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59 共闘と

 おねーさんとの競争が始まって十分と少し。


「同極、<重打>!」


 破砕音が耳を劈く。

 巨人の巨大棍棒とアタシの大鎚が衝突し合った音だ。


 棍棒は木製。多分そこら辺に生えてる超デッカイ樹木から削り出したんだと思う。

 バカデカく育つファンタジー樹木なだけあって地球の樹木よりも頑丈だけど、でも所詮は木。


 アタシの大鎚にはまるで敵わず真っ二つだ。


「ほぉらもっかいあげる! 異極!」

「グギョォォオオオオオっ!?」


 巨人の遥か後方の木からアタシへと引力を働かせ、一気に肉迫。大鎚の二撃目を食らわせて仕留めた。

 これで残すは一体(・・・・・)


「「ギャギャギャギャギャア!」」


 さっき倒した巨人を巻き込むようにして、双頭の巨人が魔術を発動させる。

 そいつは喉奥に大量の【魔力】を集め、二つの頭から同時に熱線を吐き出した。


「同極」


 熱線はそこそこの速度だけど、それがアタシに到達する頃にはもうそこにアタシは居ない。

 大鎚を起点に、自分を反発力で飛ばしたから。


 飛んだ先は双頭巨人の真上。

 すかさず地面から誘引力を働かせつつ<空歩>で下方へ加速。右側の脳天へと蹴りをお見舞いしてあげる。


「<重打>!」


 <重打>は打撃を重くするスキル。

 それが乗った一撃は、誘引力での加速なんかも合わさって巨人に膝を折らせるだけの威力があった。


「まだだよ、同極」

「ゲョォォぉ……」


 間髪入れず反発力で追撃する。

 双頭巨人の頭に手を添えてたから威力は最大。連撃を食らった方の頭は多分これでノックアウトだね。


「ガァァアア!!」

「アハッ、どこ狙ってんの?」


 もう一方の頭があるから巨人の体は普通に動く。

 ハエを払おうとするみたく腕が振るわれるけど、【マグネットスニペット】の高速移動を駆使するアタシには当たらない。


 攻撃を掻い潜りながら残った頭の顎を蹴り上げ、動きが鈍ったところで連続攻撃。

 そう時間もかからず双頭巨人はドロップアイテムに変わった。


「くふっ、六体くらいなら軽い軽い」


 熱線で弾き飛ばされた大鎚と、他の巨人のドロップアイテムを誘引して回収する。

 さっきの巨人の群れ、初めは三体だけだったんだけど、戦ってるうちに他の巨人までやって来て戦いが長引いちゃった。


 角付きの巨人とか、目鼻がなくて大きな口だけの巨人とか、四本腕の巨人とか、見たことないタイプも混ざってたけどなんてことない。

 アタシに掛かれば十把一絡げだ。


「近くのは狩り尽くしちゃったかなぁ……あれ?」


 次の標的を探すため意識を集中させて<索敵>範囲を広げたら、おかしな気配を感知した。


「これ、フロアボスかな?」


 感じる【魔力】の質はフロアボス特有のもの。

 量も他の巨人とは一線を画す膨大さだ。


「残り時間は……五分切ってるか」


 ルール的にはフロアボスを狙う旨みはないんだよね。

 けど、このままじゃアタシが順当に勝ってつまんないし、せっかくなら倒しちゃおっかな。


「そうと決まればレッツゴー!」


 ダンクエのインベントリから【魔力】回復薬を取り出し、ググっと呷る。

 口の中に甘やかな白桃の味と香りが広がった。


 コインをちょっと多めに払ってピーチ味にカスタムした【魔力】回復薬のおかげで【魔力】が満タン近くまで回復した。


「それじゃあ異極!」


 前方の木に引かれるようにして森を駆け、そのうちにフロアボスの姿が見えて来た。

 その体躯は他の巨人に輪をかけて(おお)きい。

 さっきの個体と違って頭は一つだけだけど、頭部を覆っているのは眼球、眼球、眼球。


 夥しい数の眼球が頭のテッペンから頬骨の辺りまで、三百六十度をびっしりと覆い尽くしていた。


「うっへぇぇ、キんモぉ……」

