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61 雷光

 防戦一方。

 それが偽らざる戦況だった。


 アタシは回避ばかりで一切攻撃できていない。

 少しでも機動力を上げるため、大槌も手放してしまった。それでも何度か魔術が掠ったせいで<自己再生>を使わされているんだから笑えない。


「でもそろそろ反撃開始だよっ」


 腹立たしいことにあの赤巨人の攻撃には必死さ(・・・)がない。

 攻撃と攻撃の合間に一呼吸できるくらいの間が開くのだ。


 それはアタシを侮っている証拠だけど、おかげでこの猛攻にも目が慣れた。

 相手の挙動に意識を研ぎ澄まし、直進する砂嵐を躱しと同時。


「──同極!」


 ちょうど足元にあった大槌を掴み持ち上げ、その勢いのままにぶん投げた。

 【マグネットスニペット】の斥力も使ってさらに加速させる。


「ドゥドゥゥ」


 でも赤巨人には少しの動揺もなかった。

 滝のような……いや、それ以上の圧がある豪雨のカーテンを展開し、大槌を丘へと叩き落とした。丘には横一直線に溝が刻まれる。


「想定内!」


 防御に手数を回してくれたのはラッキーだ。

 これで本命が通せる。


「プレゼントだよ! 受け取り拒否なんてしないでよね!」


 右手で鷲掴みにしていたスーパーボール達を一斉に上空へ投じる。

 それぞれバラバラの方向に飛んでったけどおかげで大半が豪雨を迂回できた。


「【マグネットスニペット】──異極!」


 そしてそれぞれに一瞬だけ引力を作用させる。発生源は赤巨人。

 多方向から迫るスーパーボール達のどれか一つでも接触した瞬間に同極で赤巨人を攻撃する。


「さあここからが──」

「ゥロン」

「──は?」


 大気の捻じ切れる音が聞こえた。

 同時、赤巨人に迫った全てのスーパーボールが微塵となる。


 何も見えなかった。けど分かる。あれはきっと竜巻だ。

 強烈な風のミキサーで自身をすっぽりと覆い、スーパーボールを切り刻み弾き返したのだ。


「ヤバッ」


 気付けば赤巨人の右腕が照準するようにアタシへ向けられていた。

 くぅ、動揺で鈍ってた。攻撃が来る。回避は間に合わないっ。

 せめて防御を……!


