんだが全然削れなくてなぁ」
「虚ろの王と戦ったことがある……いや、今も闘っている、って?」
そんなはずは……あるのか?
確かに虚ろの王の体は広大無辺だ。背後に〔神〕が居ても覆い隠してしまう程に。
逆探知されても嫌だから虚ろの王の周囲を解析したりはしないようにしてたし、僕が気付けなかった理由としては充分だ。
それにもし雷の精が戦っていたのなら、虚ろの王の移動の遅さにも説明が付く。
先代の〔神〕、アースは最後の最後で虚ろの王本体を〔虚空〕の彼方まで吹き飛ばしたけど、それにしたって地球に再来するのが最短でも何十年も先ってのは鈍すぎると思ってた。
でもそれが、他の敵と戦闘しながら移動しているからだってことなら……あぁいや、けどこれはあくまで辻褄が合うだけだし正体不明の存在の話を鵜呑みにするのもな……。
僕が答えの出ない問いに頭を悩ませている間にも、雷の精は話を続ける。
「いやぁ大変だッたぜ、全力全開の〔司統概念〕を何発モぶち込んでんノにまるで底が見えね゛ぇんだから。〔忌世怪〕の相手ハ嫌んなるよマジで。そんでこりゃあオレ一人じゃジリ貧だってんでどうにか隙を作ッテ地球に分体を送ったんだ」
だからアンタが生きててくれて良かったぜ、と雷の精は言う。
実際は代替わりしていることは言わなくてもいいだろう
「君の苦労は伝わったよ。大変だったね。……確認するけど、共同戦線を張りたいってことでいいんだよね?」
「そうダぜ」
「それは願ってもない話だね。是非とも協力して欲しい」
取りあえずはそう言っておいた。
全面的に信用した訳じゃないけど噓八百と切り捨てるには整合性があるからね。
だからこそ、本当に協力するつもりだった場合の、最大のネックを尋ねる。
「……ところで君は見返りに何を望むのかな?」
「ン?」
「個人主義ばかりの〔神〕がわざわざ助けに来たからには相応の報酬を求めてるはずだよね? 僕は回りくどいことは嫌いなんだ。僕に出来ることなら最大限努力するから率直に言ってくれよ」
「いや……本当ニ助けたかったダケだぞ? オレは定命上がりだからか普通の〔神〕ほどマイペースじゃねぇし……故郷が侵略されてたら助けてぇって思うのは当然だろ」
「……故郷?」
どういう意味だ?
この文脈だとまるで雷の精の故郷が地球であるみたいに聞こえるけど……。
「あー、そっかラ言わねぇト怪しいヨな。実はオレ、元は地球人だったんだよ。色々あって他の〔星界〕に喚ばれててそこで〔神〕になった」
「……は?」
「名乗るのガ遅れちマって悪ぃ。オレは不破勝鋼矢ってんだ。よロしくな!」
そう言って雷の精──鋼矢は、自身の体の一部を伸ばし、まるで握手するように差し出した。
それは正に現代人にそのものな仕草だった。