「気を付けるにゃん! あれはレギオンボスにゃん!」

「レギオンぅ?」


 何でも、ごく稀にダンジョンから過剰に力を供給されるボスモンスターが居るらしい。

 それがレギオンボス。

 レギオンボスは肉体が肥大化してて、生命力と【魔力】が飛び抜けて強化されるそうだ。


 たしかに、他の巨人と比べても体格が一層大きい。

 それはつまり近接攻撃の射程と重さがさらに高いってこと。【魔力】量もアタシを遥かに超えてるし、これは…………。


「ランク五の前の肩慣らしにはちょうど良さそーだね」


 唇をチロリと舐めて地を蹴る。

 多眼巨人もこっちに気付いた。【魔力】が高まる。


「早いね」

「ギガアアアアアッ」


 アタシが多眼巨人の元に着くより先に魔術が発動する。

 それは光線だった。ギョロリとアタシの方を向いた眼球の一つ一つから、幾条もの極彩色のビームが放たれた。


 でも同時にアタシも跳躍している。


「同極、<魔盾>」


 地面と反発しての大ジャンプ。

 念のため張った【魔力】の盾の下をビームの群れは通り過ぎて行った。


「ギャギュッ──」

「ちょっと、次はアタシの手番で、しょッ!」


 <空歩>と、すぐ近くにあった巨樹の幹との反発で一気に肉迫。

 二発目の魔術より早く多眼巨人の顔面へ大槌を振るう。


 けどその攻撃は空を切った。

 多眼巨人は膝から上を勢いよく()らして回避したのだ。さながらイナバウアーみたいに。


「どーゆー体幹なワケ!?」

「ギグググ」

「ヤバ──」


 アタシの真下には多眼。そこに集積された多量の【魔力】は今にも光線に変わる。

 今からじゃ躱せない!


「<魔盾>っ」

「【スプリングスプリント】」

「ギゴっ!?」


 けど光線の群れは明後日の方向に放たれた。

 横合いから矢のように飛び込んで来た少女が。多眼巨人の側頭部を蹴り飛ばしたからだ。


「危ないとこだったね、茲乃(しの)っち」

「ハァ!? なんで居んの!?」


 蹴りを放ったのはアタシと勝負しているはずのおねーさんだった。

 <空歩>で距離を取りながらおねーさんが声を掛けて来る。


「そんなことより今は討伐優先っしょ。コイツ、全然元気だよ」

「っ、言われなくたって……!」


 蹴り飛ばされた多眼巨人は素早く体勢を立て直した。

 武器は持ってないけどフィジカルは高いみたいだね。


 おねーさんの蹴りで眼が一つ潰れてるけど、ダンジョンボスならそのうち治る。

 そもそもあの多眼だと一つ潰れてたところで誤差でしかない気もするけど。


「言いたくないならいーけどさ、先天スキル教えてくんない? あーしの【スプリングスプリント】は手足をバネみたくする効果と、体力と【魔力】を自動回復する効果があるよん」

「バネ?」

「そ。シャーペンの押すとこってグッと押してからパッと離すと勢いよく飛び出すじゃん。あんな感じでパワーを溜められるの。シャーペンって言っても小学生だし分かんないかな?」

「ハ? アタシ中学生なんですけど? シャーペンくらい普通に知ってるし」

「えっ、あ、なんかゴメン。小さいからてっきり……んんっ。まあそんな感じでパワー溜めたり、その勢いのまま手足をズバーンて伸ばしたり出来るよ。バネだからシンシュクジザイなの」

「…… そ。アタシの【マグネットスニペット】は磁力みたいな力を発生させるスキルだよ」


 不本意とは言え共闘する以上、事故があってもダメだから能力を明かしてあげる。


「どっちも高速移動系か~。ごっつんこしないよう気を付けよーね」

「アタシ、そんな間抜けじゃないもん。そっちがぶつかって来ないなら当たんない、よ!」


 アタシとおねーさんは同時に左右へ跳ぶ。

 次の瞬間、直前まで居た場所を多眼巨人の光線が貫いた。


 モンスターが使う魔術は詠唱時間があるので連発は出来ない。これで少しの間、猶予が出来る。

 この隙に一気に距離を詰める!


