58 ランク五ダンジョン合同攻略イベント
「ごちそうさま! じゃあママ! アタシ部屋で勉強してるから絶対に入って来ないでしょね!」
「はいはい、分かったわ。しっかり勉強するのよ」
アタシはルンルンと階段を上る。
今日は待ちに待ったイベント当日! 朝からずぅっとうずうずしてた。
自室のベッドに寝っ転がってスマホを取り出す。
「そろそろだよね、ニャビ!」
「まだ二十分はあるにゃん。落ち着くにゃん」
「えー! ちょっとくらい先に入らせてくれたっていいじゃん!」
「駄目にゃん。ルール厳守にゃん、抜け駆けはいけないにゃん」
「ケチー」
仕方ないなぁ。
時間を潰そうと【マグネットスニペット】で漫画を引き寄せるけど全然頭に入って来ない。
アタシはすっかりダンジョンの口になってるみたい。
何度も読んだページを捲ったり戻ったりしているうちに、やっとその時が来た。
「そろそろイベント開始にゃん。準備はいいにゃん?」
「モチロン! 早く始めてよ!」
「もう八秒待つにゃん……三、二、一、それじゃあくれぐれも気を付けてにゃん!」
ふわっと浮かぶ感覚と一緒に視界が切り変わった。
ダンジョン特有の【魔力】に満ち満ちた空気に自然と笑いが溢れちゃう。
「んー、おっきな木ぃ」
このダンジョンの環境は森みたい。
校舎より大きな巨樹が林立して空を覆っている。
まあ大きい分、樹木ごとの間隔も広いから歩くのには苦労はしなさそうだけどね。
「そんじゃあ早速──」
<索敵>に反応のあった近場のモンスターの方に向かおうとしたその時。背後に気配が現れた。
それも一つだけじゃない。
三つ、四つと連続する。。
「こっこがイベントダンジョンかー、デッカ~~~」
「すいません、俺のせいでちょっと遅れてしまって」
「大丈夫ですよ、ほぼ時間通りじゃないですか」
「同感だ……って、もう来てる人か居るみたいだ」
出て来たのは四人の男女。三人は高校生くらいっぽいけど、丁寧語の日焼けした男は大学生くらいかな?
パーティーを組んでるみたい。
「アハッ、おにーさん達キグウだね。スタート地点が被っちゃうなんてさ」
「ん? どゆこと……?」
「ニャビの話を聞いてなかったにゃん? 今回は全員同じところからスタートにゃん」
「え゛!?」
初耳なんだけど?
でも言われてみればイベント説明の時に何か言ってた……ような気がする。第一、第二と同じようなもんでしょって聞き流しちゃってたけど。
「他の参加プレイヤーも三十分もしない内に揃うにゃん。それまで話し合いでもしながら──」
「ハァ? なんでアタシがそんなことしなきゃなの? アタシは誰とも組まないから」
「まあそう言わないで、俺は眼竜龍治って言うんだ。君の名前を教えてくれないかな?」
「知らない人には名前教えるなって言われてるもんねー。おにーさん達がつるむなら好きにすればいいけどアタシはアタシで攻略するから。バイバイ」
【マグネットスニペット】で急加速しておにーさん達から離れる。
あーもうメンドくさい。子供だと思ってやけに優し気にしてくるのもムカつく。
なんで今回だけ他のプレイヤーと一緒なんだろ。
「ちょっち待ちなよ~」
「なに付いて来てんの?」
スタート地点が見えなくなるくらい進んだところでその辺の木と反発して減速し、振り返る。
付いて来たのは一人だけ居た女の人。まだ全然全力じゃなかったけど、アタシの速度に追い付けるんだから、まあ、そこそこやるね。
他の人が来てないのは、新しくダンジョンに入るプレイヤーと合流するためかな。
それで機動力が一番高いおねーさんだけを向かわせた、ってとこだね多分。
「ねぇ君、ここは協力しようよ。さすがにランク四でもこのイベントをソロでは厳しいっしょ」
「それはおねーさんが弱いからでしょ。アタシは一人でもヨユーだから」
「ハアアアアっ!? このクソガキぃ、あーしは心配してあげてるんですケドっ?」
「別にアタシそんなの頼んでないし! てゆーかちょっと年上なくらいで子供扱いしないでよね。アタシの方が強いしッ」
「なによ! こっちは心配してんのにさァ! いくらアンタが強くたってランク五には勝てないっしょ」
「そんなのやってみなくちゃ分かんないじゃん!」
「「「グオオオオォォォ!」」」
「「うっさいなァッ!」」
ズシンズシン地面を揺らしながら近づいて来たのは単眼で、膝がアタシの頭より高い位置にある巨人達。
外皮は絵本の赤鬼みたいに真っ赤で手には棍棒。そんな単眼巨人が三体居て、そのどれもがランク四相当の【魔力】を放ってた。
