57 第四回イベントに向けて
第四回イベントの告知があった翌日の夜。
とあるランク一ダンジョンの湖畔に複数人のプレイヤー達が集まっていた。
「やあ諸君、この間ぶりだね。変わりないようで何よりだよ」
集まった面々をぐるりと見回し推川智聡が切り出した。
以前からのメンバーに加えバトルロイヤルにて勧誘された者も数人居る。
彼らはおよそ一週間ごとに集会を開き近況報告を行っていた。
それはお互いの無事を確かめるためであり、共に戦闘することで連携を強化するためでもある。
だが、今回はそんな定例集会とは違う。
「今回集まってもらったのは他でもない、次のイベントの対策を立てるためだよ」
「ランク五ダンジョンの合同攻略やな。一応ワシんとこにも知らせ自体は来とるで」
大岩の上で胡坐を掻く明谷錬が答えた。
彼が『一応』と言ったのには理由がある。
「見てもらったなら分かるだろうけど、今回の参加条件はかなり厳しい。『ランク四以上』だからね。ぼくは参加できない」
「ワシも無理そうやなぁ。イベント最終日までにランク四にはなれへんし。龍治は参加するんか?」
「そのつもりだ。今回は特に人手が貴重だからな。イベント初日は練習試合と被ってるから少し遅れるかもだが」
階梯能力の『壁』はランク四から急激に分厚くなる。
第二回イベントから一か月経つが未だにランク三という者は多い。
上に行くには突出した資質と充分な期間が必要だ。
それからこの場の全員がイベントへの参加の可否を答え、三葛が情報をまとめる。
「じゃあイベントに参加するのは眼竜君と兎田君、それから芝根さんか」
「君も助手が板についてきたじゃないか。そう、ぼくらの中で参加できるのはこの三人だけ。だからどうだろう、しばらくの間三人で連携の訓練をしては」
眼竜と兎田、それから彼と同年代くらいの少女が顔を見合わせる。
「俺はそれでいいっす」
「右に同じく」
「あーしも賛成ー。あーしの【スプリングスプリント】に初見で合わせるのはムリめだろーし」
男子二名と髪をピンクベージュに染めた少女が口々に言った。
「じゃあ決まりだね。どういうダンジョンで試すかとかはそっちに任せるよ」
「あー、ちょい待ち。そーいやバトロワであーしらをボコった奴はどうなってんの?」
「桜口さんはマグロ漁船に乗っているわ。迷惑を掛けたお詫びがしたいって言っていたし、実家を追い出されて……飛び出したんだったかしら? とにかく住む場所もなかったから二つ返事で受けてくれたわ。フフ、まさしく渡りに船よね」
遠峰歌撫は口元を隠して薄く笑う。
「とはいえ予定ではイベント前には帰って来るはずだから、寄港したらすぐそっちに合流させるわね」
「そんじゃあーしらは取りあえず三人で連携訓練かぁ。行こーぜい皆の衆」
「おっと、話はまだ終わっていないよ。余裕があったらでいいんだが、イベントダンジョンでいくつか調査をして来て欲しいんだ」
「調査っすか?」
眼竜が訊ねる。
「ダンジョンが元は異世界だったってのは周知の通りだけど、その他のことはほとんど謎に包まれている。その中でも最優先で探らなくてはならない情報が、どうして異世界が滅んだのかだ」
それが分からなくては地球も同様の末路を辿りかねない。
故に推川達の当座の目標はそれの解明にある。
「もしも手掛かりになりそうなものがあれば片っ端から回収するなり撮影するなりして欲しいんだ」
「もちろんそのつもりっすけど……改めて言うってことは今度のダンジョンには何かあるって考えてるんですか?」
「可能性が高い、くらいの期待度だけどね。考えても見て欲しい。モンスターもダンジョンもランクが高いほど数が少ないだろう? ランクの最大値がいくつかは分からないけれど、ランク五モンスターは異世界でも相当希少だったはずだ。もしかすると、世界に一体だけしか居なかった、なんてことも考えられる」
なるほど、と眼竜は得心が行ったような顔をする。
「もしそうならそのモンスターが世界を滅ぼしたのかもしれないって考えてるんすね。ダンジョンの街は大抵破壊されてますし」
「そういうことさ。ぼく達が半年足らずでランク三や四になれてるから上限はもっと上かもしれないけど、異世界人と地球人がどこまで同一かは分からないしね」
「そういやあの悪魔も魔導書がどうたら言うとったな」
「えー、あーしその話初耳なんだけど」
「実はやな──」