「【スプリングスプリント】!」

「同極!」

「グガァァアアアッ!」


 多眼巨人も魔術が間に合わないって分かってるみたい。

 次弾の詠唱は継続しつつも、アタシ達に向けた迎撃は他の手段で行われた。

 足で、森の土を巻き上げることによって。


 多量の土砂が高速移動するおねーさんの前にぶち撒けられる。

 そこに突っ込む寸前、おねーさんは<魔盾>で急カーブして迂回していた。


 アタシの方には土砂はないけど、こっちはこっちで別の手段が行く手を阻む。


「グゴオオオオォォッ」


 巨樹の枝を一本手折り、それを勢いよく振り下ろしたのだ。

 一際に大きいこの巨人は、腕を掲げるだけで巨樹の枝に手が届く。


「異極」


 遠くの木に引かれるようにして回避。

 予備動作が見え見えだったしその打ち下ろしを避けるのは簡単だった。

 でも、追撃はそうはいかない。


「ギュア゛アアァァァ!」

「同極!」


 素早い切り返し。

 地面を叩いた巨大枝は、まるで跳ね返るようにしてアタシの方に向かって来た。

 身体能力が尋常じゃない。


 アタシは棍棒からアタシ自身に反発力を発生させて緊急回避。けど間に合わなかった。咄嗟に大槌の柄で受ける。

 ダメージは大分殺せたけど、反発力のせいもあってアタシは派手に吹き飛んでしまう。


「<空歩>っ!」


 宙を踏んで急停止。

 強いGが掛かるけどこのまま距離を開けさせられればおねーさんに攻撃が集中する。


 あっちからの申し出とは言え一応はチームを組んでるのに、そんな足を引っ張るような真似アタシのプライドが許せない。

 右足に走る痛みを<自己再生>で消しつつ、遠くの木から誘引力を働かせて多眼巨人の元へ急ぐ。


 その多眼巨人はおねーさんに向けて巨大枝を振り被るところだった。

 土砂を迂回した影響で遅れてたおねーさんは、今まさに巨大枝の攻撃範囲に入ったところ。


 当然、人間の近接攻撃が届く間合いなんかじゃない。


「【スプリングスプリント】、<魔刃>!」

「グガァァッ!?」


 手足が伸びるビックリ人間じゃなければの話だけど。

 突然伸長した腕。そこから生えた【魔力】の刃が巨大枝を握る多眼巨人の手を突き刺した。


 巨人の体格からしたら彫刻刀が刺さったくらいのものだろうけど、そんなことになったら普通は転げ回る。

 痛みを何とか堪えた多眼巨人だったけど攻撃動作は阻害され、その隙におねーさんは巨人の側面へと回り込んだ。


「ググ──」

「こっちががら空きだよバァーカ!」


 多眼巨人の眼はたくさんあっても腕は二本しかない。

 おねーさんが攻撃を仕掛けるタイミングにどうにかアタシも接近し、大鎚を振るう。


 咄嗟に右腕で受けられちゃったけど、骨を砕く感触があった。

 おねーさんの方も伸びる腕と<魔刃>で左腕に切り傷を与えたみたい。


 間髪入れず【マグネットスニペット】で斥力をぶつける。

 多眼巨人はたたらを踏んで──そこで魔術の詠唱が完了した。


 眼球から全方位に放射される光線を、アタシとおねーさんは後ろに跳んで躱す。

 仕切り直すのが目的だったんだろうね。光線はどれもアタシ達と多眼巨人の中間地点に着弾してた。


 間合いを取らされちゃった訳だけど、態勢を整える隙はあげない。


「ここが秘密兵器の使いどころだよね!」


 取り出したのはビニール袋。中には色とりどりのゴム球──スーパーボール達。

 ビニール袋を手放したアタシはそれを、力一杯に大槌で殴り飛ばした。


 衝撃でビニール袋は破裂し十数個のスーパーボールが飛んで行く。