「おねーさんが騒ぐから来ちゃったじゃん!」
「いやその前から近づいて来てたっしょ」
罵り合いながらスマホを操作して武器を取り出す。
武器頼りってなんかダサイし前までは使ってなかったんだけど、尾津のおじさんに言われて作ってみた。
ランク四の筋力がなきゃ持ち上げられない重みと共に現れたのは、アタシより大きな戦鎚。
やたらと硬いランク四ボスのゴーレムからドロップした武器を元に、改造を施した一点物だ。
「行くよ、【マグネットスニペット】、同極」
大鎚の重さなんてないみたいに地を駆ける。
実際、アタシはほとんど重さを感じてない。先天スキルで地面と反発させて重さを帳消しにしてるから。
大鎚の質量が消えた訳じゃないからスピードは少し落ちてるけど誤差の範囲だ。
「ガァァアアアッ!」
巨人が電柱より長い棍棒を振り下ろす。
それはさながら落雷。大気の押し出される轟音と共に土砂が爆ぜ散る。けど、こんなのランク四同士の戦いじゃ日常茶飯事だ。
「アハハッ遅い遅い! 異極、同極!」
【マグネットスニペット】のジグザグ移動で大振りな一撃を躱し、一体目の単眼巨人を目掛けて突撃する。
「そぉれッ、<重打>!」
硬い物を砕く手応えと共に単眼巨人の側頭部を打ち抜いた。
この大鎚はすんごく重い。それはつまり威力も高いってこと。
この巨人はもうノックアウトだ。
「「グオオ!」」
「まっ、そう来るよね」
とは言えここに居る敵は一体だけじゃない。
後続の二体は単眼に【魔力】を集めて魔術を放とうとしてるし、アタシも当然それを避ける準備はしてる。
【マグネットスニペット】の射程ギリギリ……つまり、異極の効果が最大になる位置の木を起点にアタシの体を引き寄せようとした、その時。
「【スプリングスプリント】。あーしも忘れないでよね」
「ぐぉあ゛ァァァ……っ」
一番奥に居た単眼巨人の顔面に──それも顔のほぼ半分を占める単眼に、おねーさんの腕が突き刺さっていた。
噴き出した血がおねーさんのスーツとヘルメットを赤く汚す。
引き抜かれた手にはカラフルな鉤爪の付いた手甲が装着されてて、それで巨人に致命傷を与えたみたい。
鉤爪の長さよりも傷が深いのは<魔刃>を使ったからかな。
「ほいもういっちょ!」
空中で体を捻ったおねーさんは、その場で最後の巨人に向けて蹴りを繰り出した。
巨人達は体が大きいからそれぞれ距離を空けて歩いてた、だからおねーさんの蹴りは当然届かない。
そのはずだった。
「ぎゅぃぃぃっ!?」
爪先と、そこから生えた<魔刃>が巨人の頭に穴を穿つ。
おねーさんの足が伸びたんだ。まるで縮み切ったバネを、一気に解放したみたいに。
「ふぅー、何とかなったァ。皆魔術の詠唱してたしコイツらこの図体で後衛タイプだった感じ? 発動されてたらちょっちキツかったかもね」
巻き尺みたいにシュパッと足を戻したおねーさんが馴れ馴れしくそんなことを言う。
まるでアタシ一人じゃピンチになってたみたいな言い草にカチンと来た。
「ハ? アタシは一人でも全然勝てたんだけど?」
「えー、そんなツレないこと言わないでよー。あーしら、一緒に戦った戦友じゃん」
「勝手に割り込んで来ただけでしょ!」
「……んー、これはマジな話なんだけどさ、ランク五はマジマジのガチでヤバイよ? 高いランクになる程、ランク間の強さ溝が広がってるのは分かるっしょ? 一人で挑むのは絶対やめた方が良い」
だからあーしと手を組もう。
ふざけた調子を消して、アタシの眼を真っすぐ見つめて言われる。その真剣さが伝わって来る──けど余計なお世話だよ。
メンドくさいし無視して先に行っちゃおうか……いや、こんなに迷惑かけられてるんだしどうせなら負かしてやろう。
「そんなに協力して欲しいならさ、アタシと勝負してよ。これから十五分でどっちが多くモンスターを倒せるかさ。おねーさんが勝ったらチームに入ってあげるけど負けたら二度と勧誘しないでよね。アタシ、自分より弱い奴の仲間になる気ないから」
「んー、眼竜君達にはすぐ戻るって言っちゃったけど……ま、いっか。おっけおっけー、じゃあそーゆールールで勝負しよっか」
「ニャビ、討伐数カウントしてよね」
「……分かったにゃん」
スマホのタイマーをセットして、いざ勝負ってところでおねーさんは言った。
「そだ、あーしは芝根小春だよ。ダンジョンクリアまで一緒に頑張ろうね」
「石楠花茲乃。短い付き合いになるだろうけど、その間だけは覚えといてあげる」
スマホのタイマーが動き出すと同時、アタシ達は別々の方角へ飛び出したのだった。