その後もしばらく打ち合わせを行い、やがて彼らはランク別のチームに分かれて訓練を開始するのだった。
◆ ◆ ◆
「いやー、推川さんも変なところで勘が鋭いよねぇ」
拠点の神社へ戻った僕はしみじみと呟く。
彼女の推測は当たっていた。異世界のほとんどの界層ではランク五がトップを張っていた。
例外は天上界と竜咆界のデーモンロード……それから件の〔忌世怪〕くらいかな。
そうそう、界層の話をしていなかったね。
異世界は多元構造になっていて、人間界を中心に全部で八つの次元が重なるように存在していたんだけど、この次元の一つ一つを界層って呼ぶんだ。
界層ごとの一番の違いは太陽で、黒かったりやたら大きかったり欠けていたりして一目で判別できたんだけど、ダンジョンになってからは空は灰色に塗り潰されてるから見分けるのが難しい。
どの界層にも一体ずつデーモンロードが居て、基本的には彼らがその界層の頂点。
少なくとも異世界ではそうだった。
つまり、ダンジョンでは少し事情が異なる。
「〔忌世怪〕に侵蝕されてやたらアベレージは上がっちゃってるからね」
異世界を滅ぼした〔忌世怪〕の力は、相性の良い者には精神空洞化に加えて純粋なパワーアップをもたらしたりもする。
今度のイベントダンジョンだって巨尋界だった頃はランク四なんて滅多に居なかったし、ランク五に至ってはデーモンロードと数体の超越使い魔くらいだった。
昔、加賀美さんと倒したランク五の悪魔も、元はランク四のただの爵位持ちでしかなかったしね。
「──フッ、危ないところだったな」
噂をすれば影って言うのかな。
襖の向こうから飛来したフォークを、僕の横から現れた加賀美さんが指先で挟んで止めた。
一見すると救われたように見えるかもしれないけど、それは大きな誤解だ。
「いやこれ投げた加賀美さんでしょ」
「まあ細かいことは気にするな、イベントで助太刀する時の予行練習だ」
加賀美さんは皿の上に盛られた苺をフォークで刺した。
先程彼女がしたことは単純だ。
襖の向こうからフォークを投げ、すぐさま鏡を介して僕の隣に転移した。
スキルの無駄遣いである。
「まあでもやる気があるみたいで良かったよ。次のイベントは加賀美さんの協力が必要不可欠だからね」
正直なところプレイヤー側の勝算は非常に低い。
ランク四とランク五の差は、ランク三とランク四のそれ以上に隔絶している。
バトルロイヤルの特殊ルール下ですら桜口君一人にランク三が五人掛かりでやっとだった。
勝負にならないって程じゃないけど勝利はまず間違いなく不可能だ。
そして加賀美さんにはピンチの場面で颯爽とダンジョンボスを倒してもらう。
いや別に颯爽とする必要はないんだけど、当人がそうしたいと望んでいるのでそなるだろう。
「大船に乗ったつもりでいろ。私の華麗なる戦闘でプレイヤー全員魅了してやる」
「いや、魅了されると困るんだけどね。警戒心も与えてくれないと」
僕からの要求は『プレイヤー達の命を救いつつ第三勢力っぽい振る舞いをしてくれ』だ。
加賀美さんくらい強い人が味方だって知らせると「じゃあ全部アイツに任せればいいじゃん」ってなるかもだからね。
ミステリアスな雰囲気は必須だ。
「でも助けに入るにはまずダンジョンボスのところまで辿り着いてもらわなきゃなんだよねぇ。期間は長めに取ってるからそのうち行けると思うけど……」
僕の計算ではプレイヤー単独じゃ第一フロアの突破も難しい。
巨尋界のモンスターはただでさえ打たれ強いのに、第一フロアにはかなりの数のランク四モンスターが生息している。
一つの群れの対処に手間取ってる間に、戦闘音を聞きつけた他の群れに横殴りされる、なんてことも有り得る。
だからこのイベントでは全プレイヤーが同じ地点からスタートすることにした。
『合同攻略』なんだから本来、これが正しい形なんだけどね。
プレイヤー達がバラバラにならず攻略に臨めるかってのがイベントの鍵の一つだ。
まあ第一フロアさえ超えてくれれば、ダンジョンボスの居る第二フロアはモンスターの密度が薄いからすんなりダンジョンボスのところまで行けるだろう。
なので加賀美さんにはプレイヤー達が第二フロアの探索を始めた段階で連絡を入れる手筈となっている。
「いよいよだね。この半年間の集大成だ。ファイトだよ、皆」
各々で特訓に励むプレイヤー達へと僕は静かにエールを送るのだった。