 飛ぶ方向はバラバラでコントロールなんて出来ない、それでいい、このスーパーボールにはアタシの【魔力】が込められてるから。


「異極! それから同極!」


 多眼巨人に一番近いスーパーボールが軌道を曲げて多眼巨人に向かう。

 そして接触する瞬間、そこから反発力が発生した。


「ギィ──」


 至近距離での反発力に多眼巨人は一歩後ずさって、そしてその背中にスーパーボールが当たる。

 巨人を通り過ぎて行った物が誘引されたのだ。


「同極!」

「グガァッ!?」

「異極! 同極! 異極! 同極! 異極! 同極! ほらほらほら! ボサっとしてたらやられちゃうよぉ!」


 これこそがアタシの秘策だった。

 昔スーパーボールをあっちこっちからぶつけて反発力で滅多打ちにする。


 ランク四相手だと一発一発はジャブ程度にしかならないとは言え、積み重なれば戦闘不能に追い込める。

 それにスーパーボールはダンクエの装備品機能で強化しているからそう簡単には壊せない……まあ尾津のおじさんには初見で見切られて全部叩き壊されたけど。


 でも多眼巨人にそこまでの技術はない。体の大きさも違うしね。

 闇雲に腕をぶん回すばっかりでスーパーボールを潰し切れず、ひたすらにダメージを受けていく。


「んじゃーそろそろ決めちゃうねー、【スプリングスプリント】! <魔刃>!」


 そして歯痒いことに、今回アタシは一人じゃない。

 巨人の背後に回ったおねーさんが先天スキルで急発進した。


 気配を再捕捉した時には多眼巨人の背に張り付いていて、そこからもすぐに跳んで離れてしまう。

 離れる時に蹴られたのか、多眼巨人の体がぐらりと前に傾き、そのまま受け身も取れずに倒れた。


 震動がアタシの足元まで伝わって来る。

 多眼巨人の背中……ちょうど心臓の裏に当たる場所には深々とした刺し傷があって、そこから間欠泉みたく真っ赤な血が噴き出していた。

 辺りに血の池が出来始めた頃、フロアボスはドロップアイテムに変わる。


 と、その時スマホのタイマーが鳴った。

 討伐数競争が終わったって証だ。


「いえーい! あーしらの勝利だね!」

「別に手伝ってくれなくて良かったんだけど? てゆーか競争してたの忘れてないよね?」

「そーいえばしてたね」

「アタシは誰かに手伝ってもらったのを自分の手柄にする気はないし、フロアボスの討伐はおねーさんのカウントにしてあげる。それでニャビ? おねーさんの討伐数はいくつ?」


 意気揚々と、審判役を押し付けたニャビに訊ねる。

 おねーさんが強いのは分かったけど……いや、だからこそ、アタシだっておめおめと負けるつもりはない。


 でも、ニャビの返答は予想だにしないものだった。


「一にゃん」

「…………は?」

小春(こはる)はずっと<潜伏>して茲乃(しの)を見守っていたから一度も戦っていないにゃん。だからスコアはフロアボスの一体だけにゃん」

「どーゆーこと……!?」


 半ば怒鳴るように訊ねたアタシにおねーさんは悪びれもせず答える。


「いやー、さすがにソロでランク四軍団と戦うのはリスキー過ぎじゃん。茲乃っちもさっきの戦いで分かったでしょ? 一人じゃここの攻略は厳しいって。ほら、あーしら結構相性いいみたいだしさ。ランク五ボスも一緒に──」

「馬鹿にして……っ。おねーさんは皆と攻略すればいいじゃん!」


 苛立ちのままにおねーさんの言葉を遮った。

 ヘラヘラと笑っていた彼女に背を向けて、アタシは第二フロアへのゲートを潜るのだった。



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