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60 ランク五

「あ゛ぁぁぁムカつくムカつくムカつく……!!」


 植物の巨大さはそのままに、枯れ木ばかりとなった寂しい森を一人、駆ける。

 この第二フロアは第一よりモンスターの密度が薄いみたいだけど、それでも時折巨人に遭遇する。


 そいつらへ怒りをぶつけるように攻撃を繰り出し、倒し、先へ先へと進んでいた。


「マジ信じらんない……!」


 奥歯の軋む音がした。

 多少はやれるみたいだったし、おねーさんのこともまあ認めてあげなくもないかなと思っていたのに。 


「ゴォグゥゥ!」

「邪魔ッ」


 進行方向に立ち塞がった巨人に異極による高速移動で一気に接近し、横殴りにした。

 超重量の大槌は一切の抵抗なく巨人の土手っ腹を抉──違うっ、これは肉体そのものが、


「ブウォオオオォォ!」

「ぐっ」


 反撃の拳を受けてアタシは真横に吹き飛ぶ。

 巨人はお腹の傷なんて無いみたいにアタシに追い縋る……実際、あれは傷じゃないんだろう。殴られた時の感触で確信した。


 この巨人の肉体は、液体だ。

 臓器が無いのか、位置を変えたのかは分からないけど、お腹を半分抉られても問題なく動けるくらいには人間離れしている。まあ、元々巨人なんだけど。


 その液体巨人は突進の勢いそのままにアタシへ足を振り上げる。踏み潰すつもりらしい。


「同極!」


 けれどそれが叶うことはなかった。

 近距離で放射された反発力によって、巨人の右脚は拉げたように押し戻される。


 液状の体は柔軟だけど脆弱だ。

 この距離で【マグネットスニペット】を受ければ容易く形が崩れる。

 巨人の右足も少なからず影響を受けていて、ぐらりと体軸が傾いた。


「同極、<魔刃>」


 後はもう簡単だった。

 大槌と反発することで瞬きの間に跳び上がり巨人の頭を<魔刃>で両断。


 弱点に当たるまで全身を順繰り切り刻むつもりだったけど、ラッキーにも一発でアタリを引けたみたいだった。

 液体巨人は動かなくなり、程なくしてドロップアイテムに変わった。


「ハァ、ハァ、ハァ……あぁムカつくっ」


 勝利の喜びも苛立ちにすぐ飲み込まれてしまう。

 勝負をしようともしない奴は嫌いだ……あの日からずっと。



 小学生時代のアタシは敵無しだった。

 各学年に一クラスしかないような田舎の学校。ずっとアタシが一番だったし、張り合うような相手もいなかった。


 でもある日、一人の少女が転校して来た。

 無口で人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたけど、成績はピカイチだった。当時のアタシを超えるくらいに。


