65 イレギュラー2
「〔原始式〕──テレポート」
悪魔の出現を感知した僕と加賀美さんはダンジョン上空へ飛んで来た。
距離があるのと〔司統概念〕で隠蔽しているので地上の悪魔にもプレイヤー達にも僕らの存在はバレていない。
「何なんだアイツは」
獰猛なライオンの姿をした悪魔を加賀美さんが指さす。
燕尾服に似た仕立ての良い紺色スーツに円筒状でツバのある帽子、それから持ち手が丸ノブ型のドレスステッキっぽい杖を持っていた。
改めて見てみてもミスマッチだね。
「完全に想定外の存在だよ。〔神〕としての僕が構築したダンジョン事前調査プログラムにも一切引っ掛からなかった」
まあでも、そのことこそがあの悪魔の正体を物語ってもいるんだけど。
端末ならともかく〔神〕の力を突破できる存在なんてこの宇宙に二種類だけだ。
「〔神〕か……もしくは〔忌世怪〕。そんで〔神〕の気配はしないから〔忌世怪〕側で決まりだね」
「つまりあいつがダンジョンが出来た元凶か」
「いや、それはない。アースを倒した〔忌世怪〕はまだ〔虚空〕に居るからね。それにこんな小物じゃいくら『反則』が噛み合っても神殺しは成せないよ」
「ふむ、確かに気配は弱弱しいな。ランク五の上位くらいか?」
あの黒い繭みたいな卵みたいなナニカに包まれてた時はさっぱり感知できなかったけど、今では普通に気配がする。
僕の感知網を掻い潜ったのは黒繭の力──〔忌世怪〕本体の力だったって訳だ。
そうこうしている内にプレイヤー達から誰何された悪魔が自己紹介を始めた。
『しかと心に刻みなさい。我が名はオリス。至高なる虚ろの王に仕えし七十二魔公が一角。これより貴方がたを蹂躙する者です、異界の人族よ』
「らしいよ」
「名前だけ分かっても仕方ないんだが。聞くに虚ろの王とやらが〔忌世怪〕なのか?」
「多分ね。そいつが四天王的な中間管理職って線もなくはないけど、そこまで組織立ってるとは考えにくいし。それに『虚ろ』ってことなら十中八九アタリだ」
ダンジョンのモンスターを侵していた『虚無』、意思を奪いただの殺戮機械へと生物を作り変えるそれと同質のものを、この悪魔は纏っていた。
だけど呑まれてはいない。
譫言のように一方的に話すだけの通常の悪魔と違い、このオリスは思考能力を残している。
「虚無か。具体的にどういう『反則』なんだ?」
「端的に言うと〔魂〕が無いこと、だよ。使い魔にあるような簡素な〔魂〕すら持っていない──にも関わらず普通に生きてるし、【魔力】を持ってるんだ」
それは例えるなら、エンジンもハンドルもタイヤさえも付いていないフレームだけの車が車道を走っているような、そんな違和感。
〔魂〕を視認出来る者からすれば明らかに異常で、不気味以外の何物でもない。
「なるほど……だが分からないな、どうやって君にバレずに居た? 〔魂〕がないのは虚ろの王だけなのだろう?」
「それは虚ろの【魔力】の影響だね。【魔力】は本来〔魂〕から生まれるものなんだけど、虚ろの王のそれは『反則』で無理やり生み出されてる。だから性質が少しバグってるんだ」
「バグ?」
「そ。いくつかあるけど今必要なのは一点。虚ろの王の【魔力】は観測が出来ないんだよ」
数値的に言えば、全ての値がゼロになるってところか。
悪魔が出て来た繭が黒かったのは、光が観測できず闇だけが見えていたから。
観測不能なのは音や匂いや温度や気配も同じで、だからこそ虚ろの【魔力】に包まれていた悪魔を僕のシステムも見落としてしまった。
「まあでも、このくらいならいくらでも対処できる。てか対処した。もうこの手法じゃ僕の感知網は欺けないよ」
悪魔オリスの解析と並行して進めていた監視システムのアップデートが完了する。
黒い繭を『黒い繭』として認識できているように、全ての数値がゼロになっていればそれはそれで違和感が生じる。
だったらそれを検知するようにすればいいだけの話だ。
「さて、今後の対策はこれでいいとして問題はアイツだよね」
「タイミングを見て助けに入ればいいだけじゃないのか? 虚ろの【魔力】は厄介だが性質が分かっていれば対応できなという程じゃない。……あぁ、捕虜にして情報を聞き出すべきか、ということか?」
「ううん、それはいいかな。オリスの記憶は〔録〕で大方探れたし。問題はオリスの見聞きしてる情報がリアルタイムで虚ろの王に送られてるっぽいことなんだよ」
オリスを調べる過程で分かったけど、どうやらこいつは虚ろの王と契約を交わした悪魔らしい。
その契約は通常の悪魔契約より強固かつ上下関係のハッキリとしたもので、僕とニャビの関係に近い。
だからこそ五感を共有するような芸当も可能だ。
「つまりあまり手の内を明かさない方が良いということか」
「そうそう。〔司統概念〕を使えば主従のリンクも切れるけどそれをすると〔神〕が居るってバレちゃうしね。アースを倒して油断してるっぽいしそれは避けたい」
「了解だ。プレイヤー達が力を使い過ぎない内に横槍を入れよう」
ブンとトライデントを一振り。
僕らが見下ろす先ではオリスとプレイヤー達が一触即発の空気を醸し出していた。
情報を引き出したい、または知的生命体と争いたくないプレイヤー達が会話を引き延ばしていたけどそれも限界。
開戦まであと僅かに思われた、その瞬間。
──ゴッオオォォォオオオンンンッッ!!。
何の前触れもなく、稲妻がオリスやプレイヤー達の近くに落ちた。
その場の全員の注目がそちらに向く。
ダンジョンの天井は曇り空のような灰色だけど本物の雲じゃない。従って落雷が怒るのは不自然だけど……そんなことが気にならなくなる程の不自然が僕らの目の前にはあった。
クレーターの出来た落下地点には、稲妻の精が居た。
雷電が一抱えはある球となって宙に浮いていた。
「ア゛、ア゛あ゛、あ゛。ぜス、デズ、ヴァイク、てズト」
「「「っ」」」
バヂバヂと空気を焼く電流の音が重なり合い、まるで合成音声のように言葉が紡がれる。
内容は不明瞭だけど、それは確かに何かの言語であるかのようだった。
「マ、ズい……っ」
『馬鹿な! 貴様は主が相手をしているはずっ。どうやってここに!?』
息を呑む僕と狼狽するオリス。
けれど雷精はマイペースにも辺りを見渡すような仕草をし、少し考えるような間を挟み、そして〔神力〕が脈打つ。
「っ、使うぞ三葛君っ、<ドメイン>!」
「〔原始式〕──マステレポート!」
「こロす、か」
雷精の姿が霞んだ。