 そんなアタシの思考とは裏腹に、赤巨人は半身になって右腕を背後へ回した。


「【スプリングスプリント】、<魔刃>」


 赤巨人の右腕に何かが高速でぶつかった。

 丘の下から跳び上がって来たそれは、第一フロアで別れたはずの芝根(しばね)おねーさんだった。

 鉤爪の<魔刃>を赤巨人の右腕に食い込ませている。


()った!?」


 けどそれはおねーさんの期待通りの結果じゃなかったみたいで、驚くような顔になった。

 そしてすぐさま<空歩>で横へ跳ぶ。


 同時、赤巨人が左腕を振り上げた。

 あんまり腰の入ってない雑な反撃、にも関わらず風圧がアタシの元まで届いた。


 【魔力】は感じない。ただの腕の一振りでこれだ。

 怪物以上に怪物じみた常識外れの膂力。これが、ランク五の力……。


「ヤッバぁ! あんなの一発だってまともに食らえねーし。てか茲乃っち平気!? エグイくらい装備ボロボロじゃん!」

「! ちょっと! 何で来たの!? アタシは一人で戦えるのに!」

「ゴメンね! でも今は前見て前!」

「っ」


 途轍もない【魔力】が吹き荒れる。

 これまでとは決定的に違う。手傷を負ったことで赤巨人も本腰を入れ始めたみたいだ。


「オルゥァイ」


 球状になり漂う雷──ボールライトニング。

 大玉転がしに使えそうなサイズ感の雷球が全部で九つ。赤巨人の周囲に現れ、それぞれが全く異なる軌道でアタシ達に迫る。


 弾速は赤巨人の他の攻撃に比べたらワンランク落ちる──そんなの何の安心材料にもならないけど。


「うわっ茲乃っち! あの雷追って来てる!」

「はぁ!? ストーカーじゃん!」


 二人揃って右に跳んだアタシ達に合わせて雷球達の軌道が変わる。

 雷球達は二手に分かれて前後から挟み撃ちにしようとしていた。


 しかも攻撃はそれだけじゃない。

 赤巨人はもう次の魔術を放とうとしていた。


「この【魔力】の感じは……吹雪! おねーさん! 上に逃げて」

「おけまる!」


 バネ仕掛けのように跳び上がったおねーさんと一緒にアタシも地面と反発して上空へ。

 間一髪、地上を蹂躙する猛吹雪を逃れられた。

 その吹雪で雷球の一部が暴発したけど、残りは浮かび上がるようにして空中のアタシ達へ迫って来る。


「付いてこないでよね、同極!」


 先頭の雷球に反発力を働かせる。

 【マグネットスニペット】の疑似磁力では物理現象としての電流には鑑賞できないけど、あの雷球は【魔力】で象られたモノ。


 反発力は問題なく作用し先頭の雷球が後退。

 そのまま後続とぶつかって誘爆を起こす。

 大気に放射された稲妻はまた他の雷球を巻き込み、誘爆が連鎖して全ての雷球を撃墜した。


「茲乃っちやるぅ! これなら反撃──」

「無理無理! すぐ次が来るよ!」

「わーお、一息つく暇もない、ねっ」


 さっきまでのより一回り大きくなった吹雪を必死に躱し、それからも怒涛の勢いで押し寄せる攻撃を捌いていく。

 おねーさんと二手に分かれて狙いを分散させても凌ぐのが限界。反撃の猶予はなかった。


「ちょっと茲乃っちッ、まだ逃げないの!? あーしらだけじゃ勝てないってもう分かったくないっ?」

「勝手にアタシを仲間扱いしないでっ。アタシは手伝ってなんて言ってないし逃げるなら一人で逃げてよ!」

「冗談抜きで死ぬよ!? 一人で戦いたいってのは分かったけどそれって命より大事!? あーしは、おわっ──」


 砂嵐に呑まれかけたおねーさんが手で宙を殴りつけて強引に方向転換。<空歩>の応用だ。

 紙一重で危機を脱したおねーさんは言葉の続きを叫ぶ。


「──あーしは皆が大事! 誰にも死んで欲しくない、あーしの知ってる人達をモンスターに襲わせたくない、だからプレイヤーになった。出会ったばっかだけど石楠花ちゃんにだって死んで欲しくない! 逃げようよ!」

「だから勝手に一緒にしないでよ! 仲間意識とかマジめーわくだから!」


 空から降り注いだ人の頭くらいある(ひょう)を、<魔盾>と反発力で受け止め赤巨人に撃ち返す。

 数瞬後、赤巨人が手元から放った雷撃が雹を砕き、アタシを感電させようと伸びて来たけどその時にはもう移動している。


「ほら! こっちの攻撃通じないんだし戦っても意味ないって! 大怪我しない内に撤退しよ!」

「うるっさいなぁ! アタシはそんなヘマしないもん!」

「でも【魔力】もいつまでもは──」

「っ」

「ウルルルルゥアアアッ!」


 油断したつもりはなかった。でも先入観が生まれていたことは間違いない。

 これまでずっと赤巨人はその場から動かなかったから、コイツはそういうモンスターなんだって無意識に決めつけていた。


 今回、赤巨人が取った行動はとてもシンプル。

 これまでにも何回も使っていた落雷による範囲攻撃魔術の発動と同時、アタシの方に向かって駆け出した。


 予測して然るべき行動なのに反応が遅れてしまう。

 敵の狙いはアタシ。凄まじい脚力。間に合わないと気づきながらも必死に先天スキルで距離を取ろうとし、


「っ、【マグネット──」

「【スプリングスプリント】!」


 それを実行するより早く突き飛ばされた。おねーさんだ。

 先天スキルで右脚を伸ばしてアタシを押しのけ、即座に脚を引き戻そうとするも間に合わなかった。


「ヴォオ゛ゥゥ!」

「づう゛ぅううううっ!」


 振り上げた拳が右脚を弾き、その威力でおねーさんの体は錐揉み状に宙を舞う。

 『バネの性質を得る』ってスキルだからか脚は骨折してはいないみたいだけど、殴られた衝撃でスーツは破け肉が抉れている。


「あ──」


 助けられた? 足を引っ張った? このアタシが?


 ぐるぐると空回りする思考に気を取られ、値千金の一瞬を浪費した。

 その間に赤巨人は次の行動に移る。


「ロォ──」


 【魔力】が高まる。魔術の前兆。意識が否応なく引き戻される──引き付けられる。

 おねーさんにトドメを刺そうとしていると、嫌に引き延ばされた時間間隔の中で理解した。


 あの状態のおねーさんにこれを躱せるとは思えない。

 出の早い【マグネットスニペット】ならあの魔術より先に撃てる、距離も赤巨人からはそこまで離れてはない……でも意味がない。


 ランク五の赤巨人には至近距離じゃなきゃ有効打にはならない、詠唱をキャンセルさせるなんて以ての外だ。

 魔術攻撃の軌道に関しても同様。込められた【魔力】量からして焼け石に水。

 おねーさんを回避させるのも無理。こんなに離れてたら充分な出力が出ない。


「ぁぁ」


 アタシに出来ることは、何もない。



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