 その時、アタシの負けん気に火が着いた。

 テストの度に一方的に勝負を挑んで、負けて、でも楽しかった。いつか勝ってやるって思ってた。


 放課後、友達と遊んで家に帰ってからは宿題以外にも予習と復習を繰り返した。国語も算数も社会も、ちょっと苦手だった理科も。

 やがてアタシ達の学力が拮抗するようになった頃、耳にしてしまった。


『佐々木さぁ、あたしらのこと見下してんでしょ』

『いっつもベンキョーばっかして馬っ鹿みたい! そんなにガンバってても茲乃(しー)ちゃんに負けたクセに!』


 いつも仲良くしていた子達が、アタシを出汁に転校生をなじっているのを。

 そうしてアタシは集団というものの醜さを知った。


 何の努力もしてない奴が、他人の功績を我が事のように振りかざし誰かを罵倒する。

 そんなことが罷り通ってしまうのなら、いっそアタシは一人で良いと思った。


 だから中学に進学してからはクラスメイトとも表面的な関わりしか持たないようにした。

 努力も成果も苦労も栄誉も全てアタシだけのものでいい。誰かと分け合う気も分かち合う必要もない。


「そうだよ、おねーさんの手出しは余計だった」


 思い返すのは第一フロアのボス戦。共闘なんて不本意だったし、徒党を組まなくたってあの程度のボスは倒せた。

 他人の力に依存した勝利で喜ぶような浅ましい真似はしていない。


 それを、アイツを倒して証明する。


「見つけた」


 このフロアに踏み入ったその瞬間から、その膨大な【魔力】は感じ取れていた。

 まるで隠す気のないそれはまず間違いなくダンジョンボスのもの。


 果たして。こちらに背を向け、小高い丘の頂上から枯木の森を見渡していたのは一本角を生やした巨人だった。

 他の巨人よりは一回り小さくて、背丈はアタシの三倍程度。


 頭から血を被り乾燥させたかのような赤褐色の皮膚をしていて、遠目にも悍ましさを感じる。


「くふふ、すっごい【魔力】!」


 近づいたことでより鮮明となる強大さ。

 まだ校庭の端から端くらい離れてるけど、その過大な【魔力】は肌にビンビン突き刺さっていた。


 アタシの気配に気付いてるはずなのにも振り返ろうともしないのは、アタシを格下と侮っているからか。


「いいよ。その余裕、すぐに崩して──」

「グルゥゥ」


 ──轟音。閃光が天地を繋いだ。




 ◆  ◆  ◆




「あーーー……やっちったなぁ」


 茲乃っちの消えて行ったゲートを見つめてあーしは項垂れる。

 昔っからいっつもこうだ。

 『皆』とか『空気』とかをぐいぐい押し付けるせいで誰かの心を傷付けてしまう。


 ボス戦は危ないからプレイヤー一丸となって立ち向かうべき──この考えは正しいと思う。

 全員が得をする選択だ。


 でも正しさは一つだけじゃない。きっと茲乃っちには茲乃っちなりの正しさがあって、それをあーしが無神経に踏みつけちゃったんだろう。

 あの怒りっぷりは、そういう類いのものだった。


「あ~切り替え切り替え。ニャビ、龍治っち達と電話繋いで」

「了解にゃ」


 ダンジョン内にはWi-Fiは届いてないケド、ニャビを噛ませることで通話ができるの。


『……芝根さん、こっちは着々とプレイヤーが集まって……つってもまだ二人なんすが、協力はオーケーしてもらってます。そっちはどうですか?』

「とりまフロアボスは倒せたよ」

『二人でっすか!?』

「そうだよ。でもね──」


 龍治っちの驚いた声が聞こえるケド、あーしは一緒に喜ぶことは出来ない。

 茲乃っちを怒らせたことを伝えると、龍治っちは気遣うような声音で言った。


『……一旦合流しましょうか。ゲートの場所まで案内してもらいたいっすし』

「いや、あーしは第二フロアに先に行ってる。ゲートの場所はマップを送るからそれを見てよ」


 茲乃っちが拒んでても、やっぱりランク五を相手に一人で行かせるのは危険すぎる。

 たとえ彼女の正しさに反していても加勢する。それがあーしの正しさだ。


『それこそ危険じゃないっすか? 相手はランク五。全員揃って向かわないと……いや、全員揃ってても返り討ちになるかもしれないですよ』

「んーん、今は時間が惜しいから。最悪もう戦闘始まってるかもだしねー」

『……どうしてそこまでするんです?』

「あんな小さい子、放っとけないっしょ。それに謝りたいからね。ちょーーっとディスコミュニケーションしちゃったぽいんだー」

『分かりました。他のプレイヤーを待つのは切り上げてそっちに行きます。ご武運を』


 プツリと通話が切れる。

 じきに皆が来るんだろうけど、あーしは先に一人で進む。


「あぁー、怖いなぁ!」

「じゃあ引き返すかにゃん?」

「まっさか。怖くたって逃げるわけにはいかないっしょ」


 周囲の安全を確認してゲートを潜る。


「帰る時は皆でだい」




 ◆  ◆  ◆




「──カハっ」


 第二フロアにて。

 石楠花茲乃はボスの立つ丘の麓で膝を突いていた。


「ブォゥゥ」

「っ、異極……!」


 遠方の木から引力を生じさせ、石楠花はその場から飛び退く。

 直後、猛吹雪が彼女の居た地点を蹂躙した。


 スーパーセルをも凌ぐ風圧が地表を削ぎ、氷礫の突き刺さった周囲には霜が降りていた。

 だがそんな攻撃を避けたとて石楠花に安息は訪れない。


「グゥルゥ」

「く、<魔盾>!」


 莫大な【魔力】が天へと昇った次の瞬間、石楠花を中心とした半径数十メートル内に無数の雷が降り注いだ。

 狙いが大雑把であったため直撃はしなかった──にも関わらず、<魔盾>とコンバットスーツの絶縁性を突破して微量のダメージを石楠花に与えた。


 雷に撃たれた枯れ木は赤々と燃え上がり、丘の外周を炎の壁で囲っている。


「化け物、過ぎるでしょ……っ」

「ブルゥ」

「づっ、異極!」


 痺れる体を癒しつつ、追撃の砂嵐を辛うじて躱す。

 その様子を何の感情もなく見ていた天鬼ヴェルブズモーラは、淡々と次の攻撃を行うのだった。



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